丹後の地名

日ヶ谷(ひがたに)
宮津市



お探しの情報はほかのページにもあるかも知れません。ここから検索してください。サイト内超強力サーチエンジンをお試し下さい。



京都府宮津市日ヶ谷

京都府与謝郡日ヶ谷村







日ヶ谷の概要




《日ヶ谷の概要》

 火ヶ谷とも書く。市の北部。犀川上流域。南方に笹ヶ尾山(371m)、南西方に角突山(328m)があり、北は与謝郡伊根町に接する。岩ヶ鼻から犀川に沿って遡り外垣を過ぎて、西北に谷間を上った村。(たち)・大西・牧・藪田・落山(おちやま・おっちゃま)・厚垣などの散在する集落を一括して日ヶ谷という。現在は中心集落大西をはじめとする薮田・落山・厚垣の4小字より成立。いずれも山間の農山村地域である。

日ヶ谷大西(宮津市)
日ヶ谷村は、江戸期〜明治22年の村名。はじめ宮津藩領、寛文6年幕府領、同9年宮津藩領、延宝8年幕府領、天和元年以降宮津藩領。明治4年宮津県、豊岡県を経て、同9年京都府に所属。同22年市制町村制施行により単独で自治体を形成。
日ヶ谷村は、明治22年〜昭和29年の与謝郡の自治体名。大字はなし。昭和29年宮津市の大字となる。
日ヶ谷は、昭和29年〜現在の宮津市の大字名。昭和32年、牧地区が廃村となる。



《日ヶ谷の人口・世帯数》247・107

《主な社寺など》
臨済宗妙心寺派地久山天長寺

天長寺(宮津市日ヶ谷)
真言宗威光寺の後身と伝える。南方谷間、小字森ノ上に威光寺跡と伝える所がある。威光寺は伊禰庄の氏神山王権現(現岩ヶ鼻日吉神社)の別当寺であったが、いつの時か現在地に移して天長寺と称し禅宗に改宗したという。寺蔵の大般若経は山王社に伝来したもので、600巻が現存する。平安後期の書写経を中心に鎌倉・南北朝・室町・江戸時代の補写経を混じえ、奥書の年紀は康和2年(1100)が最古。丹後における伝存大般若経の代表例とされる。

『宮津市史』
本寺は威光寺の後身と伝えられ、寛永年間〔1624-44〕に智恩寺の心燈禅師を開山として中興されたという。

『与謝郡誌』
地久山天長寺
 日ヶ谷村にあり本尊釈迦三尊其創立年月詳ならざるも頗る古刹たるものゝ如し延暦年間翌算蔵司なる者あり来つて中興し其後数十年に至り天長年中に再建せりといひ伝ふ、享和三年妙堂和尚之を改造す案ずるに當村数回火災に罹り古記録悉皆焼失し今に至って審に知る能はず併し行基菩薩の真筆の書写大般若経二百餘巻今現在せるあり其の記と村民の口碑傳説と大略符合せる所あり即ち天平寳字年中の草創にして之を號して威光寺と云ふ眞言宗旨の道場にして伊根庄氏神山王権現護持別當職なり天長年中に至り寺を世屋箇谷に移し年號を取って天長寺と改む又寛永年間智恩寺中興開山心燈妙照大禅師を懇請して住持再中興と、中本山智恩寺末なりしが明治十五年妙心寺末となる、當寺禅宗となりしより五百餘年を経過し元威光寺より約千有餘年なりといふ、境内二層の軽塔あり薬師如来を祭る、境外栗尾に大師堂、奥河原に田神、落山城山に青面金剛あり、寺寳大般若軽(僧行基筆)二百三巻、文殊菩薩画像(法現永筆)一幅、十六羅漢画像(明堂筆)四幅、托枳尼天画像(兆殿司筆)一幅その他雪舟、東舟、白隠和尚、狩野季信、曾我?白等の画像尠なからず、但し当寺に関する郡誌編者の私按は史蹟編寺趾威光寺の條に譲る。


