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A preface to "An another tale of Z"




第三十六話 序 「明日への道」

〇〇九八年五月 ジオン公国

〇九八年の五月から一〇月に掛けて、ジオンのハマーン女王が外惑星植民地(アウター・リム)の視察と称して長期の外遊に出たことは、現在でも女帝の判断の是非について賛否の分かれる問題である。当時すでに宮廷内のグレミー派が女王の失脚を狙って反乱計画を進行させていたことを彼女が知っていたなら、彼女もこの歴訪は諦めただろう。この視察旅行において、ハマーン女王は多くのブレーンを引き連れていた。外遊の目的が単に植民地の視察に留まらないことは明白であった。当時、女帝と彼らの間に何が語られたのかは明らかにされていないが、私の推測するところ、この旅の成果がその後のジオン公国の進路に大きく影響したことは確かである。』
 文学博士エゼルハート・カーター著 「ジオン公国の興亡(宇宙における貴族国家の実験)」宇宙世紀〇一二〇年 オックスフォード大学出版局 三二六頁

 後年、歴史学者に転向したソロモン共和国軍のカーター少


将が著書で記しているが、クロスボーン国崩壊後、ジオンの公王として一連の経緯を静かに観察していたハマーンの心境に変化があったことは事実である。即位以降、内乱は鎮圧したものの、それ以外では変化のない自身の境遇に苛立っていたこともある。滅亡したクロスボーン・バンガード国は優性遺伝による貴族制を統治原理とする、ジオン公国の一亜種とも言える国であった。
 しかし、独特のコスモ貴族主義を唱導し、議会政治を軽視したクロスボーン国は政治的に不安定で、第三艦隊の侵攻後、わずか一週間で瓦解した。首都星フロンティア01の降伏に至っては侵攻からわずか二日後である。マイッツアーが任命したコスモ貴族たちはほとんど粘り強い抵抗を見せずに大半はサイド2の諸勢力に逃げ散った。それを見たハマーン自身、公王制(ヘルツォーク)を代表とする、このタイプの統治体制には根本的な欠陥があると思い始めた所である。
 事件後、ハマーンは各地の識者に手紙を送っている。その趣旨はジオン公国の統治機構の根本的変革につき徹底的に討論する機会を持ちたい。場所と設備は公王が提供するというものである。外惑星植民地の視察に名を借りた討論会の顔ぶれは公王であるハマーン自身が選び、必ずしもジオン国内に留まってはいない。
(つづく)




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