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A preface to "An another tale of Z"




第五話 「帰還命令」 序


〇〇九一年三月
木星衛星ガニメデ アイゼンブルク駅


ラットホームでジオン軍少佐の敬礼を受けたその女性は、ベージュのコートの襟を立てると、待ち合わせていた衛星内鉄道の客車に乗り込んだ。特急列車にはすでに数人の漆黒の制服を着た同盟軍士官が乗り込んでおり、見慣れぬその意匠に敬礼したジオン軍少佐はチラリと視線を送った。列車は要塞都市の駅を発車し、コンパートメントに乗り込んだ女性は、先に入室していた白髪白鬚の人物に声を掛けた。
「ヤーウェには入れてもらえなかったわ。」
 中年の女性は金髪を軽く掻き上げると窓側の席に座り、ジオン軍の配慮で客室に据え付けられたサモワールで茶を汲んでいる老提督の方を見た。テーブルの上には菓子鉢があり、砂糖菓子の黒パンとシベリアが詰め込まれている。
 自由コロニー同盟国防局長官、ブリジット・アダムス、前任者のカードーゾの後任として長官に抜擢された四三歳の女性で、三児の母でもある。この仕事の前はクリスタル・シティでアナリストをしていた。公務に奉職したことで人気アナリストだった彼女の収入は半減したが、国防関係の仕事には以前から興味があったし、最前線の基地であるデルタの同盟艦隊については個人的に情報を集めてもいた。その熱意を買われての長官起用だが、就任直後に派遣艦隊の宿敵、ジオン木星艦隊司令官(ユピテルカンプフフューラー)のクルト提督の訃報があり、その葬儀に参列するため、はるばるサイド5からやってきた。新長官の弔問には木星圏における「非公式(アンオフィシャル)」の紛争を緩和したいという同盟本国政府の意思があった。デルタ・シティから衛星内鉄道に乗り、彼女と共に葬儀に参列したのは木星派遣艦隊司令官(コマンダー・イン・チーフ)、ユーリ・イワノビッチ・ヤゾフ中将である。
「クルトは八〇歳のおじいちゃん司令官だったけど、弔辞を読んだあの新しい司令官、ハマーン・ザビ・ソド・カーン、ジオン首相のマハラジャの娘で、まだ一七歳だそうよ。ジオン軍は木星艦隊幹部の平均年齢の若返りを図りたいみたい。彼らはそう、私たちに比べれば幹部の平均年齢はかなり高かったから、これは一挙に下がるわね。」
 もっとも、あんな小娘に木星艦隊司令官(ジュピター・バトル・コマンダー)の重職が務まるとは思っていないけれども、ブリジットはそう言い、車窓から外の景色を眺めた。荒陵とした衛星の大地が主星の木星に照らされ、どこまでも広がっている。
「ジオンはあんな子供まで我々との戦いに投入している。」
 ブリジットは彼女の小言を聞きながら対面する席で紅茶を啜っている老提督をチラリと見た。彼女がガニメデに来た理由にはクルトの葬儀のほか、もう一つの理由がある。同盟軍は慢性的な志願者の不足に苦しめられており、特に木星基地についてはほとんどの施設と艦が員数不足なのが実情だ。しかし、デルタの同盟艦隊は同盟が木星に権益を持つ限り、絶対に撤兵は許されない兵力である。
「そういう苦境の中、デルタは内務省のテコ入れで市政化すべきという意見も本国にはある。」
 派遣艦隊(エクスペディショナリー)が駐留しているデルタ基地のあるデルタ・シティは〇〇八四年に同盟が衛星ガニメデに設営したコロニーで、一万人の人口のほとんどが軍人軍属とその家族で占められている。そういう理由から、同盟はデルタには地方自治法の適用を除外し、派遣艦隊司令官が住民総会議長を兼務している。三〇万の人口を持ち、基地司令官と艦隊司令官、市長職が三分されているジオンのアイゼンブルク市とは異なる施政を同盟はデルタで敷いている。
「それはあまり意味がないの。」
 ジャム入りの紅茶を啜りつつ、ヤゾフが彼女に言った。彼の娘よりも若い、三三歳年下の長官が考えていることは分かっている。
「見学したアイゼンブルクの七つの高校には木星艦隊のオフィスがあり、艦隊乗員の志願者を募っている。定期的な軍事教練もカリキュラムにある。それに比べて我々は、、」
 ブリジットはそう言うと、カップ片手にキヨスクで買った雑誌


