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 ギドラの巣10周年を記念して1970年発行ぼくらマガジンの記事を掲載します。
 1970年1月25日に円谷英二監督が逝去され、子供雑誌に特集記事が載りました。
 当時小学1年だった私ですが、日頃から特撮・怪獣・円谷英二と言い続けていたので、この雑誌を手に入れた友人が私のために譲ってくれた物です。これ以前 にも学習雑誌の付録で怪獣図鑑的なものや簡単な特撮技法解説は入手していましたが、円谷英二資料としては私にとってこれが最初の物になります。
画像をクリックすると拡大します(全8種)
英二11
英二22
英二33
英二44
英二55
英二66
英二77
英二88

 誌面に○がついているのは、小学3〜4年ごろまで鑑賞チェックリストとして使っていたためです。
 見たことのある怪獣には○が付いています。2回見た物には二重丸。プラチク星人に×がついているのは、見逃したため。それから、スペル星人が無印なのは 未放送だったためです。「ウルトラセブン」は本放送時に青森県にはネットされず、その後開局した青森テレビで放送されましたが、UHF局だったので後付け チューナー(当時はコンバーターと呼んだ)をテレビに装着するまでは見られませんでした。おそらくこのときにはスペル星人も放送されたはずですが、私が最 初に観た「ウルトラセブン」はペガ星人です。
 その2年後に「セブン」全話を見ることが出来たのですが、すでにスペル星人は欠番となったあとでした。(なんてことはまったく知りませんでしたが)
 40年前の記事だけど、こうして再び読んでみると何度も手にしたことを思い出しますし、円谷英二監督が亡くなったことで日本の特撮も死んでしまったと 思ったあの頃の気持ちが甦ります。もちろん日本の特撮は死にはしませんでしたが、では円谷英二作品と同じ匂いを感じさせる物があるのかと考えると、それもNO。
 円谷英二そして本多猪四郎のモノマネをやればそれでいいとは思いませんが、その精神を引き継ぐ才能が出てこないのはどういうわけなのか。
 若い世代にも怪獣に興味を持つ人がいて、怪獣映画(らしきもの)を撮ったりしているのは知っているけれど、怪獣を「脅威」「敵」「邪悪」としか見ない傾 向を感じます。違うんだよなぁ。そういう怪獣もあっていいのかもしれないけれど、少なくとも円谷怪獣はそんなものじゃない。そんな小さな枠に入りきるもの じゃないんだよなぁ。
 怪獣と軍隊がドンパチやりさえすれば喜んじゃう人も多いし、どうにも歯がゆいですよ。
 
 本多・円谷コンビの怪獣映画では軍人を中心に据えることがなく、怪獣が生き延びる話が多いのはなぜか。そこにどんな思いが込められているかをもっと考えて欲しい。 (ヲレニヤラセロ)
2010年2月20日
殿様ギドラ