威光寺ならびに木積神社の趾
『与謝郡誌』
威光寺趾
 日ヶ谷村本村小字森ノ上三百九番地明神の社と云ひ明治八年の調査の当寺玉樟巨幹一丈七尺廻あるよし記載せるが隣接地を森の上と云ひ、三百十番地九畝二十三歩之れを威光寺の最古の屋敷と伝ふ。明治十六年同村大火の爲めに明神祠及巨樟ともに焼失し今稚芽あり。其後稍東南方第百十七番地乃至百二十二番地に移転せしと云ふも其の年暦を詳かにせず、台帳面積約二反歩の地を今威光寺と字名せり。同村天長寺は縁起によれば天平年中の并創にて當初眞言宗なりしも天長年中に今の地岡の尾に移転し年號を取りて天長寺と改め同時に禅宗に改めたりとあるも、(禮紀編寺院の部参照)奈良朝時代未だ真言宗と命ずべきほどの宗旨なく又平安初期には未だ禅宗なければ、たとへ縁起の説と雖も探るべからず然らば何時今の地に移転改宗を為したりやと云はゞ斯は遽かに知りがたきも、天長寺所蔵の大般若経写本六百巻の中約半数の巻尾に「伊根庄一宮山王宮大般若経享徳二酉年威光寺沙門翌算修補」の記事あれば、真言宗威光寺は享徳二年には岩ヶ鼻の山王権現と共に猶ほ榮えたるを知るべし。恐らく元禄再興といへる時が比の過渡期ならん。而して山王権現は一説に延喜式の木積神社なりと云ひ、同社もと日ヶ谷にありしを嘉吉の洪水に流れたりとて前記森ノ上明神はその故地なりと伝ふ。斯かる縁故に由り岩ヶ鼻なる日吉神社の旧霊代は今日ヶ谷村の天長寺に一部分を奉安せるが就て検するに近州山王日吉二十一所権現の内、中七所中の王子宮権現の霊代と下七所中の気比宮権現の本地佛観昔の金像となり、如何にしたりけん他を逸す。


大山権現

日蓮宗日渓山円教寺

円教寺(宮津市日ヶ谷)
『与謝郡誌』
日溪山圓教寺
 日ヶ谷村字圓山、本尊同上、開山日乗上人もと密宗にて叡嶽乗養坊の僧にて當村に来り威光寺に住す。偶ま京洛五條橋上にて本国寺日助上人と法論し負けて法華宗に改め威光寺に帰る能はずして墓堂に小庵を結び托鉢を業として遂に圓教寺を栗尾に建つ。享保三年祝融に罹り堂坂に移転再興せしも境地動揺するの故を以て天保十年今の圓山に移転改築せり。


松田山城守城墟
天長寺の北方の日ヶ谷城は松田山城守の居城跡と伝える。もと後宇多天皇の妃で、日置の金剛心院の開基願蓮(千手姫)は松田氏の出と伝える。
松田氏は一色氏の家臣であったが、天正10年細川藤孝に攻め滅ぼされた。
『与謝郡誌』
日ヶ谷城趾
 日ヶ谷村天長寺背後の山を城山と云ひ松田氏累代の居城にて、天正十年九月山城守頼遡細川勢の爲めに落城せしといふ、分哥府志に此城のことを左の如く載せたり。
 松田山城守城墟、公親朝臣九代の孫頼盛俗名松田八郎左衛門法名覚阿といふ其子千手姫後字多帝に仕へて后妃となる今金剛心院の開基なり願蓮大姉と称す金剛心院に於て延命地織と祭る頼盛十三世の孫頼通山城守と称す一色氏に仕ふ、天正十年夏五月細川藤孝の爲めに亡ぶ於是山城守の子福壽丸初めて農民となる今に其子孫残る又家系異りと雖も頼盛の孫に平内左衛門秀頼といふものあり和歌に長ぜり共子貞秀兼秀満秀秀藤秀興長秀皆丹後守に任ぜらる日本史二の説に山城守後に木下若狭守の家士となりぬといふ。
 となす、松旧家の子孫と称するもの今同地に残れるが系譜も共に保存せり即ち左の如し。
右系譜の要抄にて六郎右衛門某法名実如以下数代皆六郎右衛門を名とし現代安蔵氏に伝はるといふ。

