2004年2月20日 金曜日  自家用乗用車 名義変更の顛末 本編


その日の夕方に出発するという木曜日の五時少し前に、新潟の陸運事務所に電話をして必要書類や場所の確認(ネットで地図を引っ張り出して印刷しておいた)、駐車場の有無など聞いておく。
五時近くで、しかも話しているうちに五時を回ってしまったにもかかわらずたいへん丁寧に教えてくれた。
修理屋の親父さんに聞いたところでは、「マークシートの書類製作や、いろいろとあっちにいったりこっちにいったりとたいへんだから、代書屋があれば頼んだほうがいい。」
といわれていたのだが、「来ればわかりますし、わからなければ教えてあげますから大丈夫ですよ。」という。お役所も東京とはだいぶ様子が異なるようである。

木曜日の仕事の終わったあとに清瀬の自宅をたつ。
うちは関越道所沢ICから数分のところである。新潟のうちは北陸道三条燕ICから約20kmのところにある。
年に何回か出かけるが、夏道なら三時間半ほどの道のりである。トイレでもよらなければノンストップで行くことができる。
久しぶりにひとりでのドライブで知らないうちにスピードが出ている。
関越TNを抜けたところで気温がプラス3度ある。凍結もまったく心配なく、夏タイヤにノーチェーンで中蒲原郡村松町という五泉市のとなり町に3時間20分ほどでたどり着いた。
ここは新潟市内から40kmあり、だいたい一時間ぐらいのところである。町の中心部と市内を結ぶ高速バスも一時間に一本出ているが、一時間ぐらいで行くようである。
こちらでそろえてもらった書類を確認する。印鑑証明の印鑑も預かっていこうとしたら、新所有者となる母がついてくるからという。
そんな必要は無いのだが、父の言うには「車庫証明を取るときも、本人を連れて行って正解だったから。」という。まあ、半日母親孝行でもしようか。
友人の名句に「親孝行、したくもないのに親がきた。」

その晩は家から持っていったPCのダイヤルアップ設定をし、友人と連絡を取ったりして遊んだあと、銘酒〆張鶴を飲んで寝る。
この年にして恥ずかしいが、なんだか気分がたかぶってあまりよく眠ることができなかった。

もう春である。朝はすぐにやってくる。混まないうちにいって駐車場を確保する必要がありそうなので、事務所の始まる九時には到着していることが望ましい。
六時に起きて朝食を食べる。父が食器の片付けはするからすぐに行って来いという。それでも母を連れて家を出たのは八時ごろになってしまった。
地図を見ると目的地は「新潟中央IC]をおりてまっすぐ行けばわかりやすそうなところにあるので、新津から高速に乗って市内に行こうとおもう。
ワタクシはクルマで新潟市内に行ったことが無いのだ。朝なのでそれなりに市内は渋滞もするだろうし。

新潟県はたいへんに道路インフラが整っているところである。まあ、かつて王様がいたこともあるが、彼の失脚したあともどんどんと整備されている。
高速道路への取り付き道路などすばらしい道である。その道路に入る手前の山道でタヌキのはねられて死んでいるのを見てしまった。朝からあまり見たくないものだ。
新津ICから高速に入ると、なんと単車線である。まわりは田んぼばかりで用地の確保が難しいとはおもわないがいったいどうしてだろう。
ところがこの高速を走るほかのクルマもいない。がらがらの高速を走って市内に近づくと立派な建物が見えてくる。「ビッグスワン」だ。そういやWカップサッカーがおこなわれて一年半になるが、インフラ整備はこのせいもあるな。
新潟中央JCはいま乗ってきた磐越道と北陸道、さらに新発田方面にむかう三方向のジャンクションである。間違わないようにおりるIC方面に向かう。
九時ごろであるが、あまり混んでもいない。出た先もあまり混んでいない様だ。料金所のおじさんに方角を確認するとやはり親切に教えてくれる。
印刷した地図を頼りに、目印の建物を確認しながら目的地に近づく。
国道、新幹線などよぎる。市のなかでも官庁街になるようなところのようだ。九時前後という通勤ラッシュ時であるが、道路は東京の感覚だとがらがらである。何車線もあるので渋滞する感じが無い。いいところだな。

