ご存じサティのジムノペディ第1番です。
ジムノペディとは、「裸の子供たち」という意味のギリシア語に基づいて、サティが造った言葉だそうです。

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びっくりしたこと、たわいもないこと
<クラシック全般>
(ヴァイオリン、ピアノ、指揮、オーケストラ、分野関係ないもの)
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★ヴァイオリン

深山尚久氏(元東京交響楽団コンサートマスター)
(1)幸福行きコーンスープ
(2)コンサートマスターの生きる道 
(3)チェコ仕込みの演奏者が、必ず行う練習法
(4)チェコ仕込みの演奏者が、必ず行う練習法 後日談

漆原啓子さん
(1)演奏家はタフでないと
(2)ただのアッシーではなかったのだ
(3)演奏家はつわりがこないのよ
(4)漆原さんが・・・

ズーカーマンは教え魔
飛び出しをいさめる言葉 (元N響コンサートマスター 岩淵龍太郎氏)

一弓(ひとゆみ)で5分、もちますか(ヴァイオリン奏者 ギンゴールド、天満敦子)

★ピアノ
有森博さんの衣装はすごいよ (ピアノ奏者)
岩崎淑さんの空襲体験(ピアノ奏者)

★指揮者

「モーツアルトのスタッカートはね、、、」   (加藤完二氏)
「もうちょっとお弾きくださいまし」  (近衛秀麿)
朝、5時起きで勉強 (小澤征爾) 

★クラシック 一般
人から聞いた、おばかな話  
恐かった話 : 他人  
恐かった話 : 自分  

裏話いろいろ(1)  (2)   

倉敷中央病院でのボランティアコンサート 50回記念!(1)  (2) (3)
(4)「いやし」、、、新聞に載った・テレビで放映された
感動なのだ
ラッパ手 木口小平は、即時性死体硬直だった
びっくりシンフォニー/ハイドン

                                        

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ライトヴァイオリン
深山尚久氏  元 東京交響楽団コンサートマスター
(1)幸福行きコーンスープ
 深山氏から、「十勝幸福行き、コーンポタージュスープ」が届いた。私にではない。とある人にである。 

 その理由はともかく、その幸福行きスープは、どさっと大量に届いたらしく、先日、そのおこぼれにあずかった。さて、東京交響楽団のコンサートマスター(当時)である深山氏が、なぜ、十勝(北海道)のものをくださるのであろうか。ここから、さまざまな憶測が始まるのだが、少なくとも、演奏旅行で北海道にいったからとかいうわけではなさそうである。あくまでも憶測。これ以上は、想像でしかないので書くのはやめておく。適当に想像してください。(私は結局なにが言いたかったのだろう。変な文ですみませんね。)
     
 ところで、深山氏は、最近、弦楽器専門誌「ストリング」に記事を連載されている。顔写真も載っている。深山氏に興味を持たれた方は、ぜひご覧あれ。
(2000.9.20)



(2)コンサートマスターの生きる道 
 前述の深山氏は、スキーに行かれたことがない。私もない。

 私がスキーをしたことがない理由は、寒い冬にわざわざ寒い所に出かけることないんじゃないかという理由と 、「それでもまあスキーしにいこうや。」と、強引に誘う友人がいなかったからである。あと、スキーに誘われたときは、たいてい予定(練習や本番)が入っているからという理由もある。だって、練習予定は、数ヶ月前から決まるのに、遊びの予定は、早くて1ヶ月前に言われるもんね。無理ですよ。 あ、自分の話が長くなってしまった。

 本題にもどろう。深山氏がスキーに行かれたことがない理由は、けがをしないためだそうである。

 万が一、指にけがでもしようものなら、ヴァイオリンが弾けなくなってしまう。メシの食い上げ。へたすると失職である。本当。私がスキーをしない理由と、ずいぶん違うものである。私は、指をけがしても失職はしないし、直れば、またチェロが弾ける。