花蓮の里
花蓮の里
「花蓮の里公園」が整備されて、約25アールの元水田に900株ばかりの蓮や睡蓮が花咲かせている。日ケ谷小学校の少し下側の道路沿いにある。
ハスは極楽に咲く花とか、死んだら地獄送りになる人は別して、たいていの人はもしかしたらこんな花園に行けるのかも知れない。




《交通》

《産業》

日ヶ谷の主な歴史記録


『丹哥府志』
◎日ケ谷村(外垣村の奥)
【大山権現】
【日渓山円教寺】(日蓮宗)
【地久山天長寺】(臨済宗)
【松田山城守城墟】公親朝臣九代の孫頼盛、俗名松田八郎右衛門、法名覚阿といふ。其女千手姫後宇多帝に仕へて後妃となる今金剛心院の開基なり、願蓮大姉と称す、金剛心院に於て延命地蔵を祭る。頼盛十三世の孫頼通、松田山城守と称す、一色氏に仕ふ、天正十年夏細川藤孝の為に亡ぶ、於是山城守の子福寿丸初て農民となる今に其子孫残る。又家系異りといへども頼盛の孫に平内左衛門といふものあり和歌に長ぜり、其子貞秀、兼秀、満秀、秀藤、秀興、長秀皆丹後守に任ぜしなり。日本史の或説に山城守後に木下若狭守の家士となりぬといふ。
【越山】(以下三ケ村日ケ谷村の里名)
【薮田】
【槙】




