さんりく岩手
よしずし・苫屋紀行
いままで食べたことのない物や、
想像もしない展開が待っていたのでした。


「私的つぶやき」にて2000年12月より連載したものに、一部加筆し転載しました。






よしずし紀行
 1.驚き、意外体験の始まりは、目からうろこ

 2.車窓から見たリアス式海岸
 
 3.今まで食べたことないものいっぱい食べた!!!

 4.さあ、ここからどんどん予想外の展開に

 5.苫屋での一夜 (1)

 6.苫屋での一夜 (2)

 7.地底湖

 8.いよいよ帰途に


よしずし紀行 その後

 1.バイク日本一周、一人旅の不思議なお兄さんは?

 2.よしずしの その後

 3.最後に振り返って思うに

 4.絶品! 三陸宮古の<生ウニ><焼きウニ>

 5.わたしのページがよしずしへ届く





 よしずし紀行(1)
 
「驚き、意外体験の始まりは、目からうろこ」
 岩手県宮古市においしいお寿司屋さんがあるのである。
 はじめて、よしずしに行ってから、もう、5年くらいの年月が流れていった。



 自分の後輩(四国フィルチェロ奏者 竹○)は某有名自動車メーカーに就職以来、広島に勤務していたのであるが、ある日、突然、岩手県宮古市に転勤を命ぜられた。そして、宮古に行っていきつけになったお寿司やさんが、よしずしなのである。その当時、独身貴族であった彼は、ぜいたくにも、お寿司やさんに行きつけていたのである。


 彼が、宮古市にいるうちに遊びに行きたいと思っていたら、東北方面の出張が入った。そこで、足を伸ばして宮古市に行ったのだ。

 リアス式海岸を見たかったので、不便な経路ではあったが、わざと、海岸沿いの経路で行った。
 

 釜石で、乗り換えのため降りたとき、駅の立ち食いうどん屋でワカメうどんを食べた。そのときのワカメは、自分がそれまで、食べたことのあったものとは全く異なるものであった。

 普段、自分は、ひなびたワカメ(いったん干した?ワカメ)しか、食ってなかったのである。そのワカメは、ぬるぬるしていて、生き生きとしていて、取ってきたばっかりというようなワカメであった。目からうろこのような感じであった。うまかった。
 

 そして、釜石から三陸リアス地帯をずんずん北にのぼり、宮古市に向かったのだった。

(2000.12.7)




 よしずし紀行 (2)
 
「車窓から見たリアス式海岸」

 リアス式海岸を、実際に列車から見た景色とは、どんなものであったか。

 トンネルを抜けたと思ったら、両脇の山に挟まれた狭い海岸・奥まった入江のようなものが見える。そして、また、トンネル。奥まった入り江。とにかく、それが何回も続く。そんな景色を見ながら、ガタンゴトン「さんりく鉄道」に揺られながら、リアス式海岸の地図を想像し、「確かにそうなるよな」と妙に納得してしまった。

 ちょっとした海水浴のできそうな浜辺のようなものも見える。ひなびた民家のようなものも。そんな景色を見つつ、ゆっくり流れる時間に身をまかせ、心を癒す。



 そして、いよいよ、宮古市に着いた。ちょっとひなびた、むかし風の駅であった。

 知らない町ではあったが、地図をたよりに竹○くんの下宿をめざし歩いていたところ、偶然、車に乗った竹○くんが私を発見してくれ、まあなんとか無事に、宿泊先である竹○くんの下宿に行くことが出来たのである。

 そして、その日、連れて行かれたのが、「よしずし」なのである。
 (2000.12.8)





 
よしずし 紀行(3)
 「今まで食べたことないものいっぱい食べた!!!」


 さて、宮古市に行ってから数日間滞在した。
 当初全く予想していなかったのだが、何日も、あらゆる意味で、よし寿司のおやじさんとおかみさん、そして店のかたにお世話になってしまった。

 まず、やはり、いろいろおいしい魚や寿司を食べさせてもらったことであろう。

 そのなかでも変わり種や、その他、特筆物を書いていこう。今まで食ったことのないものを色々食べさせてもらったのだ。

 みなさんは、これから書くもの、すべて食べたことがありますか?




