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▽ 2006年 5月14日
第6回遺族会総会で、訴訟を支えることを決める
亀戸文化センターにおいて、第6回東京空襲遺族会が開催されました。犠牲者氏名の記録を土台に追悼・記録の活動を続けること、原告団(準)をはじめ、遺族会の総力をあげ、「政府は戦争の後始末をきちんとせよ」と、政府に謝罪と補償を求める集団訴訟を支えることなどを決めました。
▽ 2006年10月21日
浅草ウォーク
空襲犠牲者・原爆被災者など、戦後初の共同行動
▽ 2006年10月29日
原告団結成の集い開催しました
10月29日(土)台東区民会館で、東京大空襲訴訟原告団の結成の集いを、原告・弁護士他100余名の参加のもとに開催し、成功裏に終了しました。
すでに、原告の方々には、原告団入会、弁護士への委任状などの各種文書、陳述書の作成補助者(世話人・ボランティア)と弁護士から連絡が届いていることと思います。これからも各種の準備のための連絡があると思いますが、よろしくご協力をお願いします。
結成の集いは、文化行事につづき、中山武敏弁護団長より112名の弁護団となったことが報告され、原告団を励ますとともに、早乙女勝元さん(作家)、山本英典さん(原爆症認定訴訟原告団団長)、正岡義之さん(ピーソウルズ・青年代表)の激励・連帯の挨拶をいただき、議題に入りました。
会場には、NHK、TBS、MXテレビ各社、読売、毎日、朝日、東京、共同通信、赤旗、社会新報など、多くの報道機関が取材に来ました。
▽ 2007年3月 8日(木)
東京大空襲訴訟を支援する集い
心のつながり、思いの深まりが進んだ3日間
東京大空襲訴訟へ踏み出した人々
▽午後6時半より
▽サンライズホール (錦糸町駅南口丸井8階)
提訴について 中山武敏弁護士
黒岩哲彦弁護士
有識者発言 早乙女勝元・作家他
体験と願い 原告・遺族・孤児から
500名に及ぶ「支援する会」を錦糸町(サンライズホール)で成功させ、個人有志、団体、労組など多彩な人々が心を一つにしました。早乙女勝元さん、前田哲男さんの発言、原爆訴訟団からの連帯あいさつ、体験者の思いの朗読と団長の決意につづき、全員の心をつなぐ「ふるさと」の合唱がありました。
▽ 2007年 3月 9日(金)
国への訴状を東京地方裁判所に提出
東京大空襲訴訟原告は、東京地裁に112名の原告団、110名の弁護団による提訴をしました。12時から、地裁門前での原告・支援の人々による、よびかけ・連帯の発言があり、記者会見には弁護士2名、原告3名が参加しました。午後からの根津での報告集会では、弁護士の訴状の準備、陳述書の作成に関わった一人ひとりから経験の思いが語られました。
遺族会は、原告希望者を中心に政府に対し謝罪と補償を求め、提訴を含む新たな運動 をすすめています。61年前、烈火の中を逃げ惑い、家、財産を失った人たち、障害者や 孤児になった人たちは、無念の死をとげた人たちを追悼しつつ、生活の糧を求めてさまよ い、生きるための筆舌に尽くせない苦難のなかで生き抜き、今もなお辛く悲しい記憶を背 負って生きています。
政府は軍人・軍属ヘの補償は早くから実施しています。しかしながら民間人犠牲者については、国との雇用関係がないという理由で、未だに補償はありません。1980年に名古屋空襲犠牲者慰藉料等の控訴があり、その時の判決結果の一部は次のようなものでした。
「戦争は国の存否におかかわる非常事態であって、国民のすべてがその生命、身体、財産について犠牲を堪え忍ぶことが要求され、その犠牲は戦争犠牲又は戦争損害として国民が等しく受忍しなければならなかったものであり、これら戦争犠牲者の人的損害を補償し、あるいはその救済のため、どのような立法措置を講ずるかの選択は、立法府の広い裁量に委ねられ、それが著しく合理性を欠き、明らかに裁量の範囲を逸脱し濫用にあたるとみざるを得ないような場合を除き、裁判所が審査判断するに適しない事柄というべきである。」
民間の戦争犠牲者に対する80年代の雰囲気は、上記のような判決結果に示されました。まだ潜在する戦前の感覚の名残りがあって、新憲法に明記されているにもかかわらず主権は国家機関(国)にあって、国民にはなかったようです。戦後61年を経たこんにち、わが国をとり巻く情勢は変化しています。文化的・社会的成熟度は先進国並に達していてもいいでしょう。歴史、社会保障などに関する判断基準も変化していないはずはありません。
遺族の年齢も平均76~8歳と高齢になっています。60年という節目に、戦争の犠牲について、最後の問い直しを必要としています。東京空襲犠牲者遺族会は、同じ遺族であり、負傷等障害者ある原告者とともに、「謝罪と補償」を求める運動をしています。大勢の良識ある弁護士の方たちからの応援に勇気づけられています。
一般の皆様にも協賛と支援をお願いいたします。今後心ならずにも戦争にまき込まれ、自身あるいは親族が負傷または死亡などした場合のことを考えてみてください。軍人でなくても、戦争の犠牲者、遺族、負傷者、傷害者、財産被害者などを調査し、生きていくための補償はなされて然るべきものでしょう。犠牲になって亡くなった人々の氏名・性別・年齢・住所、その被災者人数・被害規模等は平和を祈念して記録され、後世に残し伝えられるべきでしょう。
▽ 2007年3月10日
東京空襲62周年の日
東京都慰霊堂前で空襲遺族会から、紹介、メッセージ、アピールが配られ、多くの被災者遺族に届きました。引き続き、江戸東京博物館学習室では、狩野光男さんの絵を示しながらの話し、参加者の体験が語られる。その後、被災地別の交流会(深川、城東、本所、浅草、その他)がもたれ、時間まで尽きぬ語らいがありました。
62年たってやっと、国を相手にもの申す(裁判)ことができるようになった思いと決意が深められた3日間でした。多くの被災者、戦後生まれの人々にメッセージが届き、これからのがんばりの拡がりができることを願っています。
▽ 2007年5月24日(木)
第1回口頭弁論
開 廷 :午後1時30分 東京地方裁判所103号法廷
裁判長 鶴岡稔彦氏
103法廷で、東京大空襲訴訟第1回口頭弁論が開かれました。 原告70名と支援者で法廷は埋まりました。
○ 被告・国は、当日5月24日付答弁書で、原告らの請求を全面棄却するという回答をしました。(後に【注記】で掲載してあります)
○ これに対して、裁判長から、事件の実態がつかめないかぎり結論は出せないという主旨の発言がありました。
○ 原告側は、中山武敏弁護団長と黒岩哲彦弁護団事務局長が意見陳述をしました。
○ 原告としては、星野弘団長、城森満副団長、豊村美恵子氏の3氏が、それぞれの凄惨な空襲と戦後の体験、原告団に参加した理由などについて陳述しました。
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「第1回口答弁論報告・交流集会」
裁判終了後、東京民医連会議室(豊島区)に集合し、「第1回口答弁論報告・交流集会」を開き、100人余の人びとが集まりました。口頭弁論報告で国側の答弁に怒り、質問と空襲体験を強調しました。参加者は、このままでは死んだものは浮かばれず、生き残ったものの苦労と、今も続く苦しみは解決できないとの思いをあらわにして、散会しました。
▽ 2007年8月24日(金)
「東京大空襲訴訟勝利をめざす8・24のつどい」
8月24日夕、豊島公会堂にて250名の参加で「勝利をめざすつどい」を開催。斎藤貴男氏の平和をめぐる情勢と東京大空襲訴訟の意義などの講演で始まりました。
