日本ハムファイターズ

自由獲得選手・糸井

2003.12.2
日本ハム自由獲得枠の糸井嘉男投手(22=近大)が1日、奈良・生駒市の近大合宿所で仮契約を済ませた。契約金1億円プラス出来高払い5000万円、年俸1500万円で、背番号は26。 木村スカウトと交渉した糸井は「プロの実感がわいてきた」とほっとした表情を浮かべた。最速151キロの即戦力右腕に、木村スカウトは「日本ハムが糸井君の潜在能力を引き出すことが大事。エース級の投手になってほしい」と話した

日本ハム自由獲得枠の近大・糸井嘉男投手(22)が1日、奈良県生駒市の近大野球部寮で木村スカウトと会い、契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円で仮契約をすませた。  背番号は26。新庄剛志外野手(31)が加わり、ドラフト2巡目須永英輝投手(18=浦和学院)の入団決意も聞いた糸井は「有名な人たちと一緒にやれてうれしいです」と、まずは謙虚に一言。新庄には弟子入りを志願しているだけあって「あのパフォーマンスは、とにかくかっこいい。それに本当に守備がうまい。あんな人が後ろで守ってくれていたら安心」と続けた。  木村スカウトは「OBの西崎(幸広氏)を大型にした投手」と期待を込めた。近鉄阿波野(現巨人投手コーチ)と87年新人王を争ったエースと比べ「腕の使い方などよく似ていると西崎にも話していたんだ」。西崎氏同様、糸井も最速151キロの直球が自慢。「持ち味を生かして期待に応えたいし、可能性があれば日本最速にも挑戦して行きたい」とロッテ時代の伊良部(現阪神)オリックス山口が記録した158キロをにらんだ。 



2003.11.22
自由獲得選手・糸井(近大)が、大学合宿所で木村スカウトからのあいさつを受けた。MAX150キロを超える右腕に、木村スカウトは「男前だし、人気も出ると思う。剛速球で札幌ドームをわかしてほしい」と期待。糸井は「ぼくをとって良かったと思われるように頑張りたい」と意気込んだ。

奈良・生駒の近大合宿所で木村スカウトから指名あいさつを受けた。京都生まれで、熱狂的なトラ党。中でも「背番号63の時から好きやった」と新庄の大ファンだった。その新庄から、前日の入団会見で「プラスになるかどうか分からないのですが、ご飯でも一緒に食べに行きたいと思います」と誘われた。この日、伝え聞き「光栄です。緊張しますね」と話していた。


ハムが自由獲得枠で獲得した近大の糸井嘉男投手が21日、奈良県生駒市の近大合宿所で木村スカウトからのあいさつを受けた。最速150キロを超える右腕。木村スカウトは「男前だし、人気も出ると思う。剛速球で札幌ドームをわかしてほしい」と期待した。糸井も「ぼくをとってよかったと思われるように頑張りたい」と意気込んだ。

2003.11.20
糸井はすでに日本ハム入りが内定していたため落ち着いていた。会見場に設置されたテレビ画面から「日本ハム、糸井嘉男」のアナウンスが聞こえてくると口元をわずかに緩めた。「強気で押す広島の黒田さんのようなピッチングをしたい」。心を躍らせる糸井に近大・榎本監督は「潜在能力はまだまだ持っている。日本で一番速い球を投げるピッチャーを目指してほしい」と励まし教え子を送り出した。


2003.11.19
150キロ超の速球を誇る糸井は「同じリーグの2人と戦ってみたい」



2巡目・須永(浦和学院)

2003.12.10
カブレラを斬ってアピールだ!日本ハムは9日、さいたま市内の寿司店で2巡目指名の浦和学院・須永英輝投手(18)と契約金1億円、年俸1000万円で仮契約。背番号は「13」に決定した。11月19日の指名当日は「灰色」だった須永の気持ちは、ヒルマン監督が直接出馬した同23日の初交渉で「無色」に変化。この日は「今の気分は何色?」と質問されると「明るい色。バラ色というか…」と照れた。 同じサウスポーで99年夏の甲子園優勝投手・正田の決勝戦をテレビで見ていたという須永は「投げるところを見て勉強したい」と話し「打たれても点を取られない投手になりたい。(西武の)カブレラと対戦して、決め球のスライダーで抑えたい」と決意を語った。会見後は北海道名物の毛ガニを両手に写真撮影。まだ北海道に行ったことがないという須永だが、道産子ファンは超高校級左腕の1日も早い“札幌デビュー”を待っている。


