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丹波の

寺(てら)
京都府福知山市寺


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京都府福知山市寺

京都府天田郡福知山町寺





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寺の概要



《寺の概要》
久昌寺のある一帯の町で、福知山城下15か町の1つ。城下町の一番北になり、堤防沿いに走る山陰街道(但馬街道・丹後街道・京街道・今は市道なのかも知れないが、以前は国道176号)沿いの丹後口門(鋳物師町との境にあった)の内側、城下の北の固めとしてここに寺院を集めたため寺院が多い町。
久昌寺門前あたりの但馬街道と町並み↓(この道は一方通行)
京街道(山陰街道)

稲葉紀通時代の絵図には、東から高春院・法鷲寺・西蓮寺・久昌寺・慶蔵庵・善行寺・慈徳寺・十王堂と丹後口門まで並んでいる。松平忠房時代の絵図には、東から常照寺・法樹(鷲)寺・西蓮寺・久昌寺・善行寺・正眼寺と由良川堤防側に並んでいる。「丹波志」は当町の寺院として、氷上郡伊中村円通寺末曹洞宗久昌寺、京都知恩院末浄土宗法鷲寺、京都本圀寺末日蓮宗常照寺、京都立本寺末日蓮宗善行寺、猪崎村醍醐寺末臨済宗海眼寺、西本願寺末一向宗明覚寺、東本願寺末一向宗永領寺、久昌寺末曹洞宗西蓮寺・正眼寺、京仏光寺末一向宗成徳寺を掲げている。
寺院みな当寺町地内にあったかのように書かれているが、地籍上では久昌寺は寺町、常照寺・永領寺は菱屋町地内、法鷲寺は下紺屋町地内、西蓮寺(明治初年廃寺)は西町地内に属していたといい、善行寺・海眼寺・正眼寺は当町西部で横町を南へ入りさらに西へ折れる庚申横町の地にあったという。
今は曹洞宗補巌山久昌寺、その西方には臨済宗南禅寺派慈雲山海眼寺と曹洞宗明鏡山正眼寺があるのみである。
明治4年福知山県、豊岡県を経て、同9年京都府に所属。同22年福知山町の大字となる。
寺は、明治22年~現在の大字名。はじめ福知山町、昭和12年からは福知山市の大字。


《寺の人口・世帯数》 126・61


《主な社寺など》

曹洞宗補巌山久昌寺
久昌寺(福知山市寺)
案内板がある→久昌寺案内板
補巌山 久昌寺 曹洞宗
本尊 大恩教主 南無本師 釈迦牟尼仏
本山 福井県 大本山 永平寺
   横浜市 大本山 総持寺
開山 威雲宗虎大和尚 兵庫県氷上郡氷上町 永谷山円通寺十二世 慶長十二年(一六〇七)四月二十七日寂
創建 文禄元年(一五九二)
開基 豪徳院殿雄山良英大居士 朽木公
      万治三年十一月十三日亡
    久屋妙昌禅尼 高崎源太夫の妻
貞享二年(一六八五)火災を罹り堂宇悉く焼失
元禄元年(一六八八)二世南渓存越大和尚禅師代再建
         禅師は雲岫廣覚禅師の勅賜号を賜う
寛政七年(一七九五)四月七日 類焼を罹る 十三世泰翁壽仙大和尚代
明治十六年五月十五火 二十一世省拙祖覚大和尚代惣門を除き諸堂焼失し
明治十七年より仝十七年に至り再建竣功す
明治四十年八月 大水害を受け諸堂大破のち復旧
照和五年 二十四世 大晃覚明大和尚代 開山堂位牌堂改築
昭和三十三年 二十五世 寛山哲了大和尚代鐘楼堂改築