高速から五分ほどで目的地の新潟陸運事務所にたどり着く。想像していたよりもなんだか大きくないのと威厳の無いようなところであった。逆にいえば親しみやすいということである。
構内に渋滞が発生しているところがあったが、これは車検待ちのクルマの列のようであった。一般の駐車場に空きを見つけてとめる。
昨日電話をして聞いておいた通り、必要書類を持って一番窓口に行く。
四十年配の男性吏員がこれをチェックし、書き込まれていないところに赤鉛筆でマルをし、別棟の標板協会に行って印紙とマークシートを買い、書き込んでまたここに持ってくるようにいう。
これが「代書屋に頼んだほうがいいですよ。」といっていたことか。でも、この事務所の周りに代書屋や行政書士事務所のようなものは無かったな。官庁がいろいろとあるので商売にはなるとはおもうのだが・・・・
標板協会に行き、印紙とマークシート用紙を買い求めると「記入例」のバインダーとともに渡してくれる。何枚も書く必要があるようだ。うむ、消しゴムはどこに入れてきたかな。え〜と印鑑はどこだ。
慣れないことをしているのと、ここ新潟でも春の陽気とでたいへんに暑くなってきた。コートとセーターを脱ぐ。三条や加茂には雪はあったが、新津から新潟市内などまったく雪は無い。凍結防止剤がまかれていたのも赤城から小千谷までの山間部だけであった。
回りを見渡せば繋ぎ作業服を着た業者さんのような人は、慣れているのかさっさと書類を作ってテーブルを離れていくが、ワタクシのようにシロートさんはいつまでもテーブルで消しゴムを持って書類と格闘している。

書き方のわからないところをカウンター内の人に尋ねると、これはたいへん親切に教えてくれる。これならホントに代書屋は必要ない。何度聞きに行ってもいやな顔をしない。
「協会」は官庁ではないのだが、まあ年齢からして官吏の定年退職後の方だろうなと思われる人がいろいろと教えてくれる。若い人もいるがその人たちも親切だな。
一応、これですべてできたかなとおもってカウンターに書類を持っていくと、間違っているところなどいろいろと訂正加筆してくれた。普通、カウンターの向こうの人がボールペンを持って加筆してくれるか?
「これで先ほどの一番に持っていけばOKでしょう。」
一番初めにやってきた官庁のほうの一番窓口に持っていった。ここまでで一時間ぐらいかかった。慣れていれば30分もかからないだろう。
一番初めにチェックした男性がやはりチェックする。
「ん?平柳さん。字光式ですね。光るやつね。」
ちゃんとチェックしているようだ。
「ええ、いままでも字光式だったので、取り付けの手間はかからないと思いますので。」
それぐらいのものであった。もうここまで来れば大丈夫だろう。

金曜日なので手続きに来ている人が多く、書類が通るまでかなり時間がかかるのではないだろうかと懸念されたのだが、10分少々で仮車検証が発行されてワタクシの手元に来た。
「平柳さん。じゃあ、これ持っていっていまついているナンバープレートをはずして標板協会に返納してください。」返納用の書類もさっき書いたな。
そうかナンバープレートの脱着も自分でやるのか。プレートの脱着をやっている人は作業服を着ている人だったのでこちらに業者がいるのかと思ったが、登録に来ている業者の人がやっているということだったのか。
これは東京の修理屋の親父さんに聞いてこなかった。頭の中でシュミレーションができていないハプニングが起きてしまった。
まあ、ドライバーとスパナがあればできることだろう。前についているものは問題ない。ただ、ワタクシのは字光式で一般のものよりは少々面倒くさい。それでも前のものはすぐにできた。
うしろだ。封緘がしてある。これはどうすればいいのかわからない。業者さん風の人が通りかかったので聞こえるように独り言を言う。
「えー、封緘しているのはどうやってはずすんだ。」
「引っぺがせばいいんだよ。」
「ドライバーでこねくりだせばいいんですかね。」
「そうそう。」
ということでやってみる。
ブリキのキャップみたいなもので簡単に外れた。あとは前側と同じことである。
ただ、昨晩凍結防止剤のところを走っていてかなり汚れていた。作業した手もずいぶんと汚れたが勲章である。
ナンバープレートをはずす前とあとはきちんと写真を撮っておく。

ワタクシは家電や機械など壊れたものを処分する前には、いままで立派に働いてくれたものに敬意を表し、撮った写真を「去り行く戦士たち」というフォルダーに保管しておく。クルマが廃車になるわけではないのでここに入れないが、ナンバープレートは立派な退役兵である。

標板協会に返納をして書類にハンコをもらい、また官庁の一番に行く。
本車検証が発行され、めでたく手続き上のことは終わった。
「これを持ってあっちの建物に行って自動車税を納付してください。そうするとナンバープレートが交付されますから、それをつけて封緘をしてもらってください。」
すぐに本車検証をくれたところを見るとすでに作ってあったようだ。お役所とはいえどんどん仕事を進めていくのだな。
自動車税は登録が東京都から新潟県になるので年度内の差額を新潟県に納めるようだ。東京都に一年分納めたものは還付されるのかは確認していない。
納税証明を持っていくとやはり書類にハンコをくれて
「これをもっていちばん向こうの窓口にいってナンバープレートをもらってください。」
「自動車登録番号標交付手数料 3160円(非課税)」を払ってナンバーをもらう。
字光式でなければもう少しは安いのだろう。
「じゃあ、これを取り付けて待っていてください。少ししたら係りのものが封をしに行きますから。」
自分ではずしたのだから、取り付けの手順はわかる。今にして思えばはずしたあとの光る下地をきれいに掃除しておけばよかったと思うが、その当時はけっこう舞い上がっていてそれどころではなかった。
写真を撮ったりして忙しく、取り付けの終わる前に係りの人が来てしまった。何のことは無い、ナンバープレートをくれた若い係員の人である。
後ろのナンバープレートにキャップをするように封をかぶせて、
「はいこれで完了です。」
「これでもう帰ってもいいんですか。」
「はい、けっこうですよ。」
やった!「ひとりでできた。」

