JR越後線 荒浜駅 と 桃林駅
   大正4年6月15日開業
大正4年7月1日
新荒浜駅から現駅名へ改称
所在地:新潟県刈羽郡刈羽村正明寺
柏崎駅起点:6.6km
電略:アマ
荒浜駅 硬券入場券
開業:大正5年4月15日〜大正5年5月20日:臨時停留場
廃止:大正9年中だが定かではない
コメント:同駅は現在の荒浜・刈羽間に開設された臨時駅
2007年7月16日 中越沖地震で荒浜駅も大きな被害を受けました。営業再開後の駅の画像を紹介します。
震災後設置された仮設の駅舎(中は10畳位と結構広かったです)
《これより6枚は2007年9月13日撮影》
ホームから仮設駅舎を望む。ホームも壊滅的な被害を受けていて駅舎側は砂利を盛っただけの応急的なホームになった。
旧駅舎は撤去され砂利だらけの何も無いホーム 新潟行き下り141Mがやってきました
引込み線跡も砂利が敷き詰められています/左:駅舎側 右:本線接続部
2008年3月25日 立派な新駅舎が完成し営業を開始しました。《いずれも2008年4月2日撮影》
スロープが設けられた立派な荒浜駅舎 青海川駅同様に石板の駅標(駅正面)
ホーム側にも石板の駅標があります JR東日本オリジナルの駅名標
砂利だらけのホームが新設駅の様に綺麗に整備されました。またホームには新たに柵が設けられました。
左:西中通方//右:刈羽方
ホーム後ろの旧引込み線跡。立入禁止のロープが張られ、整備はこれからのようです。
下り吉田行 159Mがやってきました 下り159Mと荒浜駅舎の様子
これより以下は2007.07.16中越沖地震以前に撮影した懐かしい荒浜駅です。
荒浜駅建屋 
かつては駅舎側にホームがあり島式ホームの駅でした
荒浜駅 駅名標
ホームから刈羽駅方面の様子 西中通駅方面の様子
旧2番線にある引込み線(接続部分が途切れていて今はもう使われていません) かつてはこの引込み線にも保線用車両が留置していました
引込み線の合流部分 今はポイント枕木の跡だけが残っています 線路の敷石を挟んで草むらからわずかに線路の先端部分が見えますかつて写真右側中央付近(レールの継ぎ目・架線柱の辺り)にポイント用レールが収まっていたと思われる金属製のボックスがあったのですが、今は撤去されています
荒浜駅 駅名標 荒浜駅前公園にある桃にまつわる内容の石碑(下段は碑文)
          「刈羽村と桃」
1852年、下高町の塚田源太夫は行商先で食べた桃の味が忘れられず、不毛の砂丘地に何とか桃の栽培が出来ないかと自ら栽培技術の研究を行い、荒地の開墾をしたのが始まりといわれています。大正時代には最盛期を迎え、日本でも有数な桃の産地として知られるようになりました。花の咲く季節になると各地から花見客が押し寄せ、刈羽駅と荒浜駅の間に「桃林駅」という臨時駅まで出来るほど賑わいました。 現在では村の花にも指定され、桃にちなんだ催しが行われるなど、村のシンボルになっています。