針ノ木古道〜五色ヶ原 
 …北アルプスの山…
  はりのきこどう〜ごしきがはら
  



一日目
七倉岳登山口〜船窪小屋

二日目
船窪小屋〜七倉岳〜針ノ木古道〜平ノ小屋

三日目
平ノ小屋〜五色ヶ原〜鳶山〜五色ヶ原山荘

四日目
五色ヶ原山荘〜獅子岳〜室堂平



   
平成21年9月19日(土)晴れ後曇り
20日(日)晴れ   21日(月)晴れ
22日(火)曇り後雨
   
メンバー 5人
      

一日目  七倉尾根〜船窪小屋  注目は何はさしおいても船窪小屋の夕食!!   
信濃大町駅から七倉まで35分ほどタクシーに乗って料金が6000円きっかり。

高瀬ダム方面の山ノ神トンネルに入って10m先の右側の黄色い標柱が取り付き。

七倉岳(ななくらだけ)登山口を指し、二本目の同様の標柱で沢沿いの広い道から樹林の中に入って細道に変わる。

三本目の目印になる標識は古く、船窪岳(ふなくぼだけ)を指していた。
〔七倉岳登山口〕
ジクザクの登山道が延びているが、見るからに大層の急傾斜。

腹をすえてじっくり登って行くが、見る見るうちに中腹まで来てブナ林が広がったらやがて桟道を渡って間もなく尾根に出る。

一旦は尾根の南側を行くが、少し行ってからは主に尾根を辿っての登高だ。


〔ジクザクの登山道〕
下って行くように感じた辺りから樹木は針葉樹が優勢になり、その中に混じっている自然林の黄葉がかすかな風に動いて陽の光を投げかけているように見えた。

下り坂を終えて登り返しが始まったのは後方で樹間から唐沢岳(からさわだけ)が少し覗いていたあたり。

唐沢ノゾキという地点だが、その目印があったのかどうか。

〔唐沢岳が覗く〕
唐沢岳がもっと広がって見えるのはまだ先に行ってからであり、そこから間もなくして岩小舎というところに着く。

その岩小舎という巨岩の下を通って森々とした針葉樹の茂っている中を登ったら高みに立ち、そこから平地を歩いている間に見えた右側の特徴ある山容は北葛(きたくずだけ)岳のようだ。


〔岩小舎というところ〕
高みを二つほど越してから鼻突き八丁の標識に出合い、標識に記すところによればここが八合目に当たり、七倉沢まで2時間30分、船窪小屋まで2時間とのこと。

またこの辺りで振り返れば槍ヶ岳を望むことができた。

ここから先も急傾斜の登山道を登って行き、ほどなくしてから6本のハシゴを矢継ぎ早にこなし、さらに上で2本のハシゴを越えて行く。

〔鼻突八丁という標識〕

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人工物のなくなった後も手で木の根を掴み、あるいは木の根を足がかりにして四肢を駆使しての急登にかわりなく、先の岩場をもう一度二本のハシゴで越す。

ハシゴを一つ越すたびに爽快感の走る登りでこの先の展望が楽しみだが、しかしながらこの頃には北側から東側にかけてガスに覆われてしまった。



〔立て続けに階段が〕
あれほど見られた青空もいつの間にか曇り空に変わり、足元にもガスが這いまわっていた。

周囲を灌木に一変すれば登山道が紅葉でうずもれているように見え、赤色、黄色のさまざまな色が薄日を浴びて栄えていた。

灌木からハイマツ帯に変えたら今度は四囲が開けるが、ガスでどこを見渡しても陽のありどころだけをぼんやりと示しているだけの乳白色だった。


〔ここまで登ると紅葉も色鮮やかに〕
天狗の庭という標識の立つ場所に着いたのが10時25分。

ここから今日の宿泊地の船窪小屋まで50分ほど。

少し休憩を取ってから登ることにするが、ここから尾根の両側が開けて尾根らしい登りに。

だが、ガスの覆っている状況は相変わらずであり、高みを目の前にして突然に尾根道から右側の巻き道に変える。

〔ハイマツの茂る尾根道〕
ガスの中にもはっきり筋の入った登山道を気持ち良く眺めることができ、この辺りではチングルマの綿毛が見られる通りに夏になれば花がいっぱいに咲くところだ。