 昔、ヘッツェルさんという名コンサートマスターが、ウイーンフィルにいた。私も大ファンであった。彼は、山登りが趣味で、その日も山登りしていた。

 しかし!!!。あろうことか、足を踏み外し、がけから転落して亡くなられてしまった。

 後からわかった事なのだが、彼は、転落したとき、指を守るように握っていたそうである。しかも、指を守ることなど考えなかったら命が助かったかもしれないという話だ。要は、彼にとって指がだめになった人生など考えられなかった、ということなのであろうか。

 壮絶な話である。音楽家とは!!!(2000.9.20)




(3)チェコ仕込みの演奏者の練習法
 チェコスロバキアで勉強されたことのある深山氏が教えてくださった。
 カルテットやオーケストラで、こういった練習を行うそうだ。
    
 たとえば、1楽章をずっと、音量を落として、Pで演奏する。すると、今まで聴こえてこなかった音が聴こえてきたりして、いろんな意味でためになるそうだ。
 これは、チェコのカルテットやオケなど、チェコ仕込みの人はみんな行う練習法らしい。
 1回、カルテットで試してみた。が、その価値はいまいち、わからなかった。何回かやらないと、耳が育たないのかもしれない。(2000.11.9)




(4)チェコ仕込みの演奏者の練習法 後日談
 なんとなくではあるが、オケでの練習の時、自分はあんまり音を出さず、指揮者から「もっと出して」とか要求されるようなとこだけ、必要なとこだけ弾くようにしてみた。そうこうしているうちに1年以上経った。
 不思議なことに、まわりの音が聞こえてきた。ヴァイオリンパートが、ああいう風に弾いてるな、じゃ、こう弾くかなんてね。決して、それまでも、他のパートが聞こえてないつもりはなかったのだが、やはり聞けてなかったようである。
 でも、今でも、自分の演奏に夢中になったときは、他のパートが聞こえなくなる。
 どうも、そういう事のようだ。
 しかし、心のこもった演奏をするには、やはり夢中になる部分ってのが必要ではないかと思う。
 自分の演奏に夢中になりつつ、一方で冷静な自分がある。言葉では、ずっと前からわかってはいたんだが、なかなか難しいことである。これを今後の課題にしたいと思っている。(2000.1.2)



漆原啓子さん (ヴァイオリン奏者)
(1)演奏家はタフでないと

 「眠いわ」と、軽く、あくびをしつつ、おっしゃられる。宴会場にお送りする車内でのことである。

 どういうことか、お聞きしてみたところ、「昨日、夜1時頃まで練習していた。あす、名古屋のオケでカルメン幻想曲弾くのよ」とのこと。カルメン幻想曲は、大好きで、1時期、そればっかり聴いていたことがあるが、むちゃくちゃソロヴァイオリンが、かっこいい。
 とか、なんとか言っているうちに、宴会場に着き、結局、夜2時頃まで、我々におつきあいくださり、ホテルへと帰って行かれた。

 しかし、ほんと、タフですな。一流のソリストともなると、体力もすごいですね。(2000.11.9)


(2)ただのアッシーではなかったのだ
 上記で、アッシー君(死語?)を務めたが、送迎が目的ではなかった。
  
 カルテットのレッスンをしていただいたのだ。曲目は、ベートーヴェン作曲弦楽四重奏第9番「ラズモフスキー第1番」。
 「この曲、好きなのよ」なんておっしゃられる。こりゃいいと思いつつ、こりゃやばいとも。

 結果、レッスンは、アマチュアのわれわれにも非常にためになる、音楽的なすばらしい様々なご示唆を頂きました。ぜひぜひまたレッスンしていただきたいものです。(2000.11.9)