原告4人の陳述書の朗読。リレートークでは、重慶大爆撃被害者と連帯する会代表、原爆症認定訴訟東京原告団代表、歴教協代表が、裁判勝利のために連帯してたたかうことを話しました。
中山武敏弁護団長は、裁判の意義と、多くの方の支援をお願いしました。
最後に、原告団と弁護団が壇上にならび、星野弘団長が決意を表明、つどいを閉会しました。
▽ 2007年8月30日(木)
午後1時半、東京地裁103号室で、第2回口頭弁論が行われました。傍聴席は62名の原告をはじめ、弁護団、一般の傍聴者で埋まりました。
法廷では、児玉勇二弁護士と原田敬三弁護士の意見陳述。続いて原告3名、金田マリ子氏(孤児)、清岡美知子氏(遺族)、平田健二氏(障害者)の陳述がなされました。
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▽ 2007年10月21日(日)
浅草ウォーク(第2回)
集会 10:00~11:30
<場所>台東区民会館9F(都立産業貿易センター内)
<内容>東京空襲被害者・被爆者の体験談と裁判の経過報告
ウォーク 12:00出発(約1時間)
<集合場所>台東区民会館1Fロビー
<ルート>台東区民会館~言問通り~国際通り~浅草通り~吾妻橋付近で解散
▽ 2007年11月14日(水)
第3回口頭弁論
開廷:午後1時30分、 東京地裁103号室
傍聴は満席でした。
○ 弁護団事務局長:黒岩哲彦弁護士が冒頭で、前回原告団が求めた「①準備書面」と「②求釈明書」に対する、被告国の回答の内容には事実問題に対する答えがなく、かたくなに「受忍論」を繰り返していることを非難しました。
そして本題の、東京空襲による被害を論証するために、原告団が東京地方裁判所へ提出した証拠書籍27点を提出し、特に下表Bの『東京大空襲』(早乙女勝元著)と『東京を爆撃せよ』(奥住喜重・早乙女勝元著)についての検討をお願いしました。、
○ 続いて吉村清人弁護士が、 NHK総合 「東京大空襲 60年目の被災地図」のDVDについて概要を紹介し、上映しました。
上映後、吉村氏は、裁判官、被告国の代理人に次のような空襲の実相を示しました。
(1) 空襲被害は現在も続いていること
(2) 被害の事実を直視して社会正義に立脚した法の適用を
(3) 原告らが納得できる裁判を
以上で吉村弁護士の証拠映像 「東京大空襲 60年目の被災地図」についての意見陳述で法廷が終わりました。
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▽ 2008年1月24日(木)
第4回口頭弁論
開廷:11時、東京地裁103号室
冒頭に弁護団事務局長の黒岩哲彦弁護士から、国から提出された回答(書証)について「提出された資料が、戦争の実態を後世に伝えるためのものであり、戦争の被害を個別に具体的に調査し、被害者と被害の実情を把握したうえ、被害者救済の方策を立案したり、被害の補償を実行したりする基礎資料として作成されたものではない」とその姿勢を厳しく批判し、国の訴訟態度、国の「戦争被害論」について詳しく反論しました。
続いて、北沢貞男弁護士より、国の主張に反論しつつ、原告の年齢構成、被害状況を詳しく述べ、「このような原告の被害の実情を明かにすることによって、国がいかに冷たく無責任に原告らを放置し続けてきたか、その義務違反の実態が明確になり、国賠法上の違法性を根拠づけられるもとして確信しております」と結びました。
最後に、黒岩弁護士より原告の陳述書(99通)を書証として提出したと報告し、原告各人の個別の資料を提出することを述べ、原告高橋明子さんの陳述書を詳しく報告し「本件について、陳述書の書かれた原告らの被害の実情を正面にすえた審理がなされることをもとめるものです」と結びました。
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▽ 2008年 2月16日(土)
墨田区の空襲を語り継ぐつどい
会場:曳舟文化センター
時間:午後1時~4時30分
プログラム
ビデオ上映「東京大空襲遺族たちの訴え」NHK放映(06.8.4)
体験報告
□空襲の朝母親と見た光景 成島節子さん
□浅草から本所の10日早朝の惨状 堀切正二郎さん
□孤児となって生き抜いた戦後 吉田由美子さん
□墨田の惨状と空襲訴訟の現在 星野ひろしさん
墨田区はこの空襲で7万人弱の死傷者をだし、江東区に次ぐ惨状となった地域です。
この「つどい」は、墨田区全域を視野に入れて、区内の空襲体験を聞きつつ、墨田区の実相を知り、平和を守る大切さを学ぶ集いです。
▽ 2008年3月4日(火)
東京大空襲訴訟 勝利をめざす1周年のつどい
会場:江戸東京博物館 1階会議室
時間:午後6:00開場、午後6:20開会
プログラム
コーラス
シンポジュウム 「裁判の経過と訴訟の意義」
第2次原告紹介
陳述書の代読
▽ 2008年3月10日(月)
第2次提訴
(新しく原告になる方が20名加わりました)
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▽ 2008年3月18日(火)
大阪でも空襲訴訟の準備に入る
東京大空襲弁護団・原告団も支援
大阪の戦災障害者の人びとが(大阪)空襲110番運動を提唱し、80余名の人びとから問い合わせがあったことをうけて、3月18日に大阪市・長居障害者スポーツセンターで、第1回大阪空襲被害者の会議が開かれ、30余名の人が集まりました。
この会議には、東京大空襲訴訟から学ぶことを中心にすすめられ、現地の要請をうけ、児玉勇二弁護団副団長、星野弘原告団団長が参加しました。
児玉弁護士は裁判の経過と受忍論など法理論にもとづく反論。
星野原告団長は、国の方針の変更を求める運動であり、ひろく世論の支持と共感を得られるよう活動することが大切。有識者・団体の賛同、支援する会を組織していること、また裁判所に向けた「被害者の人権を保障する判決を」の署名を100万達成を目指して各種団体、個人の協力で推進していることなどを報告しました。
大阪ではいま、第2回集会の準備に取り組んで頑張っています。大阪の提訴実現は東京大空襲訴訟にただちに影響する大事なたたかいであり、原告団の協力・援助が求められています。
▽ 2008年4月24日(木)
第5回口頭弁論
開廷:午後3時、 東京地裁103号室
法廷は傍聴定員約100名のところ、満席で入れない人もおりました。
事前に、「準備書面(3) 」と 「証拠申出書」 は既に弁護団が提出済。
本年3月10日に追加提出された20名の原告について、112名の原告と合せ、併合審理とする旨告げられた。
◎水田敦士代理人弁護士が、「準備書面(3)」を補足して、概ね次のような意見陳述をしました。
戦争による被害は、国の責任において平等に補償されるべきである。現時点の軍人恩給など、沖縄の戦場で、軍務の親に連れられた6歳未満の幼児にも補償が拡大されている。本土も同じく連日の空襲下戦場状態で、沖縄とほとんど差はない。にもかかわらず国の補償は軍人軍属にのみ、空襲被害者には補償はしていない。国はかつての最高裁判決を引用し、今もなお「戦争被害ないし戦争損害国民等しく受忍しなければならない」と繰り返している。軍人軍属は国との雇用関係にあって、この戦争の遂行に協力、貢献したがゆえに救済し援護するというシステムは、戦争を肯定するシステムを認めることになる。
戦争によって肉親を亡くし、孤児になった人たち、傷害者になった人たちには、未だ戦争は続いている。裁判所は是非、戦後処理のあり方を示してほしい、と強く主張。
◎続いて、弁護団長・中山武敏代理人弁護士が、「証拠申出書」について意見陳述.