1.サンマのさしみ
 サンマは新鮮でないと、さしみで食べることが出来ないので、本当にこれぞ「産地物」である。でも実は、2年くらいまえから岡山でも食べれるようになったのだが、やはり三陸のほうからの直送品である。ということは、やはり産地で食べる方がうまいに決まってる?、輸送を経てないぶん。

 内臓も食べたりするそうだが、内臓にはアニサキスという寄生虫がいて、これを食べると、キューとむちゃくちゃ腹がいたくなるので、生で食べるときはご注意ください(覚悟ください?)。


2.ひれ酒
 ふぐ(?)の、ひれ酒。いや〜、これは効きました。かなり酔っぱらった。

3.まつたけの載ったにぎり
 まつたけのにぎりといい、ひれ酒といい、ぜいたくの極みですな。ほんとに。

4.日本酒「男山」

 いや〜、うまかった。本当にうまかった。これまでこんなにうまい酒は飲んだこと無いと思った。また飲みたいと思って、岡山の百貨店で探したりするんだが、見つかってない。あんなおいしいのを、どうして置いてないんだろうか不思議だ。探し方が甘い?

5.ほや
 これもうまいでっせ。しかも安く買えるらしい。ただ、新鮮でないとおいしくないらしい。よって、ほやは食べたことがあるけど、まずかったという人がいたら、それは、新鮮でないものを食べた可能性がある。
 大学時代、先輩が「ほや」の発生に関する研究をしていて、彼の論文の別刷りをもらったのを思い出した。


6.うにが、どばどばっと贅沢に載った皿と、うにが入ったおにぎり
 うにの皿、あんなぜいたくな物は、まず普段、たべられるものではない。すごく新鮮であった。あんな新鮮なのは、まず食べられない。
 うにのおにぎりは朝飯で頂いたのだが、いや〜、本当にうまいけど、もったいないおにぎりでした。これは、ホント、もったいなくて、食べるのがおしかった。


 最後に出てきた、あがりもうまかったなああ!! お茶好きの自分は、最後も大満足。

 よし寿司では、なんかいろんなおいしいものを食べさせてもらって、書いていたらきりがない。
 驚きと喜びの連続であった。


 しかし、まだまだ、ここからがどんどん予想外の展開になっていくのであった。

 (2000.12.11)




 よし寿司 紀行(4)
 「さあ、ここからどんどん予想外の展開に」


 急遽、よし寿司でミニコンサートをやることになった。
 チェロを持って行っているわけでもない。さて楽譜もない、という状態で、とにかくチェロは竹○君に借りて弾くということにし、楽譜は、前日の夜、適当に数曲、思い出しながら紙に書き留めておいて、コンサートに臨んだ。


 お寿司屋さんでやるミニコンサートということで、多少、気楽に引き受けてしまったのだが、いざ、当日、奥の間に通されてみると、前日にお寿司を頂いたスペースとは別に立派なものすごく広〜い大座敷があり、ところ狭しとお客さんが座っているではないか。

 しかも、舞台には、飾りまでしてある。


 これは責任重大ということで、冷や汗もんで、「自分は楽譜がないとうまく弾けなくて昨日あわてて準備しました。」、なんて言い訳しつつ竹○君と二人でコンサートをやったわけである。

この後ろにも大勢のお客様がいた。




 終わってみると、宮古市の市長さんまで聴きに来てくださっていたことがわかった。偉そうに、身の程も知らずに、全く恥ずかしい思いをしたものだ。

 でも、そのあと、市長さんと竹○君と三人で記念写真を撮ったのは、僕にとって一生の思い出である。



 よし寿司の方には、本当にいろいろお世話になりいろんな良い思い出を作ることができました。
 
 そして、事態はさらに予想外の展開に!!!