 
(3)演奏家はつわりがこないのよ
 「演奏家は、つわりがこないのよ。」
 いつも、緊張感を持続して持っているから、つわりがこないんだそうである。

 女性のつわりの苦しみは、男性には理解することが出来ないのであるが、大変なのだそうだ。
  ということは、演奏家は、つわりがなくてラッキーということになるかと思うが、それはやっぱりそうでもないと思う。自分のような、アマチュアでは、ソロをする機会なんて滅多になく、たまに人前でソロをするとなると、数日前から異様な緊張感がある。プロともなると、失敗は、許されない。それが、毎日のように続くのである。そこで、つわりどころじゃなくなるんだろう。その、張りつめた毎日に耐えうる人のみ、漆原さんの様に、超一流のソリストとして活躍できるんだろう。

 やっぱり、一流の人は、とにかくいろんな意味で一流である。そういった人と、お話すると、いろいろ学ぶことができていい。(2000.11.9)


(4)漆原さんが・・・
 岡山(倉敷)に来られるということで、漆原さんを囲む会にお誘いいただき、これはラッキーと思い参加してきた。倉敷の芸文館アカデミーで教えられたあと、22時ごろから飲み会開始である。
 なんだか、いろいろおもしろい話を聞いたのだが、ほんとにいろいろありすぎて、憶えきれなかった。

 最近、漆原さんは、ストラディバリを購入されたそうだ。ぜひ、はやく弾かれているところをお聴きしたいものだ。
 昔、辻久子さんが、自分の家を売ってストラディバリを購入したということで有名になった。
 いい楽器を持っているかどうかでも、結果(音)が変わってくるので、弦楽器奏者は本当に大変だと思う。弦楽器って高いですもんねえ。普通の人の人生なら、家の購入、学費、もちろん生活費などで、精一杯である。

 いい楽器は、すっといい音がでる。そうでない楽器は、自分で苦労してださないといけない。もちろん、良い楽器でもそれ相応の技術がないといい音はだせないが。
 また、苦労してでも出せたらまだいい。

 そういえば、漆原さんは、年末のジルベスターコンサートから1日もオフがないそうである。前回、お会いしたときもそうであったが、そのタフさには驚くばかりである。
 でも、休みの日には温泉にでも行こうかなどと、ご長男に言ってみたりされるそうだが、その調子なら、当分それはないのであろう。私が、家でグウタラしているのが恥ずかしいばかりである。

 飲み会は、0時すぎに終わり、私は、それから広島に車で帰った。もちろん、飲み会だけどウーロン茶しか飲んでいないので大丈夫。ただ、頭がぼけていて倉敷インターで高速にのったのはいいが、なんと逆の岡山方面に入ってしまい、岡山まで行ったのち、Uターンして、広島に戻った。広島に着いたのは、午前3時ごろ。その日は爆睡。

 今回は、色々刺激を受けた。さっそく、今日、いろいろ考えながら家で練習した。また、弦(A線)をヤーガーにもどした。とりあえず、今度の今週末の本番は、慣れた弦で行こうかと思ってね。今年は、去年よりは練習できそうなので、ちょっとまた無伴奏あたりまじめにとりくんでみようかなどとも思っている。(2003.2.9)



ズーカーマンは教え魔
 ズーカーマンは教え魔らしいのだ。
 たぶん忙しい、教えるのが好き、弟子は多いなどという様々な条件が重なってなのだろうが、今、テレビ電話で教えることを考えているそうだ。
 でも、実際にこうやるのだというような身振り手振りでないと伝えれないようなことは、よくよく師匠のことを理解している弟子にレッスンに行ってもらい2人して教えるということを考えているとのこと。
 なんともはやすごい話である。これも、漆原さんから聞いた話。

 昨日、ハンマー投げの室伏さんが、こんなことを言っていた。
 「ある日、親父さんのいうことを3日間必死で聞いてみた。すると、いままで伸び悩んでいたのが、急に伸びた。自分に自信を持っていて、人のいうことを聞かないというのは、自分の成長を阻害する。それは、世界チャンピオンでも同じだ。」 (ディテールは違うかもしれないがお許しを)

