Mobilesuit Gundam Magnificient Theaters
A preface to "An another tale of Z"




第四十二話 「遠雷」 序


〇〇七九年一二月二五日 ベルファスト商工会議所


ロモン要塞陥落の報がベルファストに伝わり、クリスマスパーティーの会場は沸いている。連邦軍の勝利が確実になったことで、会場でグラスを手にしていたルウム社のヨーロッパ支部長、ヒューゴー・ヴァリアーズはホッと胸を撫で下ろした。
「メリー・クリスマス!」
 連邦艦隊が宇宙に再侵攻したことで、ジャブローにいた地球本部長のストーンは凍結していた社員のボーナスの支給を命じた。戦争で会社の金庫はほとんど空になっていたが、連邦が勝てば金策の当てはある。
 それに、と、ヴァリアーズはグラスを片手に多くは財界人であるパーティーの賓客たちの顔を見廻した。戦争で地球は甚大な損害を被った。コロニーでの戦争は、大破したコロニーの住民はほとんど生き残らなかったから、後には巨大な鉄塊が残るだけだが、ジオン軍の攻撃で焦土と化した地球の大地には草花が生え、生き残った人々が生活を始め、復興の需要がある。この戦争での犠牲者は一般市民も含め、五千万人とも一億人とも言われる。
 戦争ではいくつかのコロニーが破壊されたが、生き残ったコロニーの多くは比較的無傷であった。が、戦争で地球を中心とする商業ネットワークがズダズダに寸断されたため、コロニーの住民の多くは半ば失業状態にある。レジスタンスが武器を置いた後、その後何年も仕事がないでは話にならないではないか。ジオン公国は敗れ、新しい秩序が始まる。何のために会社を傾けてまでして戦時公債を買い続けたのか、戦後の再分配に彼と彼の会社は預かる権利がある。彼は先に交通が回復したジャブローに自ら飛び、連邦政府の高官に一〇〇万人の期間労働者の計画を売り込んでいる。
「それにあの男。」
 ヴァリアーズはパーティーの中心にいるカイザル髭の男に目を遣った。チェザーレ・アントニウス・ド・セロ、このジェノバの銀行家は、戦争でヨーロッパ金融界の大立者になりおおせている。常識と例外を使い分け、投資先にあまたの有能な企業を選び、船やモビルスーツを建造して連邦の戦争を成功に導いた立役者は、戦後のヨーロッパではドイツ銀行や他の銀行を併合した巨大銀行グループの構想を描いている。
 戦前はドイツ銀行の方が彼のセロ銀行より遥かに格上だったのだから、えらく立場が変わったものだ。初代ヨーロッパ銀行頭取、順当に行けばそうなるだろう。総資産ではルウム社に匹敵する巨大銀行グループの総帥の顔を彼は見た。中央のテーブルではチェザーレとドイツ銀行のシュタインが話をしており、その近くにはチェザーレの娘で彼の秘書のマグダレナがいる。
 会場の様子を一瞥したヴァリアーズはグラス片手に商工会議所のバルコニーに歩いて行った。彼の構想は遠大だが、戦争はまだ終わったばかりで、ヒューゴー・ヴァリアーズの名は一部の者には知られているものの、ここヨーロッパではまだまだ無名の存在だ。誰に気づかれることもなく、彼はバルコニーを降りると、街灯に照らされた会議所の園庭を当てもなく歩いた。
「いいじゃんか! 少し分けてくれよ!」
 調理場の近くで、彼は聞き覚えのある声を耳にした。グラスを手にした姿のまま、彼は言い争う声のする方向に足を向けた。
「何かあったのか。」
 勝手口の前で見覚えのある顔に指を差している少年を睨むと、彼はそこにいるコックに事情を尋ねた。
「いやねえ、パーティーをやっているなら残飯があるだろうって言うんですよ。」
「それは多少はあるだろうな。」
 そう言い、彼は物欲しげな目で指をしゃぶっている少年を見下ろした。
「ジル、お姉さんはまだ帰らないのか。」
 二ヶ月前に会ったリンゴ売りの少女について、彼は少年に尋ねた。
「全然(ナン)。」
 少年の言葉にヴァリアーズは少し困った顔をした。身なりの


