▽ 2008年4月24日(木)
第5回口頭弁論
開廷:午後3時、 東京地裁103号室
法廷は傍聴定員約100名のところ、満席のため入れない人もおりました。
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事前に原告側が「準備書面(3) 」と 「証拠申出書」を 、
被告国が「意見書」を、既に裁判所に提出済。
裁判長より、本年3月10日に追加提出された20名の原告について、112名の原告と合せ、併合審理とする旨告げられた。
口頭弁論は(後半に記載)、
先ず水田敦士代理人弁護士が、提出済の「準備書面(3)」について補足説明。
続いて、弁護団長・中山武敏代理人弁護士が、「証拠申出書」について意見陳述。
最後に、土肥尚子代理人弁護士により、「原告本人尋問」について意見陳述がなされました。
被告国側からは、口頭弁論はありませんでした。
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提出済 〔準備書面(3)〕の抜粋と要約
国の作為義務と受忍論の不当性
東京地方裁判所民事第44部B係 御中
原告ら訴訟代理人弁護士 中山武敏
同 黒岩哲彦
ほか
▼ 国の作為義務の法的根拠
原告は、国が戦争被災者等に対して特別な救済措置とるべきであった(作為義務)として、
@空襲による死傷者や罹災者、行方不明者の調査・把握と戦災被害の実態調査
A遺体の確認と埋葬
B浮浪者、孤児の保護・施設への収容
C被災者に対する救済・援助
D補償(給付金ないし年金)
を主張した。
原告らは訴状において、国の立法不作為の前提となる立法義務の憲法上の根拠として、
憲法前文 ・・・国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。・・・
13条 すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
14条 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。・・・
17条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
25条 すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
A 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公共衛生の向上及び増進に努めなければならない。
29条 財産権は、これを侵してはならない。
A 財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。
B 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。
を掲げ(条文は管理者が追加)、これらを総合的に理解すれば、「戦争の惨禍」をうけたすべての被害者を平等に救済すべき立法上の作為義務があると主張した。
被告国が、過去に救済立法の請求が繰り返されたにもかかわらず、一般戦争被害者を救済の対象にしなかったことは、立法裁量の逸脱であり、立法不作為の違法の評価を免れない。
終戦時に、戦時災害保護法の廃止に伴い、生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法が制定されたが、戦災孤児・浮浪児には無力に近かった。こうして戦争被害者に対する救済義務は、旧生活保護法等の社会保障法に建前上は引き継がれたとされるが、一般戦争被害者の救済という点では、ほとんど実効性はなかった。したがって、立法措置をこうじていく必要があったのである。
一方、国は戦争被害者に対する救済・援護につき、日本が主権を回復した直後の昭和27年4月30日に、戦傷病者戦没者遺族等援護法を公布施行したのを皮切りに、昭和28年8月には恩給法の改正により軍人恩給を復活させ、その後も援護の範囲を次第に拡大したのである。新憲法14条に則り、戦時災害保護法も必要な範囲で復活させ、一般戦争被害者を援護の対象に加えることは、国の義務であったというべきである。この義務を全く果たさないという裁量の余地はなかったのである。
▼ 国の主張する戦争被害受忍論は不当
被告国は、原告らが主張する損害は、戦争被害ないし戦争損害として、国の存亡に係わる非常事態の下では、国民ひとしく受忍しなければならなかったところであり、憲法の枠外の損害であるから、被告国にはこれに対して救済措置を講じなければならない法律上の義務はなく、国賠法上違法と評価される余地はないと主張する。