日本ハム入りが決まった浦和学院・須永英輝投手(18)が「カブレラ斬り」を宣言した。9日、さいたま市内の飲食店で契約金1億円、年俸1000万円で仮契約を結んだ。背番号は13。プロで1番対戦したい打者に西武カブレラを指名し「決め球のスライダーで抑えたい」と意気込んだ。  前回2日の交渉で条件面ではすでに合意しており、山田編成部ディレクターと両親らを交えた交渉は約30分間とスムーズに終えた。「今の気持ちを色に例えるとバラ色です」と満面の笑み。巨人志望で日本ハムにドラフト2巡目で指名された後は悩み抜いた18歳に、もう苦悩の色はなかった。  プロ入り後のことは慎重に言葉を選んだ。「まだ実力もないので2軍で努力し、1日も早くプロ野球選手として札幌のファンの前に登場したい」。同期入団≠ニなる新庄のようなヘアスタイルにしては? との問いにも「髪を伸ばしたくはありません」と、しっかりした口調で答えていた。 


日本ハムがドラフト2巡目で指名した浦和学院・須永英輝投手(18)と9日、さいたま市内の料理店で交渉し、高校生では球団史上最高の契約金1億円、年俸1000万円で仮契約を結んだ。背番号は「13」。迷い抜いた末に入団を決めた18歳は「(新ユニホームが)かっこいい。早く着て、似合う選手になりたい」と、プロ生活に胸を膨らませた。 あどけない顔から笑みがこぼれ続けた。新本拠・札幌には「まだ行ったことがない」。まずは2軍の千葉・鎌ケ谷で体を鍛えることになるが「1日も早く札幌に行けるよう努力します」と、札幌のファンにメッセージを送った。 巨人ファンに囲まれて育ったが、実は小学生の時、たまたまチケットが手に入り、初めて見たプロ試合が東京ドームでの日本ハム戦だった。本当に日本ハムとは切れない縁がある。入団を決意した翌日には新庄の入団会見をテレビで見た。「やっぱ大きい選手だなと思いました」。その偉大な先輩とともにプレーする日が間近に迫ってきた。





2003.12.6
ダイヤモンドバックスが、日本ハム入団が内定している須永英輝投手(18=浦和学院高)に、メジャー最強左腕ランディ・ジョンソン(40)との対面を約束した。ダ軍のジム・マーシャル・アジア担当ディレクターが、白井ヘッドコーチから須永の能力の高さを聞き「ジョンソンに興味があるなら、彼と会う機会を必ず設けるよ」と約束した。 日本ハムとダ軍は昨年、業務提携を結んだ。その縁でこの日、コーチ、スタッフ総勢11人による訪問が実現した。今年の春季キャンプには佐々木、江尻両投手を派遣したが、ジョー・ガラジオラGMの「来年はだれが来るんだ?」のひと言で須永の話題に発展し「同じ左腕なら」とジョンソンとの対面確約となった。 時期は、05年春になりそうだ。白井ヘッドコーチが「ルーキーでいきなりはない。2年目以降になるでしょう」と説明した。マーシャル・ディレクター「指導まではいかないかもしれないが、彼も日本が大好き。交流して欲しい」と話した。手取り足取りとはいかないまでも、須永にとっては貴重な経験となりそうだ。 またガラジオラGMは「日本ハムの発展にできることはやっていきたい」と強調。キャンプ参加のみならず外国人のリストアップ、ケガをした場合のリハビリ施設の利用まで協力する姿勢もみせた。



