
「銅鏡銘文」付録
漢代鉄鏡
A.日田鉄鏡
日田市ダンワラ古墳から出土した「金銀錯嵌珠龍文鉄鏡」には,銘文「長宜■孫」が鋳られている(出典;http://www.e-obs.com/heo/heodata/n500.html)。
当該銘文に伏在していると思われる表意は,以下の通りである。
表A1:長宜子孫(表夷)
| 表字 |
音訓変換 |
裏字 |
並替 |
裏意 |
| 長 宜 子? 孫 |
→ → → → |
長 宜 子 孫 |
長 子 孫 宜 |
長ハ 子 孫ヲ 安ンズル。 |
表A1によると,裏意は「長は子孫を安んずる」である。長は家長を指称していると思われる。
当該銘文に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。
表A2:長宜子孫(裏意)
| 表字 |
音訓変換 |
裏字 |
並替 |
裏意 |
| 長 宜 子? 孫 |
→チョウ→ →ギ→ →シ→ ┬子→シ→ └系→ゲ→児→こ→ |
朝 疑 支 弑 木 |
支 弑 木 疑 |
朝廷ハ 倭支族ヲ 殺シ, 倭本族ヲ 疑ウ。 |
表A2によると,当該文の裏意は「朝廷は,倭支族を殺し,倭本族を疑う」である。これは,倭支族,倭本族に対する敵意に他ならない。大和皇権の基本方針に添った呪詛であると思われる。
本鉄鏡の銘文は,拙論「銅鏡銘文(古族研究,2004年)」によると,後漢時代に比定される「内行花文鏡」の銘文「長宜子孫」に一致し,奈良県左味田高塚古墳から出土した「三角縁神獣鏡」の銘文「長保二親宜孫子」に類似している。銘文に籠められた裏文の内容に鑑みると,本鉄鏡の製造時期は,ずっと新しいのかな,と思われる。ちなみに,拙論「古代尺度(古族研究,2002年)」によると,大和皇権は,革命に伴う変尺基準を承知していたので,古い時代の鏡を製造することが可能であったと考えられる。
以上
長田通倫(日本古族研究所)
初稿日:2004.10.03
改稿日:2006.10.08, 2009.10.09