 全くその通りだと思う。

 しかし、一度でいいからズーカーマンに教えてもらえたらラッキーだなあ。(2003.2.11)



飛び出し*をいさめる言葉   岩淵龍太郎氏(ヴァイオリニスト)
 「電車が来る前に線路に飛び出したら、ひかれて死んでしまう。電車が来てから乗れば、死ぬことはない。だから、飛び出しには注意しましょう。」

 非常にうまい「たとえ話」だと思った。


 四国フィルで、10年くらい前、「第九」をやったとき、岩淵氏にコンマスをやっていただいた。そのときの言葉です。岩淵氏は、元N響のコンマスで、現在、コンサートマスターズというコンサートマスターばっかり集めて演奏会をするオケのコンマスをされたりしている方です。(2000.11.20)


*オケ関係でないひとは、読んでないだろうと思うけど、一応解説。  
 「飛び出し」 : 何小節かの休符があった後、弾くべきタイミングより早く弾き始めてしまうこと。



一弓(ひとゆみ)で5分、もちますか 
   ギンゴールド、天満敦子
(ヴァイオリン奏者)


 愛読紙「ストリング2001年2月号」からのパクリである。
 
 ギンゴールドというヴァイオリニストは、ひとゆみで5分も演奏できたそうだ。全く、その言葉は信じがたいものであるが、本当のようである。
 
 天満敦子さんは、大学1年のとき音コン1位を獲得されたそうであるが、その2次予選の課題曲のショーソンのなかに、シの音を長く伸ばさなければならないというのがあったのだそうだ。  

 天満さんは、当初、10秒しか弓がもたなかったのだが、半年後には4分何秒まで(!)行った。そして、コンクールでは審査員満票で予選通過だった。その後、長い音は、全く恐くなくなったそうだ。

 まったく、これを読んだときは、自分の目を疑うしかなかった。ほんとにすごい。

 ここで、安芸晶子さん(サイトウ・キネン・オケのコンサートマスター)の一言。
 「船が停まるとき、いかりを降ろす。そのいかりに付いている縄が、やっとで海の底に届くくらいしかなかったら、大きな波が来たとき船が動いて流されちゃう。でも、長さに余裕があれば、揺れても遠くへ流されることはない。私、この話、好きなの。」   

 いい話が、いっぱい載ってますので、ぜひ「ストリング」をご覧下さい。(←パクリの罪滅ぼし) (2001.1.23)




ライトピアノ

有森博さんの衣装はすごいよ (ピアノ奏者)
 有森君は、ショパンコンクール最優秀演奏者賞をもらい、たしか、チャイコフスキーコンクールでも入賞しているすごいピアニストだ。世界の2大コンクールで入賞している。

 そんな有森君に対して、なんで、「君」づけかというと、彼とは、岡山市ジュニアオーケストラで一緒で同学年だったのだ。彼は、打楽器を担当していた。そんな彼は、「アリ」というあだ名で呼ばれていた。
 中3のとき彼のソロでグリーグのピアノコンチェルトをやった。そのとき、うまいなあと思ったのだが、ここまですごくなるとは思ってもみなかった。(失礼)

 さて、数年前、やっぱり彼のソロのバックで演奏した。そのときの彼の衣装は、【水玉模様、しかも20センチくらいの大きさの、青、赤の水玉】といった衣装だった。

 なかなか、真似できない。自分がそんな格好で演奏しようものなら、2度と演奏依頼の声をかけてもらえないだろう。大物のみ許される技である。(2000.11.10)




岩崎淑さんの空襲体験(ピアノ奏者)
 岡山にいたとき、空襲にあわれたそうなのだ。まっかに岡山城が燃えているのがみえたとか。みるみるうちに燃え落ちてしまったそうです。で、次の日、自分の家があったとこに行ってみると、まるで跡形がない。もちろんピアノも。