国の証拠調べも不要という主張は認められない。多くの法廷は事実調べを尽くした上で判決を出している。国は戦後補償の裁判ではすべて事実に対する認否を拒み、法的判断のみで棄却をしろといっている。しかし最近の中国残留孤児等の裁判、イラク派遣問題の名古屋高裁判決などは、DVDの放映、大学教授の証言等を実施した上で判断を下している。
「証拠申出書」として、
空襲と被害の実相に実証的な著書の多い作家早乙女勝元氏
軍事史研究家、東京空襲に至る因果を解明する前田哲男教授
国際法、国際関係史の専門的な知見を持つ荒井信一教授
空襲体験による精神的傷害ついて詳しい精神医学の野田正彰教授
憲法、情報法学。戦後補償や植民地法もテーマに持つ内藤光博教授
以上5名の専門家、学者を証人として申請した。
◎最後に土肥尚子代理人弁護士により、「原告本人尋問」について意見陳述。
申請した30名の原告の本人尋問の必要性を主張。いまに至る苦しみの例として、空襲被害・傷害者廣瀬シンさんとその実弟英治(原告)さんの事例を挙げた。空襲でシンさんは体全体に火傷を負い知能程度が3歳程度になり、弟英治さんが一生を通して姉の介護に当たっていることを陳述。
本来原告全員から声を聞くべきところ、時間の関係で30名を選び原告本人尋問を申請した。原告たちの声を法廷で直接聴くべきであると述べた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
一方、被告国は、事前に原告団が、東京地裁に出していた「準備書面(3) 」と 「証拠申出書」に対して、平成20年4月24日に、同じく東京地裁に「意見書」を提出していた。
「意見書」の概略
「・・・・・原告らは、国賠法1条1項の「違法」の根拠として、外交保護義務違反と立法上及び行政上の救済義務違反を主張して、それを立証するために5人の証人と30名の本人尋問を求めている。しかし、この請求自体ないし主張自体失当である。また、法解釈等に関する証人の調査研究結果は、その意見書等の書面で十分に立証し得るから、その立証のために証人尋問を実施する必要も全く認められない。・・・・・ 現に早乙女氏と前田氏については、その著書が書証として提出され、取調べ済みである。よって早乙女氏、前田氏、荒井氏、野田氏及び内藤氏の調査研究結果の立証のためには、書証として提出することで足り、法廷において尋問することは不要であり、仮に原告らにおいて、早乙女氏らの調査研究結果を明らかにすることが必要であると考えるとしても、同人らを法廷において尋問する必要は全くない・・・。」
更に個別的補足で、5名の一人ひとりについて更に詳しく、尋問の必要性のない理由を述べ、特に早乙女氏について、
「・・・早乙女氏の体験をもって各原告の個別の被害を立証しようとすることは、個別の原告との関係においては、適切でないから、このような事項について尋問する必要はないばかりか、かえって有害である。」
と書いている。
結語として、「以上のとおり、本件証拠申出書記載の立証方法はすべて必要性の欠くものであって、原告らの申し立ては、いずれも速やかに却下されるべきものである。」と結んでいる。
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▽ 2008年4月24日(木)
第5回口頭弁論終了後 午後4時15分より
報告集会 (於神谷町・大手ビル)
国の答弁に怒り、「証拠調べの実施を」
午後3時の第5回口頭弁論を終え、引き続き午後4時15分より、大手町ビルにて100余名の参加、足立事務局長の司会で報告集会が開かれました。
○中山弁護団長から、法廷は満杯になり入れなかった人もおりました。今回は重要な法廷で、原告側として5人の専門家の証人、30人の原告尋問を請求しました。今後、裁判所が事実調べをするかどうかが重要な段階に入ります。国は事実の認定、証拠調べをしないということは、原告を相手にしない態度であり、裁判所が事実調べをするように働きかけることが重要です、と挨拶しました。
○黒岩弁護団事務局長は、今日来た意見書の中身はひどい。事実調べは必要なく、専門家証人も必要なく、早乙女さんはかえって有害であると拒否、原告の話も聞く必要なし、が国の方針であると報告。6月2日の進行協議までに、裁判所に証拠調べをしてくださいと働きかける運動が大切であると訴えました。
会場は、国の態度に怒りがみなぎったなかで、城森副団長の閉会挨拶で報告集会を終わりました。
▽ 2008年6月 2日(月)
裁判進行協議 (1)
原告団・弁護団代表、裁判官3名、被告(国)代理人の三者による、今後の裁判の方向についての「進行協議」が行われました。
この場でわれわれ原告側は、被告国側が必要ないと主張する「証拠調べ」を実施するよう要求しています。 「証拠調べ」については、4月24日第5回口頭弁論の「証拠申出書」および「原告本人尋問」を申請しています。
この件について、引き続き次回6月19日に再度、三者による「協議」が行われることになりました。
▽ 2008年6月19日(木)
裁判進行協議 (2)
6月2日に引き続いて、原告団・弁護団代表、裁判官3名、被告(国)代理人の三者による「裁判進行協議」で、原告団の要望は基本的に受け入れられ、下記のように決まりました。
口頭弁論期日
7月24日 10:00~10:30
証拠調べ
① 11月13日 午後1:00~5:00
② 12月18日 午後1:00~5:00
③ 1月29日 午後1:00~5:00
これによると、判決は来春3月、遅くとも5月頃になる見込みです。
なお、第5回口頭弁論の平成20年4月24日付け被告国の意見書の中の一部、「・・・早乙女氏の体験をもって各原告の個別の被害を立証しようとすることは、個別の原告との関係においては、適切でないから、このような事項について尋問する必要はないばかりか、かえって有害である。」という文章について、被告国は、表現に誤解を生ずるおそれがあるとして、平成20年6月2日付「訂正申立書」により、「このような事項について尋問する必要はない。」に改め、“ばかりか、かえって有害である”という部分を削除しました。
