吉野水分神社
1998-05-05
 
吉野郡吉野町大字吉野山1612
吉野水分神社・玉依姫命坐像上半身部分 
金峯山寺からとぼとぼと歩いた。桜の時期は過ぎたのだが、新緑が何ともいえぬ。

普段山道を歩くことがないため、喘ぎながらの参拝ということになる。

水分神社には木造の玉依姫命坐像がある。

秘仏で見せて貰えないことは分かっていたが、でもどういう神社か、一度この目

で見たかったのです。玉依姫は神武天皇のお母様。

白州正子著の“夢幻抄”という本に(Isdn4-418-97519-5)入江さんと歩く大和路という

ところがあって、その中で、吉野水分神社にはご神体として素晴らしい

女神像玉依姫命坐像がある。彩色もきれいに残っていて、なかなかに艶っぽい鎌倉

の傑作だが、この像は絶対に公開しないし、写真の撮影すら難しい。

いつか、秩父宮妃殿下が吉野にいらっしゃるとき、何をみるべきか相談を受けたので、まず一番にこの像をあげた。

宮様ならば拝観できるだろうと思ったのだが、結局ダメだった。

このご神像の写真をおそらく唯一撮っている写真家が入江さんなのである、と奈良のお寺や神社から篤い信頼が寄せられて

いる入江泰吉氏を絶賛している文章に出合ったのです。

 入江泰吉の“古色 大和路”という写真集を私は昭和46年に2万円も出して買っている。

一色にあった文林堂という書店の主から薦められたのだが、時折この写真集を見るのです。

室生寺の五重塔もその前の大野寺の枝垂れ桜もこの写真集で知ったのです。

入江泰吉のファンの一人です。ですから、氏を絶賛する白州正子氏も高山寺の“明恵”のことを書いた本もあるし、

ご主人の白州次郎のダンディぶりも知っていましたから一層に興味が湧いていたのです。

 吉野山より蔵王堂を見渡せる場所に来たとき、非常に感動しました。歩いてきたよかった、と痛感しました。

おそらく、役行者たちと視界を共有した実感なのではないかと思うのです。

歩くことによって、人間って多くのものを得るのではないかしら。上醍醐寺の巡拝も施福寺の巡拝も鮮烈な印象を持っている。

観音正寺も急峻らしいのですが、ここは車でのぼってしまった。

数年前に本堂が火災にあい、その復興に懸命だった寺の関係者のひたむきさにうたれて、分不相応の寄付を

その時してきたことが思い出される。


吉野山より蔵王堂を見る