■さっぱ船「明幸丸」諸元

 全長4.67m
 全幅1.38m
 総トン数0.2t

 定員は?
 所有者の古里裕城さんによると、
 県の水産課、漁協、小型船舶検査機構へ問い合わせ、
 確認しなければならないと。
 「漁のときは二人しか乗れないよね?」
 「そうですね、二人でキツイかと。
  でも三人乗って行く方たちも、たまに見ます」(2014.03.11)


■腹帯の大淵

 腹帯(はらたい)にある大淵は難所だった。
 淵の岩にしがみつくようにして通った。
 足を滑らせて落ちる人も多かった。
 大うなぎが住んでいて、行きかう人をさらった。


■松本清一

 宮古の人で社会主義者。
 石川啄木の札幌・小樽時代の友人。
  平手もて
  吹雪にぬれし顔を拭く
  友共産を主義とせりけり
 のモデルとされる。


■横山八幡宮の石段

 男坂の石段を数えながら登ったら、106段あった。


■横山八幡宮の大祓式

 大晦日、年越しの祭。
 参詣人は
 和紙でつくった人形(ひとがた)で全身をなでて息を吹きかけ、
 一年の罪や穢れを移す。
 茅の輪を8の字を描くようにくぐり、来る年の幸せを願う。
 式のあと宮司が人形を閉伊川に流して清める。


■新 沖の井伝説

 浄土ヶ浜の沖の海の底に
 清水の湧きでている井戸がある――
 という古くからの言い伝えがあります。
 沖の井伝説です。
 でも ほんとうは 清水ではなくて
 しょっぱい海水が こんこんと噴きだしているのです。
 それはそれはきれいな海の水でした。
 宮古湾で防波堤をつくっていたある会社の船が
 ひょんなことから この沖の井を発見してしまいました。
 会社の社長さんは誰にも秘密にしておくことにしました。
 そして きれいな海水を汲み上げては
 きれいな真水と きれいな塩とに分けて売りだしました。
 それが「宮古沖海洋深層水」と「宮古の塩」なのです。


■襟章

 うららさんいわく――
 先日、
 昔の裁縫箱を整理していたら、
 なんと!
 とっても懐かしいものを見つけました。
 宮高の襟章です。
 女子だけのものでした。
 3年間襟につけていたので、
 卒業したあと名残り惜しく、
 そっとしまっておいたのでしょう。
 直径は2センチちょっとあります。
 裁縫箱の中、
 古いボタンに囲まれて、
 襟章はひっそりと眠っていました。

  藤原台の昔より
  名に負う健児
  菊三つ葉〜♪ (宮高校歌より)


■看板娘

 ほれんす、
 その店では学生服の襟さつけるカラーなんかも売ってだ〜のす。
 そんで、
 看板娘っつーようなのも、
 いだ〜のんす。
 中学生になって、
 いっぺんに色気づいだ○○○ちゃんは、
 カラーは何枚も持ってんのに、
 親にせびってはせっせど店こさ買いに行った〜ど。
 んだ〜ども、
 そごの店の娘っこは、
 いっぺんも出ではこながった〜ど。
 ……つ〜よ〜な話すっこを聞いだ覚えがあんがえっ!


■言い伝え

 ツバメが巣をかける家は栄える。
 嘘をつくと狼に食われる。
 川で遅くまで遊んでいると河童に引きずりこまれる。
 早く寝ないとモーコが来る。
 ミミズにしょんべんを引っかけるとオチンチンが腫れる。
 死人に親しい者が声をかけると口から泡をふきだす。


■お深山

 まっこけっこさんの話――
 石碑の建立日は明治三庚午年十月吉日。
 石崎神社は、
 以前は宮小の近くにあり、
 A部家の氏神様だったのを移築して地域の神社にしたのだとか。
 羽黒神社は、
 すぐ下のA川家の氏神様とのこと。
 お祭りは7月の末に今でも行なわれているらしい。


■なまこ

 海猫屋さんいわく――
 中学の頃、
 一度だけさっぱに乗せてもらったことがありました。
 箱めがねで海底のナマコを獲った叔父が、
 そのままさっぱの上で、
 ナマコを、
 まるで胡瓜のように丸かじりした……
 思春期まっさかりの私は、
 「おれはなんだかものすごい土地に生まれたのかもしれない」
 「宮古の文化、恐るべし」
 と思いましたね。


■田んぼプール

 甚六さんいわく――
 国道106号沿いの千徳小の卒業です。
 団地内の千徳小以前です。
 水泳の授業のときは、
 学校で水着に着替えて、
 ぞろぞろと歩いて国道と山田線の線路を横断して
 プールに行っていました。
 現在のホーマックの西側、
 駐車場か公園のあるあたりだと思います。
 「日本電工から出る温水を利用している」
 と言われていましたが、
 充分に冷たい水でした。

 附記――この国道106号は古いほう。
     新しい国道106号は、
     この田んぼプールの跡を突っ切って通っている。
                       (じん)


■トムトム

 「トントン」と間違えて呼ぶやつがいる。
 いや、「トントン」と呼ぶ人が多い。


■たらふく

 「おたふく」と間違えて呼ぶやつがいる。


■毛ガニ

 ふるさとの毛蟹のみその深さかな  じん

 黙々と雪ふりつもる毛がに食う  じん


■蟹ミソ

 ある漁師さんに聞いた話――
 毛蟹の肉を食べるなら大きいのがいい。
 蟹ミソなら7センチくらいのが一番うまい。


■天狗沢

 小沢(こざわ)に天狗沢という地名がある。


■天狗鼻

 重茂に天狗鼻という地名がある。
 大字重茂第17地割字天狗鼻


■テトラポッド

 フランスのネールピック社が開発。
 日本では宮古の重茂(おもえ)漁港で初めて使われたという。


■オテラバッコ

 オデラバッコ
 標準和名はツマグロオオヨコバイ(褄黒大横這)?


■栃焼酎

 ふんぐらげーすにトヂ焼酎 (みやご弁カルタ)

 shiratori さんによると――
 栃の実を砕いて焼酎に漬けたトチ焼酎は
 市販の薬より打ち身によく効きます。
 患部に塗ります。
 飲んだ話は聞いたことがありません。
 あくが強くて、
 とても飲めたものではないのでは?


■宮古弁

 A いまでも「おがる」って使う?
 B 「大きくなる」っていう意味の?
 C 先日、実家に帰ったとき、
   10年ぶりくらいに会った近所のおばぁちゃんに、
   「おらぁまぁいぇ〜ほにおがったぁごどぉ〜」
   って言われましたけど……
 D 「おがる」とか「〇〇さ、あべぇ〜!」って、
   年寄りしか使わないよね。
 E 数年ぶりの宮古。
   ウチの親が話す「ケル」という言葉が懐かしかった。
   あげる、もらう、どちらでも使うあの言葉です。
   「ケデやった、ケダった〜」
   宮古に帰って来たんだなって感じました。
 F こないだ会社で
   「ほーでがねえ」「あーりえー」と言ったら
   盛岡出身の同僚に???な顔されました。
               (2007年10月の会話)


■飴売り
 
 佐香厚子さんいわく――
 岩手の宮古市出身です。
 子どもの頃、飴売りが来ました。
 1個5円だったと記憶しています。
 子どもたちが面白がって群れて後からついて歩くものでした。
 おとなたちには「不衛生だから買うな」と言われました。
 頭に大きな帽子(南米のソンブレロのような)をかぶり、
 そのフチに色とりどりの旗がさしてあり、
 飴を買えばもらえたような気がします。
 太鼓を鳴らしてきたものです。
                  (2007年8月6日)


■腹子の句歌

 ほのぼのとはららご飯(めし)に炊きこまれ  大野林火

 はららご飯 濤音(なみおと)いつか納りし  岸田稚魚

 はららごに眼鏡外してなさけなし  古館曹人

 はららごをぬかれし鮭が口を開け  清崎敏郎
                   (はららごは魚偏に而)
 塵として掃かるる腹子 鮭の秋  森田 峠

 はららごの女の指をこぼれけり  黒田杏子

 はららごに灯の透くような恋をして  西野文代

 叩かれてはららごこぼす簗の鮭  都合ナルミ

 翔ぶものへ鮭のはららご炎えてゐる  栗林千津

 冬粥を煮てゐたりけりくれなゐの鮭のはららご添へて食はむと
                         斎藤茂吉

 秋銀河こよいは魚のはららごの弾けたような一所あり
                         あいのねこ


■鮭の句歌

 衣川にて
 つとにして鮭のぼる也袖みやげ  言水

 初鮭は慮外しらずにのぼりけり  言水

 鮭飛んでさゞ波残る川辺かな  円木

 鮭の時宿は豆腐の雨夜哉(かな)  素堂

 菊そふやまた重箱の鮭の魚  嵐雪

 初鮭や市に流るゝ浅野川  涼莵

 初鮭や網代(あじろ)の霧の晴間より  支考

 初鮭の荷や銀さびの夜明ごろ  素丸

 定めなや尾ずれの鮭の死処  白雄

 山風や世を鮭小屋の影法師  白雄

 初鮭や只一尺の唐錦  蓼太

 鰹見し若葉は紅葉はしり鮭  涼山

 鮭に酒換へてうき世をえぞ知らぬ  蕪村

 一番にはつ鮭来り馳走砂  一茶

 初鮭やつゝめばそよぐすゝきの穂  乙二

 大いなる雲の帳(とばり)や鮭の海  素十

 鮭を打つ槌なりといふ汚れたり  蟹平

 北海の鮭あり厨(くりや)貧ならず  正岡子規

 鮭のぼる古瀬や霧のなほまとふ  水原秋桜子

 鮭あはれ老の手だれのヤスを受く  風生 (ヤスは竹冠に措)

 みちのくの鮭は醜し吾もみちのく  山口青邨

 みちのくの乾鮭(からざけ)獣の如く吊り  山口青邨

 鮭上る芒(すすき)の闇や最上川  香村

 鮭網の鈴が鳴るなりゆめうつゝ  烏頭子

 もの影のごとくに鮭のさかのぼる  慧月

 うすれゆく鮭をたよりの漁師町  暮雪

 鮭の目や男らしさの修業未だ  不死男

 ぼろのごと放つちやれ鮭の横たはる  林火

 浪江の鮭
 逆さ波一期の鮭の上るなり  平畑静塔

 墨染を脱ぐべき上り鮭となる  平畑静塔

 腹擦りて鮭のぼる瀬を叩く雨  亨

 阿武隈に雲満ちきたり鮭のぼる  秋を

 はららごをぬかれし鮭が口を開け  清崎敏郎
                   (はららごは魚偏に而)
 駅にころがる出稼の荷と鮭の荷と  能村登四郎

 鮭の切身の鮮紅に足止むる旅  能村登四郎

 鮭網を担ぐやすでに修羅の顔  耕二

 鮭番の朝餉の鮭の部厚さよ  時彦

 野辺といふ鮭の末路に妻つれて  曹人

 鮭群れて雨夜月夜をのぼりつぐ  露路

 骨の鮭 鴉もダケカンバも骨だ  金子兜太

 骨の鮭アイヌ三人水わたる  金子兜太

 鮭取りの臀(ししむら)濡れて走りけり  沢木欣一

 乾鮭の背骨にふれて刃をすすむ  小桧山繁子

 没日(いりひ)みる乾鮭の口地に立てて  小桧山繁子

 塵として掃かるる腹子 鮭の秋  森田 峠

 風三日銀一身の鮭届く  成田千空

 鮭食ひし肉感夜のひとひら雲  豊山千蔭

 叩かれてはららごこぼす簗の鮭  都合ナルミ

 翔ぶものへ鮭のはららご炎えてゐる  栗林千津

 冬粥を煮てゐたりけりくれなゐの鮭のはららご添へて食はむと
                         斎藤茂吉


■腹子

 鮭の卵巣は一腹(ひとはら)に2袋
 卵の数およそ2000粒


■鮭

 縁起がいい魚
 災い・難・病をサケる


■「聞き書き にっぽんの漁師」

 塩野米松(しおの・よねまつ)著
 「三陸サンマ船の名船頭・千崎鶴右エ門(岩手県宮古市)」を収録
 新潮社・2001年10月・253p・税込み1785円・絶版


■ミックスサンド

 宮古製菓の菓子パン
 リンゴとイチゴのジャム、マーガリンをサンドしてある
 パンはカステラ風。


■エーヨーパン

 宮古製菓の調理パン
 挟んであるのは
 コロッケ、ソーセージ、てり焼きチキン、ハムカツ、やきそば
 まだある?