福知山城主朽木公の菩提寺なり
鎮守 福徳毘沙門天、祇園牛頭天王
   薬師如来(小野小町の歌かけ薬師) 以上

『天田郡志資料』
補巌山 久昌寺 (曹洞宗) 同町字寺
本尊 観世音菩薩
草創 文禄元年 再建 元禄五年六月にして爾来明治年間に至り敷地の地上げ、本堂、庫裡の増改築度々なり。
開山 雲虎和尚 開基 高橋源太妻、法名、久屋妙昌信尼、
福知山城主朽木侯世々の菩提寺にして、郡中の名刹なり、丹波志によれば末寺廿六ヶ寺とし左の如く記せり。中には廃絶の寺もあるべけれどもこゝに褐ぐ、
○西蓮寺 (著者の幼時には、久昌寺の上隣にあのしと思ふが、後其所には福知山警察署を設けられたり)
○正眼寺 福知山字寺(俗に庚申寺と云)
○東光寺 下豊富村字厚に在りしが、明治廿九年水害後、同字茶臼山の南麓に移転して尼僧住み,東光庵と称せしが、今はこれもなし、厚村なる、東光寺址には墓地のみ残れり、琴平神社の直ぐ北方なり。
○円応寺 福知山町笹尾   ○円住寺 上豊富村字小牧
○円浄寺 福知山町字堀   ○高浄寺 下六人部村字岩間
○円覚寺 雀部村字土師   ○東林寺 仝土字前田
○善光寺 下六人部村多保市 ○洞玄寺 西中筋村字石原
○頼光寺 雀部材字川北   ○長円寺 何鹿郡佐賀村私市
○昌宝寺 何鹿郡佐賀村報恩寺  ○法楽寺 氷上郡下竹田
○瑠璃寺 何鹿、以久田村大畠   ○隠龍寺 仝中筋村高津
○慈恩寺 仝上字延        ○高台寺 仝以久田村字栗
○浄泉寺 仝以久田野村位田    ○清絃寺 仝中筋村字岡
○真福寺 仝志賀郷村向田     ○龍宝寺 仝吉美村小呂
○龍昌寺 仝小畑村中村    ○長松寺 仝志賀郷村坊河内
○光明寺 加佐郡北有路    以上
檀家 四百二十戸    財産 借家八戸 地所敷百歩
現住職森覚明師は何鹿郡小畑村の産。曹洞宗専門学校。仝布教師教導学校に学び東洋大学の出身である。何鹿郡昌宝寺、長円寺、氷上郡瑞雲寺等を経て大正の中頃当山に転住、其間布教師として関東地方及北海道方面に活躍さるゝこと殆ど十年今尚軍隊布教師、大阪逓信局嘱托たり、而して京都方面委員常務委員、天田郡親和曾副曹長として社会事業に尽瘁せられつゝあり。


臨済宗南禅寺派慈雲山海眼寺
海眼寺(福知山市寺)

『天田郡志資料』
慈雲山 海眼寺 (臨済宗南禅寺派) 同町字寺
本尊
開山 無関禅透大禅師  中興 関山湛堂和尚
創建 元和年間  境内 本堂、庫裡、観音堂、位牌堂、鐘楼門等あり
檀家 信徒合せて二百戸  財産
現住花房瓊岩師は長崎県の人明治四十二年当山住職となる。


曹洞宗明鏡山正眼寺
正眼寺(福知山市寺)