日ヶ谷の小地名


『角川日本地名大辞典』より、
日ヶ谷
中登坂道ノ上 グミケ谷 中登坂向 ヤガク ヤガクゴ サンモ村 三尾村平田 サンモムラ喜平田 堂カイ 興三兵衛田 坪谷 アリカド 白山石 坪谷川向 大石畑ケ ヤサンナベ 白山石奥 奥市 掛ケ道 カワラ 立テ畠 大ガイリウ 落谷奥 堂ノ上 釜土 釜土中ノ切 釜土川原 釜土橋ノヘキ 釜土下ノ切 釜土上ノ切 釜土道ノ下 釜土坂 ヲクカハラ ユリ 由里 家ノ尻 カシノ木 フケ 岩根 マツ谷 トチモト ウシロカヤ ウシロカヤ道上 ウシロカヤオク 平戸 ヘイト タキノヒガシ ロ高原 高原坂 中川原 タキサカ タキ 中谷 ノマチ 仲谷 野谷 ヤセン畑 イチヲク タカハラ 高原ノ上 ヤクロ ヤクロ下ノ切 ヤクロ道ノ下 コサルガ尾 カメガフチ ホヲノ木原 ホヲノ木 仲セビ 大槻 大キヤケ オニバリヱ バンヤ 大通リ ヲテハリヱ キシヤシキ坂 キシヤシキ ロクロ原 滝ノカタ 立畑ケ ヒカゲヒラ タキノシタ 作兵衛 タキタニカシラ 水呑尻 ミヅノミ谷 文良原 ヲテバリヱ 石塔 田中 高畦 田中坂 古畑 コモ谷 他人田 奥川原 ハサコ ホヘクチ ホヘクチ川原 他人田川原 モミヂ垣 相垣 サルハシ谷 猿橋谷 コナルヒ川原 コナルヒ坂 太田坂 大田 コナルビ 堀切 太田原 塚畑ケ 屋敷ケナル後口 屋敷ナル 波見峠 山見谷 井耕 上々田 カラ木谷 柳原 カラホ谷 ヤケ尾 妙ケ浦 ガマ 三左ヱ門 舟ケ谷 妙ケ浦坂 サゝ谷 笹条谷 笹ブ谷 牧小屋ノ下 吉田 側山 牧ノ谷ヲク 牧ノ谷 シモノ池 ワカオ 休場 休場上 休場下 ヲテマキ 仁反田 出合 石倉出合 長ノ田 長ノデン ミコヤデン 大タキ 中尾 聖ケ尾 大成ル 大ズヱ 大崩 小屋谷 カンダ田 大成ル坂 堂ダビラ ドウダビラ 高ノ巣 下ノ坪 下ノ坪川原 ドウド ドウド坪川原 ドウド向川原 ドウド向 赤谷ノ向 赤谷 赤谷坪根ノ上 イモジ イモジカ成 ヒヱ田 コザコ コマゲナル 地蔵田 地蔵田奥ノ切 地蔵田川向 中登坂 滝坪 焼尾 石塔ノ下 ビロク川 有広 スグ谷 岩ケ前 墓尾 カンジヤ畑 薮田尻 石原 小竹 大垣 日ケ谷峠 峠ケ タイザ 池ノクゴ 後ロサイカケ 有田 後有田 渡り所 クワガイ ミツキ 財木谷 境原 崩レ クヅレ 糯田 赤峠 崩レ坂 奥田 クツレ ソウブ原 二反田 姥ケ谷 下垣 仲イヤ 家ノ上 小屋尾 墓ノ下 池ノ尻 前田 林ノ谷 橋詰 薮ノ坂 バチカリ 松ノ木 細谷 墓ノ尻 サイカチ 落山峠 世谷ケ谷 ヲクダン 坂尻 フケノシリ谷 内ノ谷 内ノ谷道ヨリ下 内ノ谷道ヨリ上 荻ノ野 コエクビ 漆谷 ソヘダニ 漆谷ヨリ向下 漆谷道ノ下 漆谷中 漆谷中ノ下 六右ヱ門谷 小丸山 桐ノ木谷 物見ケ峠 物見ケ峠流尾 舟ケ谷 大西山 大西山 大成尻 笹ケ谷 フロヤケ谷 福岩 トウド 白峠 爪ヤ 大ナル 足原 イ子田 中バケ カンヅ ウクス原 向田 小谷 松本 江戸ノ下 江戸 里ノ道 小庵 森ノ上 里道 奥ノ向 向井根ヨリ上 牧 家ノ下 奥河原 トチ中 立 谷川 岡崎立テ バフ 馬場 篠ケ森 立下 立シモ 堂坂 大西 畑中 家ノヨコ 元ヤシキ カミノキ 向ノミドウ 岩根 カカリ 家ノ後 堂ノ下 岡ノ尾 ヲテ 墓堂 奥谷 清水 八幡 薮田 薮ノ下 家前 岩ケ前 コミヤカコ 落山 落谷 中大道 元仙次郎屋敷 マヘ田 丸山 フケシリ 宮ノ上 家ノ上 宮ノ谷 寺ノ下 厚垣 池ノ上 家上 九兵エ前 村ノ内 村内 久助横 ユノ木 奥谷山 入山 白石 