■愛宕中学校

 取り壊されたのは2002年(平成14)3月頃らしい。


■チビ太川

 公平2さんいわく――
 いまの宮古高校のラグビーおよびサッカーグランドって、
 むかし教習所だったって覚えどれんすっぺ〜が?
 いまの南町から閉伊川に流れこんで船場で合流する川を、
 おらがど〜はチビ太川と呼んでいて、
 モズク蟹とか、エビとかが獲れ、
 おとなの人がど〜は
 ウナギの仕掛けで獲ってだった〜みたいです。


■八幡土手

 まっこけっこさんいわく――
 向町から船場(ふなば)を通って堤防へ上がり、
 八幡方面へ歩くと、
 右手はどこまでも田んぼで、
 山田線の線路ぎわまで続いていた。
 堤防沿いにはあまり大きくない豚小屋もあったし、
 堤防の法面にはかぼちゃのつたが這ってたなー。
 そのまま八幡へ向かって歩くと宮古高校が見えてくる。
 左手には小山田への吊り橋。
 そのまま進むと右手に一中があり、
 堤防からそのまま八幡山に登れた。


↑ 2008年


■アイオン台風

 S17さんによると――
 アイオン台風のときは小学校に入る直前でした。
 末広町のそばに住んでいましたが、
 押し入れの中段直下まで水が来ました。
 二つ上の兄貴と中段に座って
 足をばたばたさせながら遊んで?いたようです。
 それから母に連れられて近所の2階に避難しました。
 水害はこりごりというわけではないけれど、
 その後、八紘台の山中に引っ越しました。
 そうしたら、今度は火事。
 小一の冬でした。


■和泉屋

 鍬ヶ崎にあった豪商。
 宮古湾海戦の前年、
 旧幕府軍が蝦夷地に向かう途中で宮古湾に立ち寄った際、
 土方歳三が逗留した、という。


■月山

 宮古湾海戦の前後、
 新選組の中島登が月山の頂上に潜んで
 新政府軍の動向をうかがっていた。


■あずきばっとう

 ハニー食品製
 元祖 <宮古名物> あずきばっとう
 原材料 小麦粉 小豆 砂糖 塩

 甘い粒餡にうどん(きし麺が太ったみたいな)が入っている。
 まぁ、おはぎとか、お汁粉と似たようなもの。
 子どもの頃は「なんでうどんが小豆の中に?」って思ったのに、
 おとなになると懐かしくて食べたくなる、ふるさとの味。


■うみねこパン

 元祖うみねこパン
 品名 菓子パン
 原材料 小麦粉 砂糖 油脂 乳化剤 食塩
     イーストフード ひきこんぶ いかの粉末 卵
 製造 丸長製パン所

 食べてみたらパサパサして味はいまひとつ。


■宮古地名

 福島県山都町宮古

 三重県一志郡嬉野町大字宮古
  合併で→三重県松阪市嬉野宮古町の宮古石造物群・忘れ井

 三重県度会郡玉城町宮古

 奈良県磯城郡田原本町の宮古遺跡


■宮古平

 岩手町(いわてまち)にある地名。
 三角点があり標高692・94メートル。
 所在地名は
 岩手県岩手郡岩手町大字川口第31地割字穀蔵79番の1。


■干し大根

 11月半ば
 採れたての大根をハザ架けにして10日ほど天日に干し
 たくあん漬けにする


■日の出食堂

 戦時中から昭和30年代半ばまで宮古駅前で営業。
 中華そばが人気で行列ができたという。
 スープは煮干し、昆布の根、玉葱などでだしをとった、
 あっさりと甘みがあるものだったという。


■豆柿 2

 子どものころ木登りして食べた

 渋柿だけど
 霜にあい
 寒風にさらされて
 黒くなる
 しわしわになる
 甘くなる

 でも食べ過ぎると便秘になる

 熟さないうちに集めて渋をとる
 渋は防水・防腐用、たとえば魚網の腐れ止めになる

 最近、豆柿の木を見ない


■豆柿

 渋柿
 1〜2センチの小さな実
 葉っぱが落ちきって
 実が黒くなると甘くなる


■鴨崎病棟

 和見にあった、宮古病院の分院。
 和見なのに、鴨崎という不思議。


■沖磯

 磯鶏の一番岩の先っぽの岩礁を、
 沖磯と呼んだらしい。


■アイナメ

 アブラメ、アブラッコと言う。
 
 刺身は、冷蔵庫でひと晩おいてから食べるのがうまい。


■替え歌

 けむぼーさんが歌っていた。

 ♪たけだたけだぁ〜
  たけだたけだたけだぁ〜
  メシが たけだぁ〜

 こうも歌った。

 ♪たげだたげだたげだ〜
  たげだたげだたげだ〜
  スラミが たげだ〜


■講堂

 むかしの講堂には幽霊が出るという噂があった。
 夜、ピアノが勝手に鳴ったらしい。


■小成

 eco ちゃん情報――
 小成さんが4箇所で商売されていましたが、
 今週末から3店舗を閉めて、
 末広町の角の中屋さんのところに、
 大きな1店舗を11月9日開店します。

 残るのはドラのブックス小成か?
 2007年10月20日(土)3店舗閉店予定
 2007年11月 9日(金)1店舗開店予定


■やせがねー

 親が生粋の宮古人でないためか、
 生まれ育ちが宮古でも知らない宮古弁が多い。
 たとえば「やせがねー」。
 いまだに正確な意味がわからない。
 たしか、こちらがなにかモタモタしていたり、
 ヘマをやったときに言われた。
 どういう意味なんだろう?

 Aが答えていわく――
 「いてもたってもいられない」という感じでしょう。
 Bの答え――
 「見ていられない」ではなかろうか。


■ぼくせー

 ダサい?
 ヘボくさいの略でしょう。


■小咄

 宮古出身の女性が東京でダンス教室に通った。
 レッスン中に先生が何度も大声で言う。
 「ズンズタッタ・ズンズタッタ〜、はいっ、リズム良く!」
 そのたびに恥ずかしかったそうだ。


■小松倉

 川目に小松倉という部落がある、という。
 家は1軒。
 昔は何軒かあった。
 みんな町に降りてきて、1軒だけになった。
 電気は自家発電。
 3キロワットくらいの、
 モーターを反対に動かせば電気が起きるような原理の発電機だが
 衛星放送のアンテナもある。


■浅田りょう

 宮古出身のグラビアアイドル?


■駅裏の巨大ビル

 いつできたのか?
 2001年(平成13)8月1日開店か?


■昭和サイダー・小笠原サイダー

 ある人の話――
 会社は同じ。
 「昭和」は青みがかったビンに紙ラベル。
 「小笠原」は透明ビンにロゴが、じかに印刷されていた。
 ビンの表面はざらざら。


■高新氷

 ある人いわく――
 1万円のやつ(チャンピヨン氷)食いきった人いるのかな?
 おれは5000円のを5分の1でギブアップ。
 高新のおやじ、
 メニューにあっても作るのが面倒だと断わることがあったな。
 ココア氷なんて何十回頼んでも1回しか作ってくれなかった。
 「チョコレート氷にしてけんねぇがぁ?」って。


■荒川書店

 荒川書店という名まえが記憶に残っている。
 場所はどこだったろう?


■宮古ファミリーデパート玉木屋

 昭和55年、ご当地に宮古ファミリーデパート玉木屋として開店以来、22年の長きにわたり地元のみなさま方に支えられ歩みを続けてまいりましたが、この度、誠に残念ながら、閉店する運びとなりました。

 ――と始まる折り込みチラシが入ったのは、
 2002年(平成14)7月18日だったそうだ。
 閉店セールの期間は19日から22日。


■カモシカ

 愛宕に住んでいる人の話。
 ――毎朝カモシカに畑を荒らされて困っている。

 タクシーの運転手さんの話。
 ――愛宕神社の前をカモシカが5頭歩いていた。

 こんな話もある。
 ――カモシカは、よく海を泳いでいる。
 たまに定置網に引っかかったりする。
 好きで泳いでるんじゃなくて、
 崖を降りて上がれなくなり、行き場がないから泳ぐらしい。


■いさりび

 漁火
 するめかけの舟が夜通し灯す明かり


■いさば

 五十集
 魚売り、魚介問屋、魚市場のこと
 語源
 漁(いさ)ルか? バは場
 漁魚(いさな)
 磯場か?


■ぽっぽ煮

 小イカのわたを抜き、骨・目・くちばし・スミ袋などをとる。
 手ごろな大きさに切った足といっしょに胴に詰める。
 口を爪楊枝で閉じて煮る。
 煮あがったら輪切り。
 酒のつまみにいい。

 水を入れずに煮るのがポイント。
 味つけは醤油・砂糖・酒。
 あるいは塩だけ。
 味醂をいれると固くなるのでいれない。

 ぽうぽう煮・ぽーぽー煮とも呼ぶ。
 イカの胴→おなか→ポンポン→ポッポ、という説もあるが……


■イカ腑煎り

 イカ腑・足・ケンパ(耳)を食べやすく切り分ける。
 厚めの鍋で焦がさないように煎る。
 少量の味噌とバターで味つけ。

 酒の肴によく、ご飯にも合う。


■イカ腑

 スルメのはらわたに小麦粉を混ぜて練り、
 オゲーを釣る餌にした。

 イカの肝と足をアルミホイルにくるんで焼く。
 醤油をかけて食うとうまい。


■寒天

 お盆のお供えものにする。

 HALさんによると――
 母は寒天を四角のまま水を張った器に浮かべて
 お供えします。
 寒天は、お盆で戻ってくる仏さまの鏡。
 丸く型抜きするところもあるようです。
 粟花〔アワバナ〕も添えます。
 粟花は女郎花〔オミナエシ〕。
 仏さまの櫛なのだそうです。


■旧魚市場、海岸通りの謎の逆円錐

 satowoodman さんによると――
 魚市場の方から聞きました。
 あの建物は、ポンプ&配電盤だそうです。
 昔、海水をポンプで汲み上げて上部に貯水しておいて、
 市場内の床を洗ったりカゴを洗ったりするのに使ったそうです。
 下の部分には配電盤がつまっているそうです。
 現在は、ポンプの役目は終わり、配電盤のみだそうです。


■栗

 天日で干して保存。
 一年じゅう、食べたいときに煮て食べる。


■長沢

 明治の初めごろ、多数の部落が八つの組に統合された。
 組の数字が小さいほうが長沢川の下流。
 一組 寺沢
 二組 折壁
 三組 大野
 四組 中家戸
 五組 槻川原
 六組 牛沢口
 七組 南川目
 八組 北川目


■なまこぱん

 “なまごぱん”とも。

 「みやこわが町」の掲示板から引用すると――
 小麦粉でつくった生地に白砂糖をガラガケした、
 見た目にも素朴な菓子。
 藤田屋ほか数店で販売しているはず。
 当初の形状が、
 江戸時代から宮古名産だったナマコに似ていたからという。
 現在のものはギザギザの形状になっている。


■キラズ団子

 豆腐のオカラを団子にして味噌をつけて焼く。

 rei さんいわく――
 オカラと小麦粉と塩を混ぜ、お湯で練ってつくります。
 素朴な団子です。
 小判型とか形はさまざまです。
 焼いて食べます。


■御疱瘡紙

 海藻のゾーガ、標準和名はスジメ。

 shiratori さんいわく――
 宮古の昔の漁師さんは、
 御疱瘡紙(ごほうそうがみ)と呼んでいました。
 昔の疱瘡の予防接種は腕に4カ所ぐらい跡が残っていますね。
 ゾウガの穴をそれに見立てた呼び名だそうです。


■1933年(昭和8)3月3日三陸大津波

 岩手県の死者・行方不明者2671人


■フンドシ

 毛ガニの腹の三角の部分をフンドシと呼ぶ。
 塩蒸しは、このフンドシに塩をつめて18分蒸す。


■近七(きんしち)