登山道は尾根を越して左側に変えたらすぐ近くに船窪小屋が見えて来る。

今日の宿泊者は15人ほどか。明日はもっと混むとのことだ。


〔船窪小屋の夕食〕
ところで夕食までたっぷり時間があるので船窪小屋からテン場方面に行き、そこから興味津々に水場まで下ったのはこのあたりの地表が断層破砕帯だから。

寥々した光景に放心の態になって船窪小屋まで戻り、夕方になってから広がった展望に無我夢中になってここから眺められる峰々を陽が落ちるまで飽くことなく見続けていた。


〔断層破砕帯にある水場〕

〔登山道からの風景・クリックすると拡大します〕
   〔断層破砕帯というそうな〕     〔青空に映える蓮華岳〕       〔槍ヶ岳の雄峰〕
    〔たそがれどきの蓮華岳〕     〔たそがれどきの槍ヶ岳〕

二日目  船窪小屋〜針ノ木古道  関心は何はさておき針ノ木古道!!   
船窪小屋を6時に出発。見送りに撞く心のこもった鐘の音を背後に聞いてから7分後に分岐の標識に。

今日の進路は左側を下って行くが、一旦ここで右側の登山道を歩いて七倉岳に寄り道。

船窪小屋で中途半端に見えていた蓮華岳(れんげだけ)は七倉岳に立ってこそ全容を眺めることができる。


〔七倉岳から蓮華岳〕
針ノ木小屋も見えるはずだが、シルエットで見えている針ノ木岳(はりのきだけ)の陰に没していたようだ。

先ほどの分岐の標識で烏帽子岳(えぼしだけ)方面に行き、左側のハイマツ帯の先に見える黄色に染まったダケカンバ林が素晴らしく、陽が照っていれば絵よりも美しいはずだ。

ハシゴを下ったところがテン場。


〔烏帽子岳方面に向かう〕
ここを通り越して尚も下って行き、右側の樹林の黄葉が余計に目にまぶしく映るのは左側の足元から崩れた不気味な斜面に対比しているからだ。

赤みを帯びた灌木も混じり、登山道の縁ではタカネマツムシソウが咲き残っていた。

下り切った鞍部に船窪乗越の標識が立ち、尾根伝いに登って行く不動岳(ふどうだけ)、烏帽子岳方面を分けて右側の登山道を下って針ノ木出合までが1時間とのことだ。

〔登山道の左側は崩壊地〕
少し下ってからひとしきりだけ登り坂になり、やがて尾根に出て下り坂になる。

尾根道の正面に針ノ木岳を配し、右側に見えてくる尖峰が北葛岳。

周囲の樹木はほぼ針葉樹で占められ、シャクナゲが目に付き出してから急坂を迎える。



〔針ノ木谷まで1時間〕
急坂の最後に現れたロープで針ノ木谷に降り立ち、この先進路に取る針ノ木古道の目印は赤いペンキ印、青いガムテープ、岩に積み上げられたケルンそして木の枝に吊るしてある赤い布切れだ。

日差しのそそぐ針ノ木谷を歩くことになるが、まず赤い布切れを一本、二本と見て三本目で沢に横たわっている倒木を手すり代わりにして沢を越す。


〔倒木を手すりにして沢を越える〕

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右岸の入口に赤い布切れ、はっきりした○印の赤ペンキが見られるところだが、次の赤い布切れでまた左岸に移る。ここは入口にケルンが積み上げられ、一時する間もなくまた右岸に移ってそのせわしなさはいい加減に心証を害する。

崩壊地の岩に赤ペンキで矢印を指しているが、手前の大岩を乗り越えるのはコンパスの短い女性では難しいところ。同行している女性は苦慮しながら沢沿いを歩いてここを通過した。ここで左岸に移り、渡船場を6時に出発して歩いて来た登山者に出会ったのもこのあたり。

