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情報モラル教育をどう小学生から実施すべきか
ー発達段階と現実の狭間でー
香川大学 助教授 阪根健二
佐世保の事件を契機に、情報教育にある揺れが起きてきている。情報モラル教育(情報倫理)の必要性である。しかし、これはこれまでも指摘されてきた問題であり、とりわけ大きな変更点ではない。ただ、情報モラルをどう教えるかという点ではまだまだ十分に研究し尽くされてはいないから提起されたものである。
インターネット利用者数の著しく増加し始めた1990年代から、高等教育中心に、ガイドラインや情報倫理についての取組は行われてきた。また、高等学校には、新教科「情報」が設置され、高校における情報モラル教育の議論も進み、多くのテキストが出版された。
それに伴い、小中学校にも情報モラル教育が導入されてきたが、そのカリキュラムと教材の開発が完全に出来上がったとはいないし、教師もその重要性を認識しつつも、現場での指導方法が不明確であった。
特に小学校での取組の難しさには、その発達段階にあろう。小学3年までと、4年以上には言語認識において大きな差異がある。低学年では、話し言葉で特定集団でのコミュニケーション活動が中心であるのに対して、4年以上では、書き言葉において、不特定多数とのコミュニケーション活動が盛んになってくる。その発達段階において、子どもの社会性の成長と大きな関わりがあろう。つまり、小学校における情報モラル教育はこの差異をいかに考慮すべきかを検討する必要がある。
とはいえ、技能的な習得なくしては、コンピュータ教育は出来ないことから、ある程度低学年からのカリキュラムづくりは必要であり、使い方を教えながらも、その危険性や意義も伝えなくてはならない。つまり、すでに低学年でもインターネットは知っているのである。
ある意味、自転車等の交通安全教室と同じではないだろうか。具体と体験なくしては指導できず、あわせて禁止事項の説諭の徹底かも知れない。年齢が上がれば、なぜいけないのか討議したり、自学が可能となる。
交通安全教育は、まずは、命の危機への回避とルールを教える。それはある程度一方的なルール教育であり、高学年になると、譲りあいなどのメンタル的な教育や、現実の事故の結果への認識といった手法が効果的となる。インターネット等の情報モラル教育は、この発達段階と現実との狭間で、各学校が工夫しなければならないと思われる。
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