日航機墜落、その時新聞は――――
当コンテンツでは、1985年8月12日に発生した「日航ジャンボ機墜落事故」発生当時の新聞記事を掲載しています。



事故後、日本航空の「123便」は欠番になりました。


新聞記事
13日朝刊 号外を除けばこれが新聞での第一報です。
まだ救助は始まっていません。
123便乗客名簿 機長など、乗員の写真も載っています。
123便乗客名簿(続き)
13日22面 「崩れた安全神話」…
当時、ジャンボ機は安全な乗り物とされていました。
13日23面
13日夕刊 救助が始まって間もなく、4人の生存者が発見されました。
しかし、生存者がそれ以上発見されることはありませんでした。
誤報? 一方、日経新聞は13日夕刊で「生存者7人」と伝えました。
谷口さんの遺書 墜落現場から、乗客の方が書いた遺書が次々と発見されました。
河口さんの遺書
松本さんの遺書
子供たち 事故で亡くなった子供達。
その他
投稿欄から(23日) 海外旅行中、当時国際線で乗務していた高浜機長の
お世話になったという女性の話です。
12日夕刊 かい人21面相が最後の挑戦状を送ってきたという記事。
「123便にはキツネ目の男が乗っていたため、撃墜された」
という説を唱える人もいます。
12日テレビ欄 事故発生後、7時半前後に速報テロップが出たそうです。
翌13日は、NHKで特別番組が放送されたのを始め
民放でもニュース・ワイドショーの枠で123便関連の報道を行いました。
13日テレビ欄
テレビでの第一報(動画) 当日午後9時前にテレビ朝日系列で流れたニュースです。
(wmv形式 940KB 1分35秒)

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