東京大空襲被害者への国の謝罪と国家賠償による戦後補償のあり方、不平等を是正し、平和的生存権を確立するたたかいです。これから原告団が、いかにこの裁判に対する国民的世論を盛り上げるかが、勝利へのかなめになります。
▽ 2008年7月13日(日)
「体験を語り継ぐ台東区民のつどい」が行われました。
東京大空襲から63年
会場 台東区民会館 9階会議室
時間 午後1時から
この台東区では、アメリカの無差別じゅうたん爆撃の標的とされ、2時間半の空襲で1万2千人の人々が殺戮されました。このような戦争を繰り返さぬよう、その真実を学び後世に伝えるためにと、多くの人があつまりました。
◇ビデオ「東京大空襲遺族たちの訴え」(06.8.4NHK放映)
◇体験報告
○高橋かづ子さん(日本堤で母・兄・姉妹を失う)
烈風烈火の中、逃げ惑った体験
○清岡美知子さん(浅草馬道で父・姉を失う)
私はなぜ東京大空襲訴訟の原告になったのか
◇東京大空襲の到達点と今後の課題
牛山玲子さん(東京空襲遺族会事務局長)
◇参加者の質問・体験報告など。
| 主催 東京空襲犠牲者遺族会 東京大空襲訴訟を支援する会 |
▽ 2008年7月24日(木)
第6回口頭弁論
開 廷 午前10:00 東京地裁103号室
傍聴席は満員のうちに開廷されました。
裁判所書記官の事件名の読み上げに続いて鶴岡稔彦裁判長は、6月2日、19日の進行協議の結果、証人尋問を採用する旨、そして指し当たって11月13日の日程の確認と、その後の12月、1月の内容は逐次検討しながら行う、と告げました。
| (記) これによって原告側の要求する事実審理(証人尋問)の半ばが認められたことになります。 |
続いて、二人の弁護士の意見陳述が行われました。
被告国側の陳述はありませんでした。
・児玉勇二弁護士 書証提出についての意見書説明
児玉弁護士は、「被告国の救済義務違反についての証拠説明補充書」を書証として提出しました。
国の一般戦災者への補償をしない理由
①国との身分関係、雇用関係、特別権力関係にないこと
②本土内地は銃後で、戦場でないこと
③は、①との関連で「援護法」は公務であることを要件としていること
④お金がかかること
以上4点について反論しました。
・杉浦ひとみ弁護士 「証人尋問の意義について」
杉浦弁護士は、証人として採用された精神科医、文化人類学者・野田正彰氏の証言の意義と重要性を、裁判所および傍聴する方たちに対して陳述しました。
閉 廷 午前10:30
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弁護団報告(要約)
ー運動の成果に確信を持ち、取り組みを前進させましょうー
第1 これまでの運動の成果に確信を持ちましょう。
成果① 被告国の非常識な「尋問は有害」論を撤回させた。
成果② 被告の妨害を克服して証拠調べ期日3期日を獲得。
第2 証拠調べ(原告の7月24日付け意見書)
(時間は、午後1時から午後5時)
| 2008年 【11月13日 東京大空襲実相論】 |
|||
| 証 人 | 早乙女勝元 | 1時間 | 担当弁護士 7名 |
| 原 告 | 5名 | 各人0.5時間 | |
引き続き原告側は、12月と来年1月の口頭弁論(証拠調べ)の内容を、
以下のように予定しています。
| 2008年 【12月18日 被害論】 |
|||
| 証 人 | 野田正彰 | 1時間 | 担当弁護士 7名 |
| 原 告 | 5名 | 各人0.5時間 | |
| 2009年 【1月29日 救済義務違反論・憲法論】 |
|||
| 証 人 | 池谷好治 | 1時間 | 担当弁護士 7名 |
| 証 人 | 内藤光博 | 1時間 | |
| 原 告 | 3名 | 各人0.5時間 | |
第3 来春にも東京地方裁判所の判決の可能性があります。
裁判長は、今後の進行については、
①証拠調後の2月から3月の時期に最終弁論(結審)
②その後日(4月から6月位の間)に判決言い渡しの進行を
明言しています。
第4 署名運動など
1.署名は100万筆を目標にしよう。
2.有識者、著名人の賛同を広げましょう。
3.駅頭、街頭での署名・宣伝活動をさらに続けよう。
4.マスコミの協力を求めましょう。
5.国会議員や地方議員、政党、地方議会の理解を得る
活動をしていきましょう。
」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」
《証拠調べの成功・勝訴を目指す総決起集会》
午前10:45から12:15
東京地裁隣の第2弁護士会館の10階ABCD室にて、
挨拶
・星野弘原告団長
・中山武敏弁護団長
報告
・第6回口頭弁論報告と証人、原告尋問が決まった到達点
-黒岩哲夫弁護団事務局長-
・事実審理から勝訴を目指す「原告団の基本方針」を提起
-足立史郎原告団事務局長-
| 【注記】 本日(7月24日)提起をした基本方針は、①事実審理の意義、②原告一人ひとりの活動、③原告世話人と原告団体制、④法廷対策、⑤国民的結集対策、⑥日程、の項目に分けて、約4000字でまとめています。その基調骨子を箇条書きにすると、次の通りです。 |
| 原告団の基本方針(骨子)
|
そのためには、なんとしてもマスコミの協力を求める運動と、原告団と弁護団の緊密な連携活動、たたかいのフシ目にダイナミックな行動・宣伝を展開する。 |
続いて、原告団・支援団体の決意の発言と質疑応答、終わりに総決起集会アピールを採択、そして、団結“がんばろう”を三唱しました。
」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」
《原告交流決起集会》
午後2:00より、墨田区石原1丁目会館
約40人の原告と遺族が、お互いに思いを語る交流をし、質疑応答もあって、勝利への決意を新たにしました。
▽ 2008年 8月10日(日)
戦争責任を問い、戦後補償を求め
平和をつくる 8・10集会
午後1時半から、台東区民会館において、上記の集会でパネルディスカッションが行われました。参加者は230人を越えました。
パネリスト
早乙女勝元(作家)
土屋公献(弁護士・重慶大爆撃訴訟原告弁護団団長)