近代憲法の基本原理である基本的人権の保障の観点からも、国民間の危険負担の衡平の観点からも、国家により生じた損害、損失を放置することは許されない。
欧米諸国においては、戦争被害者に対する国家補償制度が国内法化していったが、そこに貫かれている原則は、訴状にも郡述したとおり、「国民平等主義」と「内外人平等主義」(訴状にドイツ、イギリス、フランス、イタリア、オーストリア、アメリカの例を説明しています)である。
わが国の戦争損害に対する「国家補償」は、戦時中戦争損害に対する「国家補償」として、1942年(昭和17年)に民間の戦争被害者への援護制度:戦時災害保護法が制定されていたし、実際に民間被害者へ支払われていた(旧憲法下の枠内でも、戦争被害の救済措置を講じていたし、新憲法でも13条とその他条項で必要とする立法措置の義務を促している)。
戦後の日本国憲法も、近代憲法の基本原理である基本的人権の保障、国民間の危険負担の衡平の観点から、次の3種類の国家補償制度を設けた。
@国家賠償
「国家無答責」の法理など過去の反省から、誰でも公務員の不法行為により損害を受けたとき(憲法17条)のために国家賠償法を定めた。
A損失補償
公務員の適法な権力行使(適法行為)によって生じた損害(憲法29条3項)に対する国家補償。
B結果責任に基づく補償=刑事補償法
「何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる」(憲法第40条)
わが国の、戦争被害に対する国家補償は、被占領から独立するとともに、戦傷病者戦没者遺族等援護法(「援護法」とする)を公布施行したのを皮切りに軍人軍属等に対する援護を中心として制度化された。「援護法」第1条は「この法律は、軍人軍属等の公務上の負傷者若しくは疾病又は志望に関し、国家補償の精神に基づき、軍人軍属等であった者又はこれらの遺族を援護することを目的とする。」と規定している。
国家補償の精神に基づいた、一般戦争被害者の援護措置はいまだに講じられていない。国会で空襲被害者など一般戦争被害者による「戦時災害援護法案」の請求や、「援護法」の援用請求に対する答弁では、「国との使用関係等にあった者」と言い換え、一般戦争被害者を援護の対象外に放置したまま、現在に至っている。
被告国は、最高裁昭和62年6月26日第二小法廷の、「戦争被害ないし戦争損害は、国の存亡にかかわる非常事態のもとでは、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであって、これに対する補償は憲法の全く予想しないところというべきである」という判決を引用する。暗に戦前の「国家無答責」という雰囲気を踏襲している。
ところで、この論理からすると、同じ国民である軍人軍属等もひとしく受忍しなければならないはずである。国との雇用関係があったからと理由づけるならば、それは憲法第14条に違反する。また、「補償は憲法の全く予想しなかった」というが、当時政府は、空襲被害を予想して、戦時災害保護法を公布・施行していた。旧憲法、特に現憲法は、国民が非常事態にあればこそ、被災・損害は平等・公平に救済され、生活は補償されなければならない。
日本国憲法第29条は、これに反するような理不尽を防ぐために国家補償法を設けている。
またこの憲法に反する行為を長期にわたって敢えて続けるならば、憲法第17条のもと、「国家賠償法」という国家補償を設けている。一般戦争被害者は「受忍」する必要はないのである。
このように戦争被害受忍論は論理的に根拠がなく、矛盾ばかりで法理論に値しないものである。
「軍人軍属を援護するのであれば、被害を受けた一般国民もひとしく援護しなければならない」というのが「憲法の命ずるところである」とすべきであった。
これが「物の道理」であり、憲法上の条理にほかならない。
▼ 一般戦争被害者救済の放置
戦前・戦後における援護制度は、訴状108頁ないし109頁に記述したが、これを整理すれば、次のとおりである。
《戦前・戦後の援護制度》の年表 ←クリック
このような援護制度の推移の中で、「戦時災害援護法」の制定を求める運動は、16年余りにわたって辛抱強く進められたが、最後も審議未了のまま廃案となり、現在に至っている。
軍人軍属は、戦傷病者戦没者遺族等援護法によって、多くの事例で優遇されており、一般戦争被害者との処遇格差は深刻である。
軍人軍属とその遺族に、国から支給される恩給、援護・遺族年金は年間平均1兆円近い。軍人軍属にはこれだけ手厚い援護をしておきながら、民間人空襲被害者には特段の援護も補償もしてこなかった。
