尾根道は、道らしくなり、鹿や、猪の糞が所どころに見られました。

高野槙の下に、幼木が一面に生えていました。周りには、三つ葉

つつじや、日影つつじ、あせび、こぶし、山桜等が咲き誇っていま

した。岩場を巻いたり、乗り越えて、急峻な道が続きました。小休止

していると、遠くの高野槙の枝で シジュウカラ?が見られました。

熊ベルのせいか、山では、鳥や、獣に会うのは珍しいことです。

大槻山(おおつきやま)663m

大槻山

加茂郡白川町坂の東広島

2008.04.16日        所要時間 5時間

天候 曇り            累積標高 +503m

メンバー 3人

旧41号との出会いに、「広島林道 開通記念碑」があり、お寺さ

んの前から神社から、R41号に出ると、50m位向うにGSが、見え

ていました。登ろうと考えて、3年間暖めた山は、登る時支尾根ま

では、赤や青のテープが有りましたが、境界番号だけが、道案内

でした。冒険心をそそる山でした。

林道にそってしばらく行くと、大きな砂防堰堤が見えてきました。

堰堤を乗り越えて進むと、第二の堰堤があり、とても乗り越える

事が出来ません。よく見ると、右岸に赤や青のテープが見られま

した。急峻な細い谷を上がっていました。藪漕ぎ状態で、高度を

稼ぎ支尾根に出て、小休止、と、右方向に、山頂が見られ、大槻

山か?。帰りも同じルートと考えていたのと、藪漕ぎに忙しく、シャ

ターを切っていません。

土砂崩れで道が無くなった所や、大きな倒木で道が無くなり、迂

回すると、道が続いていました。やがて林道の終点が見えてきて

ほっとしました。枯れた薄の林道を行くと、立派な舗装の道にぶ

つかりました。旧41号かな?と、思いましたが、もう一つ南側を走

っていました。

急峻な、長い下りを2回繰り返すと、大きな切り株の向こうに、大

きな、岩場となり道は行き止まりです。「境界見出標 三七三 号」

が有りました。縦間から白川方面を見ると、蛇行した、飛騨川の

向こうに、ライトブルーの高山線の鉄橋がみられました。ここで、

R41号に出られても、駐車地点までは4〜5K歩かなければなら

ないか?と不安がよぎりました薄い踏み跡を頼りに、急斜面を斜

めに下りました。

やっと山頂に到着しました。予定では2時間で往復出来ると考えて

いましたが、なんと、2時間20分掛かっていました。頂上は祠と、川

石に「七宗大権現」と書かれた、碑が有りました。三角点は無いけれ

ども森林管理局の杭は、「三六一 号」でした。山頂は七宗側斜面は

植林地で、白川町側は雑木林の急傾斜地で、展望は有りません。大

尾に取り付いた分岐まで戻り、昼食を取り、尾根道を南へ下ることに

しました。道は、アップダウンを繰り返して、落葉のジュウタンで、樹間

から「水晶山」見られたり、「大山白山」や「田代山」が見られました。

痩せ尾根の大きな岩場が立ちはだかっていました。正面は、

高くて取り付くしまもなく、左右別々に偵察に行き、左側急斜

面を少し下って、直登で岩の上に出ることが出来ました。岩の

多い尾根道を行くと突然道が無くなってしまいました。藪漕ぎ

で大尾根に出ると、踏み跡のしかりした道が横切っていました。

右手に大槻山が見られました。「中部森林管理局 三六八 号」

の杭と、写真の標識がありました。少し下って急峻な直登を登る

と、所どころに標識があり、木で出来た三角点のような物が、あり

ました。かっての御料林の境界であろうか?。

「大槻山」は同行の、K氏が、3年くらい前に、白川の坂の東に、三

角点は無いが、良い山が有るとのこと。HPで調べると、校歌の歌詞

の中に山名があり、白川北小学校に大槻山が出ていました。41号

線を白川口から金山に向って行くと、道の駅から七曲橋から坂を登

りつめ農協のガソリンスタンドへ来て、登山道を聴くと、お寺の裏の

林道からと、スタンドの前の林道を谷沿いのルートを教えて頂きまし

たが、登った事は無いとの事でした。道は50m位で、幼稚園の裏手

で、写真の、トラサクのゲートがあり、ここに駐車して出発。

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「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
 同院発行の数値地
図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50
mメッシュ(標高)を使用し
 たものである。(承認番号 平16総使、第525号」

赤ライン 登り  黄ライン 下り