自称名詞

鍵鍵語:私,儂,己,俺,吾,我,わたくし,わし,おのれ,おれ,われ,わ,自称名詞,字数操作


0.まえがき

拙論「狩猟儀礼(『古族研究』,2007年)」によると,自称名詞の「儂」は,「私」が「→禾厶→ワシ→」を経て「わし」に至ることから,「儂」「私」が「わし」と訓まれるようになった。歴史学の正論に立つと,古代末期,あるいは,中世初期において,何故,呉音が用いられたかには,疑問が残るところであるが,電子頁『古族研究(日本古族研究所,1999年)』に提起された異論に拠ると,その頃の列島においては,覇権争奪時の勝者,敗者による葛藤が,呪詛,怨恨の渦潮となっていたことと,念闘に用いられた「音訓変換法」が呉音に立脚していたことから,「ワシ」が呪詛に用いられた残滓であると容易に思われる。そこで,範囲を自称名詞に拡大して,周辺事情を探索したところ,若干の知見が得られたので,以下に報告することにしたい。

なお,古族情報を発掘するに際しては,電子頁『古族研究』の「共通前書」において述べられている時代認識を踏襲し,音訓変換法を援用した。その適否に付いては,拙論「音訓変換(同,2001年)」を参照されたい。また,拙論「異星人がやってきた(『長野日報』,2008年08月30日)」「音訓変換法は実学である(『信濃』,2009年08月20日)」を参照されたい。

T.自称代名詞(来歴)

1.私[わし],儂[わし]

「狩猟儀礼」によると,第1人称の「私[わし]」,「儂[わし]」の由来は,以下の通りである。

表01:私,儂(「狩猟儀礼」より)

表字

音訓変換

裏字

裏意



┬禾→ワ→
└厶→シ→


倭本族,
倭支族。


→私→

┬禾→ワ→
└厶→シ→


倭本族,
倭支族。


表01によると,「私」「儂」の裏意は,共に,「倭本族,倭支族」である。詰まり,共に,「倭族」に他ならない。したがって,倭族が自分のことを私[わし],儂[わし]と称すれば,自分が「倭族」であることを名乗ったことになる。また,これらは,その裏意に「倭支族」を含むので,大倭国の時代に使われたものと思われる。

2.我[わ],我[われ]

我[わ],我[われ]の「わ」に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表02:「わ」

表字

音訓変換

裏字

裏意



→ワ→



倭本族。

表02によると,「わ」の裏意は「倭本族」である。したがって,倭本族が自分のことを「我[わ]」と称すれば,自分が「倭本族」であることを名乗ったことになる。「わ」は,私[わし],儂[わし]に比べて,その裏意に「倭支族」を含まないので,小倭国の時代に使われたものと思われる。

我[わ],我[われ]の「れ」に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表03:「われ」

表字

音訓変換

裏字

裏意





→ワ→
→レ→例→



┬列→→
└人→





倭族
連ナル
人。





→ワ→
→レ→例→



┬人→ジン→仁→ニ→
└列→レチ→捩→ライ→





倭族
血塗ル
奴隷。

注03α:△=(血+耳)=血塗る

表03によると,「われ」の裏意は「倭に連なる人」,あるいは「倭族に血塗る奴隷」である。詰まり,倭族が,表03の上段に示される裏意のつもりで,自分のことを「われ」と称すれば,倭族に取って,この上ない自称となるので,これは,倭国の時代に用いられたことになる。反面,倭族が,表03の下段に示される意味のつもりで,自分のことを「われ」と称すれば,倭族に取って,自分の出自を否定することになり,午族に取って,心地の良いものになるので,これは和国の時代に用いられたことと思われる。

3.俺[おれ]

俺[おれ]の「れ」は,我[われ]の「れ」に重なるので,これを同一とすると,「お」は,「わ」に類して,何らかの意味を有していると思われる。因みに,「おれ」に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表04:「おれ」