訴状にも引用したとおり、「戦時災害援護法案」が国会に提出された際の、昭和53年4月28日の参議院社会労働委員会において、小沢辰夫国務大臣が、戦争犠牲者を、恩給法の対象となる犠牲者、原爆被爆者、その他一般戦争犠牲者と三区分した上で、
「その他の一般戦争犠牲者、すなわち物心両面にわたり戦争の被害を受けた方がおられるわけでごさいますが、これはそこまで手がまわらぬので(云々)」
と答弁している。確かに援護の負担は重いことは否定できないが、軍人軍属には手厚い援護をしながら、一般戦争被害者には援護をする財政的余裕がないと弁解するのは、単なる言い訳に過ぎない。
昭和30年以降の高度経済成長の時代を経た日本政府にとって、原告を含む一般戦争犠牲者の援護に国の「手がまわらない」というはずはない。
戦争犠牲者のうちから軍人を特別に優遇するかどうかは、昭和27年の社会保障制度審議会と恩給特別審議会との意見の相違として顕在化した。
昭和27年11月19日の朝日新聞の「論壇」に、社会保障制度審議会委員の末高信早稲田大学教授は、次のような憲法理念に従った制度作りを求め、これに反する愚人恩給制度を批判している。
「社会保障審議会はすでにそれがための具体的案を作成して、一昨年及び昨年の2回にわたり政府に勧告したのであった。そしてその案の大綱は、自由主義国家としてのわが国の現状において実施可能な、また実施しなければならないものであるにもかかわらず、政府はその実効に対し何らの塾意も示さずして今日に至っている。その間政府は、戦傷者や戦争遺族の援護を採り上げ、昭和27年度に174億円の国費を割り当てたのであった。当時わたくし共はこの部門に属するひとびとについては、生活保護制度においてその生活をみるべきであると主張し、それがため生活保護のわくが狭ければこれを拡張し、予算が少なければそれを増額すべしと説いたのであった。
いままた政府は軍人恩給の復活を企てている。かくして国の保護の下に万人は平等であるべきあるにもかかわらず、国民のうちに旧軍という特権階級を作ろうとしている。一般国民のうちの老人や孤児や未亡人のはかない生活には百年でも顔をそむけ、一部階層に対しては特権的援護を惜しまない政治は、軍備をしないと言いながら軍備を急いでいる政治と共に、それ自体民主国家平和国家の墓穴を掘るものである。」
こうした批判をまつまでもなく、戦争被害を国民が「ひとしく受忍しなければならない」という「原則」は、国からはとうに捨てられているのが実情であり、憲法上の条理に従った補償制度が実現されていない不条理の是正は、国の喫緊の課題として存在する。
▼ 戦争被害に対する被告国の援護施策の問題性と原告らを救済しない不条理
「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の救済対象は、国との使用関係にあった軍人軍属等が中心であり、一方の一般戦争被害者を援護する法はない。憲法第14による「国民平等主義」は採用されなかった。
しかも、この「援護法」の援護対象「軍人軍属」の枠を広げ、「準軍属」という身分が設けられた。国民徴用令等による総動員業務従事者、軍命による戦闘又は戦闘幇助業務従事者まで拡大している。以下はその例。
昭和28年 − 「国家総動員法」による船舶運営委員会の船舶乗組員
昭和33年 − 「国家総動員法」による被徴用者、戦闘参加者、国民義勇隊員、満州青年義勇隊員および特別未帰還者
昭和38年 ー 満鉄軍属
昭和41年 ー 満州学徒
昭和44年 ー 防空監視隊員と船舶防空監視隊員
昭和49年 ー 警防団員、防空法による医療従事者
昭和53年 ー 満州青年移民
昭和56年 ー 義勇隊開拓団員
この他、沖縄関係、満州開拓団関係、不十分ながら従軍慰安婦、シベリア抑留関係、阿波丸犠牲者、一般住民を巻き込んだ沖縄戦犠牲者などに援護対象が拡大された。
一般戦争犠牲者の中でも、原爆被害者への援護は「放射に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊な被害」であるとされ、「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」が制定されている。空襲被害者においても、生活の基盤を奪われ、負傷したり孤児になったりするなど、経済的にも精神的にも過酷な境遇におかれ、自助努力でこれを克服することは極めて困難であったから、相応な援護が必要であった。
以上にみられるように空襲被害者を救済しない不条理は国賠法上の違法である。
