▽ 2008年1月24日(木)

第4回口頭弁論

開廷:11時、東京地裁103号室

 第2回口頭弁論のときに原告側が提出した、「求釈明」に対し、国側は第3回口頭弁論の2007年11月24日付けで求釈明に対する回答を提出しています。その主旨は、「原告側がこの訴訟を請求すること自体が法的に成り立たないのであるから、証拠調べの必要性は考えられない。」というものでした。といいながらも国側は、空襲被害調査をした結果とするいくつかの資料を添付しています。

 今回は、前回(第3回)口頭弁論で、被告国が提出していた11月24日付回答書証について、原告側弁護団二人の反論陳述と、原告の体験陳述書(99通)の書証を提出しました。
 被告国の弁論はありませんでした。

 冒頭に弁護団事務局長の黒岩哲彦弁護士から国から提出された回答(書証)について「提出された資料が、戦争の実態を後世に伝えるためのものであり、戦争の被害を個別に具体的に調査し、被害者と被害の実情を把握したうえ、被害者救済の方策を立案したり、被害の補償を実行したりする基礎資料として作成されたものではないとその姿勢を厳しく批判し、国の訴訟態度、国の「戦争被害論」について詳しく反論しました。
 続いて、北沢貞男弁護士より、国の主張に反論しつつ
、原告の年齢構成、被害状況を詳しく述べ、「このような原告の被害の実情を明かにすることによって、国がいかに冷たく無責任に原告らを放置し続けてきたか、その義務違反の実態が明確になり、国賠法上の違法性を根拠づけられるもとして確信しております」と結びました。
 最後に、黒岩弁護士より原告の陳述書(99通)を書証として提出したと報告し、原告各人の個別の資料を提出することを述べ、原告高橋明子さんの陳述書を詳しく報告し「本件について、陳述書の書かれた原告らの被害の実情を正面にすえた審理がなされることをもとめるものです」と結びました。

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◎ 弁護団事務局長:黒岩弁護士の意見陳述   〔要約〕

▼ 原告の「求釈明書」(第2回口頭弁論の冒頭にあります)に対して、国が調査を行ったとして提示した証拠資料について
 国は、「釈明の要を認めない」としながらも、証拠資料として、
 *昭和24年『太平洋戦争による我国の被害総合報告書』
   (経済安定本郡総裁官房企画部調査課)
 *昭和54年『全国戦災史実調査報告書』
   (内閣総理大臣官房管理室が社団法人日本戦災遺族会に委託)
 *昭和5
年『全国戦災史実調査報告書』
   (   同 上   ))
 *「東京都戦災誌」
 *「厚生省20年史」
 *ほか
などを提出した。

 しかし、これら証拠資料の目的は、それらのはじがきなどに書かれているように、戦災の実態を後世に伝えるための資料として作成されたもの、あるいは統計的に整理し、戦後の福祉行政を概説したものである。
 よってこれらの証拠資料は、原告が“調査は国の作為義務である”とする「空襲による死傷者や被災者、行方不明者など戦争被害の実態調査」をした証拠資料とはいえない。すなわち、国は被災者を援護・救済するための調査をしてこなかったし、援護・救済措置もしてこなかったのである。

▼ 被告国の訴訟態度について
 被告は、原告らの請求はそれ自体ないし主張自体が失当であって法的に成り立たないのであるから、法律上、認否の対象となるべき要件事実は観念することができないとして、原告らの主張事実について認否もせず、事実関係に関する証拠調べも一切不要であると主張する。
 これは、被告国が原告の訴訟上の主張に真っ正面から取り組まない姿勢である。当事者双方は、事実関係について全部を明らかにする努力をした上で、法律上の主張を展開し、裁判所に十分な判断材料を提供するという姿勢が必要というべきである(民事訴訟法第2条参照)。