すぐに右岸に移ることになるが、どこで沢を越えるのかが少し分かりづらい。あえて言えば沢の手前の大岩に青いガムテープが貼ってあり、渡る右岸の入口に赤い布切れが見えるが木の枝の陰になって見づらい。

沢を渡ったら樹林の中を歩き、間もなく広い河川敷に出て、針ノ木古道が復活しました、との標識に出合うことができ、ここから登山道は高巻きに変わる。
  
 
〔思わず尻餅を付く〕 〔高巻きの登山道〕
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高巻きから下って行く間にゴロ岩の通過、木の根が張り出して、歩くのが難儀。

この下っている時間も長かったが、そのことも含めて高巻き道は50分ほどだ。

沢まで下った場所にも、針ノ木古道が復活しました、との標識が立ち、そのまま右岸を沢沿いに歩いて間もなく青いガムテープ、赤い布切れで左岸に移る。



〔針ノ木谷沿いに〕
すがすがしいブナ林の中を歩き、沢の反対側にロープの見えている場所で右岸に移る。

ここでの沢の渡渉を飛び石伝いで越すには困難をきわめ、場合によっては靴を脱いで渡るのもやむをえない。

飛び石の間隔が空きすぎ、だからいって水中の石を足がかりするのは滑りやすくて転倒するのがおちだ。

また先に渡った同行者の手を借りたりしていたら共倒れに陥る。

〔これも目印〕
右岸に移ったら赤ペンキ、赤い布切れで樹林の中を入り、すぐにまごつくような場所に出合う。

ここは道なりに進むのではなく、赤い布切れを見落とさずに沢側に曲がって行く。

沢に近寄ったらまた左岸に移るが、ここも思い切って靴を脱いで渡った方が賢明。



〔束ねた丸木で沢を越す〕
ここから少し歩けば南沢出合であり、ここでさっそく右岸に移るが、かけ橋は丸木を5、6本束ねて並べたものだ。

次は木橋で左岸に移り、ブナ林、河川敷と歩いて高みに上がり、桟道を二箇所越えたこの辺りの登山道はかってのものがそのまま残っているものだ。




〔最後の渡渉は木橋〕
もう一つ桟道を渡ってガレ場を越し、さらにもう一つ桟道を越したら黒部湖の湖面が樹間に覗き、それとともに冷たい風が通り抜けた。

木段を登り下りしている間に黒部湖の向こう岸に接岸している渡し船を見ることができ、渡船場まで木段で下っている頃に渡し船が水面を波立たせながら向かって来た。

今日の宿泊地は平ノ小屋であり、早々と部屋の中に入って明日のために英気を養うことにした。

〔読売新道に向う登山者〕

三日目  平ノ小屋〜五色ヶ原  五色ヶ原とはいったいどのようなところ??   
平ノ小屋を出発した時間は昨日と同様に6時。

黒部湖に沿った水平道は10分後にはヌクイ谷の源流沿いに。

大空に映っているブナの巨木の葉に黄緑色を滲みだしているのは黄葉の走りだが、日の通っていない今の時間ではブナ林全体が深い緑色をたたえていた。

ヌクイ谷を挟んだ反対側の尾根を見上げたら上の部分だけ黄葉が朝の光でゆらめいていた。

〔ブナ林の登り〕
視線を足元に落として50mほどの崩壊地を高巻きで越した辺りから登山道は登り坂に。

一度折り返したらヌクイ谷の源流の沢音が遠ざかって行くのが分かり、この先の登山道も曲がりくねって山腹の高みに延びていた。

歩きだしてから1時間30分後に尾根に出たが、この辺りでは樹林は灌木に取って代わる。


〔尾根道になったら周囲は潅木〕
刈安峠に着いたと思ったのは7時40分ごろ。

ところが峠らしからぬところだったので家に帰ってから調べたらロボット雨量計のあった手前とのことで、着いた時間に大した差はないようだ。

この先も尾根を辿って行き、やがて登山道は岩に占められて足の踏み場をあれこれと難渋する。

しばらく登ってから今度は踏み場を石屑に変え、灌木の茂みが先を覆って次から次に現れる高みに辟易してしまうところだ。
〔咲き残りのハクサンフウロ〕
しかしながら尾根の灌木の紅葉も次第に色づきが良くなり、背景にした濃い青空が余計に華やかさを加えていた。