2003.12.3
チーム史上高卒ルーキーの最高条件! 日本ハムのドラフト2巡目・須永英輝投手(18)=浦和学院高=が2日、東京・荒川区の自宅、割烹「さい田」で山田正雄編成部ディレクターらと2度目の交渉を行い、ともに破格の契約金1億円、年俸1000万円で合意した。近日中に仮契約を結ぶ。背番号も「13」に決定した。 ドラフト会議から13日目。須永がやっと最高の笑顔を見せた。巨人志望だった男が、2度目の交渉で日本ハム入りを決断した。 「プロへ入れるチャンスはめったにないこと。巨人への思い? ハムでやることになったので、気持ちを切り替えてやります」 巨人以外は社会人(東京ガス)と決めて臨んだドラフト。当日の会見ではプロ入り拒否の姿勢も見せた。それが23日にはヒルマン監督も同席した初交渉で気持ちが揺らいだ。また、浦和学院高の森監督と相談するうちに「めったにないチャンス」と、この日の決断につながっていった。 強行指名が実を結んだ日本ハム側も、最大限の誠意で迎え入れる。契約金1億円、年俸1000万円は、3年前の正田(同9000万円、840万円)を上回り、チーム史上高卒ルーキーの最高条件だ。 「とても感謝しています。1日も早く一軍のマウンドに上がりたい」。交渉の席では、入団を求める札幌のファン500人分の署名に初めて目を通した。巨人への思いを断ち切った須永が、札幌のエースを目指す。


須永が札幌の星を目指す。19日のドラフトで日本ハムから2巡目指名を受けた浦和学院・須永英輝投手(18)が2日、東京・荒川区の自宅で日本ハムと2度目の入団交渉を行い、同球団の高卒新人選手としては史上最高額となる契約金1億円、年俸1000万円で合意、入団が決まった。背番号は13。巨人入りを熱望して一時は態度を硬化させていた超高校級左腕は、すべての思いを断ち切ってプロの世界に飛び込む。 悩みに悩んだ14日間。須永が下した結論は“プロの道”だった。あこがれ続けた巨人への思いを断ち切ったのは、プロで野球をしたいとの純粋な気持ちだった。 「プロでやっていこうという気持ちになりました。プロ野球に入るチャンスはめったにないと思うし、このチャンスを生かしたいと思います」 生まれて18年間を過ごした自宅、かっぽう居酒屋「さい田」で両親を交えて行われた2度目の入団交渉。終始、和やかなムードで行われた約1時間の交渉後、会見に臨んだ須永の表情は晴れ晴れとしていた。 ドラフト前は意中の球団以外なら社会人入りを明言。日本ハムから2巡目指名を受けたショックは大きく、直後の指名あいさつを拒否。翌日のあいさつにも姿を見せなかった。その後の初交渉でヒルマン監督から直接育成プランを提示されたものの巨人への思いは強く26日、浦和学院・森監督に「やっぱり巨人に行きたい」と打ち明けた。それでも時間の経過とともに小さい頃から夢見ていたプロへの思いは強くなった。両親、森監督とともに連日話し合い「人生で一番悩んだ」結果、プロ入りを決めた。 日本ハムは99年ドラフト1位の正田(契約金9000万円、年俸840万円)を上回る契約金1億円、年俸1000万円と高卒新人として球団史上最高額を提示。日本ハム・山田編成部ディレクターは「問題は長く野球をやること。1年くらいはゆっくりと体をつくればいいし、無理はさせられない」と英才教育を施していくことを示唆した。 早ければ来週中にも仮契約を行い20日、札幌市で行われる入団発表に備える。「1日でも早く1軍に上がって勝てるピッチャーになりたい。巨人?日本シリーズで対戦してみたいですね」。わだかまりはすべて捨てた。あるのは未来だけ。北海道で生まれ変わる日本ハムとともに須永が新天地で第一歩を踏み出す。


日本ハムがドラフト2巡目で指名した埼玉・浦和学院の須永英輝投手(18)の入団が2日、内定した。 山田編成部ディレクターらが東京都内にある須永の実家の飲食店で2度目の入団交渉に臨み、入団の合意を得た。契約条件は、日本ハムの高校生新人では最高となる契約金1億円、年俸1000万円。背番号は「13」に決まり、近日中に仮契約を行う予定。 ドラフト前には巨人以外なら社会人入りを表明していた同投手だが、ヒルマン監督も同席した11月23日の初交渉以降、姿勢が軟化。「監督からも言われたが、プロでやる大きなチャンスを逃したらいけないと思った」と気持ちの変化を振り返り、将来の目標を「打たれても点を取られない投手になりたい」と話した。


