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ああ!ヴェネチアよ! (1) 第3日目



 ヴェネチア本島へは、船で向かいます。海の干潟の上に建設した街だからです。写真に載っているクイと同じかどうかは知らないのですが、クイを打ち込んでその上に街を建設しているらしいです。なんで、そんな不便なところに住んでいるかというと、その昔、よそからの攻撃から逃れるためだったそうです。しかし、そんなところに建設してしまったばっかりに、何年後かには、海に沈んでしまう運命らしい…。

 船でヴェネチア本島に渡り、「では、ここを入っていきます」と、添乗員の松○さんが指し示すのは、ほんの1mくらいのやっとで人が1人入れるかどうかという通路の入口。隣が工事中だったせいもあるかもしれないませんが、狭くて、えええ?!という感じのところを一歩踏み入れた瞬間、そこは、もう「中世」に迷い込んでしまったのではないかという、まるで異次元空間。これはちょっと衝撃的でした。

 下の写真がそうなのですが、はたしてどこまで私の衝撃が伝わるかは、はなはだ疑問です。なにせ、ある意味、本当にもうどうでもいいくらい何気ない単なる狭い路地ですから。ただ、よく映画で、中世を舞台にしたものが出てきたりしますが、ここはまさにその映画に紛れ込んだ気分になるところでした。もう、これだけで十分イタリアに来たかいがあったと思ってしまいました。





 お決まりのゴンドラにも乗ってきました。このゴンドラ、通常料金だと14000〜18000円くらいします!高い!。我々は、ツアー料金に含まれてましたので、ここで特に支払いはしなかったのですが、個人旅行で訪れたときに、いきなりこの料金を言われたら、乗ろうかどうしようかかなり気持ちが揺れるかもしれません。しかも、事前に値段交渉しておかないと、法外な値段を取られることもあるそうです。このゴンドラの船頭さんは世襲制で、その権利を買おうとおもったら1億円するそうです。

 それはそうと、少々臭い運河でしたが、気分は晴れ晴れ、ゴンドラクルーズを楽しみました。



 ヴェネチアでは、警察も船。船の横に「POLIZIA」と書いてあります。果物などのケースを運んだりしてた船もありました。なにせ、路地は狭く入り組んでいる一方、運河はくまなく張り巡らされているからなのでしょう。
 ここでは、現代の日本で考えられる流通や交通の概念がまるでくずれてしまいました。自分が常識と思っていたことが、ここでは、まるで常識ではないって感じ。




 有名な「ため息橋」も紹介しておきましょう。左の建物の裁判所で判決を言い渡された囚人が、右の牢獄に行く途中に橋の窓から「ああ、これがヴェネチアの街の見納めか…」とため息をついた橋ということらしいです。

 ちなみに、その向こうにも橋が見えますが、人が非常に多く混雑を極めています。こんなところでは、よくスリが出るということで、非常に身の引き締まる思いで渡りました。


 ヴェネチアングラスの工房も見てきました。ちょっとした観光工房のようなところで、日本語が流ちょうな店員さんの説明通りに、あっというまに花瓶が出来ていきました。ヴェネチアングラスは、赤、青など様々な色がありますが、赤色が1番高いです。というのも、赤色を出すために、「金」を使うからだそうです。


 ヴァイオリンを描いた仮面がありました。仮面がいっぱい飾ってあって、眺めてみて見ると、なかなかの芸術的なものを感じます。しかし、実は、もともとは、非常に不埒(ふらち)な目的で用いられていました。この仮面とマントさえ付けていれば、どこの誰の家に行って、男女が何を行ってもよい、ということになっていたそうです、祭りの間は。なんでそんなことになっていたか、ですが、結局のところ、国民を骨抜きにして、政治の安定を図る目的でそんなことになっていたそうです。なんだか、どこかでも似たような話を聞いたことがありますね。
ちなみに、この話のネタは、これ↓によります。 

イタリアの歴史と音楽 おもしろ見聞録


 ラグーナ(干潟)へ逃げ込んでいく経緯なども詳しく書いてあります。
 自分は、イタリアへ行く直前と、飛行機のなかで、一生懸命、これを読みました。楽譜(記譜法)がイタリアでどのように発明されていったかなども書いてあります。



 さあ、少しは、音楽のホームページらしさも出てきましたね。ちょっと、ほっとしてます。
 そしてこれは、ワーグナーがお気に入りのホテルだったという超高級ホテル「ダニエリ」です。シングルでも385ユーロ(54000円)〜、ダブルで670ユーロ(94000円)〜となっています。ヴェネチア国際映画祭のときに、有名俳優がここのスイートルームに泊まるのがお決まりのようですが、写真真ん中のところが、そのスイートです。



 ワーグナーは、ここヴェネチアのヴェンドラミン・カレルジ宮で亡くなっています。(残念ながら行ってないのですが)。ワーグナーは、論文を書いているとき、急に心臓発作を起こし、「私の時計を」という最後の言葉を残して、妻のコジマの腕のなかで亡くなったそうです。ちなみに、コジマはリストの娘です。(2004.11.27記)

 ヴェネチア編はもう少しだけ続きます。


 


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