 (2001.12.13)




 よし寿司 紀行(5)
 
「苫屋での一夜 (1)」

 苫屋(とまや)という民宿のような公共の宿での一夜。



 宮古市から車で何時間走っただろうか。ずんずん山の中に入っていき、やっとたどり着いた。山あいのちいさな渓流沿いにある、まさに、自分の大好きな雰囲気である。冬は、雪が積もり、陸の孤島になってしまう、そんなところに苫屋(九戸郡野田村日形井)はあった。


 さて、到着した、その日の昼間は、釣り竿を貸してもらって釣りをした。

 なかなか釣れなくて少しさみしい気分になっていたとき、やっとで小さな鮎のようなのが釣れた。しかしあまりにも小さいので、逃がしてやった。スルスルと泳いでいった。



 夜になると、どこからともなく5〜6人の村人が集まってきた。

 いろりを囲んで、鮎など焼きつつ、ぼつぼつと話をする。なんとなく薄暗〜いなかで。たしか、電気がなく、いろりのあかりだけだったと思う。



 そのうち、自己紹介などすることになった。

 1人は、仕事をやめて椅子や机などを作る職人になって、なんとなくこの土地が気に入って住んでいるという人。

 
 苫屋のご主人は、もともとお父さんが建設会社の社長(だったかな?)だけど、あとをつがずに、いろいろあったあと、ここにたどりついたという人。もともと岡山のひとということで、非常に親近感を覚えた。

 苫屋の奥さんは、世界中を放浪したようなひとで、これまた個性豊かな人。その二人がいっしょになったのもドラマがあったような気がするが忘れてしまった。


 その奥さん以外に1人、女性がいた。その人は学校の先生ということで、その場では、すごく一般人に思え、逆に、その場では異質であった。


 あと、日本中をバイクで旅してまわっているという男の人。歳のころ30前後といったところであった。いったい、このひと仕事は?お金は?どうやって暮らしてるんだろう?って感じである。北海道に向けて旅行中とのことであった。

 
 そのひとたちの話を聞いていると、サラリーマンである自分の人生観が変わるような思いであった。



 途中、「いくらのしょうゆ漬け」を頂いた。これが、またまた、初めて食べる食感。むちゃくちゃ張りがあって、極端な話、固いくらいにプチプチしている。

 うまかった〜!!  あの感触は、忘れようと思っても忘れられない。


 すごく楽しく、変った、なんだか不思議な雰囲気の、もう2度と体験することのないような宴会であった。それをうまく表現できなくて、もどかしい。

(2000.12.14)




 よし寿司 紀行(6)
 
「苫屋での一夜 (2)」

 その日、タダで泊めてあげることが出来ると苫屋のご夫婦が言う。

 なんでも、近くに廃屋になった牛舎があり、そこの1階を改造して、苫屋のご夫婦が住まわれていて、その二階で、寝袋で寝るのなら、タダで泊めてあげるという。

 自分は、牛舎の雰囲気満々の廃屋の2階で、バイクの旅人と二人で寝袋で寝た。

 ←右上の「かや」のなかで寝た。


 次の日の朝、散歩した。近くの小さな渓流の脇道をどんどん登って、また帰って来ただけなのであるが、非常に気持ちよかった。




 昼になって、歳のころ40くらいのスーツ姿のビジネスマン二人が苫屋にお茶をしにやってきたので、チェロを演奏した。一応、チェロを演奏したということで、いままでの食事代はすべてロハにしてもらった。

 しかし、「スーツ姿のビジネスマン」というのは、苫屋という空間では非常に異質な存在に思えた。



 苫屋でも、またまた、ものすごく色々お世話になってしまった。

 そこでの体験は、今でも自分の心に、忘れがたい思い出としてとどまっている。


 なお、苫屋では、雪が降ったら、木に雪が付いて、ものすごく綺麗な景色になるのだそうだ。見てみたいのだが、そうなるときというのは、イコール「陸の孤島」になるときなので、なかなか難しそうだ。