「日本ハム須永」が内定した。日本ハムからドラフト2巡目指名された浦和学院(埼玉)・須永英輝投手(18)が2日、東京・荒川区の実家で入団交渉に臨み、契約金1億円、年俸1000万円(いずれも推定)で合意した。契約金は高校生では球団史上最高額。背番号も「13」と異例の高評価を受けた。 須永側は本人に父均さん、母清美さん、日本ハム側は山田正雄編成部ディレクター、徳田吉成スカウト、今成泰章スカウトが出席。1時間の交渉を終えて須永は「プロでやっていこうという気持ちになった。チャンスを生かしたい。スッキリしています」と語った。 悩んだ末の決断だった。ドラフト前後の希望は巨人一本で、それ以外は社会人入りの意向だった。指名直後の気持ちを「灰色」と表現。だがトレイ・ヒルマン監督(40)との会食でかたくなな気持ちが和らぎ、日本ハムのファン500人の署名も「ビックリしました」と後押しになった。心は「無色」に変化し、この日は「バラ色です」と笑顔を見せた。交渉後の報道陣との懇親会は、実家の大衆かっぽう店「さい田」で刺し身などの料理を取り囲んで行われるなど、まさに異例ずくめ。入団後の活躍で「お店が有名になればうれしい」と看板娘ならぬ看板選手となる意気込みだ。次回の交渉で仮契約する運び。「焦らず、点の取られない投手になりたい」と気持ちは北海道に移転する日本ハムの一員になっていた。


日本ハムからドラフト2巡目指名を受けて入団交渉が難航していた須永英輝投手(18)=浦和学院高=が2日、球団と2度目の交渉を行い、入団が内定した。巨人入りを熱望していた須永は当初は拒否の姿勢を示していたが、「チャンスを逃しちゃいけない」と一転プロ入りを決意。球団は高校生として上限いっぱいの契約金1億円、年俸1000万円を提示。背番号は「13」を予定している。近く正式に契約する。衝撃のドラフト会議から2週間、悩みに悩み抜いていた高校ナンバーワン左腕がついに決心した。「プロでやっていこうという気持ちになりました。このチャンスを生かして頑張りたい」。須永は晴れやかな表情で話した。 巨人へのあこがれが捨て切れずに揺れ動いていたが、先月23日、ヒルマン監督からラブコールを受けてから気持ちが変化したという。その後、相談していた高校の森士(おさむ)監督から「プロに入るチャンスはそんなにないんだぞ」と言われ、気持ちを固めた。ドラフト直後に「灰色」と表現した心境は、この日、「バラ色」へと変わった。 交渉の場所も、そんな気持ちにピッタリの場所に設定された。東京都荒川区にある実家、父・均さん(55)が経営する居酒屋「さい田」の店内という異例の場所で、終始リラックスムードで行われた。生まれ育ったところで、須永は「巨人の上原さんのような、勝てる投手になりたい。1日も早く1軍に上がって頑張りたい」とプロへの意気込みを語った。 球団の期待も大きい。日本ハムに入団する高校生としては史上最高となる契約金1億円、年俸1000万円を提示、背番号は「13」が用意された。「(巨人に入団する)西村には負けたくない。13番は須永、と言われるように頑張りたい」。須永はキッパリ話した。


巨人への未練は捨てた! 高校NO1左腕、浦和学院の須永英輝投手(18)=182センチ、74キロ、左投左打=が2日、東京・荒川区の自宅で日本ハムと2度目の直接交渉に臨み、入団で合意に達した。 「プロでやっていこうという気持ちになりました。日本ハムに入って、勝てるピッチャーを目指していきたい」1時間の交渉を終えた須永は、満面の笑みで切り出した。巨人へのあこがれを捨て、プロ入りを選んだ左腕の決断に、日本ハムも最高の誠意で応えた。背番号には13番を用意。「ありがたいです。若くていい番号だと思います」須永は早くもお気に入りの様子だ。契約金は日本ハムの高卒新人では過去最高となる1億円、年俸も1000万円が提示された。 そして何より、札幌のファンから届いた声がうれしかった。約500人の「日本ハムに入って頑張れ」という署名が球団に集まり、この日、スカウトから須永に手渡された。「とても感謝してます。びっくりしました」自分を必要としてくれる北海道のファンへの感謝とともに、期待に応えたい責任感が、18歳の胸に渦巻いていた。 19日のドラフト会議後、自らの心境を「灰色です」と表したほど、巨人への思いが強かった。だが、思いはすべて断ち切った。「今は頭の中にありません。切り替えました」同時に生まれたのは、日本シリーズで巨人を倒すという夢だ。「強いチームですから。いつか対戦してみたい。今の心境ですか? バラ色です」苦悩の分だけ、喜びもひとしお。最高の笑顔とともに、「日本ハム・須永」はスタートを切った。


