どうやら、インターネット
というのは、コンピューター同士が相互接続されている状態を指すようです。
つまり、環境であって、具体的な内容は伴っていない。
では、具体的な内容はと言うと、それは WWW (ワールドワイドウェブ)
になる。
容れ物が「インターネット」、中身が「ウェブ」だとゆー訳ですね。
その中身の一つが、日頃皆さんが接しているテキストと画像のコンテンツとなる。
で、このコンテンツは一般に「ホームページ」と呼ばれているが、本当の
ホームページの意味
は、ブラウザを立ち上げた時に最初に表示される画面のことで、俗に言う「ポータルサイト」的なことなんですね。
だから
「オレ、ホムペ持ってんだっ」
てなことになると、ある意味凄い話になってくる。
一方、「ブラウザを立ち上げた時に最初に表示される画面」は、誰でも持っていることになるので、その意味では全ての人が
「オレ、ホムペ持ってんだっ」
という話になる。
エト、この先にやっと「サイト」とか「ブログ」の話になる訳で、皆さん、用語を正しく認識してますか ?
人は世に問い、世は人に問う
今回の 湘南研
は、この辺の用語を整理しようという試みです。
「サイト」と「ブログ」の違いを知っていますか ?
テンプレやフォーマットに乗ったコンテンツが「ブログ」、フリーフォーマットが「サイト」と思っていませんか ?
だとしたら大間違いです。
(ワタシもそう思ってました)
「ウェブサイト」はコンテンツの種。
「ブログ」は類。
そこまではいいんですけどね、両者の違いは何なのだろうか…
それは、イラク戦争に遡ると言う。
そもそも ブログの始まり
は、自分が気になったニュースやサイトなどのURLを、寸評つきで紹介したこととされ…(中略)…時系列で比較的頻繁に記録される情報についてのウェブサイト全般を含めてブログと呼称する、らしい。
気になるイラクの情報を随時発表していたモノが、「ブログ」と呼ばれてきたのですね。
とゆーことは、「サイト」と「ブログ」の違いは更新頻度になる。
この更新作業をやり易いように、テンプレ・フォーマット化したものがイワユル「ブログ」なのであり、放ったらかしのものは、「ブログ」であっても「サイト」である。
以上、Wikipedia からの論証。
このブログ、2006年の3月末の登録者数は、のべ868万人だそうだ。(総務省調査)
そんなブログとは、一体どのような役割を果たしてきたのだろうか。
それは、まず第一に「ニュースの速報性」だと思われる。
今まで知り得なかった真実、現場の生の姿が、どこよりも早く報じられなくてはならない。
次に挙げられるのは「事象の連続性」になる。
イラクは昨日まではこうだったけど、今日はこうだ。という時系列の記述が重要になる。
最後に、最も肝心な事項として「寸評の信頼性」がある。
ブログをブログ足らしめる要素は、ほとんどこの寸評にあると言っていい。
ところが、今々のブログは、本来の意味から離れ、独自の進化を遂げている。
サイトの紹介ではなく「自らの主張や日記を綴ったもの (トピックス・ブログ)」と、本来の「紹介+コメント (コメント・ブログ)」に二分化されている。
この前者のトピックス・ブログ…略して「トピログ」タイプは、自らがニュースになっているので上記のような3原則が成り立たない。
つまり、そもそもの役割から形式だけが独立して、サイト的要素のブログが主流になっている。
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一方、古来のブログも、寸評の機能が薄まってきている感じがする。
批評は「和を尊ぶ日本人」には苦手なところなので、紹介先の簡単な要旨を、1行コメントのような形で付け加えているスタイルが定着しつつある。
その結果として、ブログを見る側には、以下のような変化が起きていると考えられる。
まず「ニュースの速報性」。
時事問題に限らず、新商品やゲームのレビューも含めて考えると、速報性が命であることは変わりがない。
そして、読者にとっては、それが個人の体験である「トピログ」だろうが、他サイトを紹介した「コメログ」だろうが、そんなことはどーでもいい。
「事象の連続性」という意味では、カテゴリー別に閲覧できる機能などが一部のブログに搭載されているが、そんなモノをいじくっているヒマは、読者にはない。
また、今までどのような事をやってきたのか、そのサイトのポリシーは何か、初めて訪問した際の注意点は何か…などの項目は「不必要」であり、ほとんどの場合関心すら持たれない。
「今見ているページだけが刹那的に判断」され、ブックマークが打たれる。
「寸評の信頼性」は、少し趣旨を変えている。
「トピログ」は、寸評自体が存在しない。
その時の内容が「信頼 = 共感できるかどうか」という視点で判断される。
また「コメログ」では、上記のように、紹介先の簡単な要旨だったり、「目からウロコ…」的な批評要素のないコメントになっている。
従って、見る側としては「寸評の信頼性」で評価しているのではなく、例えば、「自分の好みのサイトが多く紹介されているかどうか」という視点にズレてしまっている。
更に、ブログの流行によって、全てのサイトがブログだと思われているフシがある。
例えば、インド式掛け算
の特集が、各所で「人気のブログエントリー」なんかに推されているのを見ると実感する。
ところが、ウチは、記述内容を長期保存することを目指した「サイト」なので、枝葉のページを更新することはないんですね。
すると、上記新3原則である「速報性」は塩漬けで腐り果て、「今見ているページ」は永遠に固定され、「共感」は飽きと共に滅び行く。
つまり、読者の印象としては
「いつまで経っても更新がされないブログ」
になってしまうのです。
ということで、冒頭の趣旨に戻りますが…
「サイト」は情報の蓄積が目的なので、枝葉のページそれぞれがコンテンツであり、それらは更新されない。
「コメログ」は、情報の紹介と更新が目的なので、TOP ぺージが大きな意味を持ち、枝葉のページは注目されない。
「トピログ」は、この両者に挟まれて行き場を失いガチだが、共感を得るファンによって支えられている。
「ホームページ」は、持っているものではなく設定するものである。
「ウェブ」は、このような様々なコンテンツの集まりである。
「インターネット」は、自分でやるものではなく、既にあるものである。
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