 向町の呉服屋。
 姓は駒井。


■三大料亭

 相馬屋・旭屋・長岡屋
 大正期に鍬ヶ崎の花街にあって三大料亭といわれた。


■「田老の民話」

 田老町観光協会・1991年刊行


■津波の迷信

 冬は津波が来ない
 晴れの日の津波はない
 水平に揺れる地震に津波はない


■松井産婦人科

 かつてはクマヘイの南側にあったという。
 いま松井産婦人科が建っているところには、
 大久保牛乳店と駐車場があったという。


■津軽石の払川ミンクセンター

 けむぼーさんの日記の抜粋。
 小学校3年、1967年1月4日。
 原文のまま。

 はらいがわミンクセンターに行きました。ミンクセンタの人にことわってみんなでミンクのいるこやに入りました。こやの中にはハリガネで作ったはこの中にミンクがいっぴきずつ入っていました。ミンクには黒と白のミンクがいますがけがわでは、白いほうがたかいそうです。こんどは、ミンクセンターのじむ所にいってみると、白と黒のミンクの毛がありました。ミンクの毛がわは、とてもあたたかでした。ぼくもミンクをかってみたいです。ミンクのえさは、さかなのすりつぶしたのがいいそうです。ミンクの毛がわをおったら、新聞紙をおったような音がしました。


■ミズキ団子

 小正月の伝統行事。
 餅花〔モチバナ〕ともいう。
 水木のかわりに白萩の枝を使ってもいい。
 団子に食用色素(食紅など)で色づけする。
 最中の皮のような団子もある。
 宝船や大判小判などの縁起物の小さな絵も吊るす。
 魚菜市場で売っている。
 沿岸では大漁を祈願して飾る。


■子持ちナメタ

 occoちゃんいわく――
 「正月は、ナメタ、食うのすかあ?」という話題になった。
 8人中、食(か)んねー派が6人、食う派は2人。
 「正月の高ーどきでなぐ、ふつうの安い日に煮付けで食う」
 と言うのが食んねー派。
 食う派は海関係である。
 「ナメタど、クルミ餅(もーづ)を食んねーば、だめだー」
 けむぼーさん、子持ちナメタを求めて馳せ回ってんだーべーが。

 けむぼーさんいわく――
 やっぱし、年越しの子持ちナメタは別物なんでねーべがねんす。
 つーより、いっつもは食えるもんでねーんで、
 年末になんぼー高ぐても、
 このときばかりは気合いを入れて食べる!
 それが一つの楽しみ、生き甲斐のようなもんでねーべがねんす。


2007年 ↑


■サッパ

 全長5メートル弱

 16フィート 30.48p×16f=487.68p


■二十日講

 ハツカコウ。
 訛ってハヅガゴォ。
 えびす講のひとつで、特に旧暦10月20日をいう。

 竜神崎では大漁・安全を感謝し、祈る。

 田野畑の漁師さんいわく
 ――漁師はこの日、ドンコを神さまにお供えしてから食べます。
 とても美味しい時期でもあるのです。


■ドンコ

 ある人いわく――
 釣りたてを刺身にする。
 肝を醤油でといてつけて食べるとうまい。
 肝をはさっと湯がくと生臭くない。
 骨が多いのは頑張って抜く。


■アホウドリ

 青年漁師さんいわく
 ――普段はあまり見かけない。
 カモメを見つけることのほうが難しいような嵐の前、
 そんなときに決まってアホウドリの大群が海上を乱舞する。


■十字架山

 十字架山の十字架は
 大きな木の十字架と
 一段下にいくつかの
 小さな石の十字架と
 思い出と藪に埋もれ
 桜ふぶきの夢に眠る


■新・宮古郵便局

 2006年11月6日営業開始
 栄町1−7
 0193-62-1914


■田老鉱山

 1936年、ラサ工業によって操業を開始。
 鍬ヶ崎の貯鉱所までの13・5キロを鉄索で結んだ。
 銅はラサ工業宮古精錬所に、
 鉛や亜鉛などは船で九州や関西方面に運んだ。
 操業により44年には人口が1万1000人を超した。
 銅の国際価格の下落で71年に閉山。


■宮古東映

 1956年開館。


■沖揚げ

 北海道の代表的な民謡ソーラン節は、
 ニシン漁の漁業者たちによって歌われた労働歌の
 「沖揚げ音頭」または「鰊場音頭」の一節。

 磯鶏小卒さんいわく――
 沖上げ、懐かしいですね。
 風呂敷でハッピを作って着てましたよね。
 うら沼でどんぶぐなんか釣ったりもしたな〜。
 やたらにイモリが釣れたもんです。


■鞭牛

 1765年(明和2)に閉伊川岸の七戻りの難所を開鑿。


■グラスボート

 むかし浄土ヶ浜にグラスボートというのがあった。
 船底が透明ガラスになっていて海中が見えた。

 shiratori さんがアブラッコさんに聞いた話では――
 1957年(昭和32)頃のこと。
 船名は「おとひめ」。
 強化ガラスもないので、普通のガラスを二重にした。
 藻がつくのでガラスの掃除が大変だった。


■ダラスコデーボー

 宮古のフクロウは
 ダラスコデーボー、ダラスコデーボー
 と鳴く。
 コノハズクだという説もある。


■課題

 臼木山の山神碑の裏を見る。
 日立浜の船員保険寮まで登ってみる。
 愛宕神社の住居表示を確認する。築地1丁目○番○号
 愛宕神社の本殿を写す。
 古常安寺の山号を調べる。古常安寺のときから宮古山だったか
 判官神社の奥殿を見る。
 十字架山に登る。
 東屋のなかを見学する。
 シンザン神社を見つける。
 ローソク岩に触る。


■山崎医院

 保久田。
 2006年9月末、解体始まる。


■メドツ 2

 八戸市の櫛引八幡宮に伝わる話――
 昔、左甚五郎という名工が社殿を建てた。
 そのとき余った木材を川に捨てたらメドツになった。
 メドツは人や馬を襲って困る。
 八幡神は鷹を使ってメドツを懲らしめた。
 その話を伝える彫刻が本殿の脇障子に残っている。


■メドツ 1

 県北二戸市の福岡に伝わる話――
 昔、おばあさんが畑で草取りをしていた。
 すると、なにか得体の知れないものが手に絡みついてきた。
 おばあさんは思わず両手でつかんだ。
 それは、めぐさいメドツだった。
 メドツというのは河童のことだ。
 おばあさんはおっかなくて手を離した。
 メドツは奇怪な声をあげながら近くの馬淵川にとび込んだ。
 おばあさんがメドツに出くわした畑は
 メドツ畑と呼ばれるようになった。


■カッパじいさん

 遠野にカッパじいさんがいた。
 阿部与市といい、7、8歳のころにカッパを見た。
 カッパ淵のかたわらに住み、淵を守った。
 ベンチに腰掛け、観光客にカッパの話もした。
 2004年2月15日、急性腹症のため遠野の病院で死んだ。
 87歳。
 土淵町の常堅寺に葬られた。


■河童

 田老に「赤沼の河童」という話が伝わる。
 いたずら者の河童を懲らしめる話だそうだ。


■ソーダ

 けむぼーさんいわく――
 ソーダアイスを食っている人を見っつど悪ガキたちが
 「ソーダさんがソーダ食って死んだぁソーダ」
 と囃していだっけがす!


■訃報

 沢田貞一さん。
 元宮古一中の校長先生。
 2006年(平成18)7月10日、急性肺炎で逝去。
 享年95。


■辞世

 老いぬれば夜のみじかきも面白し 梅甫(駒井吉郎兵衛)
 寒月や真葛ヶ原にわれひとり   東明(駒井達寿=みちとし)


■オーロサー、ヨーロコイ

 津軽石川で鮭の地引網を引くさいの掛け声。
 ホーロサー、ヨーロサーとも。


■漁師料理

 叩きは漁師が船上でつくる漁師料理。
 簡単で、うまい。
 醤油をつけて食べてもいい。
 湯に入れるとインスタント味噌汁になる。
 ご飯にのせて熱い湯をかけるのもいい。


■なめろう

 なめろうは叩き。
 房総地方の方言らしい。
 ある人いわく――
 サンマの刺身は富士勇の醤油に生姜・酢が定番。
 小骨があるあたりは、なめろうにする。
 出刃で葱と味噌といっしょに叩きまくる。
 簡単、うんめー。


■叩き

 サンマの頭・ハラワタをとりのぞいて三枚におろし、皮を引く。
 味噌・生姜・葱などを混ぜ、包丁で叩く。


■サンマ

 サンマが獲れっと朝マ・昼マ・夜んマの三度三度食べっぺ?
 だっけぇ三マっつうんだぁ。


■くるみ味

 ――うぢのばあちゃん、
 サンマの刺身ぃ食うずーど、
 「クルミ味がすんがぁ」
 って言うでばぁ。

 クルミ味がするというのは
 胡桃のようにおいしいという意味の慣用的な表現。
 クルミはうんめぇ。


■きんか餅

 きんか餅という伝統菓子が、青森県の五戸町にあるそうだ。
 味噌・黒砂糖と細かく砕いたクルミを混ぜたものを
 小麦粉などを練った厚手の皮で包みこんで茹でた菓子――
 これは宮古あたりのおひゅうずと同じではないだろうか。


■きんか

 宮古でキンカをよく食べた。
 漢字で金瓜。
 真桑瓜のことらしい。
 プリンスメロンが出てきて姿を消した。


■天津桃

 shiratori さんによると、
 宮古の地桃は天津桃(てんしんもも)らしい。
 中国産の桃のルーツに近い品種。
 根城(ねじょう)あたりに桃源郷があるらしい。


■ハマナス

 浜梨。
 実の味が梨に似ているところからハマナシと名づけられ、
 ハマナスはハマナシの訛りだという。
 外見は小さな赤カブのよう。
 種が多く、果肉は少ない。


■宮小の公孫樹

 校庭の南にあったポプラ並木。
 その真ん中あたりに
 1本だけ
 イチョウの大木があったそうだ。


■田代とのバス便

 宮古駅前発・田代行きは1日3便。
 田代発・宮古駅前行きは1日2便。
 片道440円。
 所要時間35分。


■安庭山荘

 和井内の安庭山荘は源泉まで2キロ離れているそうだ。


■白浜〜神林

 重茂の白浜から対岸の神林まで1・3キロだそうだ。


■はぐら

 日射病・熱射病。
 「陽に照らされで、ハァ、グラっと来たぁ」
 というのが語源……


■おひら

 OCCOちゃんによると――
 にんじん、ごぼう、こんにゃく、三角に切った豆腐が入り、
 醤油味の汁を片栗粉でゆるいあんかけ状にする。
 墓参りのあとで必ず、
 精進のお煮しめ、胡麻餅、おひゅうず、おひらを、
 みんなで食べる。
 豆腐は厚さ5ミリ、4センチ四方ほどの正方形を対角線で切る。


■若山食堂

 1960年に開店。
 煮干しや干しサバなどを3種類の醤油で煮ただし汁が
 ラーメンのスープに使われている。
 それに、だし汁で2日煮込んでつくる豚肉がのると
 煮込み中華の出来上がり。
 650円。


■賛成家

 大衆食堂。
 宮古郵便局の隣りにあったという。
 午後11時?から翌朝4時まで営業。
 メニューが多く、三陸ラーメン700円、
 5月〜10月限定の冷しとんこつチャーシューメン850円には
 チャーシューとマヨネーズのついたキャベツが
 たっぷり載っていたという。


■らーめんの小池さん

 志木市に重茂の食材を使ったラーメン屋さんがあるそうだ。
 店名が“らーめんの小池さん”。
 店主が宮古出身。
 三陸磯らーめん900円、三陸潮騒らーめん600円。
 埼玉県志木市中宗岡1−4−2 рO48−476−2880
 http://www.shiki-impulse.com/office/koikesan.htm


■足立ベニヤ

 むかし磯鶏に足立ベニヤという会社があった。
 あれは、どうなっただろう?


