源義経が戦勝祈願したと伝わる
大歳神社
おおとしじんじゃ

●所在地 :山口県下関市竹崎町1丁目13番10号
●交通 :JR「下関」駅下車 徒歩5分
⇒ 大歳神社 公式サイト 

源義経と大歳神社

≪看板より≫

 
源義経は文治元年、有明山(現JR下関駅辺りの線路敷)にて大歳御祖神のご神霊を祀り、平家追討の戦捷<せんしょう>の祈願を捧げました。
 現社殿は昭和十五年に当地に遷座されました。当時の階段は一二三<ひふみ>段築きお祓い坂としての祈りを込めました。(現在はその数を留めていません。)
 社殿の左面には黒御影石に源義経が弓矢を引く姿を画碑に留めています。その雄姿をお守りに印し「勝守<かちまもり>として授与しております。


大歳神社

大歳神社は長い階段を上った頂上に社殿があります。


大歳神社 由緒 大歳神社

御祭神 木花咲耶姫神・大歳神
      御歳神・若歳神

ご由緒
 寿永4年(1185年)、平家追討の任を受けた源義経は、壇乃浦の合戦に望んで、己が武運の守護と頼む富士浅間の大神の神助を請い、敵の陣小戸を隔て、呎尺の間にある有明山の山麓に小松(富士川の合戦以来担いできた「富士の小松」)を植え、篝火を焚き、七日七夜の斎戒を修め、戦捷祈願をした。その後、神前に捧げた桑の弓を以て、開戦矢文を対岸の平家の布陣に射込んだ。平家統帥の知盛はこれに驚き壇乃浦に軍船を進めた。壇乃浦には範頼の部隊が待機しており、義経軍との挟み撃ちに合い、敢えなく平家は滅亡したと伝えられる。
翌文治2年(1186年)に、付近の漁民が神を祀ったのが大歳神社の起源と云われる。
      〜(略)〜
昭和15年(1940年)、関門鉄道トンネル工事の際、社地は鉄道線路敷地に接収され現在の小山に遷座された。
     
 大歳神社 社殿

木花咲耶姫神
大歳神
御歳神
若歳神 
が祀られています。
大歳神社 社殿
社殿左側、
 黒御影石の画碑


 義経戦捷の弓

「平家追討のため西下した義経は、平家の本陣彦島と対峙する有明山(竹崎町)に大歳神を祭り、桑の木で弓矢を作り、神前に供えたのちその矢を彦島に向けて射込み、戦勝を祈願したことから、のち地元の人たちがその地に大歳神社を創建したという。」
義経戦捷の弓
五社稲荷神社  社殿右側にある 摂末社:五社稲荷神社
蛭子・八坂神社  社殿左側にある 摂末社:蛭子・八坂神社
 社殿前から階段を見下ろすとこんな感じで眺めがいいです♪ 階段上からの眺め



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