表字

音訓変換

裏字

裏意




→緒→ジョ→
→レ→例→


┬列→
└人→



徐福
連ナル
人。




→緒→ジョ→
→レ→例→



┬人→ジン→仁→ニ→
└列→レチ→捩→ライ→





徐福
血塗ル
奴隷。

注04α:△=(血+耳)=血塗る

表04によると,「おれ」の裏意は,「徐福に連なる人」,あるいは「徐福に血塗る奴隷」である。倭族が,表04上段に示される裏意のつもりで,自分のことを「おれ」と称すれば,当該倭族に取って,この上のない自称となるので,これは,倭国の時代において,用いられたものと思われる。反面,倭族が,表04の下段に示される裏意のつもりで,自分のことを「おれ」と称すれば,当該倭族に取って,出自を否定することになり,午族に取って,心地の良いものとなるので,これは,和国の時代において,用いられたものと思われる。

3.吾[あれ]

吾[あれ]の「れ」も,我[われ]の「れ」に重なるので,これを同一とすると,「あ」は,「わ」に類して,何らかの意味を有していると思われる。因みに,「あれ」に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表05:「あれ」

表字

音訓変換

裏字

裏意





→ア→阿→くま→奥→オウ→
→レ→例→



┬列→
└人→





倭王
連ナル
人。





→ア→阿→くま→奥→オウ→
→レ→例→



┬人→ジン→仁→ニ→
└列→レチ→捩→ライ→





倭王
血塗ル
奴隷。

注05α:△=(血+耳)=血塗る

表05によると,「あれ」の裏意は,「倭王に連なる人」,あるいは「倭王に血塗る奴隷」である。倭族が,表05上段に示される裏意のつもりで,自分のことを「あれ」と称すれば,当該倭族に取って,この上のない自称となるので,これは,倭国の時代において,用いられたものと思われる。反面,倭族が,表04の下段に示される裏意のつもりで,自分のことを「おれ」と称すれば,当該倭族に取って,出自を否定することになり,午族に取って,心地の良いものとなるので,これは,和国の時代に用いられたものと思われる。

4.麿[まろ]

麿[まろ]は,大和国の宮中において用いられた人称代名詞である。この麿[まろ]に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表06:麿「まろ」

表字

音訓変換

裏字

裏意



→馬→うま→
→ロ→


午族ノ
仲間。


表06によると,「まろ」の裏意は「午族の仲間」である。これは,午族(=高句麗人)の自称代名詞であると考えられるので,和国の時代において用いられたと思われる。

5.私[わたくし]

私[わし]は,私[わたくし]とも云う。両代名詞の差に相当する「たく」には,何らかの意味が隠されていると思われる。そこで,「たく」の意味を探ることにしたい。

ところで,「たく」「タク」から,「たけ」「タケ」が想起される。拙論「魏徴筆法(同,2006年)」によると,「竹島」に伏在すると思われる裏意は,以下の通りである。

表07:竹島(「魏徴筆法」より)

表字
音訓変換
裏字
裏意
@




┬た→手→ス→守→かみ→髪→ホチ→
└け→ケ→






徐福,
倭本族ノ
島。
A




┬た→タ→
└け→ケ→






多数ノ
倭本族ノ
島。

表07によると,「竹」の裏意は「徐福,倭本族」,あるいは「数多の倭本族」である。半島南部には,「竹島」が少なからず現存する。この事実は,「竹島」が,固有名詞であるというよりは,普通名詞に近いものであることを示しているので,倭国が,半島南部に存在していたことの傍証になっていると思われる。

ところで,表07においては,「ケ」が用いられている。片仮名は平安時代に発達したものであるが,「个[カ]」「介[ケ]」「竹(象形文字)」が類似の構造を有することから,「竹」が2個の「ケ」,詰まり「ケケ」「多ケ」のように認識されていたと考えられるので,「たく」から,「多ク」「クク」が連想される。

因みに,「たく」「タク」「クク」に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表07:「クク」

表字

音訓変換

裏字

裏意




┬81→本→ホン→笨→


┬竹→

└本→
┬ケ┬
└ケ┘

虫┬
 │
本┘
徐福






駒┬
駒┘
高句麗人。

表07によると,「クク」の裏意は「徐福」,あるいは「高句麗人」である。詰まり,「クク」は,倭族に取って「徐福」であり,午族に取って「高句麗人」であると考えられるので,前者は倭族に親和的であり,後者は午族に親和的であると思われる。

