治療記
本文へジャンプ 05年10月30日 
悪性リンパ腫  −発見〜診断−

はじまり
 03年7月頃車を運転中、何気なく触った左の首筋に縦に細長く腫れ(ぐりぐり)があることに気づいた。そういえば何日か前まで風邪気味だったこともありそのせいだろうと思って、痛みも無く体調も良好だしそのうち治るだろと思い深く考えなかった。03年11月、首筋の腫れは相変わらず消えず、気にはなっていたが自覚症状も何も無いので病院には行っていなかった。まったく別の件で近くの皮膚科を受診した際、首の腫れについても話してみた。
「耳鼻科で診てもらうか、または大きな病院で診てもらうように・・・」。とのことで、翌週、少し不安な気持ちを抑えつつ耳鼻科を受診してみる。のど・鼻・耳を診察したが異常なし、その後首、脇、足の付け根を触診した結果首だけでなく脇、足の付け根のリンパ節にも腫れがあるとのこと。「紹介状を持って○○医大に行ってください。」詳しい検査が必要ということでその日は終わった。


医大病院で検査
 03年11月19日○○医大病院を受診する。(第三内科)
「いくつか検査してみないとはっきりしたことは言えないがリンパ腫の可能性がある。」
 ・CTスキャン(03年11月20,21日)
  1日目は胸部(首から腰の上)、2日目は腹部(腰の上から下腹部)。
  (造影剤の副作用として、まれに蕁麻疹のような発疹が出ることがある。)
 ・骨髄穿刺(マルク)(03年11月27日)
  腰(骨盤)から採った。うわさに聞くほど痛みは無かった。
 ・病理検査(生検)(03年12月3日)
  手術台へ上がると顔に布をかぶせられ巨大なライトで照らされとても暑く、息苦し
  い。また、局所麻酔なので会話はすべて聞こえるし、電気メスで皮膚を切るとき
  のジュッという音や焼けるような匂いも感じた。1時間ほどの手術がやけに長く
  感じた。

 03年12月15日
 
−診断− 悪性リンパ腫(非ホジキン種 濾胞性 低悪性度 ステージW)
  ある程度覚悟していたこととはいえ実際に診断が確定すると不思議な気分だ。
  ショックというより何か他人事のような感じがしていた。

「入院治療しなければならない」しかし「現在、ベッドの空がないため空きが出るまで待つことになる。症状が出てから治療を始めてもいいのだが、すぐにということなら他の病院を紹介する」。少し矛盾を感じつつも他の病院を紹介してもらった。

K病院で治療へ
 03年12月16日今までの検査結果の資料、紹介状を持って受診。
主治医となるK医師から「治療は化学療法を行うこと、入院期間は2〜3ヶ月で順調にいくとその後外来で治療でき仕事にも復帰できる。」という説明を受けた。
 ・ガリウムシンチ(核医学検査)(03年12月19,22日)
  微量の放射性物質(この場合Ga)を含んだ薬?を注射する。Gaは体の悪い部分
  (腫瘍や炎症部位)に集まる性質があり、2〜3日後特殊なカメラで全身を撮ると
  悪い部分がわかる。


 

   <ひとりごと>


皮膚科の先生に軽い気持ちで聞いたことが、重大な病気を発見するきっかけとなった。後から思えば、先生はすごく真剣に専門医に診てもらうようにといっていたような・・・












大病院はどこもそうなのかいちいち待ち時間がとても長くうんざり。
待ち時間が長いと余計なことまで考えてしまう・・・

外科の診察は全身を診られた上、横柄な態度に少し屈辱的な気分
マルクではまさに新米医師の練習台?となり散々な一日だった。


手術着を反対に着てしまった。
看護師さんに笑われた、直そうとしたが首なのでそのままで良いということになった。



ガ〜ン!!
やはり悪性リンパ腫=ガンだった。
「5年ぐらいで命にかかわる・・・」
まさか自分が・・・

そんな暢気なこと云わないでくれ
よ。ガンて早期発見早期治療で
しょ。「5年くらいで・・・」とか言ったよな!



化学療法(抗がん剤)だってョ
急にリアルになってきた。
新年早々1月5日の入院に決定


年末年始には飲んどこ。
食べとこ。