 あなたどうします。あした、今、突然、空襲がやってきて、あなたの大切な楽器がなくなってしまったら。もちろん家も。

 でも、淑(しゅく)さんのお父さんは、こうおっしゃったそうです。「音楽さえあれば、生きていける」「さあ、元気をだしていこう」と。

 その強靱な精神力は、見ならわなければならない。

 この話は、とあるサロンコンサート中に教えてくださった話なのだが、「アンサンブルの楽しみ」岩崎淑著(春秋社¥1800+税)にも書いてある。他にも、いっぱい、いい話が書いてあるので、ぜひご覧あれ。(2001.1.28)

  
ライト指揮者

「モーツアルトのスタッカートはね、、、、」   加藤完二先生
 モーツアルトのオペラなんかでスタッカートがあった時、そのスタッカートは、足音なのか、心臓の音なのか等で長さや強さが変わってくるのです。ウイーンフィルのセカンドVnの連中なんかはそれが楽しいって弾いてますよ。

 とのことです。なるほどなあという感じです。
 この話は、サイトウキネンのヴァイオリンの宋先生と加藤先生が話をされたときにした話とのことです。(2000.11.6)




「もうちょっとお弾きくださいまし」   近衛秀麿
 ひと昔前に活躍されていた指揮者の近衛秀麿さんが指導するとき、
  「ビオラは、もうちょっとお弾きくださいまし」、 とか、
  「ヴァイオリンはちょっとお休みになってもいいんじゃないですか」
 といった調子で、やっているうちに、うまい具合に出来上がってしまってたそうです。

 朝比奈さんの回想本からの引用です。

朝比奈隆 わが回想 ;徳間文庫
朝比奈 隆 (著), 矢野 暢 (著) ¥590

 近衛秀麿さんは、その名前から想像がつくように公家で、たまたま、このような言い回しになったのかもしれませんが、しかし、このように言われた日にゃ、「はいはい、そのようにさせていただきましょう」と、演奏してしまいそうです。

 本当のことや核心をついたことを言うと相手をキズ付けてしまう、という話を聞いたことがありますが、言い方一つでずいぶん変わる、まあ、それが難しいところなんですが。
 よって、人と話をするときには、非常にまわりくどく言うか、うまい表現が見つからずにその場では言わずじまいになるかするときが多い。自分の場合。つい口がすべって、相手にいやな思いをさせたんじゃないかなと、あとから思うときもあるし。
 お互い気持ちよく、ものごとを前に進めていきたいものです。自分はまだまだですが。

 そんなの無理で!という声も聞こえて来そうですが、まあ、とりあえず、近衛さんのを見て、へえ〜と思ったので、書かせていただきました。(2003.2.2)




「朝、五時起きで勉強」   小沢征爾
 まず、関係ない私事から。
 本屋が大好きで、本屋の前を通ると寄らずにはいられない。なんの目的もなく寄ることが多い。なんかおもしろい本ないかな〜となんとなく文庫コーナーで本のタイトルを右から左、また右から左と追っていたら、ふと目についたのが、「おわらない夏」。小澤征良さん(小澤征爾の娘さん)の書いた本。
 そこに書いてあったのが朝五時に起きて勉強の話。タングルウッドの山の家で、鳥の声に混じって、朝5時に父(小澤征爾)の勉強する曲が聴こえてきて目が覚めることがあったそうだ。

 金聖響さん(指揮者)がウイーンで、まだ5時に起きているのか訊ねたときも、「あぁ〜当たり前だよ。俺、それやんないと駄目だからさ」とおっしゃったという。

 自分が、小澤征良さんの本を読んだときは、「すごいな〜、とても出来んな〜」と思ったんであるが、最近、少し、これを見習ってみようと思っている。

 というのも、ともかく自分の時間がない、子供が生まれてから。子供に罪はなく、望んで出来た子供であるので、そこは、なんとか工夫をするしかないわけだ。そこでふと思い出したのが、5時起きの話。