ここに至り,「私[わたくし]」に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表08:「私[わたくし]」

表字

音訓変換

裏字

裏意






→ワ→

├81→本→ホン→

→シ→





倭本族

    
徐福

倭支族





→ワ→
┬ク→駒┐
│   ├
┴ク→駒┘
→シ→


 



倭本族

    
高句麗人

倭支族

表08によると,「わたくし」の裏意は「倭本族,徐福,倭支族」,あるいは「倭本族,高句麗人,倭支族」である。したがって,「私[わたくし]」は,「私[わし]」の内部に,「徐福」,あるいは「高句麗人」を抱え込んだに等しいので,前者は,倭族に取って,心地よいものとなり,後者は,午族に取って,心地よいものになると思われる。

なお,「私[わたくし]」は,裏意に「倭支族」を包摂しているので,表08の上段の意においては,大倭国の時代において用いられ,表08の下段の意において,大和国の時代に移行してから,用いられたと考えられる。詰まり,「私[わたくし]」は,表08の上段の裏意に基づいて,6,7世紀頃に導かれたと考えられ,また,表08の下段の裏意に基づいて,7世紀末以降に導かれたと思われる。

ところで,拙論「高句麗考(同,2006年)」によると,半島根部の「高句驪国」と呼称される古代国家は,宗主国の梁武帝によって,国名を「高麗」に改変せしめられたので,「高麗」国民は自らを「駒」と称することになった。詰まり,「高句驪国」,「高麗」「駒」の関係は,以下の通りである。

表09:「高句驪国」,「高麗」,「駒」

表字

音訓変換

裏字

裏意











┬馬→
└麗→



句┬馬┐
 │ ├
馬┴句┘





 







  
高句麗人





表09によると,「高句驪国」は「高麗国」と改称され,「高句驪国」の国民は「駒」として再生されたことになる。

表08,09を比較するに,表09においては,「高麗国」が「高句麗人」を保護していたが,表08においては,倭本族,倭支族,詰まりは,「倭族」が,始めは「徐福」を保護していても,終わりは高句麗人を保護することになった。詰まり,「高句驪国」を失った「駒」は,過渡的には「高麗国」を纏いながらも,最後は,「列島和国」を取得したことになる。

このような「駒観」は,電子頁『古族研究』の諸論において展開されている,列島における覇権の交代,詰まりは,列島においては,覇者が倭族から午族(=高句麗人)へと交替したとする歴史観に矛盾するものではない。

6.Tのまとめ

第1人称代名詞は,語源を辿ることによって,以下のように,倭系語,あるいは和系語に区分することができる。

表10:第1人称代名詞

区分

倭系

和系

私[わし]





儂[わし]





我[わ]





我[われ]





俺[お]





俺[おれ]





吾[あ]





吾[あれ]





麿[まろ]





*[たけ]





*[たく]





私[わたくし]





駒[こま]






表10によると,第1人称代名詞は,これを倭系語,和系語に区分することが出来る。我[わ],私[わし],儂[わし]は倭系語であり,麿[まろ],駒[こま]は,和系語であり,我[われ],俺[おれ],吾[あれ],私[わたくし]は共通語である。共通語は,倭系語として創作され,和系語として継続されたと考えられる。

U.自称代名詞(呪詛)

1.わし類語

自称名詞の「わし」の類語に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表11:わし類語

表字

音訓変換

裏字

裏意






┬禾→ワ→
└ム→シ→





午族ハ)
倭族
嗤ウ。








┬綿→メン→面→おも→主→ぬし→厨→ジュウ→

┬疎→ショ→








午族ハ)
倭本族

詛ウ。







┬人→ニン→仁→ニ→児→こ→
└農→ノ→能→ナイ→→イ→





午族ハ)
倭本族
欺ク。






→ワ→
→シ→





午族ハ)
倭族
嗤ウ。

注11α:△=(言+也)=欺く

表11によると,「わし」類語の裏意は,「私」の「(午族は)倭族を嗤う」,「儂」の「(午族は)倭本族を欺く」,「わたくし」の「(午族は)倭本族を詛う」,「わし」の「(午族は)倭族を嗤う」である。共に,午族の倭族に対する敵意に他ならない。呉字の「私」「儂」と,平仮名の「わたくし」「わし」を比較するに,裏意の目的語は能く一致していると言わざるを得ない。

