編集/瀬川労災を支援する会


瀬川労災事件について   ◆美術監督佐谷晃能労災事件
09.05.01
 この事件は、1986年2月、秋田県内でドキュメンタリー映画「北の佛」のロケ撮影中に、旅館で死亡した映画キャメラマン瀬川浩さんの遺族が、労災保険法による遺族補償を新宿労働基準監督署に請求、これ対し新宿労働基準監督署長は、「フリーのカメラマンは「労基法の「労働者」にあたらない」として、1989年8月に不支給を決定しました。これを不服として再審査請求を求めた遺族に対し、この決定は、映画現場や舞台で働くフリーのスタッフや俳優などの「労働者性」を否定するもので、芸能関係の現場で働く多くのスタッフ、俳優たち、芸能諸団体は、「瀬川労災を支援する会」をつくり支援の活動をすすめて参りました。しかしながら労働審査会は瀬川さんの労働災害を審査することなく「労働者性がない」との理由で遺族の再審査請求を却下しました。かくして事件は、フリーの映画撮影監督の労働者性についての判断基準をめぐる、芸能関係者と行政との意見対立のかたちとなり、第一次行政訴訟、第二次行政訴訟とすすみ、2002年7月、東京高等裁判所は「瀬川さんの労働者性を認める」との判決をくだし、国はこれを認め、新宿労働基準監督署はあらためて瀬川さんの死亡を審査し労災事故と認め、事件は16年を経過してようやく解決しました。
 
 「瀬川労災を支援する会」は、事件の全面解決をもってその使命をおわりましたが、この事件の発端から最終判決までの16年にわたる事件の実態と資料は、芸能に関わる関係者の労働災害に対する対策に貴重な参考となると考え、本ページを開設した次第です。
 なお同時期におきた映画美術監督佐谷晃能さんの日活撮影所での労災事故は、佐谷さんが作業中に高所から落下し下半身不随になる大きな事故で、この事件もまた佐谷さんに労働者性がないとの理由で労災保険の補償請求は斥けられました。残念なことに事件係争中に佐谷さんは亡くなり、遺族の高齢化もあって再審査請求をあきらめざるを得ませんでしたが、この事件の資料も重要な資料と考え掲載致しました。
                                            以上
                                  
瀬川事件を支援する会・事務局
〒112−0002 
東京都
文京区小石川1−6−1 春日スカイハイツ
映画演劇アニメーションユニオン内

電話03−5089−3404