研究者によれば、援護関係費の資質類型は、昭和27年から平成9年までで、総計43兆9925億円であり、うち旧軍人軍属関係が41兆2103億円で全体の94%占めている。
また、軍人軍属関係の恩給と遺族年金の支給額は、年間1兆円近くにのぼっている。
これに対し、原告ら空襲被害者については、国から特別な救済ないし援護を受けたことがなく、一般社会保障法による保護を受けたものが散見されるにとどまっている。
被告国が軍人軍属等には国を挙げて援護しながら、原告ら空襲被害者について「手がまわらない」として救済しないことは許されない。国に立法裁量や行政裁量があるといっても、戦争被害者のうちで、空襲被害者だけを救済しないという裁量は、現憲法下存在しないはずである。
名古屋空襲訴訟の第一審判決は、請求棄却の結論であるが、「もちろん戦後30年以上を経た今日においても、十分な補償を受け得ず、今なお戦争による傷跡に苦しみつつ日々の生活を送っている民間被害者が存在することは、原告らの弁論の全趣旨に徴して容易にこれを窺い知ることができるのであって、これらの人々に対し、国が国家補償の精神に基づきげきるだけ広範囲にわたって援護措置を講じていくことが望まれるが、法的には(云々)」と判示した部分がある(判例時報1006号90頁)
この判決が言い渡されたのは、昭和55年8月29日のこおとであり、それから四半世紀が経過したにもかかわらず、被告において原告らに対する相応な救済措置を講じないのは不条理極まりなく、この不作為は国倍法上違法との評価を免れない。
書面にある数字内容を表にしました。
別表 〔戦争犠牲者の被災状況〕 ←クリック
| 軍人軍属 | 230 | 74% | |
| 民間人 | 在外邦人 | 20 | |
| 沖縄 | 10 | ||
| 広島・長崎原爆 | 30 | ||
| 東京空襲 | 10 | ||
| その他空襲 | 10 | ||
| 計 | 80 | 24% | |
| 総 計 | 310 | ||
・
| 軍人軍属関係 | 41.2 | 94% | |
| 民間人 | 留守家族・引揚者援護 | 0.1 | |
| 原爆医療 | 2.4 | ||
| 一般戦争被害者 | 0.0 | 0% | |
| その他 | 0.2 | ||
| 計 | 2.7 | 6% | |
| 総 計 | 43.9 | ||
以 上
提出済〔証拠申出書〕の抜粋と要約
東京地方裁判所民事第44部B係 御中
原告ら訴訟代理人弁護士 中山武敏
同 黒岩哲彦
ほか
・・・・・・
▼ 証人尋問の申出
(1) 証人 早乙女勝元 (作家)
証人は、12歳のとき東京大空襲を自ら体験、火の海を脱出し、一命をとりとめている。東京大空襲をライフワークとして、東京空襲の追跡調査(被災者からの聞き取り、資料の収集等)を長年にわたって積み重ね、調査結果を記録、分析し、これまで多数の著作を発表している。東京空襲の実装に関する知識を有する第一人者である。
立証・尋問事項
ア 証人が12歳の時に直接目撃した東京大空襲の惨状について
a 逃げまどう群集とまだ黒ずんで残っている家並みを目指して、執拗に襲いかかってくるのだ。私の目には、焦熱地獄に照り返されたB29の姿が、血のしたたるような不気味さでうつり、とうてい人間わざとは思えなかった。
b 曳舟川を越えたときに、鶴土手橋の上から、水面に映るすさまじい火の粉の流れを見た。川幅いっぱいに、砂金を撒いたように、火の粉が渡っていく。
c 火は空中に燃え上がるのではなくて、地上を水平に走ってゆく。火炎が窓からふき出て、つぎの家に跳躍したと思ったときには、ガラガラと柱がくずれ、天井と屋根とが燃えながら崩れ落ちる。
d 火炎の柱は、電柱だけではなかった。だれか、歩道のきわに火の塊となって、両手両足を振りながらコマのように回っている。断末魔の人は、火をふりきろうと必死にもがいて暴れる。回転しているように見える・。めらめらシュウシュウというすさまじい響きは、焼夷弾の飛沫をあびて燃焼するそれだった。奇跡的に助かった幼女が、燃える人の横に棒立ちになっている。赤い防空頭巾をかぶっていた。『東京が燃えた日』より
イ 『東京大空襲・戦災誌』について ・・・略・・・
ウ 『東京を爆撃せよ』 ・・・
エ 『母と子でみるー東京大空襲』について ・・・
オ 東京大空襲・資料センターについて ・・・
(2) 証人 前田哲男 (軍事史研究家・評論家)
東京空襲は、日本軍の重慶爆撃を中心とした中国戦線での爆撃が先行行為(原因)となったものである。 ・・・
立証・尋問事項
ア 日本軍の従兄爆撃(1938年12月〜1943年8月)企図。