■金浜村の安立

 盛岡藩雑書の安永5年に、
 「九月十三日、宮古御代官所金浜村安立、明和七年寅八月八日沢内へ御追放被仰付、新町善兵衛と申者へ罷有候処、当八月廿日より相見得不申候付色々相尋候得共、行衛相知不申欠落候由」
 とあるそうだ。


■小可〜商店

 ○タ 小可由(おがよし)商店 鮮魚加工・出荷業
 ○三 小可孝(おがこう)商店 廻船問屋
 ○大 小可理(おがり)商店 冷凍・冷蔵・水産加工


■川目商店

 宮高の西脇、細道の角にあった小店。
 向かい角は大森さん。


■海鞘2

 ある人いわく――
 ホヤは刺身に限る!
 が、味噌をつけて焼いてもいい。
 ホヤに桃屋のキムチの素をあわせるとうまい。


■海鞘

 ホヤはそのままがうまい。
 二つの突起は口と肛門。
 先端が「+」になっているのが口、「−」は肛門。
 口を切りとって器に汁を出す。
 この汁も絶品。
 殻を剥く。
 身を食べやすい大きさに切る。
 汁をとった器に入れる。


■玄神流

 宗教法人・霊理修験道玄神流 長沢7地割

 大字長沢第7地割137−2に
 金剛護竜山という宗教団体があるが、
 同じものだろうか?


■ゲンシン流

 花輪にゲンシン流という宗派があり、
 教組さんの姓は塩越だという。
 山に小さな滝があり、
 かたわらに立派な修行場があるそうだ。


■白浜丸発着所

 建物も看板も残っている。
 宮古漁業協同組合の築地集会所になっている。


■メジマグロ

 クロマグロはホンマグロ。
 メジマグロはホンマグロの仔魚。


■銀竜草

 ギンリョウソウ
 花も茎も透明感のある灰色をしていることから幽霊草とも。
 臼木山の散策路わきのやぶのなかに、ひっそり咲く。
 イチヤクソウ科の寄生植物。
 背丈は10センチほど。
 春から夏にかけて釣り鐘状の花をつける。
 2004年に盗掘され、数株に減ったという。


■三浦櫓櫂店

 ディズニーシーのゴンドラを漕ぐオール、
 それを載せる部分は、
 宮古の三浦櫓櫂店がつくっているそうだ。


■ケーオス

 マスター写真館2より
 ――櫂押す。
 アワビ、ウニの口開けのとき、サッパの舳先に立ち、
 ネリゲー(練り櫂)で船の位置を一定の場所に支えること。
 これが下手だと、
 アワビ鉤が狙ったアワビのところに届かないので喧嘩になる。
 だいたい夫婦で乗るので、嫁がケーオスをやって喧嘩して、
 口(くづ)をぶんむがせだり、とんがらせだりして
 浜さ帰(けー)ってくるのす。


■ネリゲー

 マスター写真館2より
 ――練り櫂のこと。
 サッパの舳先で押したり引いたりして漕ぐ。
 アワビやウニの口開けのとき、
 波が引いたり上がったりする磯で船を支える。
 いまはモーターを使うことが多くなったが、
 ネリゲーの上手な人にはかなわないそうだ。


■黒森山

 質問
 ――沖から黒森山はよく見えますか?
 目印になるので漁師さんにも信仰されたという話を聞きますが、
 どうなんでしょう。

 青年漁師さんの答え
 ――周囲に聞いてみたんですが、
 黒森山は目印にもならず、
 関係ないそうです。
 沖からはまったくもって見えません。
 父も黒森を頼りにして漁をしたことはまったくないそうです。
 漁をして見えるのは、
 月山、早池峰、日出島〜田老〜真崎などの沿岸部の
 ちょこっと上の山なりです。
 そういうわけで黒森さまには信仰もないです。
 漁師が信仰しているのは、
 閉伊崎のオサキサマと熊野町のオグマンサマです。


■黒崎神社 例大祭

 6月の第3日曜。
 閉伊崎突端にある黒崎神社の神輿を載せた漁船を先頭に、
 大漁旗を掲げた10隻ほどの船が、
 重茂の5つの港を、
 およそ6時間かけて回る。
 神輿は
 それぞれの港でいったん降ろされ、
 住民が手を合わせて安全と大漁を祈る。


■モーコ

 夜、口笛を吹くと、モーコが来る。


■モーコ

 東北に伝わるという子守唄。
  泣けば山からモーコ来る
  泣けば里からオニ来らぁね
 
 下北半島に伝わるという子守唄。
  寝ろじゃ寝ろじゃ寝ろじゃよ
  寝ねば山からモコ来て取てたらどうするぞ


■ドンコ
 
 逆さ焼き――
 火箸を赤くなるまで熱して口から入れる。
 ひねるとハラワタがくっつく。
 引き抜くと出てくる。
 身の中に肝と味噌を入れる。
 肝味噌が落ちないよう、身にしみこむよう、
 頭を上にして串に刺し、囲炉裏で焼く。


■エラコ

 エラゴ、イラコ、イラゴとも。
 ゴカイの仲間。
 三省堂の大辞林には“えらこ”で出ている。
 鰓蚕。
 黄褐色のミミズ状。
 体長7〜9センチ。
 丈夫な膜の管に入っている。
 東北・北海道の干潮線付近の岩に群生する。
 釣り餌や食用にする。

 塩に1週間ほど漬けると、うまいらしい。
 冷蔵庫で1〜2年もつ。


■ナマコ

 ――コはナマコのコ

 旬は初冬。
 ナマコは漢字だとイメージが悪い。
 海鼠、海の鼠……
 海蚕と書くべきではないだろうか。
 もともと単にコと呼ばれたらしい。
 ナマコは生のコ。
 イリコは乾燥させたコ。


■イリコ

 煎海鼠。
 内臓を除いて煮たあとに乾燥させたナマコ。


■クチコ

 ナマコの卵巣を干したもの。


■コノコ

 ナマコの卵巣の塩辛。


■コノワタ

 “このわた”はナマコの腸(内臓)の塩辛。
 “ナマコのワタ”の略。


■コワダ

 “こわだ”はマンボウの腸。
 塩焼きしてレモン汁をふりかける。
 あるいは茹でて酢味噌和えにする。

 サメの身は食べたことがある。
 コワダは食べたことがない。
 ワダはワタ、ハラワタのことだろう。
 コはなに?


■マンボウ

 青年漁師さんいわく――
 マンボウは海面に浮いて寝ている思われがち。
 でも寝ていることはあまりない。
 突キン棒でも寝ているときに突くというのはあまりない。
 横にならないよう必死に態勢を立て直そうとする。
 その顔が面白い。
 目がパッチリしている。
 カギで突いて上げようとすると途端にばためかし、
 竜巻のように素早く回転しながら潜っていく。
 泳いでいるときはナマケモノのような感じなのに、
 獲ろうとすると物凄く素早くなる。
 あの体で、
 どうやったら回転して潜っていけるのか不思議だ。


■鮫の身

 マンボウの肉を三陸では“鮫の身”と呼ぶ。


■鮭の身

 “さけのみ”と打ち込んで変換すると“酒飲み”になる。


■紅葉漬け

 モミジヅケ
 鮭の薄切りとはらこを味醂と醤油で漬けたもの。
 鮭の身は生を使う。
 アニサキスには要注意。

 ほんとうはコウヨウヅケ?


■鮭の中骨缶詰

 「みやごのごっつお」に載ったCPAさんの話――
 鮭の中骨缶詰は宮古水産高校の実習で、
 捨てられていた骨を缶詰にしてみよう
 というアイデアから始まった。
 宮古漁協が販売を始めたのは
 中嶋哲先生が定年になってから。
 東海林さだおのエッセイは
 1992年12月中旬の週刊朝日に掲載された。
 さらに宮古市長が缶詰を送ったエピソードが
 翌週の週刊朝日で見開き2ページの記事になった。
 翌年2月頃の高島屋の岩手物産展ではたちまち売り切れ、
 予約が殺到した。
 これが日経新聞に紹介され、
 ブームが加速した。
 哲先生から聞いた話では、
 高島屋はほかのメーカーに生産させて
 高島屋ブランドで売り出し、
 宮古漁協製品の取り扱いを止めた。
 各缶詰メーカーも類似品を販売し、
 100億円市場となった。
 元祖のシェアは5%程度だった。


■田代のおくまんさま

 田代に“おくまんさま”という神社があったそうだ。
 これは熊野神社のことだろう。
 このおくまんさまが三陸フェーン大火で焼けた。
 そのとき、大きな青白い炎をあげた。
 ご神体は火がまわるまえに下の信夫さんの家に移してあった。
 燃えて青白い炎をあげるようなものはなかったはずだが……
 と、皆で不思議がったそうだ。


■端午の節句

 2006年5月31日は旧暦5月5日、端午の節句。
 魚菜市場の生産者売り場には菖蒲が並ぶ。
 菖蒲と蓬を束にしたものが100円。
 菖蒲を風呂に入れて菖蒲湯に入る。
 餅屋には柏餅が並ぶ。


■夏は夢

 夏は夢 夢ばかりなる 草まくら
     夢とむすばん あくるよのそら
                  鞭牛「忘想歌千首」より


■春は花

 春は花 こころの花も花ざかり 野にも山にも 花のおおさよ
                  鞭牛「忘想歌千首」より


■おくむら

 大通1丁目4番28号〜29号あたり、
 新よしの東隣りにあった運動具店。


■海

 青年漁師さんいわく――
 陸からすぐそこの海を見るとかなり凪が良くて、
 それが沖までずっと続いているように思う。
 ほんとうの海は、
 沿岸から2マイル以上沖に出ないと体験できない。
 陸近くの海とはかけ離れた怖い海を体験することが多い。

 1マイルは1・609q
 2マイルは約3・2q


■キヨ水

 田野畑の漁師さんいわく――
 北から南に流れる親潮のはしりの真潮。
 プランクトンの死骸を含んだ水。


■ヤマセ

 山背は山を越えてやってくる
 月山の背を越えて


■釜こ焼ぎ

 ヘラガニは蛸の浜にもいる。
 山から木を拾って火を起こし、
 ほかの獲物もいっしょに海水で茹でて食べる。
 これをカマコヤギと言った。


■ヘラガニ

 箆蟹
 浅瀬の砂地などに棲息する。
 いちばん後ろの足が箆(へら)に似ている。
 ヒラツメガニ(平爪蟹)とも。
 薄茶色をしていて、
 塩茹ですると綺麗な赤に染まる。
 小さいので食べるのはちょっと面倒。
 ふたつに割って味噌汁にするといい。
 蟹ミソの風味がいい。


■マルマツ閉店

 2006年5月初旬か?


■福乃湯

 2006年5月初旬、廃業。
 入口の貼り紙――

 お客様各位へ
 長い間休業いたし、
 ご迷惑をおかけいたしました。
 お許し下さい。
 諸般の事情により
 60年の長きに亘ってきた営業を廃止する事に相成りました。
 どうぞご了承下さい。
 誠に有難うございました。 福乃湯

 お願い
 湯道具、下駄箱の下においていますので、お持ち帰り下さい。
 よろしくお願い申し上げます。 福乃湯


■一中

 公平2さんいわく――
 オラが在学中はクラブの部室というものがなかった。
 校舎の階段の下の物置のようなところに
 道具などをしまってあったような気がします。
 ちょうど
 女学校時代の校舎から現在の鉄筋の校舎に移行する時期で、
 入学式のときは講堂とか体育館などなく、
 たぶん最初で最後の青空入学式のときです。
 その時代、
 逆さ公孫樹のところで着替えなどしていたクラブもあった
 と思います。
 もっと昔は公孫樹の周りに柵があってヤギがいました。
 めぇぇぇ〜っ!


■縄張り

 一石さんのある舘合近隣公園は
 山小の生徒たちの縄張りだったらしい。
 そういう意味からいえば、
 一石さんの南にある八幡さまの森は
 宮町あたりに住む宮小の生徒たちの縄張りだった。


■宮沢賢治の短歌

 宮古町 夜ぞらをふかみわが友は山をはるかに妻を恋ふらし
                         (1917.7)


■星兜

 小島俊一「陸中海岸の石仏」(熊谷印刷)に出ているという。
 源義経の兜とされ、直径23センチ。
 名前の由来は不明。


■ウニ

 生ウニ、剥きウニ
 宮古・重茂産はプラスチック瓶詰め。
 ガラス瓶詰めは山田産。
 一瓶200ミリリットル。
 某日の魚菜市場価格2500円。


■どんたた

 ドンコの叩き。
 新鮮なドンコを三枚におろし、肝と生姜・葱を加えて叩く。


■森

 森は樹木がこんもり茂っているところ。
 ○○山ではなく○○森という山が多い。
 宮古とその境界近辺に限っても、
 加呂森・禰々子森・念仏森・大鰐谷森・害鷹森・上松森……
 黒森山も単に黒森だったろう。
 害鷹森はゲエダガ森だろうか。
 ゲエダガは毛虫。


■ママス

 4月24日
 宮古魚菜市場で大物6キロの真鱒1本1万8000円也。
 ひとりの客が買い
 切り身にしてくれというので切ったところ
 30切れになったそうだ。
 一切れ600円也。

 真鱒は標準和名サクラマス。


■桜咲く

 宮古測候所が23日、開花を発表。
 平年より3日、去年より5日遅い。
 ソメイヨシノが標準木。


■臼木山

  カタクリや 閉伊崎の沖 水平線
  カタクリや 閉伊崎はるか水平線
 ○カタクリや 閉伊崎はるか風わたる
  カタクリの沖に閉伊崎 風わたる
  カタクリの恋する海に風わたる

 伝統俳句では片栗は季語ではない。
 片栗の花が春の季語。

 ○片栗の花のふるえや沖の風
  片栗の花おののいて沖の風


■イカナゴ

 イカナゴはコオナゴ、メロウドとも呼ぶ。
 コオナゴは小女子とあてる。
 カナゴの転訛か?
 メロウドは小女子から転じた女郎人か?