 自分は体力ないのか、普段、会社から帰ると、疲れてて、特に「考える」系の仕事をやる気がおきない。会社から帰ったときは、むしろ気分転換したいという感じに傾いてもいる。
 そうとなれば、まだ疲れてない「朝」、これを活用するしかないのだ。
 先日、せっぱつまって、(仕事で提出期限が迫って)、朝5時起きを開始する良い機会に恵まれた(!?)。その後、本当にせっぱつまりすぎて、徹夜に近い状態が1週間続き、逆に提出出来たあと、しんどくて、しばらく、いつもよりたっぷり寝てしまった。
 しかし、なんだ、やれば出来るんじゃないか、という気がして、これをぜひ習慣づけなければと思った。これを1年続けたらすごいことになるなと思ったのだ。勉強できる、仕事の計画も出来る…と(皮算用)。
 その後、冬休みに突入し、ちょっと休みモードで、6時半起きとかになってしまっているが、子供が起きてくるまでの1〜2時間、貴重な時間が捻出できてる。今日は、これを書くのに使ってしまったが。でもいいのだ。この文は、「がんまりまっせ」という、自分の宣言であり、言ってしまった以上、やらざるを得ないように自分を追い込むためのものでもある。そう、むかしからそう。練習は嫌いなんだが、「次回は、ちゃんと練習してきます」と宣言(相手にあやまるのといいわけとも兼ねている)して、練習していかざるを得ないようにしてたのを思い出した。最近、めっきり練習時間は減ってしまった(ほとんどないに近い)が。
 というわけで、夜型人間だった私が、「朝型人間」に急転回します。これを続けることが出来てたら(ダメにしても)、後日談を、また書きたいと思います。(2006.12.30)


ライトクラシック 一般

人から聞いた話で本当にあった恐い話 
 某ハープ奏者は、あるオーケストラにエキストラで出演した。ふと舞台の方を見ると、自分が出演すべき曲の本番が始まっているではないか。そのハーピストは、舞台に出る機会を失い、ハープなしで本番の演奏は終了したとか。

 なんと打ち合わせで聞いていた曲順が、本番では変わってしまっていたとか。
 ご愁傷様でした。(2000.9.11)




自分のちょっと恐かった話
 今度は、自分のちょっと恐かった話。

 (1).演奏が始まったとき、全然別の曲の楽譜を開いていた。
 (2).演奏しようと思ったら、弓の毛をゆるめたままで音が出なかった。
 (3).本番に楽譜を持っていくのを忘れた、といったことがありました。<


 この(3)のときは、日本で最後の清流四万十川の河口にある高知県宿毛市というところで、ベートーヴェンの7重奏曲を演奏したときで、楽譜を取りに帰るには、3〜4時間かかるということで、すごく慌てました。
 しょうがないので、他の演奏メンバーが協力してくれてスコアを切り貼りしてチェロの楽譜を作ってくれて、ゲネプロ(リハーサル)をやり過ごし、その一方で、松山の知人に連絡をし電子郵便で送ってもらった楽譜で、本番を演奏したのでした。

 その当時、今のようにファックスが普及していなくて、電子郵便なるものを利用したのでした。みなさんどうもご迷惑をおかけしました。(2000.9.11)

      


人から聞いた、おばかな話(1) 
 演奏会本番中に、楽譜中のボーイングの間違いに気づき、本番中に鉛筆で訂正していた人がいたとか。(2000.9.14)



倉敷中央病院でのボランティアコンサート 50回記念!(1)
 2〜3年まえからであろうか。さそわれて、ボランティアで演奏するようになったのは。このコンサート自体は、阿曽沼さん(倉敷管弦楽団コンサートマスター)が中心になって行っているもので、自分は時々参加している。今日は、その50回目の記念コンサートであった。
 曲は、チャイコフスキーの弦楽セレナードとヴィヴァルディの四季より夏(ヴァイオリンソロ 阿曽沼さん)などであった。

