海事普及会

 

雲鷹丸

1.雲鷹丸の紹介

 

 研究練習船雲鷹丸は1909年に大阪鉄工所桜島造船所(現在のユニバーサル・スタジオ・ジャパンTM)で建造されました。水産講習所第2代研究練習船として、南北の海に計33次の航海を行った米国式遠洋捕鯨船バーク型帆船で、おもにカムチャッカ漁場開拓とカニ工船事業の開発に活躍しました。東京水産大学の70周年記念事業の一環として、1970年に大学構内に復元されました。

 

 

 雲鷹丸は、東京海洋大(旧東京水産大)の前身、農商務省水産講習所の2代目練習船である。日本で初めて建造されたアメリカ式鋼製捕鯨船でレシプロ式補助機関を備えた三檣バーク型帆船である。

 

 初代の快鷹丸(木造帆船)からその用務を引き継ぎ明治44年(1909)の第1次航海から昭和4年(1929年)まで第33次航海まで使用された。このあと練習船については白鷹丸(鋼製汽船)に引き継いでいる。

 

 建造当時は、ラッコ、オットセイを目的とした海獣猟業が急速に発展しており、このため、雲鷹丸建造に当たっては捕鯨実習が出来、鮭、鱒、蟹などを獲る「流し網漁」「鱈釣り」「鯖巾着網」「オッタートロール」「鮪延縄漁」などが行えるように要望されていた。更に海洋観測や試験も行う機能も兼ね備えている。また、竣工の頃は既に汽船の時代に入っていたが、操船技術は帆船実習を基本としていた時代であり、補助機関付帆走練習船となった。こうして、彼女は我が国の遠洋漁業振輿に大いに活躍し、竣工から20年間に600人あまりの実習生を育て、操船、漁法及び海洋調査、資源開発などに大活躍をして行く。そして、経験と勘を頼りとする旧来の漁業方法に科学的な手法を与えて、海洋漁場学の基礎の確率、母船式漁業の発展、遠洋漁業の振興に大きな功績を残した。

 

 雲鷹丸の数々の功績のうち特に有名なのカムチャッカ漁業開拓と蟹工船事業である。蟹工船事業は、雲鷹丸が初めてカムチャッカ西海岸沖でタラバガニを原料として船内で缶詰の製造を可能にしたことが嚆矢である。当時、蟹缶詰加工は多量の清水を使用するため遠洋での洋上処理は困難であったが、この時、雲鷹丸は蟹肉を海水で煮た後、海

水で冷却する方法で良好な試験結果を得て、母船式蟹漁業の可能性を切り開いた。これ1こよって大量生産が可能になり蟹工船漁業が確立されたのだ。

 

 また、オホ一ツク海では、底魚調査を行ってこれの資源利用可能を示し、フィッシュミール工船事業が芽生える。当時、農作物の肥料は外国産であり、輸入が莫大な負担となっていたため、魚肥料に着目した調査であった。

 

 更に、雲鷹丸はアメリカ式捕鯨の導入も初めて行った。日本では従来からノルウェー方式を導入していたが、これは130tクラスのホエールボートに捕鯨銃を備えてこれで捕らえた鯨を自船により基地まで曳航する方法であったため、操業範囲が限定されたが、アメリカ式捕鯨は捕鯨船に多数の捕鯨艇を搭載して行う母船方式なので、行動範囲が広く長期にわたる操業が可能であった。ただ、大正元年(1912)に事故があって、これを契機に雲鷹丸は捕鯨実習は取りやめている。ちなみに、その後の日本の捕鯨は大型母船とノルウェー式捕鯨船の船団による方式になっていった。

 

 こうして、練習船として大活躍の雲鷹丸であったが、昭和4年(1929)には廃船となり、その後昭和7年(1932)から越中島にて繋留練習船として使用されるようになる。時期は明確ではないものの、当初メインマスト後方にあった煙突は撤去されている。

 

 昭和20年(1945)12月の進駐軍接収以降、母港岸壁に繋がれたまま船体や設備は急速に老朽劣化し、荒廃した姿を隅田川に晒してしていたが、昭和37年(1962)には、第一水産講習所の後を受けた東京水産大学品川キャンバス(現東京海洋大学品川キャンバス)に移設、陸上展示保存された。陸上にて船体のうち吃水線下を切断して保存されている。

 

 平成10年(1998)12月11日、国の登録有形文化財の指定を受けた。現在では夜間ライトアップされており大学の象徴的存在として学内外への存在感をより高めることに成功している。

 

 

 

 2.雲鷹丸の概要

 

 雲鷹丸の概要(建造当時の要目)

船種、船質

二層重甲板・三檣バーク型帆船、鋼製

長さ(水線長)

135'-00"(41.2M)

巾(型)

28'-06"(8.7M)

深さ(型)

16'-00"(5.0M)

吃水(平均)

12'-00"(3.7M)

総トン数

444.22トン

純トン数  

277.91トン

最大速力

12.5ノット

汽走時巡航速力

8.5ノット

冷蔵庫容積

600立方メートル

鯨油採取用鉄製二重釜及冷却槽

1式

鯨油タンク

22トン

汽機    

三聯成(さんれいせい)、出力303馬力

汽缶

スコッチ型2基

石炭搭載量

100トン

冷凍機(アンモニア式)

1基

帆走時点灯用発電機

1基

蒸気揚錨機

1基

搭載捕鯨艇

(28'-00"×6'-02"×3'-04")6隻

後日32メートル巾着網用漁艇2隻と入れ替え

収容人員(ベッド数)

士官ベッド  15

属員ベッド  26

学生ベッド  40

起工年月日

1908年5月

進水年月日

1909年2月21日

竣工年月日

1909年5月12日

造船所

大阪鉄工所桜島造船所

(現在はユニバーサル・スタジオ・ジャパンTMがある)

                   

                 

 

3.雲鷹丸の経歴

 

明治44年(1909)5月12日

大阪鉄工所桜島造船所にて竣工

昭和4年(1929)8月

廃船、越中島にて係留される

昭和37年(1962)

東京水産大学(品川キャンパス)に移設、陸上展示保存される

昭和45年(1970)3月

復元工事完了

平成10年(1998)12月11日

国の登録有形文化財指定を受ける

 

 

 

4.雲鷹丸の航空写真

 

昭和22年

(越中島キャンパス。廃船後、越中島にて係留されている。上が明治丸。下が雲鷹丸。)

 

昭和22年

(品川キャンパス。上の写真と同じ時期。雲鷹丸の陸上保存予定地。)

 

昭和38年

(昭和37年から品川キャンパスにて陸上展示保存される。)

 

平成20年

(吃水線下を切断して保存されている。平成10年に国の登録有形文化財となる。)

 

 

 

 5.雲鷹丸の見学

 

 外観は常に見ることが可能。内部は出来ない。

 見学に際して、本船の見学可能な日は、随時であるが、本来は東京海洋大学海洋科学部附属水産資料館の付属施設の扱いとなっているので水産資料館の開館時の方が望ましいだろう。

 

 

 雲鷹丸(夜間におけるライトアップ時)