星野 弘(東京だおい空襲訴訟原告団団長)
佐藤直子(東京新聞社社会部記者)
会場からの発言者には、コスタリカ関係者、東京空襲体験者、九州・久留米の空襲を語り継ぐ人たち、重慶空襲訴訟関係者、空襲を語り継ぐ若者のグループなどの、熱心な活動報告がありました。
展示 写真家広瀬美紀さんの東京大空襲写真
| 主催 東京大空襲訴訟原告団 重慶大爆撃の被害者と連携する会・東京 軍隊を捨てた国コスタリカに学び平和を作る会 他 |
終了後、「早乙女さんを励ます会」がありました。
▽2008年 9月13日(土)
孤児が伝える東京大空襲
戦後初めて孤児のつどい
語る戦争体験に涙をぬぐう共感の拍手に包まれる
午後1:00から、台東区民会館において、190名が参加しました。画家狩野光男さん話、続いて3名の孤児になった方の体験の朗読がありました。また、寝床家道楽さん(孤児)の落語が参加者の心を和ませました。このイベントを後援した東京大空襲訴訟原告団副団長が訴訟の現状についての報告し、決意と多くの方々の支援を訴えました。会場で署名80筆、アンケート68枚が寄せられました。
大阪大空襲の被災者・遺族ら、
国に賠償・謝罪求め提訴へ
約1万5千人の命が奪われたとされる1944~45年の大阪大空襲の被災者と遺族らが国に1人当たり1千万円の損害賠償と謝罪を求める集団訴訟を年内にも大阪地裁に起こす。今月末にも原告団を結成し、開戦から67年となる12月8日の提訴に向けて準備を進める。
国は旧軍人・軍属やその遺族には、戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用して障害・遺族年金を支給する一方で、民間の空襲被災者には何の補償もせず、死傷者や罹災(りさい)者の実態さえ調査していない。空襲で被災した民間人の集団訴訟としては、東京大空襲の被災者や遺族ら112人が昨年3月、国に損害賠償と謝罪を求めて東京地裁に初提訴。大阪大空襲の原告側も東京訴訟と同様、国が援助してこなかった不作為の責任を問う。
提訴するのは、1944年12月19日から45年8月14日にかけて約50回に及んだ大阪市や周辺への爆撃で障害を負った被災者や、両親を亡くして孤児となった遺族ら。6歳の時に鹿児島への空襲で被災し障害を負った堺市の女性も参加を望み、原告団は10人程度になる見通しだ。
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東京空襲を語り継ぐ江戸川のつどい
東京大空襲から63年
江戸川グリーンパレス・バンケットにて、午後1時から、44名の参加者がありました。、
昭和20年3月10日、下町(現江東・墨田・台東)は夜2時間半で10万人余の命が奪われました。 江戸川では、平井・小松川地域が焼き尽くされ、800人の区民が犠牲となりました。旧中川にはおよそ3千の遺体が浮かんでいました。
空襲の実相を知り、平和の大切さを学ぶ
◇東京大空襲と江戸川・・・榎本喜久治さん
◇家族を求めて浅草から本所へ〔自作絵と語り〕・・・小林弘司さん
◇東京大空襲訴訟への重いと現状・・・安藤健志さん(原告団副団長)
◇参加者からの発言
| 主催 東京空襲犠牲者遺族会 東京大空襲訴訟を支援する会 |
第3回浅草ウォーク
↑クリックしてください
「武器」はもういらない
「人間」が大切にされる社会を目指して
集会 13:30~3:00
場所 台東区民会館9階(都立産業医貿易センター内)
ウォーク 花川戸公園(台東区民会館隣り)に集合、15:30出発 (約1時間)
ルート 花川戸公園→言問通り→国際通り→浅草通り→吾妻橋付近で解散
主催 浅草ウォーク実行委員会
共同代表 飯田マリ子(東京原爆被害者団体協議会・東友会会長)
野上秀雄(和ピースリング代表)
星野ひろし(東京空襲犠牲者遺族会会長)
▽2008年11月 1日(土)
東京大空襲原告団 第3回総会
学者・専門家証人4人、原告13人の尋問の成功をめざし
裁判膨張のよびかけ、署名、募金活動を進めましょう
場所 台東区民会館9階
●午前中は総会、 午後は裁判中心問題の学習会
●裁判の山場を目前にした総会です。
2008年 11月13日
第7回口頭弁論
開廷 午後1:00~5:00
東京地方裁判所103号室
証拠調べ 東京大空襲の実相論
証人:早乙女勝元氏(作家)
:原告5名
傍聴者は定員を超えるため抽選され、外れた人たちは3時の休憩で交代して傍聴できるように配慮されました。
第1回証人尋問、早乙女勝元氏と原告5名
大空襲ありのままの姿が法廷に
法廷は、被告国側の反対を退けて学者、専門家および原告の証人尋問が開始されました。歴史的な大事件であるこの空襲の体験者であり、その後作家ジャーナリストとして平和のために出版を重ねる早乙女勝元氏が第1番目の証人として立ちました。続いて5名の原告本人が証言しました。
| 詳しくは、左側の口頭弁論の目次 |
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傍聴券が取れなった方のための交流会が
隣の弁護士会館5階509号室にて
午後1時半から2時半まで行われました。
次に、傍聴券の取れなかった方が、
前半傍聴した方と交代して
3時ごろから5時まで法廷で傍聴しました。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ↓ ↓ ↓ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
〔報 告 集 会〕
法廷終了後、5時半から6時まで
神谷町大手ビルにて
本日の裁判の総括などを行いました。
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2008年11月24日(月)
大阪空襲訴訟
原告団結成集会&支援する会発足の集い
ところ 大阪市立中央会館
・空襲被災者には援護がないのか
・空襲訴訟が問うものとは
・東京大空襲訴訟のあゆみと現状
・原告団の決意と被災体験 支援する会について
11月24日(月)
2008年 日本のうたごえ祭典in東京 ←クリック
“夢と平和”かがやけ九条!