 毎回、病院内のセントラルパーラーという休憩所で行っているのだが、病院内とは思えないようなところで、室内に小川が流れており、岩もあるし竹も生えている。

 自分は、病院こそ娯楽設備(ゲームセンターなど?)を強化すべきと常々思っている。設備だけでなく、ソフトの方(寄席など)があってもよいのではないか。病気の治りも早まるのではないか。まあ、そういった意味で、自分も若干ではあるが、貢献できているかな?。(2000.8.27記)




倉敷中央病院でのボランティアコンサート(2)

【以下、阿曽沼さんからもらったメールより】 

★★★★★

 今日、本当に涙が出るくらい嬉しい事がありました・・・

 小児病棟の20歳の男の子が、病棟で会ったとたん「昨日、聴いたんよ・・・泣かし てもろたわ・・・ほんまよ…涙が出てきて止まらんかったわ。クラシックなんか聴い た事も無いし、昨日も、たばこ吸いに行ったらなんかはじまって、先生がバイオリン 持ってきたけえ、ついでにからかい半分と思って聴きよったんじゃ。久しぶりに感動して、人生観変わったわ。一回、バイオリン弾かせて。」

 50回目のコンサートに、こんな嬉しいことがあって、たくさんの仲間と、音楽ができて幸せだなあと感謝!です。

★★★★★

 こういう話を聴くと、自分もやってよかったなあと思います(HP管理人)。(2000.8.30)




倉敷中央病院でのボランティアコンサート (3)
 このコンサートに来られる方は、片足がない方や、目の不自由な方、そして、ひと月に一回のコンサートに毎回来られる方(つまりずっと入院している。その人はまだ年の頃、20歳前後)など、普段、私たちはあまり触れることのない世界です。
 ここでコンサートをしていると、まず、自分が健康であること自体に感謝しないといけないという気になります。(2000.9.1)



倉敷中央病院でのボランティアコンサート(4)
「いやし」について 新聞に載った・テレビに出た
記事詳細はこちら

 当初は、単に、自分のやりたい曲が出来るということだけで、ボランティアコンサートに参加し始めた。本心を言えば、自分も癒して欲しいくらいというか、それなりにしんどい毎日を送っている。

 実際、練習もかなりきつく、平日夜8時半頃から始まり、日付が変わった頃に練習が終わり、帰ったら、夜1時なんていう練習を5〜6回やったのち、本番にのぞむ。

 いざ、本番では、点滴のつながったおじいさん、車いすのおばあさん、そして、もう一生、退院できないかもしれない若い男の子たちが聴きに来てくれる。何回かボランティア演奏していると、その光景が目に焼き付いてくる。数ヶ月後、また、同じ顔があったりすると、一瞬、「お、また、聴きに来てくれたな。」と、うれしく思う反面、その人の人生に思いを寄せ、つらく重い気分になり、自分の傲慢さと幸せさ、実は、健康であるというだけで、ものすごく幸せなのだなあとかいうことなど、いろいろ考える。

 ボランティア演奏していなかったら、そういった事を考える機会は、ほとんどない。この経験が、自分のこれからの人生に与える影響というのは、計り知れないものがあるのではないかと思う。

 当初、人を癒すことなんか全く考えていなかったが、やはりいざやるとなると、一生懸命やる。なんとか元気をだしてほしいと、演奏会プログラムにも、ベートーヴェンやショスタコービッチの苦難の人生とそれと戦う姿など、訴えた。もちろん、戦うことだけでなく、いやされそうな曲もやった。

 前置きが長くなったが、その様子がテレビ・新聞で報道された。記事詳細はこちら

 なお、52回のセントラルパーラー・コンサートのうち、自分は13回参加した。多くもないが、少なくもないと思う。それなりに頑張ってきたつもりである。(2001.1.2)