▼ 被告国の「戦争損害」論について
 外交保護権を放棄してサンフランシスコ平和条約を締結しても、なお存在する原告らの損害も、「戦争損害の一つであって、憲法の枠外の損害であり、補償を要しない」とし、最高裁平成14年3月8日第二小法廷判決例を引用して、「原告らの主張は、既に決着の付いた議論の蒸し返しに過ぎない」と反論する。
 しかし国際法上の外交保護権放棄、そして平和条約により各国家間相互で、相手国への自国民の戦争損害請求権を放棄したのであるから、後は戦争損害の請求権は各国国内法に委ねられることになり、よって各国憲法の枠内に入るのである。
 にもかかわらず予想外であったとして
、国の義務として被害者一人ひとりの損害を調査もせず、何ら憲法上の国内法による救済措置を講ずることなく、長年放置し続けてきたことに対して、行政不作為、立法不作為を主張しているのである。
  中国残留孤児国家賠償請求訴訟に関する神戸地裁平成18年12月1日判決では、「被告は、原告らの犠牲は戦争損害であり、その填補や原状回復の措置がとられなかったとしても、およそ違法の問題は生ぜず、原告らの本件請求は理由がない旨主張するが、本件帰国制限によって生じた損害、及び本件自立支援義務の怠慢によって生じた損害は、政府関係者が日中国交正常化後にした違法な職務行為による損害であって戦争損害ではないから、いわゆる戦争損害論によって国家賠償責任を否定しようとする被告の主張は失当である」と判事している。本件空襲訴訟の場合も、たとえ空襲被害が「戦争損害」ではないとしても、戦争に起因して生活の基盤を破壊され、過酷な境遇に置かれたまま、国による十分な調査も、必要な救済・援護もなく、長年放置されてきたという点では、中国残留孤児訴訟の場合と同じであり、国の義務違反(不作為責任)という基本は共通する。

▼ 被告国が引用する証拠資料の中の一つ、最高裁平成14年3月8日の第二小法廷判決では、
 
「上告人らを含むシベリア抑留者が長期間にわたる抑留と強制労働によって受けた損害は、第二次世界大戦及びその敗戦によって生じた戦争犠牲ないし戦争損害に属するのであって、このような犠牲ないし損害に対する補償は憲法の上記各条項の予想しないところというべきであり、その補償の要否及び在り方については、国家財政や社会経済の状況、国民の受けた被害の内容、程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解するのが相当である。したがって上告人らが被った被害が深刻かつ甚大なものであったことを考慮しても、他の戦争被害と区別して、所論主張の憲法の各条項に基づき、その補償を認めることはできないものといわざるを得ない。」
と判示している。
 この最高裁の、「戦争被害」であれば憲法の各条項の予想しないところ、立法府の裁量にゆだねる、とする判示などについて、原告らは、戦争被害受忍論自体が根拠のないものと考えているが、判例としての影響力を持っているので、さらに考察を続ける所存である。

▼ 原告らは、国の不作為責任の前提となる立法及び行政上の作為義務の内容として、5つの内容を主張した。

@ 空襲による死傷者や被害者、行方不明者の調査・把握など戦争被害の実態調
 空襲によって、街のあちこちは死体の山、残された者の、かけがいのない家族が死亡、あるいは行方不明、家は焼かれ路頭に迷う。戦後の憲法の下で、国民の一人ひとりが基本的人権を有し、一個の人格を持った人間として尊重するならば、どんな災害であるにせよ、国民一人ひとりがどんな被害を受け、どんな状態にあるのか。いつ、どこで、どのように死亡したのか、あるいは負傷したのかを、国として調査をし把握する義務があるというべきである。 
 しかし国は調査自体に意味はないとする。そうした国の主張すること自体が、被災者に対する精神的な苦痛を与えるものである
A 遺体の確認と埋葬
 東京都のデータによれば、確認できた10万余の遺体の約9割以上が、東京都により被災地周辺の公園、寺院、空地などに「仮埋葬」という名目で、戦時管制下ひっそりと埋められ報道は封印された。また戦後GHQの管制下、報道されることなくひっそりと改葬され、東京都震災記念堂の裏に合葬された。
 戦後60年を経過して、今なお死傷者や罹災者の把握、戦争災害の実態の正式な追跡調査は行われていない。
B 孤児や「浮浪者」の保護・施設への収容
 空襲により、自宅や頼りとする親を失った幼い子どもたちが、多数孤児になって上野駅などにいたことは、多くの新聞報道が認めていることである。上野駅地下道では、戦後数年は一日10人近くが死亡していったという。
 そして提出した書証の例では、親の後ろ盾を失った子ども達の戦後、縁戚などにおける深刻な精神的、肉体的労苦を示されている。こうした戦災孤児に何ら救いの手を差し延べず、放置した国の責任を問う。
C 被災者に対する救済・援助
D 補償(給付金ないし年金)
  C及びDの行政・立法上の不作為義務による損害は、戦争災害そのものの補償だけに限っているわけではない。

▼ 原告らは、それぞれ陳述書を作成し、書証として提出するが、これらを総合的に分析し、原告らの被害の実情と、特別な救済措置が必要であったことを体系的に明らかにしたい。
 さらに原告は、被告国の被災者救済への作為義務の内容とその法的根拠を究明するとともに、戦争被害受忍論とその上に立った補償立法裁量論が理論的根拠に乏しいものであり、妥当性を欠くものであることを、事実と理論の両面から論及し、被告国の義務違反が国賠法上違法であることを明らかにする予定である。

 