1938年12月2日、天皇の名による「大陸命第二百四十一号」の目的、内容は何か。同大陸令はどのように実行されたか。
イ 重慶爆撃での中国側被害はどのようなものか。それを裏付ける資料はあるか。
ウ 最初の本格的爆撃の、1939年5月3日の空爆はどのようになされたか。
エ 重慶爆撃で、日本軍が開発、使用した「六号爆弾」の名で呼ばれる焼夷弾はどのような爆弾か。
オ 「戦略爆撃」とは何か。
カ そのほか重慶爆撃と東京空襲との関連事項全般。
(3) 証人 新井信一(国際関係史)
証人は、「戦争と空爆問題研究会」を設立して、空襲についての国際関係史の立場から研究をしている。
立証・尋問事項
1. 空襲の法的規制について ・・・
2. 東京大空襲の決定の経過 ・・・
3. 結論 ・・・
(4) 野田正彰 (比較文化精神医学)
原告らの多くは東京大空襲に直接遭遇して心的外傷を受けている。また疎開していた者も空襲からまもなく焼け跡に戻り、多くの死体、人の死を思わせる被害の爪痕、生活基盤であった町の壊滅、親兄弟の無残な死を容易に想像させる状況での離別など、大きな被害に遭遇し、心的障害を受けている。
原告らの心的障害、PTSDに関する専門家の証人尋問が必要である。
立証・尋問事項
空襲による精神障害の内容・程度
ア 人の生死にかかわるような事件に遭遇したときの精神的障害
イ 本件空襲の被害を受けた原告らが負っている精神的障害の状況
ウ 原告らが負っている被害の程度が大きいこと
ア 現行憲法は、第二次世界大戦について、戦争体験としての加害と被害に対してどのような理念を打ちたて、どのような意義を有するか。
イ 憲法は、前文「戦争の惨禍」との関係で、戦争により生じた国民被害について、どのような憲法的条理を打ち立てたとみるべきか。
ウ 本件原告らの被害について、何ら施策をしない国の立法不作為、行政不作為は、憲法上の条理に照らして、許されるか。
エ 戦後保障訴訟を通じた日本の司法の到達点と、現段階の課題を明らかにされたい。
本訴の原告は、戦中戦後を通じ、数十年の長期間に亘って、文字通り辛酸を舐めてきたものであり、、一人ひとりの被害事実は重く深いものである。
現在、第二次提訴を含め、原告は総数132名である。本来であれば、全ての原告の尋問を行い、各自個別の被害事実を詳細に明らかにしたい。しかしながらそれは長時間を要し、既に多くは老境に入っている原告らにとって、救済までに時間がかかりすぎることは許されない。
原告らは、家族全員あるいは、父や母が空襲により死亡した者、孤児となった者、重篤なやけどや手足に障害が残るなど、空襲により重症を負った者、空襲時にその場に居合わせ過酷な体験をした者、戦後空襲被害の救済運動をした者等、種々の被害、経験をしている。
それら被害の実情、経験によりグループ分けをし、各グループより選び出した原告により、被害・経験の実情を語ることとし、以下のとおり本人尋問を申請する。
(詳細は省略しています)
(1) 親を失った者
・・・ 8名 ・・・
(2) 家族が全て亡くなり、ただ一人残され、天涯孤独の孤児となった者
・・・ 7名 ・・・
(3) 重大な障害を負った者
・・・ 6名 ・・・
(4) 悲惨な空襲を自ら体験した者
・・・ 4名 ・・・
(5) 救済運動の展開
・・・ 5名 ・・・
以 上
提出済 被告国の〔意見書〕の抜粋と要約
原告側の口頭弁論で説明する「証拠申出書」に対して、
国側の意見書が本日付で提出しています。
意見書のみで、口頭では説明しませんでした。
ここに被告国の意見書を抜粋・要約して示しておきます。
| 被告は、原告らの平成20年4月24日付け証拠申出書による証人尋問の申請に対し、下記の意見書を提出べる。 | |
| 平成19年(ワ)第5951号 損害賠償等請求事件 平成20年(ワ)第6297号 損害賠償等請求事件 原 告 星野 弘ほか131名 被 告 国 意 見 書 昭和20年4月24日 東京地方裁判所民事第44部B係 御中 被告指定代理人 新田智昭 他 16名(省略) |