2003.12.2
日本ハムはドラフト2巡目・須永英輝投手(18)=浦和学院高=と2日、須永の実家が経営する東京都荒川区の居酒屋「さい田」で2度目の入団交渉を行う。浦和学院高の森監督はかねてから「(入団を)断るなら2度と会わない」と話しており、入団表明するのは間違いない。日本ハムも受け入れ態勢に怠りない。千葉・鎌ヶ谷にある合宿所の『出世部屋』といわれる511号室を須永のために用意。これまで今季一塁に定着した木元が住んでいたが、三沢取締役は「ゲンのいい部屋ということで、考えています」と1日、明言した。 また、須永が興味を示している米大リーグへの野球留学にも前向き。従来の留学は2カ月の短期だったが、同取締役は「希望するなら提携先のダイヤモンドバックスへ1年間行かせます」。背番号は13が有力だ。


日本ハムからドラフト2巡目指名を受け、入団に難色を示していた浦和学院・須永英輝投手(18)が2日に行われる2度目の交渉で入団意思を伝える可能性が高まった。巨人入りを熱望して「意中の球団以外なので社会人へ」と話した須永は、ヒルマン監督も同席した11月23日の初の交渉後も態度を保留。2度目の交渉を先延ばしにしていたが、29日に両親、森監督と話し合い、2日に交渉を受けることを決定。交渉には前向きな姿勢で臨むことになった。 来季の札幌移転の目玉として高く評価する日本ハムの誠意が伝わったようで、交渉の場となる東京・町屋のかっぽう居酒屋「さい田」を経営する父・均さん(55)は市場に特上マグロ5キロを注文。「いい話し合いができれば」と“前祝い”の準備を進めている。指名から13日。2日にも、生まれ育った自宅で“日本ハム・須永”が誕生する。

日本ハムからドラフト2巡目指名された浦和学院(埼玉)・須永英輝投手(18)の入団が今日2日、内定する。入団か拒否して社会人入りかで悩んでいたが、1日までに日本ハム入りを決断した。実家の東京・荒川区の飲食店で2日、日本ハムと交渉する。条件提示を受け、須永は入団の意思を伝える。高校屈指の左腕の気持ちがようやく固まった。ドラフト前、直後と希望は巨人1本で、それ以外は社会人入りの気持ちを崩さなかった。11月20日の最初の指名あいさつは同席もしなかった。だが同23日のトレイ・ヒルマン監督(40)との会食で球団の熱意に打たれ「今まで知らなかったところが分かった。白紙にして考える」と軟化。高評価に加え、早期から1軍での登板機会を狙えることからも入団を決意した。2日の初交渉を経て、その次の会談で仮契約が行われる運びだ。



2003.12.1
「居酒屋交渉」でイッキに落とす。日本ハムは、ドラフト2巡目指名の浦和学院・須永英輝投手(18)との2度目の入団交渉を、2日の夜に須永の父・均さん(55)の経営する東京・荒川区の居酒屋「さい田」で行うと30日、発表した。須永側は両親と本人、球団側は山田編成部ディレクター、今成、徳田両スカウトが出席する予定。 この居酒屋交渉は、須永サイドの希望。11月23日の初交渉後に「2度目の交渉をするときは(入団に)前向きでないと」としており、しかも交渉場所が父の店とあって、具体的な条件面などを初めて提示する日本ハム側も手応えを感じている様子。山田ディレクターは「他の場所も考えていたが、向こうも落ち着いて話せると思うから。誠意を見せたい」と和やかなムードで話し合いを進め、一気に交渉を進展させたい考えだ。 「巨人以外は社会人入り」だった須永の思いは、徐々に軟化。23日のヒルマン監督直接出馬の初交渉で、プロ入りへと大きく気持ちが動いた。その後、26日に須永は「(社会人と)両方考えています。難しいです」と揺れる胸中ものぞかせていたが、2度目の交渉が決まったことで、日本ハム入りに傾きつつあるとみられる。未成年である須永は、もちろん酒は飲めないが、リラックスした雰囲気で交渉が運ぶのは確実。何としても“札幌のエース”の獲得を決め、そのまま「祝杯」といきたいところだ。


