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布引観音
布引観音
正式名称/別称ぬのびきさん しゃくそんじ かんのんどう
布引山 釈尊寺 観音堂
規模 ★★★☆☆斜面部:自然懸崖 岩屋あり
懸造り部:木造 桁行三間 梁間二間 貫?段 懸崖型 脚柱8本高さ20m
上屋部:木造 朱塗り 入母屋造り唐破風付 板葺き 桁行三間 梁間?間 勾欄付廻縁
文化的価値 ★★★★☆重要文化財「観音堂宮殿」
創建年代不明
永禄元(1558)年 再建
江戸時代後期 再建
宗教的価値 ★★★★☆本尊:聖観世音菩薩/布引観音
開基:行基
信濃三十三観音札所(霊場) 第二十九番
善光寺系
秘境度 ★★★★★中部北陸自然歩道
山道あり 石段あり トンネルあり
長野県小諸市大久保2250
眺望 ★★★☆☆南面(正面)よりほぼ三面、布引渓谷や本堂が見渡せる
「牛に引かれて善光寺参り」という説話がある。
かしむかし、信州信濃の国小県(ちいさがた)の郡に、強欲で信仰心のかけらもない老婆が暮らしておった。ある日、洗濯した布を干していると、どこからか一頭の牛がやってきて、角に布を引っかけて走り去ってしまった。女はたいそう怒り、布を取り返そうと牛を追いかけていったと。牛は逃げ足が早く、走っても走っても追いつかなんだ。とうとう日も暮れて牛の姿も見失い、ここはどこかと辺りを見渡すと、なんとそこは善光寺本堂の前であった。すると天から一筋の光明がさし、地べたに垂れた牛のよだれを照らし出した。そのよだれの跡はまるで文字が書かれたようで、「我は仏の使いであり、汝をここへ連れてまいった」というように読めるではないか。たちまち女は改心して、善光寺如来を信ずるようになった。その日はそのまま本堂で一晩を明かし、翌日、女は家へ帰っていった。後日、近くの観音堂にお参りすると、なんと、牛に取られたあの布が観音さまの足下にあるではないか。あの牛は観音さまの化身だったのだと悟り、深く深く帰依したそうな。
今では、その観音さまは布引観音(ぬのびきかんのん)と呼ばれ、小諸市の千曲川に面した断崖絶壁に立つ、懸造りの観音堂に祀られている。
PHOTO BY OLYMPUS E-620
JUL. 2009
布引観音1
千曲川のすぐ脇にある駐車場に車を停め、布引観音へ向かった
巨大な岩がむき出しの布引渓谷に沿って登っていかなくてはならなかった...
布引観音2
ところどころ滝や奇岩が待ち構えていて、なかなか飽きない山道だった
布引観音3
まさに秘境ともいえる山道を登っていくと、目の前に突然、古ぼけた仁王門が現れた!
門の先には超急斜面に作られた石段があったが、立入禁止でしかも木が生い茂りすぎていて、昇ることはできなかった
布引観音4
渓谷を登りきると本堂があり、そこから後ろを振り返ると、断崖絶壁に立つ懸造りの観音堂が見えた!
布引観音5
観音堂へ向かう途中には、崖にめり込んだお堂があった
「牛に引かれて善光寺参り」にちなんだ牛の石像も横たわっていた
布引観音6
いくつかの岩屋のお堂を横目にして、崖にくり貫かれたトンネルを抜けて先に進む
布引観音7
ようやく絶壁の上の観音堂へ到着!
布引観音8
観音堂内部から、登ってきた渓谷側の眺め
布引観音9
絶壁すぎて下が見にくかったが、なんとか懸造り部分を覗き込んでみた
布引観音10
渓谷から見上げた観音堂だけど、木々が多くてよく見えない
古文書・古画に見る懸造り
布引観音・地誌

『信濃奇勝録 巻三 布引山』

地誌
井出道貞 著
明治20(1887)年 出版

信濃の国佐久郡臼田の神官であった井出道貞が天保5(1834)年に著した、信濃の国の珍しい動植物や景観をまとめたものを、その孫井出通が加筆・校正し、明治20(1887)年に出版したのが本著である。
さすがに著者の地元だけあってか、布引渓谷と伽藍の配置の図は忠実に描かれている。かつては、仁王門の奥の急峻な石段を本当に昇り降りしたのだろうか...。