裏話いろいろ (掲示板より転載)
 投稿者: ふぁんくらぶ 4号 投稿日:2000/09/15(Fri)

 演奏会にまつわる裏話、いろいろあるんですよね。
私の知っている人なんかも、演奏会の本番で、ピンクの靴下を履いて出た人がいました。(ちなみに、普通は黒) しかも、曲目は“レクイエム(鎮魂歌)”

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 Res. by チェロ好き管理人 - 2000/09/15(Fri) 22:51:03 No.17

 うむうむ、そういえばその話、僕も聞きました。 たしか、今度、アメリカに留学するひとでしたっけね。

通常、演奏会の本番では黒靴を履くのが常識であるが、 僕は茶色の靴で本番にでたことがある。日常、茶色の靴を履いていて、つい、いつもどおり履いて行ってしまったのだ。

ピンクの靴下の人の親友で、僕の知人の「福●さん」も、演奏会のときに茶色のくつをはいてきたことがある。 しかしここからが僕と「福●さん」の違うところで、靴が茶色では、まずいということで、 黒のくつずみを塗って本番に出た。
 その後、その靴は、ちゃんと茶色にもどったのであろうか。



裏話(2)
 勝手に、本の紹介をします。
 「クラシック笑撃の事件簿」 という本が音楽の友社から出ています。
 「たたいた瞬間、離れなくなったシンバル」 などの話が載ってるそうです。



感動なのだ
 今日、趣味の話をした。自分はゴルフをするんですよという人が語るのである。

 「ゴルフってのは、うまくなっても、気持ちのいいのは自分だけですからねえ。うまくなったら相手を打ちのめすことになる。一方、音楽ってのは、人に感動を与える。いや、音楽ってのはいいですねえ」と。

 一概にそれだけでは語れない部分もあるとは思うが、非常に当たっていると思った。
 ボランティアなどで演奏して、患者さんがよろこんで下さったときなど、本当にチェロをやっててよかったと思う。チェロも役にたつじゃん、なんてね。

 今日、「ほほう」と感心した一言でした。(2000年10月14日)



ラッパ手 木口小平は即時性死体硬直だった 
 らしいのである。

 木口小平は、戦争の時、突撃ラッパを吹きつつ突撃して弾に当たって死んでも、まだラッパを離さなかったということで有名な人である。昔の教科書に、勇敢で国に忠誠を尽くす人の代表のような感じで載っていたらしい。ちなみに岡山県出身。

 しかし、最初に書いたとおり、単なるムチャクチャ素早い死後硬直だったらしいのである。(標準法医学という本に載っているらしい。)

 なんで、そんな話をここに書くかというと、今日、「軍隊」という曲
を川崎医科大学室内管弦楽団の演奏会で演奏したのだが、そのプログラムに書いてあったのだ。医科大だけに、見る目が違いますね。

 交響曲「軍隊」を作曲したハイドンは、この曲にトランペットの軍隊信号や軍楽楽器であるトライアングルや大太鼓、シンバルを登場させた。これは当時としては、かなり改革的な試みだったという。ちなみに、トランペットの軍隊信号の所は、メンデルスゾーンの結婚行進曲の「タタタターン」ってやつとそっくりだ。あれも軍隊信号なのであろうか。だれか知ってます?(マーラーの交響曲第5番の出だしもそうだな)

:ハイドン作曲 交響曲第100番「軍隊」



びっくりシンフォニー/ハイドン

 ご存じのかたは、ものすごくよくご存じと思いますが、例の「バン!!!」と言ってビックリさせる部分ありますね。その部分を、アーノンクール(指揮者)は、16分音符分だけ早めに演奏して、大変な演奏効果を得たということです。

 これは、この曲をよく知っている人が多い演奏会場であればあるほど、スゴイ効果を生みそうですね。

 鈴木秀美さん(バロックチェロ奏者)の実体験より。もちろん、演奏者としての。(音楽の友 6月号より)






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