悩める18歳が、ついに決断を下した。ヒルマン監督との直接交渉から1週間。高校球界屈指のサウスポー・須永がついに日本ハム入りの意思を固めた。 東京生まれの須永は巨人入りを熱望。他球団に指名された場合は社会人の東京ガスに進み、3年後の巨人入りを目指すことを視野に入れていた。しかし11月19日のドラフト会議で日本ハムが2巡目で強行指名。直後の会見では「拒否です」と話し、20日に行われた指名あいさつにも欠席するなど、ショックを隠しきれなかった。 しかし、そんな須永サイドの意思はヒルマン監督が出馬を果たした23日の直接交渉を機に、変わっていった。須永の獲得を「北海道移転プロジェクトの一環」と位置づける日本ハムの熱意に、まず両親が態度を軟化。それでも須永本人は「まだ気持ちは固まっていない」と悩める胸中を口にしていた。 その後も連日、家族会議は重ねられた。巨人への思いは変わらないが、故障などで3年後に高い評価を得られる保証はどこにもない。須永をエース候補と見極め、万全の受け入れ態勢を敷く日本ハムの誠意に、須永本人の心も動いていった。関係者によれば「最終的な目標はあくまでプロ。高い評価を頂いている今が大きなチャンス」との判断がなされた模様だ。29日には本人と両親、森士(おさむ)監督(39)で最終的な話し合いを行い、日本ハム入りへの決断を下した。 2日には東京・荒川区の須永家で本人、両親が同席の上2度目の入団交渉が行われ、日本ハムから条件提示がされる。巨人へのあこがれを捨て、プロとしての第一歩を踏み出す道を選んだ高校NO1左腕。早ければ今月上旬にも「日本ハム・須永」が誕生する。


2003.11.29
日本ハムを応援する北海道の有志団体「日本ハムファイターズ応援作戦会議」が29日、プロ入りか社会人入りかで揺れているドラフト2巡目指名の須永英輝投手(18=浦和学院)へ「ビデオレター」を送ることを決めた。ドラフト会議直後の20日から、入団を懇願するファンのメッセージ集めを開始。道内民放ニュースなどで放送されたその模様を編集し、須永本人へ届けるつもりだ。 同団体の長谷川裕詞代表幹事(34)は「須永君に映像で北海道のファンの思いを届けたい」と熱っぽく話した。この日は札幌の少年野球チームで、その名も「平岸ファイターズ」の納会にメッセージを集めるため出席。民放2局がその様子を収録していた。放送される番組を、長谷川代表幹事が編集して1本のビデオにまとめる予定だ。 すでに400通以上集まっているメッセージと「ビデオレター」を12月1日に球団へ届け、須永との交渉の切り札にしてもらうつもり。少年がペンを手に熱心にメッセージを書き込む姿で、須永の心を揺さぶる。元メッツ新庄へも同様の署名を届け、少なからず入団の後押しした「実績」もある。次回交渉はまだ調整中だが、12月5日をメドに結論を出すとされる須永に「地元の熱い思い」を届ける。



2003.11.27
日本ハムのドラフト2巡目指名に難色を示している浦和学院・須永英輝投手(18)が26日、日本ハム側からの再度の交渉要請を先送りした。この日朝に同校の森監督と話し合い「白紙の状態」であることを伝え、交渉先送りについて森監督は「冷却期間をおいて考えさせたい」と説明した。 巨人入りを熱望していた須永は、23日に日本ハム・ヒルマン監督も出席した入団交渉に初めて同席。交渉後の会見では「(日本ハムについて)分からない部分が分かって勉強になった。感謝しています」と好印象を口にしていたが、この日は日本ハム入りか社会人入りかで揺れている胸中を明かし「両方考えています。難しいです。まだ決められません」と語った。 今後は森監督が30日から12月2日まで所用で不在のため、5日をめどに日本ハムと再度の交渉に臨むかも含め方向性を決める。