 「苫屋(とまや)」には電話がないので予約はハガキで。このハガキで出す時点で、現代のせかせかした流れとは、別の空間への旅立ちが始まる。〒028―8201 野田村大字野田5ノ22ノ1まで。

(2000.12.15)




  よし寿司 紀行(7)
 「地底湖」

 あるのである。どこにあるか。


 龍泉洞(りゅうせんどう)という鍾乳洞の中にあるのである。


 ずんずんはいっていくと、途中から、歩道の横に水の流れがあり、とにかく「さわさわ」なんていう音が常に聞こえ、そして、こつぜんと現れるのである、地底湖が。

 解説を読むと、むちゃくちゃ深いと書いてある。(実際は、ちゃんと深さが書いてあるが忘れた。)

 落ちたら恐いなあなんてことを想像しつつ眺める。

 
 そういえば、はからずも、自分は、山口の秋芳洞、高知の龍河洞、そして地元岡山の満奇洞など、いろいろ見て回っていることに気が付いた。

 じつは、洞窟が好きだったのかなああ、なんて思ったりして。


 まあ、とにかく、そういうことで、ちょっと感動しつつ、驚きつつ、またひとつ岩手の思い出が増えたのであった。

(2000.12.19)




 よしずし紀行(8)

 「いよいよ帰途に」

 まあ、そんなこんなで、宮古に来て、さんざん よしずしさんと竹○君にお世話になって、せめて帰る前に、一言、お礼をいって帰ろうと思い、その日の朝、バスに乗る前に、よしずしに寄ったのです。すると、「上がって朝ご飯を食べていけ」と行ってくださる。

 ずうずうしくも、上がって家族のみなさまと一緒に朝ご飯を頂き、記念に「よしずし」が毎年、お得意さんに配るために作っているコップまでもらってしまった。じつは、そのコップ、よしずしの店頭のショーケースに、今まで配ったものが、ずら〜と並べてあり、いいなあ、欲しいなあ、と思っていたのであった。よって、非常に、うれしかった。

 おまけに、バスの中で食べなさいといって、お寿司のお土産まで頂いてしまった。なんだか、お礼を言いに来たつもりが、お世話になる上塗りのような感じになってしまったのであった。

 最後に、「本当にお世話になりました。」と、お礼を言い、記念写真を撮って、帰途に立ちました。


 まあ、そんな感じで、1週間のお休みに対して、全くの無計画、いきあたりばったりの旅行が、今までにない楽しく、驚きの展開の旅行となったのでした。
(2001.6.30)





 よしずし紀行 その後(1)
 バイク日本一周、一人旅の不思議なお兄さんは?

 不思議な苫屋(とまや)での宴の話を書いたが、そのとき、30歳半ばの不思議な雰囲気をもった男の人で、日本中をバイクで旅行してて、たまたま、岩手の山奥の苫屋に寄って、不思議な一夜を共にした人の話を書いた。

 生活費は、どうやってるんだろうとか、考えたものだ。


 その人は、最後、北海道に行くという言葉を残して行ったため、私の記憶のなかでは、その最後の言葉である、北海道に行った人ということで、ずっと止まっていたんだが、、、



 なんと、今、沖縄に住んでいるそうである。

 西表島の観光船の船長だそうである。

 想像するに、たぶん、西表島のジャングル川でのマングローブ林の観光などされてるんじゃないかと思う。



 苫屋に年賀状をだしたら、返事が返ってきて、教えてくれた。

 

 しかし、「いろんな人生あり」、である。

(2001.1.13)




よしずし紀行 その後(2)
 「よしずしの その後」


 「ズームイン朝」で紹介されたらしいのである。



 これが、「ズームイン朝」で紹介された、ちらし寿司。ものすごく、さしみどっさり、豪華ちらし寿司だ。
 
 なんか、今、ちょうど腹減ってるので、よだれが出てきそう。


 「よしずしは、港町の旅情と三陸の海の幸を握ります。」と書いてある。


 よしずしの親方さんが、おっしゃってたが、「三陸は、寒流と暖流が行き交うから、魚がうまいんだ。」、と。確かに、すごくうまかった。


 ホント、腹減ってきた。

 ちなみにネタは、卵・ウニ・穴子・ひらめ・赤貝・ホッキ貝・ホタテ・イカ・中トロ・カニ・たこ・こはだ・数の子・かまぼこ・赤牡丹エビ、そして赤牡丹エビの塩辛、これだけ入って2500円だそうである。ものすごいお得な感じですね。