を眺めているヤゾフを見た。長官は以前からデルタの諸学校での軍事教練の制度化とデルタ高校卒業生の艦隊への優先採用を主張してきたが、その最大の障害が目の前にいる老軍人である。シティの人脈を通じて働き掛けた文部省からの通達にも関わらず、ヤゾフが監督するデルタ高校には軍事教練の科目さえない。前線防衛の啓発さえしていない。卒業生の入隊率の平均は一.二%にすぎず、昨年などは卒業生六四六人中、八人しか軍に入隊しなかった。
「なぜかしら、デルタの出身者に軍は好待遇を約束している。軍や前線の事情に通暁した家庭の子弟は扱いやすいし、戦力化も首都の学生より容易なはず。」
 ブリジットの言葉に、ジオン公用語の雑誌を読んでいたヤゾフはカップを置き、彼女の青い目を見た。
「どちらが国家にとって有益なのかの。」
「どういう意味かしら?」
 ヤゾフの言葉にブリジットは奇妙な顔をした。首都でも著名な経済アナリストである彼女の意見に賛同する者は多く、長官となった後に命じた調査でも、少数ながら入隊したデルタ高校出身者の昇進は他校出身者よりも早いという結果がある。デルタ出身者は平均年収もおしなべて高く、軍は彼らの奉仕(サーブ)に報いている。
「軍人の子供が軍人になる。それは世襲(インヘリット)と言うのではないのかの。」
「それで問題があるとは思えませんわ。」
 いや、大いに問題がある、と、ヤゾフは彼女に釘を刺した。コロニー同盟軍はサイド5最大の組織の一つであり、それが世襲を勧奨するようであれば、その悪影響は同盟社会全体に及ぶ。職業選択の自由(フリーダム・トゥ・チューズ・オキュペーション)は自律した市民社会、つまり民主主義のいわば要である。
「デルタ高校から入隊した若干の子弟がどうこうという問題ではない。政府がそのような方針を勧奨し、黙認すること自体が問題なのじゃ。」
「ご賛成はいただけませんのね。」
 ブリジットは憮然として言った。
「民主国家の軍隊である同盟軍の高官として、わしはその悪影響を断じて看過することはできん。貴女の主張する市制移行が、デルタの軍事的傾向を促進する目的だと分かっているならなおのことじゃ。」
 ヤゾフはそう言い、席を立つとサモワールに湯茶を汲みに行った。派遣艦隊司令官は前長官のカードーゾと作戦部長マクニールが三顧の礼で地球連邦から迎え入れた軍人で、その人物が断固として譲らない以上、彼女も提案をこれ以上進めることは難しい。
「確かに、私たちには効率よりも先に守らなければならないものがあるのかもしれないわね。」
 彼女はそう言い、カップを置くと、サモワールの前に立つ老提督に紅茶の二杯目を所望した。
「ジャムは多目に入れてちょうだい。本国に帰ったら帰ったでいろいろあるけど、貴方の意見は意見として尊重することにするわ。実は局にも反対の声がある。あの夏姫(サマー・プリンセス)がうるさいのよ。」
「キャサリンなら、反対するじゃろうな。」
 作戦部長が反対だという長官の言葉を聞いて、老提督は顔を少しほころばした。
 その時、ドアをノックする音がし、ブリジットは彼女らの目付役として列車に乗り込んでいたジオン軍士官の挨拶を受けた。長身で痩身、やや不均衡な印象を与える赤髪の士官は、女性の長官に恭しく挨拶した。
「盗聴器(ヴァンツェ)を回収に来たんでしょ。」
 ブリジットは頭を掻く士官を手招きすると、テーブルの引き出しからカードを取り出した。
「さあ、国家機密の話は終わったからカードを始めましょ。イエガー大佐、貴方はポーカーは強いの?」
「あまり強くありませんが、多少は。」
 彼女はジオン士官にテーブルに着くように言い、天板にカードを配り始めた。
「ジャムが甘いわね。」
 差し出された紅茶を一口啜った彼女はヤゾフにそう言うと、菓子鉢から取り出したシベリアを一口囓り、テーブルに積み上げられたカードの一枚を手に取った。
                          (後の話に続く)




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