天気の方も申し分なく、ただ暑くて風が無いのにはかなわない。

尾根道で摘んで食べたブルーベリーがことのほか美味であり、口に含んでいる間は一時しのぎになった。


〔初夏にはチングルマが咲くところ〕
灌木を越している間に小広場が登山道の前に広がり、一面のチングルマの綿毛から五色ヶ原に近づいている兆候を示す。

ここまで登って来ると標高に見合った冷たさが空気の中に含み、ここで15分とたっぷり休憩を取ることにした。


〔獅子岳だと思う〕

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この先も長々と灌木の中に登山道が延びていたが、木道に足をかけると同時に薬師岳、五色ヶ原山荘が視線に映った。

ここから少しの間の灌木帯を越したら一気に展望の広がる草原に出るが、休んだばかりであるにも関わらずここでもまた長い休憩と決め込んだ。



〔ここで30分も休憩〕
東側の草原の先に広がる青空に映して五竜(ごりゅう)岳から鹿島槍ヶ岳(かしまやりがたけ)爺ヶ岳(じいがたけ)赤沢(あかざわ)岳、スバリ岳、針ノ木岳、北葛岳、船窪岳、不動岳の主だった峰々をひとまとめにして眺めることができた。

ひとまず五色ヶ原山荘に向かい、山荘に着いたのが10時40分。



〔五色ヶ原山荘〕
15分の休憩を取ってから鳶山(とんびやま)に登ることにしたのは予定通りの行動であり、また鳶山を登頂すればもっと広がりのある薬師岳を眺めることができるはず。

木道の登山道が五色ヶ原から延び、傾斜の度が著しくなる頃には岩ゴロの登りだ。

登って行く間で獅子(しし)岳の左側に剱岳の山容を出したことが目新しく、鳶山の山頂では薬師岳までくっきり延びている縦走路に思いを馳せた。

〔薬師岳〕
立山の陰になって白馬岳方面は見ることできないが、他に見えた峰々を羅列すると槍ヶ岳、烏帽子岳、三ツ岳、野口五郎岳、黒部五郎岳、笠ヶ岳、赤牛岳、水晶岳、燕岳、西側では鍬崎山(くわざきやま)、弥陀ヶ原の溶岩台地そして遥か遠くに白山も雲の上から山容を出していたようだ。

山頂を辞したのは40分後のこと。



〔槍ヶ岳、笠ヶ岳、赤牛岳方面〕
山頂にとどまっていた間に西側から白いガスが湧いて薬師岳まで這いのぼり、それから寸時もおかずにあらゆる風景があとかたもなく視野から消えた。

五色ヶ原山荘に着いたのが12時50分。

部屋に通されたなりビールで喉を潤したいところだが、あいにく在庫がないとのこと。

五色ヶ原山荘の営業意欲を疑いながらふて寝に陥ったのはそれから間もなくのこと。
〔立山方面にガスが湧く〕

〔登山道からの風景・クリックすると拡大します〕
   〔五色ヶ原というところ・その1〕        〔正面に針ノ木岳〕    〔五色ヶ原というところ・その2〕
   〔越中沢岳から薬師岳の稜線〕      〔真ん中が赤牛岳〕    〔五色ヶ原というところ・その3〕

四日目  五色ヶ原山荘〜室堂  二転、三転した今日の下山先??
   
