本文へジャンプ 05年10月27日 
悪性リンパ腫  −発見〜診断−


 寛解後、毎月の検診での血液データは良好で体調も元に戻ってきている。
主治医との話しの中で、次の戦略として造血幹細胞の凍結保存を考えようということになった。これは、血液中の造血幹細胞を取り出し凍結保存しておくことによって、万一再発したときに保存しておいた幹細胞を移植するためのもので、再発しなければ使うことはない。


末梢血幹細胞移植って

 04年11月1日
末梢血幹細胞の採取のため入院。(11:00)
午後から、心電図、]線(レントゲン)検査、その後スケジュールの説明。

抹消血幹細胞採取スケジュール
04年11月 3日 リツキサン
04年11月 4日 AraC  12hr毎 2回
04年11月 5日 AraC  12hr毎 2回
04年11月 8日 G−CSF  SC開始
04年11月11日 リツキサン
04年11月17日 PBSC  harvest
04年11月18日 PBSC  harvest
04年11月19日 PBSC  harvest

04年11月2日
骨髄穿刺(マルク)  (14:00)
化学療法によって目に炎症を起こす事があるので予防の点眼薬が出る

04年11月3日
リツキサン (10:30)
末梢血幹細胞移植についての説明冊子をもらう。

04年11月4日
化学療法開始。10:00より吐き気止めに続いてAraCを点滴。

12時間後の22:00より同じように2回目を開始

04年11月5日
朝、顔にニキビの様なものができており、これを中心におたふく風邪のようにはれ上がっていた。
化学療法2回目、昨日と同じように10:00より1回目をはじめる。
午後になって体が重く、全身に発疹が出てきた。夕方からは熱も出始める。
22:00より2回目を開始22:30頃には熱が38.7度まで上がったため解熱剤を使用した。


04年11月6日
熱は、朝には37度くらいまで下がる。
吐き気はそれほどではないが体はだるく、食欲はない。
抗生物質を点滴(朝・夕)

便秘・発疹と身体のかゆみ(11/7)

04年11月10日
血液データより(WBC値1100)まで下がる。骨髄抑制のため全身に内出血のような斑点(紫斑)が点々とでている。(血小板もかなり減少している)


04年11月12日 血液データ(WBC400)
午後、クリーンルーム(個室)に移動。クリーンルームは個室に大型の空気清浄機が設置され、バス、トイレ、TVなどが完備されている。幹細胞採取が終わるまで室外に出ることはできない。
    感染防止のための注意事項
    ・指示がない限り室外へ出ることは不可
    ・面会の制限(時間、消毒とマスクの着用)
    ・食べ物は原則的に殺菌処理した病院食に限る。(特に生ものは厳禁)
    ・うがい、手洗い、歯磨きの励行
    ・風呂は禁止、シャワーはOK、トイレはウォシュレットを使用。


血小板(PT)も2万程まで減少しているため血小板を輸血した。

04年11月13日
夕方から熱が出始めたため、解熱剤(点滴と飲み薬)を使用し熱を下げる。
熱は下がったが、しばらくすると今度は胸の辺りが痛くなってきた。
はじめはそれほどでもなかったが、徐々に痛みが増してきてついには我慢しきれないほどになりナースコールをする。心電図に異常はなかったようだ。
さらに、痛みが増し七転八倒しているうちに、担当の医師が来てくれた。
レントゲンを撮った後、痛み止めの座薬を使っても効き目が無いのでモルヒネを使用した。

04年11月14日
酸素の値も低くなり酸素吸入も始める。鎮痛剤のためか意識がもうろうとして、この日の記憶は途切れ途切れでほとんど無い。

04年11月15日
改めてCT検査を受ける。肺炎だった。しかも肺を包んでいる膜(胸膜)にまで炎症が広がっており、胸の痛みは胸膜の炎症によるものだった。原因は内在菌である腸内細菌によるものだそうだ。そして、予定していた幹細胞採取は「どうするか検討する」ということになった。


04年11月16日
身体は少しずつ回復に向かっているようだ。痛みも減り(身体の向きによって痛みが違う)、痛み止め(モルヒネ)の使用を止めてもらう。そして、「今回は幹細胞採取を中止する」(主治医)ということになった。

04年11月17日
ベッドから起きて歩けるまでに回復してきた。酸素の値もほぼ正常になったため酸素吸入の管もはずした。しかし、目的というか、入院していることに意味がなくなり精神的に落ち込む。

その後は、日を追うごとに体調は良くなり、レントゲンや朝と夕、2回の抗生物質の点滴を続ける。
血液データの炎症反応もほぼ正常値になり(11/25)
2,3日様子を見て退院ということになった。

04年11月29日
(13:00)退院。
結果的に今回の入院の目的は果たすことができなかった。無念
後で聞いた話では、今回の肺炎はかなり重症だったようだ。体力が弱ければ最悪の結果もありえるほどの状態だったらしい。

                  

   <ひとり言>



この話が出たときは、簡単に考え1日か2日で済むと思っていた。ところがよく聞いてみると1か月程度の入院が必要ということだった。





また6人部屋。と、言っても大部屋は6人部屋だけだ。

寛解したとはいえ、検査では見つからない程度に残っているかもしれない腫瘍細胞を考慮して化学療法で骨髄抑制する。その後白血球の値が上昇してきたところで幹細胞を採取する。というのが今回のスケジュール。


今回の抗がん剤はCHOPで使った薬より強力らしい。
ハァー、気が重い



同部屋の患者たちは皆明るい。時に、うるさいくらいだ



リツキサンは、今まで副作用に悩まされることは無かった
今回も問題なし


ついにこの時が来た。
今回は、12h間をおいて1日に2回点滴!




今回のはやはり強力だ。
これまでにない症状がでてきている。

きついけど、客観的にというか冷静に受け止めていられるような気がしている。
うわっ!熱が上がっている!






具合がだいぶよくなってきた(7日)
何日かぶりにシャワーを浴びることができた。





荷物をまとめ引越しです
外に出られないということなので最後に買出しへ・・・

なにかVIPになったような気が一瞬したが(部屋のカーテンが金色だ)1時間も立つと話をする人もいないし、TVもあきた。
部屋から出れないのは辛いね




輸血の前に同意書にサイン


夕食後、胸に鈍い痛みがあると感じ、そのうち収まるだろうと思ったが、それどころか徐々に痛みが増してきた。

てっきり心臓だと思った。
ホントにもうダメかと思った。
実際、看護師も心臓を疑ったようだ

どのくらい時間が経ったのか
すごく長く感じた。


うぅぅぅぅぅぅー・・・




もし、中止になったら何のために入院したのやら
トホホ・・・
鎮痛剤の影響か、頭がボーっとする

少し、期待していたが
やっぱり中止に決まった。
何人も同じことをしているが中止になったのは例が無いそうだ


痛みが無くなったわけではないが2,3日前には考えられないくらいに回復してきた


快方に向かうにつれなぜか精神的には最悪な状態。
個室に一人というのがダメなのか、意味のない焦り、不安、孤独感が襲ってくる。
不眠に悩み睡眠導入剤を出してもらい使用して何とか眠った。