◎ 訴訟代理人 北沢弁護士の意見陳述    〔要約〕

▼ 原告の「求釈明書」の趣旨
 東京大空襲とその後の空襲における民間被害の実情及び空襲で両親を失って孤児になった児童について調査をしたかどうか、調査をしたとすれば、どの官庁が、何時、どのような方法で調査を行い、その結果はどのようなものであったか、を被告国に釈明を求めました。
 その意図は、国として孤児等を救済する義務(国の作為義務)があったと、原告らが主張した「空襲による死傷者や被災者、行方不明者の調査など戦争被害の実態調査」に関係しています。個別的・追跡的に調査し、被害救済に向けた方策を立案・実施したかどうかを明確にしたいと考えたことにあります。
 これに対し被告国の対応は、「釈明の要を認めない」とするものでした。
戸籍事務をはじめとする住民の生活に関する施策は主として市町村が管掌するところですが、空襲被害は全国的であり、甚大であったことから、国が責任をもって基本政策を立て、市町村を指導援助対処すべきであったと考えます。

▼ 被告国の訴訟態度について一言 
 被告は、原告らの請求はそれ自体失当であって法的に成り立たないものであるから、法律上、認否の対象となるべき要件事実は観念することができないとして、原告らの主張事実について認否もせず、事実関係に関する証拠調べも一切不要であると主張しています。
 「戦争被害ないし戦争損害は、国民がひとしく受忍しなければならない」として取り扱おうとしない国の態度は、主権者たる原告らの立場と心情を余りにも軽く扱うものであり、いささか誠実さにかけるといわざるを得ません。
 当事者双方において、事実上および法律上の主張について、裁判所に十分な判断資料を提出する姿勢が必要ではないかと考えます。

▼ 被告国の「戦争損害論」について
 国はこれまで軍人や軍属だけでなく、その遺族、未帰還者の留守家族、引揚者、原爆被爆者、旧植民地出身の戦傷病者や戦没者、沖縄戦闘協力死没者、中国残留邦人など、援護の範囲を次第に拡大してきました。自国民で残されているのは空襲被害者を含む一般戦争被害者だけになりました。
 戦争被害受忍論は、旧憲法下の国家無問責の原則や戦争天災論が背後にあるように感じられ、現行憲法下では通用しません。裁判所が戦争被害受忍論にいつまでも拘泥し、国の責任を認めないとすれば、司法の任務を放棄するに等しいといわざるを得ません。

▼ 原告らの要約された陳述書では、原告らのこうむった空襲による被害の実情と、その後の過酷な境遇は、それぞれの苦難の人生に特別な救済措置が必要であったことを明らかにしています。

○原告112名のうち        (08/01/24現在)
   家族も住居もすべてを失い 
      一人だけ残された者
19名
   両親を含む親族を失った者 44名
   父を含む親族を失った者 23名
   母を含む親族を失った者 24名
____________________
○当時の原告の年齢は、 
   15歳未満 66名
   15歳以上20歳未満 34名
   20歳以上 10名
   未出生 2名
____________________
○空襲当時
空襲の現場にいた者 36名
   疎開先にいた者 46名
   (集団疎開17名、縁故疎開27名)
   兵役などで他にいた者 12名
勤労動員や勤務で他にいた者 11名
その他 7名
____________________
○親族の遺体が不明な者(集計は正確ではない)
 両親を含む親族の不明な者 16名
 父を含む親族の不明な者 13名
母を含む親族の不明な者 11名
兄弟姉妹の不明な者 6名
 

 陳述書の総合的分析は、今後の課題ですが、原告の90%が当時20歳未満であり、60%近くの人が15歳未満でした。親戚に引き取られ厄介者扱いにされたり、母子家庭や父子家庭で、貧しい生活を余儀なくされ、生来の能力を発達させることができませんでした。多くは思い出すこと自体がつらく、被害を訴えることができませんでした。
 原告には、今なお、身体に重い傷害を負い身体障害者になった人、顕著なケロイドが残る人、PTSD(心的外傷後ストレス障害)など精神障害のある人も相当数存在しています。

 このような原告らの被害の実情を明らかにすることによって、国がいかに冷たくむ責任に原告らを放置し続けてきたか、その救済義務違反の実態が明確になり、国賠法上の違法性が根拠づけられるものと確信しております。


◎ 黒岩弁護士による原告陳述書の説明
 原告の陳述書(99通)を書証として提出したと報告し、原告各人の個別の資料を提出することを述べた。そして孤児等被害者の戦後の苦しみ、現在に続く苦しみについて、原告高橋明子さんの陳述書の例を紹介しました。本件について、「陳述書の書かれた原告らの被害の実情を正面にすえた審理がなされることをもとめるものです」と結びました。

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