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| 被告は、原告らの平成20年4月24日付け証拠申出書による証人尋問の申請に対し、いかのとおり意見を述べる。 第1 はじめに ・・・原告らは、外交保護義務違反と立法上及び行政上の救済義務違反を立証するための根拠として、以下6名の尋問と、30名の原告本人の尋問を求めている。 しかしながら、被告が従前から主張しているように、この請求は、請求自体が失当ないし主張自体失当である。したがって、本件の審理に当たって事実関係の確定は不要であるから、証拠調べをする必要はない。・・・ 第2 本件の審理に当たって事実関係の確定は不要である ・・・請求自体が失当ないし主張自体失当であるから、原告らに係わる被害状況の事実関係の確定は不要である。 また、原告らの損害事実についての陳述書は既に書証として取調べ済みであり、さらなる原告30名を証人として取り調べる必要は全くない。 第3 法解釈に関する証人の意見は、意見書等の書面で十分に立証し得るのであり、尋問の必要はない。 ・・・・・原告らは、国賠法1条1項の「違法」の根拠として、外交保護義務違反と立法上及び行政上の救済義務違反を主張して、それを立証するために5人の証人と30名の本人尋問を求めている。しかし、この請求自体ないし主張自体失当である。また、法解釈等に関する証人の調査研究結果は、その意見書等の書面で十分に立証し得るから、その立証のために証人尋問を実施する必要も全く認められない。・・・・・ 現に早乙女氏と前田氏については、その著書が書証として提出され、取調べ済みである。よって早乙女氏、前田氏、荒井氏、野田氏及び内藤氏の調査研究結果の立証のためには、書証として提出することで足り、法廷において尋問することは不要であり、仮に原告らにおいて、早乙女氏らの調査研究結果を明らかにすることが必要であると考えるとしても、同人らを法廷において尋問する必要は全くない・・・。 第4 個別的補足 ・・・早乙女氏について・・・・・早乙女氏の体験をもって各原告の個別の被害を立証しようとすることは、個別の原告との関係においては、適切ではないから、このような事項について尋問する必要は無いばかりか、かえって有害である。・・・ 第5 結語 以上のとおり、本件証拠申出書記載の立証方法は、すべて必要性を欠くものであって、原告らの申立ては、いずれも速やかに却下されるべきものである。 |
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今日の口頭弁論
● 水田敦士代理人弁護士の
準備書面(3)の関連する意見陳述(要約)
水田敦士代理人弁護士が、「準備書面(3)」を補足して、概ね次のような意見陳述をしました。
戦争による被害は、国の責任において平等に補償されるべきである。現時点の軍人恩給など、沖縄の戦場で、軍務の親に連れられた6歳未満の幼児にも補償が拡大されている。本土も同じく連日の空襲下戦場状態で、沖縄とほとんど差はない。にもかかわらず国の補償は軍人軍属にのみ、空襲被害者には補償はしていない。国はかつての最高裁判決を引用し、今もなお「戦争被害ないし戦争損害国民等しく受忍しなければならない」と繰り返している。軍人軍属は国との雇用関係にあって、この戦争の遂行に協力、貢献したがゆえに救済し援護するというシステムは、戦争を肯定するシステムを認めることになる。
戦争によって肉親を亡くし、孤児になった人たち、傷害者になった人たちには、未だ戦争は続いている。裁判所は是非、戦後処理のあり方を示してほしい、と強く主張。
● 続いて、弁護団長・中山武敏代理人弁護士
「証拠申出書」について意見陳述(要約).
国の証拠調べも不要という主張は認められない。多くの法廷は事実調べを尽くした上で判決を出している。国は戦後補償の裁判ではすべて事実に対する認否を拒み、法的判断のみで棄却をしろといっている。しかし最近の中国残留孤児等の裁判、イラク派遣問題の名古屋高裁判決などは、DVDの放映、大学教授の証言等を実施した上で判断を下している。
「証拠申出書」として、
空襲被害の実相に実証的な著書の多い作家早乙女勝元氏
軍事史研究家、東京空襲に至る因果を解明する前田哲男教授
国際法、国際関係史の専門的な知見を持つ荒井信一教授
空襲体験による精神的傷害ついて詳しい精神医学の野田正彰教授
憲法、情報法学。戦後補償や植民地法もテーマに持つ内藤光博教授
以上5名の専門家、学者を証人として申請した。
●最後に土肥尚子代理人弁護士
「原告本人尋問」について意見陳述(要約)
申請した30名の原告の本人尋問の必要性を主張。いまに至る苦しみの例として、空襲被害・傷害者廣瀬シンさんとその実弟英治(原告)さんの事例を挙げた。空襲でシンさんは体全体に火傷を負い知能程度が3歳程度になり、弟英治さんが一生を通して姉の介護に当たっていることを陳述。
本来原告全員から声を聞くべきところ、時間の関係で30名を選び原告本人尋問を申請した。原告たちの声を法廷で直接聴くべきであると述べた。
以 上
」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」