ドラフトで日本ハムから2巡目指名された浦和学院(埼玉)の須永英輝投手(18)が来週をメドに進路の結論を出すことになった。ドラフトからちょうど1週間たった26日、森士(おさむ)監督(39)と進路について相談した。須永は「結論は出ていません。白紙です。(入団か否か)両方考えています。揺れている? はい」と語った。さいたま市のグラウンドで普段通りに練習し、笑顔も見せたが胸のうちは複雑だ。 23日に都内ホテルで日本ハムのトレイ・ヒルマン監督(40)やスカウト陣と会食した。須永は笑顔も見せており、球団としては大前進の会談だった。だが監督直接出馬も「入団決定打」とはならなかった。「日本ハムの今までわからなかったことがわかった」と振り返ったが、ドラフト前からの「巨人一本、それ以外は社会人入り」の気持ちは根強いようだ。ヒルマン会談から「頭を真っ白にする」と冷静に考えた結果、今でも巨人への気持ちを「少しある」と漏らした。 日本ハムとしては一刻も早く次回の話し合いのチャンスを得たいところだ。森監督は「冷却期間を置いてよく考えさせたい」としばらく静観するかまえ。所用で森監督はグラウンドを離れ、12月2日に帰京する予定だ。同5日をメドに「(入団か否か)方向性を示したい」とした。日本ハムにとっては入団、もしくは拒否して社会人入りも考えられる正念場を迎えた。

日本ハムからドラフト2巡目で指名され、去就が注目される浦和学院の須永英輝投手(18)が12月5日までに結論を出すことが26日、分かった。交渉の窓口でもある森監督が「来週末くらいには、ある程度の方向性を示したい」と語った。 23日に都内ホテルでヒルマン監督と対面。“社会人から巨人へ”という思いが一度は揺らいだ。だが、須永の心は完全には傾いたわけではなかった。それから3日が経過し、冷静に考えた結果、「白紙です。日本ハムの分からなかったことが頭に入ったけど、まだ結論は出ない」とドラフト前の気持ちから軟化していないことを強調した。 この日、日本ハムの山田編成部ディレクターと徳田スカウトが学校へあいさつに訪れようとしたが、午前中に須永と話し合った森監督は断りを入れた。「しばらく冷却期間を置いて考えさせたい」という意向も伝えた。30日から12月2日まで所用で出張する森監督は3日以降に須永と話し合うことを決め、その結論を基に5日までには日本ハムへ何らかの連絡を入れる予定だ。 5日をメドにすることについて須永は「社会人への気持ちは少しあるが、これから監督と相談して決めたい」と神妙な面持ち。いずれにしても今後1週間が須永の人生を大きく左右しそうだ。

2003.11.25
新庄獲得の勢いに乗ってお次は須永−。ドラフト2巡目指名の須永英輝投手(3年=浦和学院)に入団してもらおうと、今日25日に北海道の日本ハムファンが立ち上がる。札幌商工会議所遙望会の主催で、日本ハム白井ヘッドコーチと岩本投手を招いて行うイベントの中で、有志団体「日本ハムファイターズ応援作戦会議」が、須永入団を懇願する参加者のメッセージを集め、本人に届ける。 同団体の長谷川代表幹事は「目標は1000通。北海道のファンの思いを須永君に伝えたい」と目標を話した。既に40通ほど集まっている。地元ラジオ局などにも呼び掛け、協力をお願いしてきた。今回のイベントはファン中心に500人という大規模となるため、一挙に大量に集めたい考えだ。集めた後は球団、または学校を通じて本人へ渡すことになる。 新庄にも同様に署名を集め、交渉の席へ届けたことで少なからず入団へ心を傾かせる「武器」となった。今回は「若い力がファイターズには必要です」など長文のメッセージを集めるつもり。23日にはヒルマン監督が直接出馬した「和食フルコース交渉」で、須永の心を動かした。期待のルーキー獲得へ、最後までファンも後押しするつもりだ。