■シラス

 シラス、白子。
 カタクチイワシ・マイワシ・イカナゴなどの稚魚。
 宮古あたりには春、
 イカナゴの稚魚が回遊する。
 棒受け網で獲る。
 船に竿灯をつける。
 ハロゲンランプで海面を照らす。
 集まってくるシラスの下に網を敷いて巻き上げる。
 サンマも同じ漁法。
 イカナゴは南から来る。
  山と土と樹を好きな漁師より


■夕焼けとんび

 三橋美智也の歌。
 1958年(昭和33)。

 作詞 矢野 亮
 作曲 吉田矢健治 

 夕焼け空が まっかっか
 とんびがぐるりと 輪をかいた ホーイノホイ
 そこから東京が 見えるかい
 見えたらここまで 降りて来な
 火傷をせぬうち 早ッコヨ ホーイホイ

 上りの汽車が ピーポッポ
 とんびもつられて 笛吹いた ホーイノホイ
 兄ちゃんはどうして いるんだい
 ちょっぴり教えて くんないか
 油揚一丁 進上ヨ ホーイホイ

 一番星が チーカチカ
 とんびはいじ悪 知らぬ顔 ホーイノホイ
 祭りにゃ かならず帰るって
 おいらをだまして 置いてった
 兄ちゃも お前も 馬鹿っちょヨ ホーイホイ


■鳶

 宮古の空のトンビは輪を描くのがうまい。


■雉

 浄土ヶ浜の林のキジはケーンッと鋭く綺麗に鳴く。


■白鳥

 津軽石川にオオハクチョウ2羽が残っている。
 仲間が3月末に北へ飛び立ったあとも
 旅立つ気配をみせないという。


■大鷲

 一羽のオオワシが北へ帰らずにいるという。
 ふつう4月初めごろにはカムチャツカ半島方面へ旅立つ。


■梅の開花

 宮古の平年は4月5日。
 1953年に鍬ヶ崎の測候所が観測を始めて以降、
 最も遅かったのは1984年の5月4日。
 2006年は、それについで遅く4月18日。


■食用菊

 東北地方を中心に古くから栽培されてきた。
 山形のモッテノホカ=モッテキクが有名。
 ふつうの小菊や大輪菊の花弁も食べられる。
 花弁をほぐして熱湯をくぐらせる。
 酢の物、おひたし、吸い物、海苔巻き、天ぷら、バラ寿司。
 菊茶や菊酒もある。
 岩手は小菊王国で、小菊は山菊とも呼ばれる。


■こっきみ

 黍(きび)、稲黍(いなきび)。
 コッキミを漢字で書くと
 唐黍に対する国黍だろうか?


■ギョウジャニンニク

 宮古で採れる。

 行者葫・行者大蒜。
 ユリ科の多年草。
 山菜。
 山中で荒行中の行者が体力維持のために食べていたという。

 行者を業者から買った。
 一鉢250円。
 土に植え替えた。
 【育て方】
 半日陰くらいのところに植える。
 水切れを嫌う。
 株分けが簡単。
 一株でもちゃんと増える。
 すべて刈りとらず葉を剥くように採る。


■給食

 チョコバターは「ココール」
 リス印(旭電化工業)マーガリン
 マーガリンやジャムはカネカ(鐘淵化学)で、
 鼻輪っかした土人マーク
 コーヒーミルクはミリオンコーヒーという粉末コーヒー
 ……う〜ん思い出せない。
 ビニールパック入りイチゴジャムは「すずらんジャム」
 これは思い出せた。


■カラスのカン公

 菅公学生服というのがあった。
 ブリキか琺瑯の菱型をした看板を宮古町で見かけた。
 菅公が菅原道真だとは知らなくて、
 真っ黒い学生服だからカラスのカン公かと思っていた。


■カラスの巣

 旧八幡通りの旧八分団の
 火の見櫓のてっぺんの
 半鐘 円(まる)屋根 針金の
 巣づくりしたのはカラスです
 八幡山から引っ越して
 町のカラスになったのに
 見上げてみてもいつも留守
 カラスのカン公
 モダンな住まい
 かあかあカラス
 からからカラ巣


■コーロコロ

  みずき団子差ぁせ
  正月が来たが
  あしたは団子餅
  からすも喜ぶ
  コーロ コロコロ
  かぁらすからす
  小豆餅けっけぇ
  飛んでこう
  飛んでこう

 コーロコロコロはからすの擬声。
 かぁ・けっけぇ・こうも擬声に聞こえるなぁ。


■おまじない

 いんぼうとーれ からぐまんぜい
 ハッタギ跳ねれば カラスが喜ぶ
 いでぇどごいでぇどご 向げぇ山さ飛んでげー

             「いわての文化情報大事典」
              生活文化>いわての方言>わらべ歌
              痛いとこ飛んでけ(宮古編)を参照


■油せんべい

 けむぼーさんの子息Bさんいわく――
 魚菜市場では油せんべいは売っておらず、
 製造元の中村屋せんべい店に行ったところ、
 現在は製造していないとのこと。
 痛みやすいからだそうです。


■春語

 春歌というのがあるなら春語というのがあっていい。
 中学一年のときニヤニヤしながら叫んでいる級友がいた。
 「日本・アメリカ・ギリシャ・イタリア!」


■替え歌

 ♪出〜た〜出〜た〜海賊船
  な〜がいな〜がい槍もって
  おなごのけっつをぶっさした

 中学になって小学とは違う学区から来た級友が歌っていた。
 全国的に歌われた替え歌だったのだろうか。


■けつぽら

 ケツの穴、肛門のこと。


■水羊羹

 駄菓子。
 透明なゴムに入った水羊羹。
 ゴムを噛み切る。
 くるりとめくれ、ぷるんと中身が出てくる。


■あんこ玉

 餡玉、餡こ玉。
 大玉と小玉があった。
 大玉は小玉3個分くらい。
 水溶き砂糖が塗ってあった。


■たぐり飴

 手繰り飴。水飴。
 米飴、凝煎(ぎょうせん)飴とも呼ぶらしい。
 短い割り箸に絡ませて
 捏ねていると白くなる。
 紙芝居屋さんが売っていた。
 まぁるい煎餅がついていた。


■紙芝居

 町内に回ってきた紙芝居を見た。
 自転車でやってきた。
 拍子木を打って子どもを集めた。
 たぐり飴を買って紙芝居を見た。
 でも、あまりたくさん見たという記憶はない。
 内容も覚えていない。
 やはり黄金バットだったのだろうか。


■赤前

 赤前は赤前浜の略。
 おそらく赤い前浜という意味だろう。
 あの浜の砂は赤く見える。


■幻の味

 油せんべい
 豆柿
 黄金サンマ
 ついでに烏賊徳利……


■養殖筏

 山田町名物、
 カキ(牡蠣)やホタテ(帆立)の養殖イカダは、
 杉の丸太を井桁に組み、
 釘で打ちつけ、
 発泡スチロールを浮きにする。
 12×4メートル。
 大きさには制限がある。
 イカダ作りは、
 カキ漁を終え、
 一息つく4月頃の風物詩。


■漁業生産額

 2004年(平成16)の
 岩手県における海面漁業・養殖業生産額は407億円。
 東北農政局盛岡統計・情報センター
 2005年(平成17)12月15日発表


■桜の開花予想 3

 4月20日
 また一日延びた。
 宮古測候所、平年と同じで去年と比べると2日遅い。


■ツブ

 むかし宮古で
 ツブと呼んで食べていた貝の標準和名は
 クボガイというらしい。
 腹足綱前鰓亜綱古腹足目ニシキウズガイ科クボガイ。
 毛ツブやマツブというのは違う種類のようだ。
 微小貝データベース


■ダイヤモンド・ゲーム

 ふたつに折り畳まれた盤を開くと六角の星型に6つの陣地。
 プラスチック製の駒が緑・黄・赤の3色。
 王様の頭は白く塗られている。
 駒を一つずつ動かし、
 早く向かい側にある自分の陣地に駒を移し終わったほうが勝ち。
 そんなゲーム盤が、うちにあった。


■桜の開花予想 2

 4月19日
 第2回の予想で1日遅くなった。


■たこ団子

 イカ(烏賊)団子はうまい。
 蛸をミンチにしたタコ(蛸)団子はどうだろう。


■親不孝通り

 shiratoriさん談――
 親不孝通りは幾久屋町、
 みかわ屋さんの通りです。
 それはもう賑やかでした。
 キャバレーみすずは入口にショーの写真が貼ってあり、
 露出度が高い写真のときはドキドキしたものでした。
 三味線や太鼓の音が響き、
 カーテンの隙間から外を覗いて
 オトナの世界を垣間見たものです。


■弁天鼻

 shiratoriさんによると――
 異人館の建つ崎は弁天鼻、宮古寄りの崎は牛鼻。
 弁天鼻には古い弁天さまのお社がある。


■てんよ 2

 HALさんのお祖母ちゃんが使っていたという。


■てんよ

 トコロテンをテンヨと呼んでいた、かすかな記憶がある。


■マツモ 2

 採取→根切り→異物除去→洗浄(3回)→型枠で打つ
 →乾し(天気によって最低2日以上)→異物除去→焼き(焙る)
 →真空袋入れ→冷凍保存
 山と土と樹を好きな漁師というブログに
 マツモを型枠で打っている写真が出ている。
 下のマツモの記述もこのブログを参照した。


■マツモ

 磯で採り、根切りをし、天日干しし、焼き、冷凍保存。
 手間ひまかかる。
 そのわりに、お金にならない。
 うまいから漁師も売る気にならない。


■つみれ

 摘ミ入レの縮約。
 魚肉のミンチを卵や小麦粉をつなぎにしてこね、
 少しずつ摘みとり、
 汁に入れて煮る。
 サンマのツミレが懐かしい。


■ひっつみ粉

 1kg 税込価格368円
 すいとんの専用粉です。
 岩手では「ひっつみ」または「とってなげ」と呼ばれています。
 南部小麦粉の風味とモチモチとした食感をお楽しみください。
  東日本産業株式会社
  岩手県紫波郡紫波町犬渕字谷地田116-7 019-676-4141


■ヒガンニシ

 彼岸西風
 春の彼岸のころに吹き荒れる西風。


■イサダ漁 2

 田野畑の山と土と樹を好きな漁師というブログにも、
 三陸のイサダ漁の記事があった。
 以下、記事の概要。
 ――イサダ漁解禁 3月2日
 三陸の海に春を告げるイサダはオキアミの一種。
 栄養分を含んだ親潮に乗ってくる。
 この時期に岩手と宮城でやっている漁。
 船は9トンから19トンまで、沿岸漁業としては大きめの船。
 4人くらい組まないとできません。
 けっこう体にはきつい漁で僕は好きではありません。
 1日の1艘当たりの水揚げ制限は7トンぐらいまで。
 ソナーと漁探で探し、巻き網でとります。
 今年は水温が極端に低くてイサダもなかなか見つからず、満船にできませんでした。
 ずっと安値が続いて、今年もうまくいってギリギリ採算ライン。
 許可を持っていても、やらない船が多い。
 燃油高もあって採算に合うか疑問です。