下川原 物見峠道ヨリ上 井光寺川原 大屋田 井元寺 シサイ木 クレハ クレハ下ノ坂 寺尾 門ノ下地蔵下 門ノ下タ 地蔵ノ向 スゴ尻 家ノ向 肥后ノ巣 スゴ スコ坂 塔一円 塔円 トウノメ ヲクノ向 奥向田中坂 シン妙 太田 落山坂 太田ノ上 尾干 田楽 白石道ノ上 宮ノ谷 久左ヱ門横 儀助前 徳太郎前 喜蔵前 重三郎前 九兵衝前 厚垣 物見峠道ヨリ下 久助横 コポヱ 村内下タ 小バシ 八栄 八楽 助ノ内 朴ノ木 朴木奥 鍛冶畑ケ カジ畑ケ 川尻田原 柳谷道ノ上 柳谷 川尻道ノ上 川尻道ノ下 朽ノ木 川尻原 デロ原 タクミ道ノ下 岩ケ下 大谷向 大谷口 大谷岩ノ上 大谷田ノ上 カクレ畑 大谷下 大谷道ノ上 大谷屋ノ下 タクミ 小尻道ノ下 井根垣 井根垣原 コマリ山 出張 ツバキ 下田 下田原 滝ノ上一丁田 ツハ谷 城山 石倉 ハルノキハラ 中登 尾登 落合 仁丹田 横尾 オヴテノ上 オウテ 尾手道ノ上 下川原勝負谷 寺尾坂川畑 水口 大林 猿ハレ谷向 山見谷ハラ 井科 シモノ谷 愛宕山 ワカサ 牧愛宕山 牧ノ上 尾牛坂 小巻ノ谷 タカノス 畠ノ谷 モヘタハラ コザヲザブロ 松竹ケ谷 地蔵田道下 セカリコ田ノ下 アワカト 坪谷 久右エ門田上 大石畑ケ マラダ カハラ 立テ畑ケ 大カイリウ ヨカサキ 畑ケ中 墓堂 ヲクダニ 栗尾 松谷 ダンカメ山 トチ中 トチ元 ヲリカワラ ウシロカヤ 大松山 ヘイト 桃ケ谷 イネ奥 高原 上ノ切 タカハラ坂 ヲテバリヘ 横道井根ノ上 コナガヱ 張江 妙見ノ後口 世前畑ケ 石橋坂 石橋 スグ谷 ヱノキワ 岩ケ前 タキカツボ 小竹 溝谷 朽木 日ケ谷峠 峠 妙見原 池ノクゴ 有田 小竹谷 坂尻 有衣 船越 糯 ソウゾ原 林谷 清水原 小天ノ尾 オミヤクマ 峠ノ坂 坂尾 白峠 落山峠 掛原 ヲカ 寺ノ上 萩ノ野 京塚 いヱ角 相木谷 東谷 フロヤケ谷 巻谷 足原 ウリス原 太田尾 白石 尾平 平田尾 平田道ノ上 平田道ノ下 徳蔵のヨコ 吉蔵ノ前 寺横 下稲木 宮向 ハシ木 有ケ戸 柳へ谷 柳谷原 出口原 大谷道ノ上 大谷田 カクシ畑 下田原 タキ上 ツバ谷 中登り 尾登 奥谷山 赤畠ケ 内谷 添谷 コバヱ 尾 大石畑ケ ウシロガマ アンドビラ ヒカゲビラ 佐兵ヱ サイベイ ミツノミ谷 コメガヘ ハリヱ 妙ケンエ ヒロノ川 スリ谷 峠妙見原 大イサ 池ノクゴ エンナル 桑カイ 小竹ケ谷 白ノ御堂 横尾坂 大谷カクレ畑ケ 下田 有ケリ ヒゴノス 小尾ノ谷 藤ケ森 カツラ 市奥 モク谷 夕ニカワ 横道 ヨコ谷 外水 成谷 カジヤ峠 高原下ノ切 仲イセ ハシラタ 上本道ノ下 大山峠 大山 マキ谷 テンカク 中道道ノ上 ツバキ 下田原 向ノ御堂 大西山中尾 白岩

関連情報






資料編のトップへ
丹後の地名へ


資料編の索引

50音順

市町村別
京都府舞鶴市
京都府福知山市大江町
京都府宮津市
京都府与謝郡伊根町
京都府与謝郡与謝野町
京都府京丹後市
京都府福知山市
京都府綾部市
京都府船井郡京丹波町
京都府南丹市











 
【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『宮津市史』各巻
『丹後資料叢書』各巻
その他たくさん




Link Free
Copyright © 2010-2016 Kiichi Saito (kiichisaitoh@hotmail.com
All Rights Reserved