2.おれ類語

自称名詞の「おれ」の類語に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表12:おれ類語

表字

音訓変換

裏字

裏意






→コ→去→



┬土→つち→地→ジ→
└厶→シ→





午族ハ)
徐福
嗤ウ。







┬斧→フ→

→レ→例→たとえ→縦→シュ→






午族ハ)
徐福

詛ウ。






┬人→ひと→一→イチ→いち→
└奄→エン→





午族ハ)
徐福
厭ウ。






→緒→ジョ→
→レ→例→たとえ→縦→シュ→





午族ハ)
徐福
詛ウ。


表12によると,「おれ」類語の裏意は,「己」の「(午族は)徐福を嗤う」,「おのれ」の「(午族は)徐福を詛う」,「俺」の「(午族は)徐福を厭う」,「おれ」の「(午族は)徐福を詛う」である。共に,午族の倭族に対する敵意に他ならない。呉字の「己」「俺」と,平仮名の「おのれ」「おれ」を比較するに,裏意の目的語は能く一致していると言わざるを得ない。

3.「わ」類語

自称名詞「わ」の類語に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表13:わ類語

表字

音訓変換

裏字

裏意






┬五→ゴ→戸→と→十→ジュウ→
└口→ク→





午族ハ)
倭本族
苦シメル。






→ワ→
→レ→例→たとえ→縦→シュ→





午族ハ)
倭族
詛ウ。






→ガ→俄→



┬人→ニン→仁→ニ→児→こ→
└我→ガ→画→ワク→





午族ハ)
倭本族
惑ワス。







→鐶→




┬金→コン→今→

└△→ゲン→


┬い→イ→
└ま→目→め→







午族ハ)
倭支族ノ
奴ヲ

陥レル。


表13によると,「わ」類語の裏意は,「吾」の「(午族は)倭本族を苦しめる」,「われ」の「(午族は)倭族を詛う」,「我」の「(午族は)倭本族を惑わす」,「わ」の「(午族は)倭支族の奴を陥れる」である。共に,午族の倭族に対する敵意に他ならない。呉字の「吾」「我」と,平仮名の「われ」「わ」を比較するに,裏意の目的語は能く一致していると言わざるを得ない。

4.字数操作

表01〜03によると,呉字の「私」「儂」「己」「俺」「吾」「我」の裏意は,何れもが,午族の倭族に対する敵意に他ならない。また,訓の「わたくし」「わし」「おのれ」「おれ」「われ」「わ」の裏意は,呉字に類して,何れもが,午族の倭族に対する敵意に他ならない。このような対応は,何を意味しているのであろうか,それが,気に掛かるところである。

電子頁『古族研究』の諸論によると,列島における国家は「→小倭国→大倭国→大和国→」の順に移行し,覇権が「→倭本族→倭支族→午族(=高句麗人)→」の順に交替しているので,表01〜03において発掘された,午族の倭族に対する敵意,詰まり,午族の倭族に対する呪詛は,覇権争奪戦の勝者となった午族,高句麗人が,敗者となった倭族に発したものである。したがって,「わたくし」「わし」「おのれ」「おれ」「われ」「わ」は,何れかが,倭族由来であるにしても,全てが,倭訓として受容されているので,ここでは,全てを倭訓,和訓と見なすことにしたい。

表11〜13を比較,検討して見ると,表01においては,「わたくし」→「わし」→「わたくし」のように,「たく」の短縮,あるいは増長が見られ,表12においては,「おのれ」→「おれ」→「おのれ」のように,「の」の短縮,あるいは増長が見られ,表13においては,「われ」→「わ」→「われ」のように,「れ」の短縮,あるいは増長に気付かされる。このような「字抜き」,あるいは「字増し」の現象は,どのような意味を有するのであろうか,それも,気に掛かるところである。