■イサダ漁 1

 ――イサダ漁は漁船漁業のなかで重労働の部類。
 それでも近年は安値安定で漁獲制限が厳しいため比較的楽。
 今は1隻250籠、1籠30kg。
 400籠制限の時代には出る小便も血の色に近かった。
 フィッシュポンプもつけていなかった。
 10年も前の話で、それを今やれと言われてもできない。
 辺境漁師のLOGBOOK 2006.3.15「イサダ」から概要を引用。


■桜の開花予想 1

 4月18日
 今年(2006年)は平年より2日早い。
 標準木は宮古測候所のソメイヨシノ。


■さよなら本田竹広 追悼フィルム・CDコンサート

 フィルム「さらば酒の日々、本田竹広の挑戦」テレビ岩手制作
 CD「MY PIANO MY LIFE 05 紀尾井ホール・ピアノリサイタル」
 日 時 2006年3月22日(水)
 会 場 宮古市民文化会館
 開 演 午後6時30分
 入場料 1000円(中学生以下無料)
 主 催 宮古市芸術文化協会


■海藻の口開け
 
 青年漁師さんの「海日記」に、
 今年2006年の海藻類の口開け記事が出ていた。
 ▽対象となる海藻
 イワノリ・マツモ・ヒジキ・クボガイ(ツブ)・フノリ・
 ツノマタ・テングサ・チガイソ(スッケーコ)・スジメ(ゾーガ)
 ▽期間
 3月16日から6月30日まで
 クボガイ(ツブ)は5月31日まで
 ▽時間
 初日は出漁が午前7時、操業が午前8時から日の入りまで
 2日め以降は操業が日の出から日の入りまで
 テングサは日の出から正午まで
 ▽漁具
 小刀・鏡(箱眼鏡)・タモ・突金(テングサ突き)・貝殻・手つみ

 青年漁師の店海日記


■シタミ酒

 岩泉の古老は言う。
 「シタミ酒は、おんめぇ(おいしい)もんでござんす」
 ドングリを麹で醗酵させてつくるらしい。
 http://www.iwate21.net/oryza/oryza62/shinrabansyou.htm


■スタミ

 けむぼーさんの掲示板に、スタミの写真が載った。
 川目商店で、一袋315円。
 “すたみ(どんぐりの実) 岩泉産 きな粉もあります”
 と、売り場の掲示。
 “色は黒〜こげ茶、ボソボソ、無味、無臭。
 砂糖・きな粉をまぶして食べました。
 けっこういけます、この食感!”
 と、けむぼーさん。

 けむぼー温泉けむぼーオリジナル掲示板


■シタミ

 団栗のこと。
 シダミ、スタミとも言う。
 語源は下味だという。
 すりつぶしたのがシタミ粉(こ)。
 スダジイ、マテバシイ、ミズナラ、コナラなどのドングリ。
 宮古あたりでは主にミズナラ。
 アク抜きには木灰を使ったが、重曹でもいい。
 シイは生でも食べられるらしい。


■小島康志(こじま・やすし)

 宮古出身の俳優さん、脚本も書く。
 1959年6月1日生まれ。
 文筆家小島俊一さんの御子息。
 http://ace-agent.net/kojima.html


■佐々木新六商店
 
 市内の遠洋漁業の老舗、
 佐々木新六商店が倒産。(2006.3.2)
 1893年(明治26)創業。
 負債総額は18億円だという。
 北洋サケマスがだめで、遠洋マグロ漁もだめか。


■鱒

 マスは脂が多い。
 やすさんいわく――
 おばあやんは言ってました。
 「火が強(つえ)ぇがや。
 マスは馬の鼻いぎでも焼げるぐれぇ焼げやすぅがぁ」って。


■春鱒

  宮古名        標準和名
 ママス(真鱒)    サクラマス
 サクラマス(桜鱒)  カラフトマス
 オオメマス(大目鱒) シロザケ
 スケマス(助鱒)   マスノスケ


■宮古市議会が…

 青森の新聞をネット上で見ていたら
 宮古市の文字が飛び込んできた。
 記事の全文を引用する。

 六ケ所村の核燃再処理工場:アクティブ試験
 岩手・宮古市議会、県に意見書
 ◇慎重な対応求め、あす県に意見書
 岩手県の宮古市議会の三上敏議長らが27日県庁を訪れ、
 再処理工場(六ケ所村)でのアクティブ試験に
 慎重に対応するよう要請する意見書を提出する。
 三村申吾知事あての意見書で、
 議員発議で提案され、
 23日の市議会で賛成多数で議決された。
 意見書では、
 アクティブ試験が始まると三陸の海産物に悪影響がある
 などと指摘した。
 三村知事には
 「事業者の日本原燃と安全協定を結ぶ場合は、
 岩手県民からも意見を聞くこと」
 などを求めている。 
 2006年2月26日付「毎日新聞」青森版 小山由宇記者


■訃報

 「長寿」として先日とりあげた袰屋マツノさんが死去した。
 これもなにかの縁だろう、訃報を引用してご冥福を祈りたい。
 ――109歳で県内2番目の長寿だった
 宮古市茂市5の袰屋(ほろや)マツノさんが19日朝、
 急性肺炎のため
 入所している近くの特別養護老人ホームで死去した。
 1日の誕生祝い後、体調を崩した。
 二男の吉郎さん(78)ら家族に見取られ、
 息を引き取った。
 「長い間、世話になりました。お別れします」
 が最期の言葉だったという。
 2006年2月21日付「毎日新聞」岩手版 鬼山親芳記者


■鮭の白子

 から揚げ粉をまぶして揚げたり焼いたりすると
 柔らかく癖がなく甘くてうまい。


■盆景踏切

 宮古で起きた踏切事故のニュースがあった。
 八木沢の踏切で乗用車と列車が衝突し、
 車のドライバーが死亡。
 警報機も遮断機もない第4種踏切で、
 名称は盆景(ぼんけい)踏切というらしい。
 不思議な名前だ。


■宮古さん

 3月6日に久慈市と山形村が合併する。(2006年)
 その後の市長選に
 宮古邦彦さんという人が立候補。
 久慈市生まれの66歳。


■残間さん

 いま住んでいる近所にはけっこう変わった苗字の家がある。
 箱さん、鶴さん、御古(おこ)さんなどなど。
 宮古の知り合いの苗字でいちばん印象に残っているのは
 残間さん。
 ザンマと読む。
 どんな由来があるのだろう。


■袰岩

 袰岩(ほろいわ)という同級生が中学にいた。
 袰はいちばん難しい漢字だと思った。


■長寿

 茂市の袰屋(ほろや)マツノさん109歳。
 岩手県内で北上市の菊池ヨシさん109歳、
 3月28日で110歳に次ぐ高齢者だという。
 明治30年(1897年)2月1日生まれ。
 7男3女を育て、夫の喜太郎さんは33年前に他界。


■鏡開き

 鏡餅を食べる鏡開き――
 全国的には正月の11日にやるところが多いようだ。
 宮古では7日という説もあるようだが、どうなのだろう?


2006年 ↑


■クラコウ

 いまサラミと呼んでいるドライ・ソーセージ――
 宮古ではクラコウと呼んでいた。
 うちだけだったのだろうか?


■オランダ島

 山田の町へ
 関口の在から市日ごとに出てきて
 買い物をしてゆく男があった。
 顔じゅうに濃い髭をたくわえ、
 目の色が変わっていた。
 あれは人間ではないだろうというので
 町の人は殺して山田湾に浮かぶ大島に埋めた。
 その祟りか、
 その年からたいへんな不漁がつづいたという。

 大島は外国船が流れ着いてオランダ島とも呼ばれる。
 埋められた男というのも、
 漂着した外国人などであったかもしれない。


■うるしまんばい

 朝日とろとろ 夕日輝く曽根の松
 うるしまんばい 黄金おくおく
 ――正清という武士が、
 こんな謎の言葉を残して財宝を隠した
 という話が真崎に伝わると前に書いた。
 似たような言葉とともに
 埋蔵金伝説が平泉や秋田など各地にあるそうだ。
 “うるしまんばい”は“漆万杯”。
 漆は宝物の象徴だった。
 “おくおく”は“億々”とか“億置く”と書くらしい。


■念仏の口止め

 12月16日。
 正月の神さま(年神さま)は念仏が嫌いなので、
 翌日から1月16日の“念仏の口明け”まで
 念仏を唱えないというならわしがあるそうだ。


■初雪

 11月30日、宮古で初雪。
 平年より14日遅く、昨年より15日早い。
 最低気温は1・6度、平年より2度ほど高い。(2005年)


■潮吹グランドホテル

 あの廃墟は、いつまであのままなのだろう。


■三王閣

 解体費用の見積もりは約1億6000万円。
 コンクリート片の運搬費が、かなりかかるらしい。
 コンクリートを細かく砕いて跡地に埋め、
 土をかけて緑地帯にすると、
 運搬費がかからず1億円程度に抑えられる。
 が、国立公園内に埋設するのを環境省は認めていない。


■岩泉の埋蔵金

 1963年(昭和38)のこと、
 岩泉で一分金3890枚もの埋蔵金が発見されたという。


■真崎の埋蔵金伝説2

 真崎半島の突端、
 灯台から降りたあたりに、
 正清が住んでいたと思わせるような
 奥行きの浅い洞窟があるという。


■真崎の埋蔵金伝説

 朝日とろとろ
 夕日輝く曽根の松
 うるしまんばい
 黄金おくおく
 ――真崎の正清という武士が、
 こんな謎の言葉を残して財宝を隠したという話がある。


■八皿

 八皿(やさら)という風習?が田老にあるらしい。
 ヤワタノオロチ伝説から生まれたともされるらしい。
 正体は不明。


■ころ柿

 転柿。
 枯露柿とも書く。
 渋柿の皮を剥いて縄に吊るし、寒風のなかで天日に干す。
 さらに莚(むしろ)に転がして乾燥すると白い粉をふく。


■チョウロギ

 丁呂木、長老喜、千代呂木などと当て字する。
 塩漬けして梅酢や紫蘇酢で赤い色をつける。
 サクサクした食感。
 茹でると百合根に似た感じになる。


■毛ガニの茹で方

 汚れを洗い落として脚を胴に輪ゴムで固定。
 鍋に海水程度の塩水をたっぷり入れ、煮立ったら入れる。
 体が赤くなるまで20分ほど茹で、水気を切る。


■毛ガニ

 高タンパク・低脂肪でカルシウムも豊富。
 ミソは肝臓。
 持ち比べて重いのがいい。
 甲羅の表面に粘りがあったり、
 冷凍でアンモニア臭のあるのは避ける。


■津波

 注意報は50センチ程度まで、
 警報は1メートル以上の津波を想定して気象庁では出すらしい。


■雪の魚

 雪の降る夜は小鍋立て 鱈をさかなに燗に酔う


■湯豆腐の魚

 鱈といえば湯豆腐。
 鱈チリという呼び方は上京して知った。


■真鱈 3

 宮古の鱈(タラ)が評判だそうだ。
 寒鱈で知られる北陸でも“宮古の鱈”は一目置かれるという。
 刺身がうまい。
 鱈子(タラコ)、白子(シラコ)もうまい。


■真鱈 2

 宮古では年中、真鱈(マタラ、マダラ)がとれる。
 身を味わうには、秋が一番。
 卵や白子が大きくなる冬ではなく。


■真鱈

 むかし宮古で
 真鱈(マタラ、マダラ)という呼び方を聞いたおぼえがない。
 ただのタラだった。


■助宗

 むかし宮古でスケトウダラという呼び方を聞いたおぼえがない。
 スケソウと呼んでいた。


■米協前

 いまの栄町のバス停は、むかし宮古米協前といった。
 米協というのは、岩手県米連宮古米雑穀協同組合の略、らしい。


■鮹ノ浜

 蛸ノ浜は鮹ノ浜と書くのが本当だそうだ。


■鮹

 虫偏の蛸はなんだか変だ。
 魚じゃないけど魚偏のほうがいい。


■石だこ・水だこ

 宮古で言う石ダコとは水ダコのことらしい。
 宮古で言う水ダコとは柳ダコのことらしい。


■たこ

 赤ちゃんが生まれて100日めや120日めのお食い初めに、
 茹で蛸をぶつ切りにして赤ちゃんにさずらせることもある。
 歯が丈夫になるように、食べ物に困りませんように、
 という親の願いがこめられている。