大音楽界〈希求ーねがいー〉
有明コロシアム
■OPEN 12:00 ■START 13:00
主催:「60周年記念2008年日本のうたごえ祭典」in東京」実行委員会
電話03-3200-4977 メールutagoe60@ky.mainjp
▽2008年12月 8日(月)
大阪空襲訴訟
戦禍の清算、司法に迫る 大阪空襲訴訟
(12月9日(火)神戸新聞)
きっかけは、約三千人分の署名の受け取り拒否だった。大阪空襲訴訟原告団の小林英子さん(75)=西宮市=らは当初、空襲被災者が対象の援護立法制定を求めて署名活動をした。だが、国に「担当窓口がない」と、署名の受け取りさえ拒まれた。司法に訴える道を選び、賛同者を募って八日、提訴に至った。
2008年 12月18日
第8回口頭弁論
東京地方裁判所103号室
午後1:00~5:00
証拠調べ 東京大空襲の被害論
証人:野田正彰氏(学者)
:原告5名
今回は被害論を中心に、臨床精神科医で、比較文化精神医学専攻の学者・曾田正彰氏が証人として出廷しました。
続いて、金田マリ子氏、内田道子氏、平田健二氏、戸田成正氏の4名の原告が証人として、長い苦難の半生と今を話しました。
野田先生は、本件東京大空襲被害者の診断に当たって、被害者たちの空襲体験とその後の60数年の苦難を、13名の原告と面接し、あるいは住まいを訪ね、また共に被災地を歩き、追体験をしました。そして被害者の計り知れぬ精神的苦痛の深さを、精神医療の専門家として診断しています。
| 詳しくは、左側の口頭弁論の目次 |
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2009年 1月29日
第9回口頭弁論
東京地方裁判所103号室
開廷 午後1:00~5:00
証拠調べ 東京大空襲の救済義務違反論、憲法論
証人:池谷好治氏(歴史研究者)
:内藤光博氏(専修大学法学部教授・憲法学)
:広瀬英治(原告)
:城森 満(原告・原告団副団長)
:星野 弘(原告・原告団団長)
本日で3回目の証拠調べが終わりました。
傍聴席は満員になり、傍聴でいない方々もおりました。
裁判長が、次回の口頭弁論は5月21日午後3時30分からと告げ、閉廷されました。
詳細は、後日掲載いたします。
| 東京新聞(2月30日)に、 東京大空襲訴訟の現在状況を簡潔にまとめています。 |
| 詳しくは、左側の口頭弁論の目次 |
| ← 第9回〔09/ 1/29〕 |
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2009年 2月 8日
凄惨な体験を語り継ぐ杉並・中野のつどい
昭和20年3月10日(下町)、5月25日(山手)大空襲
日 時 2月8日(日)午後1時30分開会
会 場 セシオン杉並=視聴覚室
杉並区梅里 1-22-32(高円寺地域区民センター))
資料代 500円
主なプログラム
○ビデオ上映「東京大空襲遺族たちの訴え」
NHK放映(06.8.4
○参加者から、空襲・戦争の体験・思い など語ります。
□山手空襲「二度目の空襲で奪われた姉」
永井欽一さん
□下町空襲「烈風烈火のなか、家族を失う」
大竹正春さん
○東京大空襲訴訟の現状と展望
(東京空襲遺族会会長・原告団団長)星野 弘さん
連絡先 東京空襲犠牲者遺族会
東京大空襲訴訟を支援する会
〒131-0045 東京都墨田区押上 3-24-13
TEL/FAX 03-3616-2338
2009年 3月 7日(土)
東京大空襲を語り継ぐつどい
・-東京大空襲・資料センター 開館7周年-・
| 3月7日(土) 開 場 午後1時 開 演 1時30分~4時30分 会 場 カメリアホール(JR総武線「亀戸駅」下車北口2分) 参加費 500円 定 員 400名 事前予約制〈お申し込み〉電話・FAXで、お名前・連絡先をお知らせ下さい。 東京大空襲を語り継ぐつどい実行委員会 Tel 03-5857-5631 fax 03-5683-3326 |
◆サックス演奏と朗読 熊本吉成
◆東京大空襲を語り継ぐ
(1) 3月10日の体験を語る
~私の戦後はまだ終わっていません~・・清岡美知子
(2) 東京大空襲セノタフ(慰霊碑)めぐりと私のゲルニカ・・深川第二中学校・生徒
(3) センターを見学して学んだこと ・・小学生
◆あいさつ「過去からの声、未来への声を」 館長 早乙女勝元
◆映像出演
「日野原重明先生に聞く
~当時33歳、大東亜中央病院(現・聖路加国際病院)で~」
政策・アイファクトリー
◆ 講 演 「あの頃の東京」 女優渡辺美佐子
2009年 3月10日(火)
歴史にのこる公正な判決を!
東京大空襲訴訟2周年
人間回復めざす大集会
| 参加者 1100人以上 多くの支援団体と支援者により 浅草公会堂は三階まで満員 大阪大空襲訴訟の原告団と弁護団の 代表の3名の方々が参加、 連帯のあいさつをしました。 おかげさまで大成功裏に終わりました。 誠にありがとうございました。 |
| 会場の様子は下記ブログ に載っています。 |
午後6時30分 於浅草公会堂
【第1部】
◇ あいさつ
原告団団長 星野 弘氏
弁護団副団長 児玉勇二氏
◇ 支援の言葉
写真家 大石芳野氏
◇ 裁判の到達点と今後の展望
弁護団団長 中山武敏氏
◇ 連帯のあいさつ
大阪大空襲訴訟原告団・弁護団の代表の方々3名
安野輝子氏、井関和彦氏、矢野宏氏
【第2部】
◇ 講 演 作家・早乙女勝元氏
◇ 合唱 『たんぽぽ』 「この火を永遠に」合唱団
◇ 朗読 『炎の街・東京大空襲 3月10日』 俳優 今野鶏三
◇ 合唱 カンタータ『いまこの街に生きている君たち』
「この火を永遠に」合唱団
◇ アピール採択 原告・豊村美恵子
◇ 閉会あいさつ 原告団・副団長 城森 満
主催 東京大空襲訴訟2周年大集会実行委員会
2009年 3月14日(土)
ひたすら平和を! 3.14戦争体験者の証言を聞く会
東京大空襲被害と国家責任を問う
| 体験者の証言 作家 早乙女勝元さん 1945年3月10日、東京は米軍の大規模な空襲を受け、一夜にして10万人にのぼる人々が命を奪われた。12歳で被災し、九死に一生を得た早乙女勝元氏は、町工場で働きながら文学を志し、18歳で直木賞候補となって作家活動を開始。ヒューマニズムあふれる数多くの作品を生み出した。 江東区にある「東京大空襲・戦災資料センター」の初代館長を務めている。 |
【報告】 ★東京大空襲朝鮮人犠牲者 東京朝鮮人強制連行 真相調査事務局長 李 一満 (リ イルマン) ★東京大空襲訴訟原告団 |
| 日 時:3月14日(土)13時半 場 所:杉並産業商工会館 |
二度と戦争は許さない!〈戦争体験者100人の会〉
杉並区浜田山 1-27-6 Tel :090-7848-5225 小笠原
▽ 2009年 4月 8日(水)
公正な判決・裁判勝利へ与論喚起をめざす連続学習会
第1回学習会 東京大空襲の意義と到達点・課題
於 上野東京文化会館
講 師 北沢貞男弁護士(東京大空襲弁護団、元裁判官)
▽ 2009年 4月29日(水)
第2回学習会 戦後補償裁判の特徴と私たちの裁判
台東区民会館(8階) 第3会議室
講演の趣旨は次のブログをご覧下さい
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講師 内藤光博氏(専修大学教授 憲法学)