『天田郡志資料』
明鏡山 正眼寺  (曹洞宗) 同町字寺
本尊 地蔵尊 (丹波志に聖徳太子の作とあり)
開山 道華元達和尚
創建 慶長十八年当寺はもと庚申青面金剛王の霊場にして衆庶の渇仰崇信すらこと久し。伝へ云、大宝寅元年疫病諸国に流行するに方り病死する者甚だ多し、時に大坂四天王寺に僧都洪範といへる者あり、只管仏天に祈願して衆生を救はんとす。時に霊像の降下を感得して祭る者病癒ゆ、諸国伝聞して、之を祭る、当寺の青面金剛王は実に其一なり、もと箕越に祭りたりしを福知山の起ると同時に当地に移し祭れりと云ふ。今も箕越に庚申塚といへる小字遺りて当寺の所有たり。
慶長十八年久昌寺三世道華元達和尚、当寺を創建して明鏡山正眼寺と称し宗乗を宜揚し康国の道場とす。明治維新の際維持法の確定を欠き寺運漸く傾き加ふるに明治廿九年、仝四十年の水害に寺什宝器を流失し堂宇、亦破損甚しく法式を執行し難きに至る、然るに大正十年以来現住梅本覚乗師、保存修理の計画を立て大方の有志者に訴へて浄財の喜捨を得て、本堂を修理し庫裡を再建し器具を整へ殆ど而目を一新せり、只洪鐘なきを以て其鋳造を計画中と云ふ。
境内に鎮守堂、庚申堂は前記の通り、鎮守堂には伏見稲荷神社の分霊を奉祀す。
山門は福知山城内の旧銅門なり、もと高木半兵衛氏の所有に帰したりしを明治三十二年当寺に移建せり。庚申堂、鰐口の銘、奉掛天田郡福知山善男女募化衆新造 寛保元年四月吉日明鏡山正眼寺弁光誌檀家信徒 約二百戸(現住の始めは僅に四十戸に満たざりしに逐年増加して約二百戸に至ると云)現住梅本覚乗師は円浄寺前住職梅本朴雄和尚に就て得度し、十四才舞鶴桂林寺専門学校に学び十九才明治廿二年氷上郡円通寺首座、爾来同寺日置黙仙禅師に就て坐禅弁道せり明治廿九年、当山住職となり以来寺門の興隆を計り、伝道、布教、社会教化の事業に尽瘁し表彰、感謝状を受くること数回なりと云ふ。

また「町名主日記」元治元年。正眼寺での祭文式に出かけた記事が見えるという(福知山市史史料編)。祭文読みは、山伏が錫杖を振り法螺貝を吹きながら神仏の霊験を唱え、江戸末期には世間の出来事を歌う遊芸の一種となり、庶民の娯楽になっていたという。
庚申堂と鎮守堂↓
庚申堂(左側)(正眼寺境内)

青面金剛王庚申尊大縁起
大宝元年(西紀七〇一年)全国に疫病流行し病死する者多し、時に大阪四天王寺の住持洪範上人只管仏天に諸病平癒と諸魔退散を加持祈願す。満願の日庚申尊天の霊像降下するを感得して奉祀するに大威神力あり。病尽く除癒し人民安穏を得たり。当寺の尊天は山陰最古の霊場と云う。
明智光秀築城に際し京街道を此の地に敷く庚申堂も亦、箕越(奥岡)より比の地に移築せり。尊天は亦、道祖神とも称し旅人の交通安穂悪病退散の神として全国に、祀られ亦、道端に石像を建て恭敬せられて霊験あらたかなり。猿を神使となし「諸難サル」との信仰厚く亦、縁日が「かのへさる」に因んで諸願叶へるとして日限祈額する者多し
御詠歌
 明らけく鏡の如き吾が心
  正しさ眼に世をみつめなん

山門↓
山門(正願寺)
アカガネ門の案内板
曹洞宗明鏡山正眼寺山門沿革
天正四年(西紀一五七六)明智光秀公丹波を領し福知山に竜頭域を築き以ってその居城となす。即ち現今の朝暉神社以西の地割にして、その城郭の周囲に四十八門あり。その内、尤も署名なる銅(あかがね)御門之なり。今の市役所横の小路、検事局裏手に在りしものなり。明治三十一年当山に移築せり。山号の額材は域内南居間本床上の矢床板なり。書は大本山永平寺六十七世勅特賜円證明修禅師の染筆にて当寺の山号明鏡山と記せり。




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《産業》


《姓氏》


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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『丹波志』
『天田郡志資料』各巻
『福知山市史』各巻
その他たくさん



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