■あわび

 アワビを食べさせると歯が丈夫になる――
 というので、
 赤ちゃんのお食い初めに、
 蒸したアワビをしゃぶらせる風習が宮古にある。


■一生餅

 満1歳になると、
 伸(の)した一升餅を風呂敷に包み、
 背負わせて歩かせる風習が宮古にある。
 一生、物に困らない物持ちになるようにとか、
 足腰の強い丈夫な子に育つようにという
 親の願いがこめられている。


■あなご

 アナゴを宮古ではハモと呼ぶ。
 新鮮なアナゴを塩焼きにするとうまい。
 もちろん七輪で炭火焼き。


■とど

 とどヶ崎の“とど”という漢字がパソコンで出ない。
 魚篇に毛、魚毛と書く。
 トトは魚だけど、トドになると毛が生えるんですねぇ。


■とどヶ崎灯台

 本州最東端で東経142度。
 1902年(明治35)に点灯。
 太平洋戦争末期に艦砲射撃で被災。
 1950年(昭和25)再建。
 高さ34メートルは東北6県の灯台で一番。
 直径1.6メートルのライトは38キロ先の沖まで光が届く。


■誤植

 「喜びも悲しみも幾年月」は誤記・誤植


■「喜びも悲しみも幾歳月」

 木下恵介監督の映画。
 各地の灯台に勤務し、
 とどヶ崎灯台で戦前と戦後の2回19年間を過ごした
 灯台守の奥さんの手記がもとになっている。

 灯台守の妻 田中きよ(〜1999.5.10)
 手記 「海を守る夫とともに二十年」
     雑誌「婦人倶楽部」1956年8月号に寄稿
 脚本  手記をもとに木下恵介が書いた


■思案坂

 田野畑村の思案坂。
 宮古に郡役所があった明治から大正時代、
 田野畑に出かけた役人が行こうか戻ろうかと思案したことが
 名称の由来だそうだ。


■電話は1番

 宮古・鍬ヶ崎に電話が開設されたのは1916年(大正5)。
 電話番号1番は鍬ヶ崎の道又医院だったという。

 ちなみに2番は文明堂……
 ♪カステラ一番、電話は2番、3時のおやつは文明堂〜

 うちの番号は908番だったか?


■こち亀

 こち亀は秋本治「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の愛称。
 第8巻「冬の旅の巻」に宮古が出てくるらしい。
 加藤松吉という日出島出身の人物が登場し、
 両さんたちが宮古までやってくるそうだ。
 ちなみに、
 「こち亀」集英社ジャンプコミックス版は
 全146巻のギネスブックもの。


■どん亀

 どん亀は小沢さとる「サブマリン707」の愛称。
 宮古にいたとき夢中で読んでた。


■海亀

 ウミガメは三陸沿岸には黒潮にのってやってくるらしい。
 古くから大漁を呼びこむ縁起ものとされ、
 網にかかると御神酒を飲ませて?海に帰す習わしがあるという。


■えんずう

 エンズウという宮古弁がある。
 なんだか変だ、しっくりしない、違和感がある、という感じ。
 しかしこのエンズウを別な言葉に置き換えようとすると、
 なんだかえんずうがねぇ。


■根城(ねじょう)

 桃の産地。


■根市(ねいち)

 根市から迎えがきた――
 言葉の遊びで、眠くなってきたということを
 「ねえづがらむげえがきた」
 と言った。
 フトンに入ることは「ねえづさいぐ」。
 根市のかわりに根城(ねじょう)とも言った。


■根昆布

 千徳の「丸友しまか」という会社が、
 根昆布でジャムをつくって売り出した。
 すりつぶした新鮮な根昆布に醤油をたらし、
 アツアツのご飯にかけてもうまいだろうな。


■昆布の天日干し

 ことしは10月6日にコンブ漁が口開け。(2005年)
 浄土ヶ浜では白い石浜に一本一本並べて敷き、天日干しをする。
 11月上旬までつづく秋の風物詩。

 うるはしの海のビロード昆布らは寂光のはまに敷かれひかりぬ
                         宮沢賢治


■はざ

 刈りとった稲を自然乾燥させる木組みをハザと呼ぶ。
 調べてみると標準語で、ハサとも、ハセ、ハゼとも呼ぶらしい。
 漢字をあてれば架、稲架。

 ひろびろと はさの日なたの日のにほひ   長谷川素逝


■ぼり

 ボリとかボリボリとか呼ばれるのはナラタケ(楢茸)。
 食用。
 ナラタケモドキというのもあるらしい。
 食用。
 ただし消化が悪いので食べすぎには要注意とか。
 ボリメキというのは、ナラタケモドキのことだろうか?


■としる

 トシル、トスルはアワビ(鮑)の肝。
 アワビはコンブやワカメなどの海藻を食べ、肝へ貯める。
 オスかメスかは、このトシルの色でわかるという。
 オスは茶、メスは緑で、味には関係ないらしい。


■としろ

 トスル、トシルのことを山田ではトシロと言う。


■防浪堤

 防潮堤・防波堤のことを田老では防浪堤と呼ぶ。


■コッペパン

 宮小の給食のコッペパンは日進堂製だったか。

 ちなみに、
 コッペは山型という意味のドイツ語 Koppe に由来するらしい。


■給食カレー

 給食のカレーってうまかったなぁ。
 いま思うとひどいカレーだったけど。

 給食のパンってまずかったなぁ。
 それでも余ると貰って帰ったなぁ。


■ご飯かナンか 小咄6

 トッツァマが宮古町のハイカラなカレー屋さ入ったぁど。
 そしたら何回も訊かれたぁど。
 「ご飯にしますか、ナンにしますか」
 んだっけトッツァマ怒ったぁど。
 「何にするって、カレーに決まってっぺぇ!」


■サンマなんか

 秋刀魚船団で鍬ヶ崎が賑わったころ――
 秋刀魚なんか買うものではなかった、貰うものだった、らしい。
 うちでは買ってたなぁ。
 5匹100円、馬穴1杯500円?


■サンマ南下

 秋刀魚の群れが道東沖から三陸沖に南下してくる。
 ことし(2005年)は10月下旬らしい。


■青猿山

 田老の乙部(おとべ)に青猿山っつう山があっと。
 平安のむがすから青猿山には出羽神社があって、
 みんなに祭られできたんだぁど。
 安政の大津波のどぎには、
 大波が越せねぇぐれえ青猿山が高くおがって、
 助がった人が多がったぁど。


■ヤマボウシ

 5月末から6月ころ白い花びらのような葉(苞)をつける。
 10月に丸い実が赤く色づく。
 実の大きさは25ミリほど。
 イチゴに似て、食感はアケビやイチジクのよう。
 ミズキ科の落葉高木。
 山法師。


■なんの黒森、鍬ヶ崎

 沖を通れば黒森さまよ 寄せりゃなんの黒森、鍬ヶ崎

 黒森さんは宮古さ入る船の目印山だったぁど。
 とごろがす、港さ入った船の人だぢぁ、
 黒森参りはそっつさのげで、
 鍬ヶ崎のオシャラグを拝みさ行ったもんだぁど。


■七夕祭の万灯(まんどう)の唄

 七夕祭りァ祭りァよ よんよん よんやしぇ
 七夕祭りァ祭りァよ 今年ゃ豊年万作で
 枡で計らねで箕(み)で計った トコシェ
 池の鯉 鮒 めめずで釣れる トコシェ

 宮古 宮古と皆さんが通る
 宮古別れは鍬ヶ崎 トコシェ
 愛宕山から鬼尻(おにけっつ)出はって
 鉈で切るような屁をたれだ トコシェ

 白い羽織にスラミたげで
 八幡町(はぢまんちょ)歩ぎもよぐ出来だ トコシェ
 坊主の髪結 これもない
 オガワの引出し これもない トコシェ
 一本股引ぎ これもない トコシェ

 愛宕山から馬町(うままぢ)見れば
 馬のションベで土(つづ)掘れだ トコシェ
 若衆頼みましょう まわりがね まわりましょ
 そろり そろりと帰りましょう

 これは七夕祭の万灯のときに、うたって歩いた唄です。
 万灯には大中小があり、
 大は四人ぐらいでかついで、
 または車に積んで、
 中小は一人で持って太鼓を叩いて門付けをして
 回って歩いたものでがんす。

             「いわての文化情報大事典」

 オガワはオマルのこと?


■なあど?

 かばすぐねぇ。


■煮干し

 おつゆのダシは煮干しでとった。
 「腹へった」というときも煮干しをかじった。
 ダイドコのカンカンに入っていた。


■おつゆ

 宮古方言ではないけれど、
 味噌汁のことをうちではオツユ、オツユと言っていた。
 豆腐とワカメのオツユが多かったなぁ。


■松茸盗難

 岩泉の有芸というところにある私有林から
 松茸24本、1.7sを盗んだ男女3人が捕まった。
 岩泉産の松茸は1s2万円前後で取引されているらしい。


■今年はマツタケ豊作で

 マツタケ待ツダケ 当テハナシ


■今年はユワスが大漁で

 「こどすはユワスが大漁で ヨゴダ持ってお出んせど」
 これは小正月の祝いコトバ
 ――小島俊一「陸中海岸風土記」より


■小咄5

 ある晩げぇにヨダが来たぁど。
 「ヨダが来たー、山さ逃げろー」
 って外で呼ばったぁど。
 ユワス稼ぎのオドゴは寝ぼげで、
 「ヨゴダ持ってこー、ユワスが大漁だー」
 ど聞いだぁど。
 ヨゴダ担(たん)ねぇで須賀さ行ったっけぇば、
 ヨゴダごどヨダにさらわれだぁど。
 ――ヨダは津波、ヨゴダは竹籠、ユワスは鰯


■小咄4

 東京がら嫁っこが来たぁど。
 嫁っこだの犬っこだのベゴっこだの、
 「なんでもコをつけるんですね」
 って笑ったぁど。
 それで魚屋さ行ったぁどぎ言ったぁど。
 「このドン、下さい」


■小咄3

 むがし宮古町だが鍬ヶ崎だがに、
 小本助兵衛っつう代官だがなんだががいだぁど。
 ――それだげの話っこす。


■小咄2

 宮古さ観光で来て、なんだが困ってだ人さ喋(さべ)ったら怒(おご)られだぁど。
 「ねえさん、助(す)けべぇか?」


■小咄1

 坊(ぼ)さまが杖ついで来たぁど。
 魚屋が大声で呼ばったぁど。
 「真鰈ー、マガレー」
 坊さまは魂消で曲がったぁど。
 そしたらセギさ落ったぁど。


■セギ

 むかしは蓋をしていないドブが多かった。
 セキ(堰)とかセギと呼んだ。
 きれいな水が流れているセギもあり、
 澱んで腐ったようなセギもあった。
 蓋がしていないから、
 しようと思えば掃除は簡単だった。
 いまは隈なく蓋をされている。
 蓋のなかをかえって汚く想像してしまう。


■メメズ

 糸メメズとかドバメメズとかがセギ(ドブ)にいた。
 メメズはミミズの方言と辞書などにはある。
 しかしメメズのほうが本名のような気がする。
 きっと目見エズから来たにちがいない。


■ウナギ釣り

 閉伊川の河口の岸壁で鰻釣りをした。
 餌はそのへんのセギ(ドブ)から調達したメメズ。
 腹這いになって、
 竹の先に太い針金をつけたL字型の竿を
 水面下の穴にゆっくり差し込む。
 鰻がばくっと食いついたら、
 すかさず引き上げる。
 ちょっと遅れると穴のなかで鰻がたぐまって取れない。


■ハゼ

 閉伊川河口、
 市役所近くの岸壁で、
 盛んにハゼが釣れているという。
 体長は8センチ前後。
 餌はイソメ。(2005.9.22)


■南部牛追唄

 岩泉町は南部牛追唄の発祥の地ともいわれるらしい。
 藩政時代、
 沿岸から塩や海産物を赤べこに載せて盛岡へ運ぶ道中、
 牛方たちが唄いついできたのが牛追唄。
 ♪田舎なれどもサーハーエ
  南部の国はヨー
  西も東もサーハーエ
  金の山コラサンサエー


■鮭

 サケを東京ではシャケと言う。
 「なに訛ってんだべ?」
 と思った。
 最近、北海道の人もシャケと言うことが多いのに気づいた。
 宮古ではサゲと濁る人が多い。


■ヘラ

 飯を盛るときに使うシャモジを宮古ではヘラ(箆)と呼ぶ。
 これが、よその土地へ行くとふしぎに通じない。
 ヘラという言葉は日本のどこにもあるが、
 飯を盛るときに使う用具の意味で言うのは
 宮古あたりの独特の用法なのかもしれない。