表題について巾広く話しました。
柿沼真利氏(東京大空襲訴訟弁護団 弁護士)
主に戦争被害受忍論の不条理について分かり易く話しました。
▽ 2009年 5月16日(土)
第3回学習会 到達点と勝利の鍵
午後6時00分~8時30分 於台東区民会館(9階) 第5会議室
講 師 原田敬三 東京大空襲訴訟弁護団 副団長
▽毎年ほぼ1兆円の軍人恩給
▽戦争犠牲者の援護状況
▽空爆思想の総括((荒井教授の新書版)と今日イラク、アフガンまで)
▽戦後処理裁判の数例
▽空襲被災者の苦難の人生とその態様
(第4回口頭弁論後半の弁護士北沢貞男氏の分析)
そして
▽受忍論の打破
憲法の条理に基づけば、一般戦争被害者が我慢する必要はない。
原告は、国がやるべきことをやってこなかったことに対して、
違憲の訴訟を起こしている。
2009年 5月21日(木)
詳細は 東京新聞 をご覧下さい
第10回口頭最終弁論
東京地方裁判所103号室
開廷 午後3:30
鶴岡裁判長による陳述書等提出書類の確認で始まりました。
原告側 陳述 弁護団 7名
原 告 2名
被告側 何もなし
閉廷~5:00
裁判長からは判決の期日は指定されませんでした。
満席の法廷は、
弁護士の先生方7名の気合の入った熱心な弁論と
原告団の団長、副団長のこころを込めた陳述に
感銘を受けました。
“人間回復を求める裁判”の歴史に残る裁判になるでしょう。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
閉廷後 報告集会(午後6時15分~7時45分)がTPK虎ノ門ビジネスセンター2階で行われました。
法廷に入られなかった方々も含め、弁護団の先生方の労苦に感謝し、今後の原告団、支援する会の一層の努力の必要を確認しあいました。
大阪大空襲訴訟の原告・浜田氏と弁護団団長の高木氏も傍聴とこの集会に参加しました。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
| 詳しくは、左側の口頭弁論の目次 |
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▽ 2009年 5月24日(日)
支援活動を交流する会
24日午後1時30から、台東区民会館9階会議室にて、
勝利判決を目指し、支援者、原告の諸活動の経験を交流し、判決を前にして活動する会員の意思と行動を一つにして頑張る契機となりました。
支援する会会員、原告団・遺族会有志など50名、それから弁護団より、中山武敏団長、鎌田正紹事務局長代行が出席しました。
東京空襲訴訟を支援する会
東京空襲犠牲者遺族会
東京大空襲訴訟原告団
▽ 2009年 6月 2日(火)
荒川区空襲を語り継ぐつどい
午後6時より、荒川区のサンパール荒川にて、夜にもかかわらず72名の参加者がありました。
先ずNHK作成のドキュメンタリー「東京大空襲遺族の訴え」が上映され、続いて体験者の話がなされました。
ここは東京初空襲(昭和17年4月18日の荒川空襲)の地域で、この空襲の報告と10名の方が犠牲になった資料も配布されました。
若い人の参加と発言もあり、特徴のある集いになりました。
主催
荒川国際平和展実行委員会
東京大空襲訴訟を支援する会
日暮里九条の会
日本国憲法を守る会
他
▽ 2009年 6月 6日(土)
東京空襲犠牲者遺族会 第9総会
第9回総会は、錦糸町丸井8階サンライズホールにて、午後1時30分から4時半まで、参加会員90名で行われました。
星野弘団長のあいさつでは、遺族会設立から9年経ちましたが、会員は、亡くなった方々など約150名ぐらいおられるが、150名のその子ども新規の方々が入って、ほぼ800名を維持しているといいます。
今回は、東京大空襲訴原告団事務局長足立史郎氏、弁護団事務局長鎌田正紹弁護士が来賓として挨拶がありました。足立氏は、「遺族会があって原告団ができた。最高裁まで頑張りましょう」と語り、鎌田弁護士は、裁判の経過と今後を語り、三人の裁判官の勇気は皆さんの力、世論です」と語りました。
牛山鈴子遺族会事務局長の総会議案は、
会員一人ひとりの出来る活動を
遺族会活動の一層の推進
国と東京都への、要求・要請活動
他の戦争被害者や平和を求める人びとと共同で世論の広がりを
・・・・・・
他の議題と共に拍手で承認されました。
最後に、原告の高橋明子さんによる、来年創立10周年を迎える遺族会は「空襲の惨禍を二度と繰り返すまい」の願いを実現するために、署名活動すすめ、自らの凄惨な空襲体験を記録し、後世に伝えましょう、という趣旨のアピールが満場一致で採択されました。
▽ 2009年 7月25日、26日
空襲・戦災を記録する会 第39回全国連絡会議 八王子・多摩大会
会 場 東京都八王子労政会館 2Fホール
住 所 八王子市明神町3-5-1
主 催 空襲・戦災を記録する会
25日(土) 13:00~20:00
講 演 空襲研究者奥住喜重氏(八王子在住)
「中小都市空襲に関するDAMAGE ASSESSMENT REPORTについて」
第一部 開催地報告「空襲の記録・保存、画像化をめぐって
―八王子・多摩から― 」
26日(日)
第二部 各地からの報告 9:00~11:45
フィールドワーク 13:00~16;30
八王子・立川を中心にバスで見学
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
参加申込みは6月6日に締め切られています。
▽ 2009年 8月 1日(土)
東京大空襲訴訟の勝利をめざす8・1集会
日本の戦後処理を問う
於 台東区民会館 (台東区花川戸2-6-5)
参加者330名、会場は満員にまりました。
重慶被害、東京空襲、被爆、それに専門家を交えたそれぞれのパネラーは、一般民間戦争被害者に対するは補償しないという差別や受忍論の不条理を,いろんな角度で指摘しました。終わりには、東京空襲に限らず日本の保守的戦後処理が、アメリカおよび日本自身の政変による変化する期待も垣間見られました。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
東京大空襲訴訟は、今年5月21日、第10回口頭弁論で結審し、この秋にも判決が予想されています。
アジア、太平洋戦争が終結して64年が経過した今も、戦争の傷は癒えていません。未処理の問題も山積みしています。
東京大空襲もその一つです。軍人・軍属には、今日まで48兆円の年金・補償をしていますが、民間人被災者には国家補償はしていません。今日まで裁判などで闘ってきた人びと、近くは原爆被爆者、中国残留孤児なども不十分ですが救済措置をとっています。空襲被災者のみが差別され、切り捨てられています。
○コーディネーター
中山武敏弁護士(東京大空襲訴訟弁護団団長)
○パネリスト
上原公子氏(元国立市市長)
田中熙巳氏(日本原水爆被害者団体協議会)
藤森 研 氏(朝日新聞記者)
前田哲男氏(ジャーナリスト
重慶大爆撃の被害者と連帯する会・東京代表)
星野 弘 氏(東京大空襲訴訟原告団団長)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