書類がそろうまで一時間ぐらいかかったが、そのあとは30分ほどで手続き完了であった。東京で聞いたときには「たっぷり半日仕事ですよ。」と聞いてきたので、初心者が二時間かからずに終わるとは思っていなかった。途中で昼休みになってしまい、この辺で昼食になるかもしれないなどとも思っていたものだ。
役所の人も協会のひともたいへんに親切で書類の作り方や次の手順など丁寧に教えてくれて気持ちがよかった。仕事に余裕があるのだろうが、サービス業ってそういうところって大切だよなとしみじみ思った。最近、みんなどこも忙しすぎてって感じをよく受けるからね。
諸費用も別記するが、一万円かからない。自動車税はこの手続きをしなくともどこかで払っているものである。登録場所が農村部だったら車庫証明が不要で5000円もかからないことであろう。東京で修理屋の親父さんと話していたときは
「こないだ、九州にクルマもって行く人と同じように手続きの話をしたのですけど、あっちは車庫証明が要らないっていってましたからね。いまどきそんなところあるんですね。」
まち中ではなく、農村部ではそんなところが多いようである。

帰りは時間もあるので一般道を走って帰るが、国道のバイパスなど高速道路と同じ。有料が空いているわけだ。時間も来るときよりはかえって短い時間で帰宅することができた。
十一時前に終わったので、荷物を積んできていれば、まだ仕事まっさかりの東京の事務所に戻ることもできたのだが、まあせっかくだから午後は親孝行をしてすごそう。
クルマもナンバーを新しくしたら新車のように走りがよくなったような気がする。自分の気持ちがハイになっているせいなのだろう。
しかし、親切でよかったな。人をよい気持ちにさせる仕事ってのもいいものだなと思った春が近い新潟でのひと時であった。
このナンバープレートも本日限りです。
そろそろ若い新潟美人に乗り換えようかと・・・
煙突から火が出ていますが、「ガス井」です。
このあたり「石油の里」です。
磐越道。ほかに何も走っていません。
まわりも田んぼしかありません。
しばらくするとビッグスワンが見えてきます。
やってきました。ここが標板協会。
親切に手続き方法を教えてくれました。
こちらがホントのお役所。
陸運事務所です。
こちらも丁寧な応対で好感が持てました。
後ナンバープレートの封を解きました。
魔王が解き放たれるわけではありません。
これでもう旧ナンバーは無効です。
プレートをはずしたあとです。
間が抜けて見えます。
また、河川敷に捨てられている放置車両のようです。
前後ともはずしました。
これを返却に行きます。
いよいよお別れです。
今まで長い間ご苦労様でした。
はずした顔です。
ノーメイクの顔のよう。
ここで下地を掃除しておくべきでした。
ほかのクルマもナンバーを付け替えるのを待っています。
まちがってほかのクルマにつける人はいないだろうな。
奥さんを間違うみたいな怪しげなことになりそう・・・
標板協会事務所のカウンターです。
プレートの返納、自動車税納付、新ナンバーの交付
などすべてこちらでおこなわれます。
ほとんど手続きは終わり、ここで自動車税(県税)を払います。
東京都から新潟県の所属になった証です。
書類は「国」「県」「警察」など出すところがいろいろなので 面倒なのです。 住基カードで一本化できんものかの。
ようやく新ナンバープレートをゲットしました。
ここまで一時間半ぐらいかかっています。

「薬丸」と読むことができます。
「ばっくれる」とも
取り付け前の記念撮影。
これからスパナを使って取り付けます。
傷をつけないように注意しておこないます。
後ナンバープレートを取り付けました。
封をする前の状態です。
封をしてもらいました。
魔王はこれで千年の眠りにつきます。
新ナンバー取り付け後の勇姿です。
これで公道を走ることができます。
しゃべることばも新潟のなまりになってしまうようです。
はやく、ドライブに出たいです。
字光式ですので、夜にはきちんと発光します。
直前は汚れや破損できれいには光らなかったが、これは満足です。
ワタクシの両親とその家です。
このクルマの新しい所有者となりました。