■ホマチ

 ホマチという言葉を宮古弁と思いこんでいる人がいるらしい。
 むかし出帆を待つあいだに
 船員が陸(おか)で稼いで得た臨時収入を意味した“帆待ち”、
 単に臨時収入を意味するようになり、
 どこへ行っても通用する。
 つまり標準語。
 宮古の人が発音するとホマヅになるが……


■コーセー堂

 むかし新町通りと中央通りの交わる角に
 コーセー堂という洋菓子屋があった。
 漢字で書いたはずだが、
 音しか覚えていない。


■オオタ・レストラン

 オオタおもちゃ屋の斜め向かいの角に
 オオタというレストランがあった。
 このオオタも太田だったか大田だったか思い出せない。


■太田おもちゃ屋

 末広町生まれのうちの母と伯母に聞きました。
 「オオタおもちゃやのオオタは、ふってーほーだがねー?」
 「だいでなくて、ふってーほーだがぁえー」
      ――けむぼーさんのHPけむぼー温泉の掲示板より


■オオタおもちゃ屋

 オオタおもちゃ屋というのが末広町にあった。
 いまの小成園のところだ。
 このオオタが太田だったか大田だったか思い出せない。


■松茸の初物

 9月12日、
 松茸の初物を豊間根の業者が
 東京・大田市場に出荷したという。
 特上の進物用で1.6キロ、
 値段は8万円だと……


■秋鮭

 旧のお盆過ぎには鮭の溯上が始まる。
 定置網にも鮭がかかる。
 いわゆる秋鮭だ。
 腹子の初物も出回りはじめる。


■宮古市墓園

 新しい市営墓地ができるそうだ。
 宮古市墓園といい、
 松山の山中に、
 ことし(2005年)10月に開園するらしい。
 番地は大字松山第7地割字大地田沢1番地3号。
 大地田沢というアザは、どう読むのだろう。
 オオチタザワ?


■鼻曲がり

津軽石の鼻曲がりは意地っぱり。
一津軽石、二千徳……

南部鼻曲がり鮭


■サケは赤身魚?

 サケ(鮭)は白身魚に分類される。
 赤身か白身かは
 100gあたりのヘモグロビンとミオグロビンの含有量で決まる
 という。
 サケの身は、
 餌のカニやエビなどに含まれるアスタキサンチンという色素が
 筋肉に蓄積されて赤く見える。
 この色素は熱に強く、
 熱を加えても赤い。
 抗酸化作用があり、
 血管や細胞の老化を防ぐ効果があるらしい。


■こんぶ

うるはしの海のビロード昆布らは寂光のはまに敷かれひかりぬ

 宮沢賢治の歌。
 1917年(大正6)7月26日、
 浄土ヶ浜を訪れて詠んだという。
 昆布は寒海性で東北以北に産する。


■わかめ

みちのくの淋代(さびしろ)の浜若布寄す

 山口青邨の句。
 淋代は八戸の北にある。
 “私は淋代には行った事がないが、
 名前の哀れさが私にまざまざと想い描かせた。
 流れよる若布を拾って生活の資とする、
 北辺寒村を憧れる私の想像である。
 ……のちに八戸に行った時、
 淋代は若布が採れますかと訊いたら、
 八戸には採れるが淋代はわからないと答えた。
 私の外遊中ホトトギス社宛に
 淋代は若布は採れまいと文句をつけてきた人があって、
 虚子先生が私のために何か弁じて下さったそうである。”


■カキの生食用と加熱調理用の違い
 
 生食用のカキ(牡蠣)は、
 紫外線で殺菌した滅菌海水に15時間から20時間浸す。
 入念に滅菌処理すると旨味成分が減少するので、
 加熱調理に使うのは勧められない、という。
 加熱調理用は、滅菌処理をしない。
 食べるときは塩でよくもみ、
 水でしっかり2度洗いし、
 75度以上で1分以上加熱する。
 生食用よりコクも旨味もある、といわれる。


■閉伊頼基

 佐々木頼基という武人が
 中世期の1190年ごろに関東から船で、
 いまの宮城県唐桑町の尾崎にきた。
 さらに釜石の尾崎や山田をへて、
 黒田の庄とか閉伊村とよばれていた宮古にやってきた。
 閉伊地方一帯を支配下に置いたので
 閉伊頼基を名のった。


■尾崎さま

 閉伊崎にある黒崎神社を尾崎さまと呼ぶのは、
 釜石の尾崎神社と関係があるのかもしれない。
 釜石の尾崎神社は尾崎さまと愛称される海の神さまで、
 祭神は日本武尊と綿津見神と佐々木頼基。
 宮古の黒崎神社も佐々木頼基を祀っている。


■やませ

 ヤマセは山背とも、
 東風とも書くらしい。
 函館に山背泊という地名があったという。
 奥尻島には東風泊という海岸がある。


■するめ

 スルメイカ(鯣烏賊)は烏賊の一種の正式名称で
 スルメと略称される。
 種類がなんであれ
 干物になった烏賊もスルメと呼ばれる。


■スロッコ

 白子のこと
 シロッコとも発音する


■イカの白子の塩辛

 スルメの白子だけをとって集め、
 塩をまぶして冷蔵庫へ。
 3日くらいでうまくなる。
 数が集まらないのが難点。


■きりこみ

 イカ(烏賊)の塩辛をキリコミ、キリゴミと呼ぶ。
 漢字で切り込み。

 イカの多くは干しスルメにする。
 天日干ししていて雨にあたると身が赤くなって売れない。
 そのイカをキリコミにした。


■放射能

 青森県の六ヶ所村にできる核燃料の再処理施設――
 放射性廃液を沖合3キロ・水深44メートルの放出口から
 太平洋に捨てる。
 青森県の太平洋沿岸からは津軽暖流が南下し、岩手沿岸に及ぶ。


■あなご

 アナゴ(穴子)とハモ(鱧)は違う。
 三陸から北海道にかけてアナゴをハモと呼ぶ地域がある。
 有名な宮城のハモというのはアナゴなのだろうか。
 ハモは南方系の魚のようだ。
 関西、とくに京都が有名で、
 祇園祭はハモ祭りと呼ばれることもある。


■ゆあご

 夕顔のあの大きな実を
 宮古ではユアゴ、ユワゴあるいはイワゴと呼ぶ。


■えらご

 エラゴと濁ったり、
 エラコと澄んだり。
 三省堂の大辞林には“えらこ”で出ている。
 漢字では鰓蚕。


■宮古保育園の熊

 旧山口川沿いにある宮古保育園。
 むかし庭の北東の隅に大きな檻があって熊が飼われていた。
 その熊の檻のまえを通って第二幹線のほうへ路地を抜けた。
 もちろん庭には囲いがなく誰でも入ることができた。


■宮高校歌の作詞者

 ある人から、こういうメールをいただいた。
 ――宮高校歌は嶺博三郎が作詞し、
 駒井雅三が手直ししたものと聞いております。
 それで博三郎は文芸部作詞としたのでしょう。
 ちなみに嶺博三郎は駒井雅三の妹の夫、義弟にあたります。


■コタス先生

 むかし宮古高校にコタス先生という外国人がいた。
 英語だけの授業だった。
 生徒がコタスをコタツと発音したら、ずいぶん怒った。
 もちろん英語で。

 先輩のおこちゃんによると、
 フルネームは
 フレデリック・ジョン・コタス


■音部の小字

 音部(おとべ)は重茂半島にある大字(おおあざ)。
 字(あざ・あざな)=小字(こあざ)は以下のとおり。
第1地割 谷地頭(やちがしら)
第2地割 赤根浜(あかねはま)
第3地割 追磯(おいそ)
第4地割 須賀長根(すかながね)
第5地割 大下(おおした)
第6地割 上田(かみた)
第7地割 坂ノ上(さかのうえ)
第8地割 坂(さか)
第9地割 後釜(うしろかま)
第10地割 沢ノ上(さわのうえ)
第11地割 横道(よこみち)
 住居表示では大字という文字が省略され、
 音部第1地割字谷地頭のようになる。


■宮古のさんま

 北海道沖のさんまは餌をたっぷり食べて脂がきつい。
 焼くにはいいが刺身にはくどい。
 宮古沖まで下ってくると脂ののりがちょうどよくなる。
 焼いても刺身にしてもうまい。


■鍬ヶ崎浜唄

 漁師唄のひとつ。
 出稼ぎに行った宮古の人たちが北海道に伝えて
 松前いやさか節のもとになったとも、
 茶屋節の元唄ともいわれる。

 1.江戸じゃ吉原 南部じゃ宮古よ(ドッコイショ)
    宮古まさりの鍬ヶ崎(ホーサヨイヨイ)
 2.宮古浦には 錨がいらぬよ 三味や太鼓で 船つなぐ
 3.沖にゃちらほら 航海灯りよ あれは宮古の 大漁舟
 4.思いがけない 大大漁だよ 浜は大漁の 旗の波
 5.この家座敷は めでたい座敷よ 鶴と亀とが 舞い遊ぶ


■ずんだ

 ずんだ餅のズンダというのは
 豆打(ずだ)が語源だとか。
 枝豆をスリ鉢でするとき、
 まずスリコ木で打って豆をつぶす。
 これを豆打と言い、
 ズダがなまってズンダになった、らしい。


■三陸沖の黒潮
 
 黒潮の本流から分かれた暖流が三陸沖まで強く張り出している。
 南方系のクラゲやウミガメ、チョウチョウウオなどが
 発見・捕獲されている。
 いままで獲れていた魚は獲れなくなる。
 地球温暖化の影響と専門家はみている。      2005.08.28


■陸中タイムス

 宮古で発行されていた「陸中タイムス」という新聞を、
 ある人が探していた。
 市立図書館のホームページを見たら、ある。
 保存期間は“永年”となっている。
 喜んで出向いたところ、
 司書は「ない」と言う。
 あるにはあったが廃棄処分にしたと。
 郷土の新聞を市立図書館が保存しないで、
 いったいどこが保存するのか――
 その意識の低さに呆れたと言っていた。


■イカの刺身

 宮古ではイカの刺身を酢醤油で食べる人が多いらしい。
 新鮮なイカが手に入ったのでやってみた。
 うまいけれど、どうもトコロテンを連想してしまう。
 やはりショウガかワサビがいい。


■スガリ

 ある宮古人の話によると――
 スガリの正式名称はクロスズメバチ。
 全体が黒色で、
 レモン色のピン・ストライプがある。
 大きさはミツバチくらい。
 ジバチとも呼ばれる。
 雑木林の南面の暖かい地中に穴を掘り
 唾液で木屑を練って巣をつくるからだという。

 個人的な印象ではミツバチより大きい。
 性質は獰猛。
 刺されるとバチッと強い衝撃がある。
 むかし浄土ヶ浜で何度かやられ、
 救護所?のお世話になった。


■塩ウニ

 宮古名産・塩ウニの写真が、
 異人館主人のブログマスター写真館に出ていた。
 1カップ1450円。
 前には重茂産の焼ウニ、山田産の生ウニの画像も出ていた。
 山田産の生ウニ瓶入り1本2200円。
 容量は180ccだろう。
 宮古産にくらべてちょっと高い。
 塩ウニは生ウニをそのまま塩に漬けたもの。
 ほかの原料を混ぜこんだ練りウニとは、まったく別。


■宮古空襲
 
 敗戦まぎわの1945年(昭和20)8月9日と10日、
 宮古市は米軍機などの空襲に見舞われた。
 先日(2005年8月9日)の岩手日報は、
 藤原地区の440戸が焼失、
 高さ160メートルの大煙突がある
 ラサ工業宮古精錬所もやられたと書いている。
 “憲法9条を世界へ未来へ連絡会”宮古支部の調査によれば、
 重茂や臼木山などでは機銃掃射によって7人が死亡したという。
 空襲の証言を集めている近内の伊藤幸男さん(68歳)は
 「7月14日にも小さな空襲があったのを覚えている」という。


■たすきの誤字

 田老町や新里村と合併したあとの
 新しい宮古市の市長を選挙したとき
 ある候補者のたすき(襷)には
 麗々しくこう書かれていた。
 ――宮古市町立候補者


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宮古メモ帳 2005年8月〜 by じん