 (2001.1.14)




 よしずし紀行 その後(3) 
 最後に振り返って思うに

 「人情」が厚かった。

 これに尽きる。


 岩手県にいた約1週間の間、主に、よしずしのおかみさんが相手をしてくださったんだが、お忙しい合間をぬって、何時間もかけて、岩手の山奥の苫屋(野田村)につれていってくださったり、魚市場に連れて行ってくださったり、居酒屋にも連れて行ってくださった、挙げていけばキリがないくらいお世話になってしまった。


 竹○くんの会社の上司のかたにも、お酒〜しかも、ヒレ酒〜をおごってもらったり、旅行の帰り際に、松茸〜宮古の山でとれたて〜を頂いてしまったりした。


 見ずしらずの自分に、あそこまで、いろいろしてくださるなんて、ほんと、いや〜、現代も人情のものすごく厚いところはあって、まだまだ、捨てたもんじゃないな、と思うのである。


 あれから、もう、6〜7年はたつと思うが、いまだに、よしずしの方とは、年賀状のやりとりをしている。

 上記のちらし寿司の写真は、その年賀状に載っていたものだ。


 岡山っていう土地柄が、気候が温暖で、災害もなく、とくにお互い助け合うことが無くても、なんとか自分一人でもなんとなく生きて行けてしまう、なんとか、それなりに商売もなりたってしまう、そういった土地柄から、よけい、岡山は人情が薄くなっているんだろうか。

 それとも、宮古が特別だったんだろうか。


 まあ、とにかく、宮古での思い出は、自分の一生の宝物である。


 お世話になった皆様、本当にいろいろありがとうございました。


(2001.1.18)



 よしずし紀行 その後(4) 
 絶品! 三陸宮古の<生ウニ><焼きウニ>

 大切なことを書くのを忘れていた。

 宮古の市場で買えるのであるが、この、焼きウニ、生ウニは、絶品である。これを、どんぶり飯の上に、おしげもなく、ドバドバっと載せ、ショウユをかけて食べる。ウマイッ!ゴウカ!


 生ウニだと、トロッとしていて、ウマイッ!。どんぶりメシにしてもよいし、水を切った後、そのまま皿に盛って、お酒の肴にしてもうまい。

 焼きウニだと、ホクホクっとしていて、これまたウマイッ!。焼きウニは、アワビの貝殻に山盛りに詰めてあって、食べ終わったあとも、その綺麗な貝殻を見て、目で楽しめる。この焼きウニは、冷凍品なので、お土産で買って帰れる。たぶん、宮古の市場に頼めば、送ってもくれるんじゃないかな?

 ウニは、ご飯の炊飯時に米と一緒に入れて炊くと、ウニご飯、ウニおにぎりなどできるのだが、なんだか、もったいなくて、出来なかった。



 なお、どんぶり飯にかけるショウユは、ある程度、お値段高めのおいしいショウユを使わないと、せっかくのウニがなんだが生臭くなるので気をつけられたし。ウニは、磯の香りたっぷりのまま瓶詰めしてあるからね。良いショウユだと、これが不思議と全く生臭くなく、ものすごくおいしい。

 そうゆう豪華なメシを食うときに、ショウユ代をケチってはならないのである。中途半端はすべてが台無しである。

(2001.7.14)


 よしずし紀行 その後(5) 
 わたしのページがよしずしに届く

 こちらをご覧下さい。苫屋のご主人「充さん」と、奥さんの「久美子さん」が紹介されている新聞社のページなどへのリンクもあります。
 




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