五色ヶ原山荘を5時と早めに出発したのは天気、そして室堂の混雑を心配してのこと。案の定、朝から細かい雨が降っていたようだが、歩きだす頃には止んでいた。いつ降りだしてもおかしくない気配であり、合羽の上着だけを羽織ることにした。

針ノ木岳方面の稜線に血を滴らせたような朝焼けが分厚い雲の下で横たわっていたが、五色ヶ原を下る頃には夜が白々と明けてきた。ザレ場の尾根道を下り切ったところがザラ峠であり、エアリアマップによれば歴史とロマンの峠と言う。

これから登って行く獅子岳が壁のように立ち塞がり、性根をすえ直してから視線を足元に落として登って行く。ゆっくり歩を進めてもたちまちのうちに五色ヶ原の台地を見下ろせるようになり、ハシゴを二本、鎖一本をこなして行けば五色ヶ原山荘も視野のうちに入って来た。
 
 〔ザラ峠を振り返る・獅子岳の登りで〕
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ガスで陰って五色ヶ原の紅葉がはっきりした色どりではないが、日でも照ってもっと紅葉が進んでいればため息が出そうな眺めだ。高みを越したら尾根の東側に回り込んで黒部湖を眺めながら山腹を行き、途中の風の通らないところで一休みすることにした。

その後、獅子岳の山頂に立ったのが6時55分。この先も尾根の東側を歩き、ガスのために広がっている風景に浸ることもなく、ただただペンキ印を追い求めて岩ゴロを通過した。ハイマツ帯に入ったら今度は下り坂になり、下り切ったところから木道が始まる。

木道の両側に草紅葉が広がり、次のガレ場では登り坂を迎える。尾根に出たら鬼岳東面の標識で浄土(じょうど)山方面に向かい、ここから岩ゴロというより岩稜帯の登りと言った方が表現は適切だ。
  
 
〔木道の周辺は草紅葉〕 〔大半がこのような所〕

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ハイマツ帯に入ったらまた下り坂になり、次に迎える登りも岩稜帯の中だ。ここから長い登り坂になり、ピークに立ったところでガスの中におぼろげに見えている建物が富山大学の研究所であることを先の案内板で知った。

龍王(りゅうおう)岳を巻いていることも後から知ったことであり、雨の強く降り出している今となっては早く山行を終えることだけが急務のような心情になった。この場所に立つ標識で室堂平、一ノ越を分けているが、室堂平に下ることにしたのも事前の仲間との打ち合わせの通り。

下っている間でおそらく室堂平を俯瞰できるのだが、ガスのためだけではなく目下のところひとつひとつの岩稜を越えて行くことに懸命だ。悪天候にも関らず登って来る登山者も次々と後を引き、なかには薬師岳方面に向かって行けるところまで行くという登山者もいた。

浄土山登山口から先は一変して散策路になり、後は観光客とともに歩いて室堂バスターミナルに行くだけの行動である。

〔室堂平〕
--コースタイム--
 一日目
   七倉岳登山口 6:00 尾根出合 6:55〜7:05 岩小舎 8:15 
   天狗の庭 10:25〜10:35 
船窪小屋 11:20 
                                −実動時間− 5時間00分
 二日目
   船窪小屋 6:00 七倉岳 6:07〜6:15 分岐 6:20 
   テント場
 6:35 船窪乗越 7:10〜7:15 針ノ木谷出合 8:20〜8:35
   高巻道の標識 9:20〜9:35 高巻道終点 10:20〜10:25
   南沢出合 11:20 平ノ渡場 12:10 平ノ小屋 12:35
                                −実動時間− 5時間55分
 三日目
 
  平ノ小屋 6:00 刈安峠 7:40 五色ヶ原で休憩 8:45〜9:00
   五色ヶ原で休憩 9:35〜10:05 五色ヶ原山荘 10:40〜10:55
   鳶山 11:30〜12:10 五色ヶ原山荘 12:50
                                 −実動時間− 5時間10分  
 
四日目
  
 五色ヶ原山荘 5:00 ザラ峠 5:35〜5:40 休憩 6:40〜6:50
   獅子岳 6:55 一ノ越分岐 8:30 浄土山登山口の標識 9:20
   室堂バスターミナル 9:55
                                −実動時間− 4時間45分
--参考地図・図書--
 「山と高原地図 鹿島槍ヶ岳 昭文社」 
 「山と高原地図 剣・立山 昭文社」