丹後の地名

本町(ほんまち)
宮津市



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京都府宮津市本町

京都府与謝郡宮津町本町







 

本町の概要


《本町の概要》


市街地の中心で、大手橋左岸の市役所前より西側の白柏に突き当たるまでの直線500mばかりの本町商店街の両側町。昔の国道176号・312号(重複)が東西に貫通するがそのメーン道路筋である。

本町は江戸期の広域地名で六幹町の1。大手橋から西へ白柏町に接する地域にあたった。幹町としての本町分には波路町を含んだ。幹町としての本町分には、波路町53軒、波路町散田2軒を含む。元禄4年以前には切戸町(現京口町)・松原町が一時本町下に入っていたという。本町の東端部大手門近くに片原町があったが安政2年に廃して本町に合併した。家数は、寛文6年179軒、元禄16年128軒、寛保4年179軒(1,093人)、宝暦年間140軒余、明治維新以前158軒。
本町は、江戸期〜明治22年の町名で、城下本町組の1町。北は魚屋町、南は万町、西は白柏町に接し、東は大手橋へ通じる。元禄16年・宝暦年間の町筋は東西208間余で、道幅2間余。家数は、寛文6年126軒、元禄16年73軒、宝暦年間80(一説に90)軒余、明治維新以前142軒、明治19年136軒、同21年115戸。元禄10年の本役35軒・竃数88軒・板借家50軒。同22年宮津町の大字となった。
本町は、明治22年〜現在の大字名。はじめ宮津町、昭和29年からは宮津市の大字。

本町通り(明治45年)
本町通り(宮津市・明治45年) 旧藩時代からの中心通りで、明治以降も商店街として発展した。

本町通り(宮津市・昭和30年代) 三輪自動車や街灯が懐かしい通りの光景。
(『目で見る舞鶴・宮津・丹後の100年』より、キャプションも)




《本町の人口・世帯数》145・66

《主な社寺など》

《交通》

《産業》

本町の主な歴史記録

《丹後宮津志》(地図も)
宮津町=本町・魚屋・新浜・宮本・万・金屋谷・小川・白柏・河原・住吉・漁師・杉末・川向・宮町・蛭子・池ノ谷・万年・万年新地・鶴賀・波路・波路町・安智・外側・吉原・中ノ町・京口・馬場先・松原・京口町・木ノ部・京街道・大久保・柳縄手・島崎。世帯数2212。人口9190。
黒が元禄時代。赤は大正14年。
宮津市本町




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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『宮津市史』各巻
『丹後資料叢書』各巻
その他たくさん




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