ちなみに,「たく抜き」「の抜き」「れ抜き」「字抜き」に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表14:訓短縮形

表字

音訓変換

裏字

裏意








┬炊→スイ→出→山→

┬ぬく→繹→ヤク→



┬や→
└ま→目→め→









午族ハ)
倭本族ノ

射ウ。








→之→シ→
┬ぬく→繹→ヤク→







午族ハ)
倭支族
射ウ。








→レ→例→たとえ→縦→シュ→従→ジュウ→
┬ぬく→繹→ヤク→







午族ハ)
倭本族
射ウ。








→ジ→
┬ぬく→繹→ヤク→







午族ハ)
徐福
射ウ。



表14によると,当該字句の裏意は,「たく抜き」の「(午族は)倭本族の奴を射う」,「の抜き」の「(午族は)倭支族を射う」,「れ抜き」の「(午族は)倭本族を射う」,「字抜き」の「(午族は)徐福を射う」である。共に,午族の倭族,延いては,徐福に対する敵意に他ならない。

また,「たく増し」「の増し」「れ増し」「字増し」に伏在していると思われる裏意は,以下の通りである。

表15:訓増長形

表字

音訓変換

裏字

裏意








┬炊→スイ→出→山→

→ソウ→



┬や→
└ま→目→め→









午族ハ)
倭本族ノ

憎ム。








→之→シ→
→ソウ→







午族ハ)
倭支族
憎ム。








→レ→例→たとえ→縦→シュ→従→ジュウ→
→ソウ→







午族ハ)
倭本族
憎ム。








→ジ→
→ソウ→







午族ハ)
徐福
憎ム。



表15によると,当該字句の裏意は,「たく増し」の「(午族は)倭本族の奴を憎む」,「の増し」の「(午族は)倭支族を憎む」,「れ増し」の「(午族は)倭本族を憎む」,「字増し」の「(午族は)徐福を憎む」である。共に,午族の倭族,延いては,徐福に対する敵意に他ならない。

表14,15によると,自称名詞における「字抜き」,あるいは,「字増し」は,どちらにしても,午族の倭族,延いては,徐福に対する敵意に他ならない。

5.呪詛強化

表11〜13,および,表14〜15を参酌するならば,@:→「わたくし」→「わし」→「わたくし」→,A:→「おのれ」→「おれ」→「おのれ」→,あるいは,B:→「われ」→「わ」→「われ」→のような字数操作は,何れにおいても,午族の倭族,延いては徐福に対する敵意を増幅することになるので,午族(=高句麗人)は,倭族を呪詛するために,字数操作を意識して謀ったと思われる,否,正確を期するなら,字数操作の可能性に気付いたとすべきであろう。

同様に,→「余[わ,ヨ]」→「余[われ]」→「余[わ,ヨ]」→に見られる字数操作も,上記の類型に含まれるかと思われる。

なお,B:→「われ」→「わ」→「われ」→において例示するならば,字数操作は,話者が「われ」,「わ」を交互に使うか,会話の片方が「われ」を使い,他方が「わ」を使う場合に成り立つと考えられ,両者が「われ」,または「わ」のどちらかに限って使う時には成り立たないと考えられるので,倭族に対して強い呪詛を発せんとする午族は,自身の気持ちを高ぶらせるために,会話の都度,字数操作を通じて自称名詞の裏意を確認していた,ことになると思われる。

詰まるとところ,午族(=高句麗人)は,倭族に対する呪詛を徹底させるために,自語(=和語)を拡充し,自称名詞の独占を謀った,と考えざるを得ない。

6.他称名詞

午族(=高句麗人)は,自称名詞において,字数操作を行ったように,他称名詞においても,字数操作を行ったのであろうか,そのことを調べたところ,字数操作が全面的には遂行されたとする証明は叶わなかった。しかし,第2人称における「汝[なれ]」*「汝[な]」,第3人称における「彼[かれ]」*「彼[か]」は,第1人称における「われ」*「わ」に類似しているので,これらは,字数操作の範疇に含まれるものと思われる。

以上

長田通倫(日本古族研究所)
初稿日:2007.08.15
改稿日:2008.02.29, 2009.10.31