海事普及会

 

キャンパスツアー (海洋工学部)

<史跡巡り>

 

  東京海洋大学海洋工学部は、1875年(明治8年)に前身である三菱商船学校が創設されてから約130年の長い歴史を経て今日に至っております。今回、越中島キャンパスに残された様々な史跡をたどり、その歴史や歩みに触れながら開かれたキャンパスで新しい発見をしてみませんか。史跡は、一号館、G.E.0.ラムゼー功徳碑、第一観測所、第二観測所、菅船長石像、海洋工学部百周年記念資料館前の記念物、明治丸、駆逐艦「あけぼの」のシリンダ、復水器及び循環水ポンプ、全天候型救命艇、明治天皇聖蹟記念碑があります。

なお、海事普及会では海の日イベント開催時において史跡巡りを担当しています。一回当たりの所要時間は30分ほどです。皆様の参加をお待ちしております。

 

 

 キャンパス内史跡めぐりパンフレット

 

 

 

明治丸前広場から撮影

 

<1号館>

正門を入ってすぐに見えてくるのが1号館。この1号館は昭和5年(1930年)に建てられたもので、現在国の登録有形文化財に指定されています。また、1号館は昭和の建物として貴重なものとなっているので1カ月に1回以上のペースでロケが行われています。最近では映画「真夏のオリオン」のワンシーンに使用されています。

 

 

一号館を正面から  (国の登録有形文化財に指定されています)

 

<明治丸>

 

 明治丸について

 

  明治丸をご案内するにあたり、海事普及会では「明治丸案内マニュアル」という冊子を作成しました。みなさまによりわかりやすく、的確な説明ができるように準備しています。

 

 

明治丸パンフレット

 

  明治丸は明治政府が灯台巡回船として英国に発注し、明治7年に竣工した補助帆を備えた汽船で、現存するわが国最古の鉄船です。 明治9年、明治天皇が東北・北海道地方巡幸の際に青森から函館経由横浜への海路に座乗されました。「海の日」は、明治天皇の横浜ご帰着の日を記念したものです。 明治30年、商船学校に移管されて係留練習船となり、以来50余年にわたり教育訓練の場として活用されてきましたが、昭和39年に商船教育の伝統を象徴する記念船として越中島キャンパスの一角に陸上固定されました。 昭和53年5月、わが国造船技術史上の貴重な遺産として国の重要文化財として指定され、その優美な姿が永久に保存されることとなり、昭和55年度から8年計画で文化庁の協力により保存修復及び基礎設備の工事が行われ、昭和63年1月29日に竣工しました。

 

          

 

 

平成21年1月から明治丸は修繕工事を行っているため、現在は明治丸の内部は一般公開しておりません。また、この修繕工事は東京商船大学OBの方や一般の方による寄付で行われております。

 

 

<百周年記念資料館>

 

 東京海洋大学百周年記念資料館(昭和53年開館)は、東京海洋大学の前身の一つである東京商船大学が明治8年11月1日に隅田川の永代橋下流に係留した成妙丸を校船と定めて開学してから、昭和50年で100周年となったことを記念し、その中心事業として建築されたものです。
 この資料館は一般によく見られる海事資料館とは異なり、本学100年の歴史を軸とした商船教育史とその周辺の海事史を物語る資料を収集展示しております。
 すなわち、100年にわたる学校制度の変遷を示す教科書や図書・文献・写真・絵画などの資料、100年間における卒業生の活躍に関する同様な資料、歴代練習船に関する機械・器具・遺品・写真・絵画・などのほか一般海事に関する図書・文献・図誌などを類型別に展示してあります。 

6月に行われる海王祭や海の日イベントなどの日に一般公開しております。

 

 

 

 

 

 

 

 <越中島砲台跡>

 

 越中島砲台は、外国人殺傷事件や生麦事件など列強諸国との緊張が強まった文久期に築造された台場である。文久三年(1863)、小野友五郎と望月大象の連盟で江戸の内海強化のための台場増築意見が出された。品川の南大井村から越中島まで十数か所の砲台を築くというもので、同年11ヶ所の台場の見積りが出された。

 そのうちどれだけの台場が実際に築造されたのかは明らかでないが、佃島と越中島の工事を落札し、請け負ったという記録が残されている。しかし越中島の工事は石材の高騰により請負業者が資金に困窮し、中断されることとなった。

 東京海洋大学のポンド辺りが台場として工事が進められていたあたりだと思います。計画段階の台場絵図によると4つの角を持つ形状。ここはかつて練兵場として活躍していた地でもありました。

『幕末海防史の研究』名著出版刊より

 

 

 

 

 

 

 

 

管船長石像(正門入って第一観測所の向かい側にあります)  

 

 

 

  第一観測所                                            終戦まではここで天体観測が行われていました。終戦後米軍によって中にあった望遠鏡などは接収されてしまい、現在も行方が分からない状態です。

 

 

第二観測所

 

明治天皇聖蹟記念碑

正門を出て左に行くと明治丸の後ろ側にたどり着きます。そこにある裏門のすぐ右手にこの記念碑があります。

 

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