主 催 東京大空襲訴訟原告団、東京大空襲訴訟を支援する会
賛同団体 東京空襲犠牲者遺族会
重慶大爆撃の被害者と連帯する会
東京都原爆被害者団体協議会
▽ 2009年 7月4日(土)~9月23日(水)
企画展 東京大空襲 すみだ郷土文化資料館
個の記憶・町の記憶
空襲で壊滅した本所 記憶がたどる戦前の町の姿
これまですみだ郷土文化資料館では、昭和20(1945)年3月10日の東京大空襲にスポットを当てた企画展をたびたび開催し、空襲体験者の証言や体験画の収集を中心に記憶を掘り起こすことで、ミクロな個人レベルでの被害の実相解明に努めてきました。しかし言うまでもなく、体験者個人は町の様々な人々のつながりのなかで暮らしていたのであり、空襲被害者の実相を深く認識するためには、こうした個人を取り巻く「町の人的諸関係」をきめ細かく具体的に把握していく必要があります。
今回の企画展では、空襲被害を受けた本所の町のうち、特に石原町・亀沢町を対象に選び、戦前の居住者が記憶をもとに作成した町の復元・映像・記憶画、証言などの資料を手がかりにしながら、空襲が破壊した町の実相に迫っていきます。
◎場 所 :すみだ郷土文化資料館(墨田区向島2-3-5))
◎休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)・第4火曜日
◎時 間 : 9:00~17:00 *入館は16:30まで
◎入場料: 個人100円・団体(20人以上)80円
*中学生以下と身体障害者手帳・愛の手帳をお持ちの方は無料
▽ 2009年10月31日(土)
第4回 浅草ウォーク
・・・ 被爆者と空襲被害者とともに ・・・
1 戦争体験を伝え、受け継いでいくこと
2 すべての戦争被害者・遺族に差別なき償いを実現すること
3 すべての戦争被害者・支援者は連帯すること
4 憲法9条に示された戦争放棄の精神を活かし、
誰も、戦争による被害者にも、
加害者にもならない世界を作っていくこと
東京大空襲被害者・原爆の被害者・市民が手をとりあい、
戦争被害者への「差別なき償い」を求めて歩いた
第1回目のウォークから4年がたちました。
原爆症認定集団訴訟は政治解決に向かい、
東京大空襲訴訟もはじめの判決をまじかにしています。
わたしたちは、今こそ、
人々の平和が守られる「しくみ」を、
市民の側から提案していきたいと思っています。
浅草の街を、いっしょに歩きましょう。
| 【戦後補償のゆがみ】 「戦後補償と」とは、国の責任者が、国民一人ひとりの戦争被害に責任を持ち、世界の人々と和解をするために行うもの。ところが、現在の日本では、日本国籍を持つ軍人・軍属しか国家補償を受けられず、しかも責任の重いはずの高い階級の軍人ほど多くの恩給がもらえる仕組みになっています。 この「しくみ」が民間人の戦争被害者やアジアで戦後補償を求める人々を苦しめ続けています。その考え方は、2003~04年に作られた有事法制にも受け継がれ、わたしたちの未来を脅かしています。 わたしたちは、このような「しくみ」のゆがみを正し、すべての人々が「分かち合える」戦後補償の実現を求めています。 |
集会場所 : 台東区民会館9階(都立産業貿易センター内)
東武線・銀座線・都営浅草線「浅草」駅 徒歩5~8分
時 間 : 午後1:30~3:00
ウォ ー ク : 午後3:30~約1時間 浅草寺周辺
主 催 : 浅草ウォーク実行委員会
共同代表:飯田マリ子(東京都原爆被害者団体協議会・東友会会長)
野上秀雄(和ピースリング代表)
星野ひろし(東京空襲犠牲者遺族会会長)
▽ 2009年12月14日(月)
東京大空襲訴訟の判決
・
いよいよ第一審の判決日が決まりました。
東京地方裁判所103号法廷
開廷 午後3時
提訴から2年7カ月、
日ごろの支援する会、賛同団体、賛同者として
署名、募金、裁判の傍聴など
あたたかい支援と激励をいただき
誠にありがとうございます。
皆さま _
12月14日の判決日まで、 _
戦後かくも長きにわたる保守行政による
わが国の、公平さを欠く戦後補償関係制度の不合理を糺し、断ずる、
そして日本国憲法に照らして
行政と国会に対し、
基本的人権に関する諸条項との合理的整合性のある立法を促す
東京地方裁判所の、歴史に残る判決を期待し
署名活動、街頭請願参加などに
さらなるご支援とご協力を
お願いいたします!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
● 10月は、次の表のように東京地方裁判所前にて街頭請願を行います。
賛同者の参加をお願いします。
| 10月 | |||
|---|---|---|---|
| 8日(木) | 台風のため中止しました |
||
| 15日(木) | 9:00~10:00 | 19日(月) | 12:00~13:00 |
| 22日(木) | 9:00~10:00 | 26日(月) | 雨天のため中止しました |
| 29日(木) | 9:00~10:00 | ||
| 11月 | |||
| 16日(月) | 12:00~13:00 | ||
| 19日(木) | 9:30~10:30 | ||
| 26日(木) | 9:30~10:30 | 30日(月) | 12:00~13:00 |
問合せは、東京大空襲原告団 TEL 03-3616-5531
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● 判決当日(12月14日)の詳細は、
▽地裁前・勝利に向けて街頭請願活動
午後1:30~2:30
▽地裁前支援者集会
午後3:00~判決結果報告まで
▽報告集会 「地裁判決をうけて」
場 所 閉廷後、会場「台東区生涯学習センター」へ皆で移動します。
(地下鉄日比谷線 霞ヶ関駅から入谷駅下車 徒歩8分)
時 間 午後6:30~8:30
提訴以来2年9ヵ月、判決日を迎えました。原告団が勝っても負けても、控訴は必至です。
この報告集会は、弁護団から「経過と判決内容について」報告をいただき、政党、友好団体の激励を受け、原告団のたたかう決意を固める集会です。
被告である国は戦後60年間、軍人・軍属には年間1兆円にのぼる年金、補償をし、空襲被害者のみを差別し、死者の追悼、被災者への謝罪・補償・救済もせず切り捨てています。この不条理をただし、法の下の平等、人間回復を目指す裁判です。
控訴必至のもと、ひきつづくご支援、ご援助をいただき、世論と運動のひろがりをつくる集会として成功させたいと願っています。
みなさまのご協力をお願いします。
●そしてさらなる大きな輪でご協力を!
○第1判決まで30万筆の署名にご協力を
あと1万筆で目標が達成されます。
○賛同団体にご加入を(年会費1口5,000円)
○支援する会(個人)にご加入を(年会費3,000円)
○裁判支援・賛同募金にご協力を
| お問い合わせは |
| 東京大空襲訴訟原告団 東京大空襲訴訟を支援する会 〒131-0045 東京都墨田区押上1-33-4-102 Tel/Fax 03-3616-5331 ・ 2338 e-mail tokyokusyuizokukai@ybb.ne.jp |
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