良い賓客らしい男と少年を見比べて、コックがむっつりした顔をして腕を組んでいる。
「多少はやっても良いですが、癖になると困りますからね。」
「そこで待っていろ。」
 彼はコックの言葉を半ばまで聞くと、グラスを置いて会場に入っていった。談笑する賓客たちには構わずにバイキングのトレーを取り、皿に料理を山盛りにすると、コックの見守る中、少年にそれを手渡した。目の前に突き出されたロブスターとローストビーフ、牡蠣の大盛りに少年が舌なめずりをする。
「もう来るんじゃないぞ。」
 ヴァリアーズはそう言い、トレーを持った少年の手に一〇〇フェデリン紙幣を握らせた。彼にお辞儀をして夜の街に消えた少年と、それを見送る彼とを見比べていたコックがポカンと口を開ける。
「いや、あんた変わった人だ。」
 コックに二度と近づけるなと言うと、ヴァリアーズはそのまま素知らぬ顔でバルコニーから会場に戻ろうとした。そこに一連の椿事を遠くから見ていたマグダレナが声を掛ける。
「面白い知り合いがいるのね。」
「知り合いじゃない、ただの乞食の子供だ。」
 呼び止めたチェザーレの秘書に彼は素っ気なく答えた。
「前は女の子だったんじゃない?」
「そんなことは知るか。」
 ヴァリアーズはそう言うと背広の埃を払ってパーティー場に歩いて行った。バルコニーの欄干に体をもたせ掛けたラテンの血を引く女は、再び会場に戻ったルウムの男を大きな黒い瞳で見つめている。
「ヒューゴー・ヴァリアーズか。」
 シュタインらと共にバルコニーに現れたチェザーレが娘に声を掛けた。彼女の視線の先にいる人物に気づいた父親を見て、マグダレナは顔を上げた。
「ああいうタイプが好みなのかね。」
「別に、興味はないわ。」
 父親の言葉に彼女は首を振った。
「私は興味があるがね。何というかその、尋常ならざる人物(アウトスタンディング)と感じる。」
「でもまだ若いわ、ルウム社の一支部長で爪も牙もない。」
 この戦争では多少の金を出した以外、ほとんど何もしなかった。銀行家としてはほぼ無能(インケイパブル)と彼女はルウムの支部長をこき下ろした。
「それはフェアじゃない、分かっているはずだ。」
 父親はそう言い、ボトルを取ると、彼女のグラスにサングリアを注いだ。ゆらゆらと揺れるスペイン産の赤い液体を通して、彼女はルウムの男を見た。
「母さんもそういう人だったけどね。」
「父様に言われたくはないわ。」
 離婚した彼女の母親、アマンダ・エスピノーザについて言われたマグダレナはそのままグラスを煽った。つい先月までアマンダはチェザーレの先妻だったが、父親が一八歳のイタリア女、女子挺身隊のクリスチーナを娶って以降は先々妻の地位に転落することになった。アマンダは今も独身で、故郷であるスペインのアラゴン地方リグロスでひっそりと暮らしている。母親譲りの情熱的な黒い瞳で、彼女は父親の蒼氷色の瞳を睨んだ。
「母様は絶対に父様を許さないわ、何さあの女、一八歳なんてマシュマーよりも年下じゃない。ベアトリスとの再婚も私は反対だったけれども。」
 マシュマーの母、ベアトリス・ペレス・ド・セロはマグダレナのスタンフォード大学の同級生で、旧交を暖めるため、彼女がジェノバの実家に誘った。次にベアトリスに会ったのはチェザーレとの結婚式だった。まったく、恥ずかしいったらありゃあしない。面目を潰されたと彼女は父親に不平を言った。
「チェザーレ氏は艶福家(プレイボーイ)だそうで。」
 会話を聞いていた白髪のシュタインが彼らにグラスをかざした。それを聞き、女性はどれも魅力的だとチェザーレが老銀行家の前で表情を崩した。以降はまたビジネスの話になり、父親に誘われた彼女もルウムの男から視線を逸らした。
(尋常ならざる人物(アウトスタンディング)、そうよ、父様に言われるまでもない、分かっているわ。)
 マグダレナはドレスの裾をたくし上げると身を翻し、父親の後に続いた。

                          (後の話に続く)




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