2003.11.24
日本ハムが高校生NO1左腕の逆転入団に自信を見せた。2巡目で強行指名した浦和学院・須永英輝投手(18)=181センチ、73キロ、左投左打=と23日、都内のホテルで初めて直接交渉した日本ハムは、この日に来日したばかりのトレイ・ヒルマン監督(40)も出席して熱烈なラブコールを送った。球団側は「(拒否と入団との)真ん中に来た」と話し、巨人入りを熱望する須永も、次回の交渉に応じる姿勢を示すなど態度を軟化させた。 指揮官自らの直接交渉が“逆転”への大きな一歩となった。「ファイターズの総意として、迎え入れたい意思を誠心誠意伝えられたと思う」約2時間の会談を終え、会見に臨んだヒルマン監督は満足感に満ちた表情で切り出した。 渋滞のため、予定時刻の午後6時半から約45分遅れの午後7時15分にホテルに到着したヒルマン監督は、ソフトな語り口で、時には熱く、悩める18歳の胸に熱意を伝えた。「(ドラフト前に)ビデオで見て、素晴らしい選手との印象を受けていた。球団は(指名という)正しい決断を下した。実際に会ってみて、落ち着いた、自信に満ちた好印象を受けた。将来のファイターズを背負ってもらいたい」賛辞のオンパレードは「白紙」という須永の言葉になって表れた。須永との直接交渉を終えたヒルマン監督は会談では強行指名に至った経緯と球団としての将来のビジョンを提示。ヒルマン監督の特製Tシャツと提携先であるダイヤモンドバックス留学話という2つの“土産”で左腕の心を揺さぶった。「(ドラフトの日は)10―0だったのが、今、真ん中に来た感じですかね」須永の反応を伝え聞いた三沢取締役管理担当も「逆転入団」への自信を見せた。 「この会談がプレッシャーに感じてほしくはない」最後まで須永を気遣ったヒルマン監督。来季、札幌に本拠地を移す新生・日本ハムにとって君が必要なんだ―。指揮官の誠意は少年の心に十分に伝わった。


ヒルマン効果だ! 日本ハムは23日、ドラフト2巡目で指名した浦和学院高・須永英輝投手(18)と都内のホテルで初の入団交渉を行った。この日夕、再来日したトレイ・ヒルマン監督(40)も成田空港から直行して交渉に同席。テキサス男の“熱き誘い”に、当初は拒否の姿勢だった須永も大きく入団に傾いた。都内のホテルで行われた初の交渉。須永に浦和学院の森士監督(39)、両親らと食事をしながら約3時間の交渉を終えた三沢取締役当は、確かな手応えに口元を緩めた。「札幌に移転するチームを構築するのに、須永君が必要なことを説明しました。ええ、有意義な3時間でしたね」 巨人以外の指名なら社会人(東京ガス)入りを表明していた須永。日本ハムの指名に態度を硬化し、20日に三沢取締役らが学校へ指名あいさつに行ったときには会えずじまい。それが一転、この日の初交渉で好感触へと変わった。 席上、18歳の閉ざされた胸の内を開かせたのはヒルマン監督だ。球団行事で来日した成田空港から、そのままテキサスのTシャツを土産に交渉の場となった都内のホテルへ直行したのだ。 「楽しんでやれる環境や、素晴らしい選手の面々のことを話した」というヒルマン監督に父親の均さん(55)は「いい印象を受けました」。須永も「すごく勉強になった。指名してくれて感謝しています」と大感激。 交渉の場では提携先の米大リーグ、ダイヤモンドバックスへの野球留学などにも質問が飛んだ。「指名後は複雑でしたが、いまは白紙の状態です」と須永の中で何かが変わりつつある。 次回の交渉は未定ながら、日本ハム側は入団に自信の表情。北の大地でヒルマン監督と二人三脚で新たな球団史を作る日は、意外と近そうだ。

★新庄も須永にエール
プリンス新庄も後押し!? 19日のドラフト会議の翌日、来季からチームに加入する新庄から「一緒にやろう」とエールを送られた須永は「メジャーでやった新庄さんに声をかけられて感謝しています」と大感激。ヒルマン効果に加えて新庄もひと役買った格好。早くもチームの顔として大活躍の新庄だ。


ヒルマン監督の熱意に須永グラリ。日本ハムは23日夜、都内のホテルでドラフト2巡目指名した浦和学院・須永英輝投手(18)と2度目の入団交渉を行った。須永本人が初めて同席したテーブルには、この日夕方に再来日したトレイ・ヒルマン監督(40)も成田空港から直行して合流し、球団方針などを説明。業務提携先であるダイヤモンドバックスへの「留学手形」も用意するなど高校No.1左腕に猛アタックをかけ、断固拒否の姿勢だった須永の態度を一変させた。 「カンバンワ(こんばんは)!」。須永との交渉を終えたヒルマン監督は力強い口調とともに会見場に現れた。その瞳には達成感がみなぎっていたのは言うまでもない。 「プロの集団だけど楽しんでやる環境がある。攻撃面は向上しているが、投手力を強化しなければならない。才能あふれる須永君にぜひ一員になってほしい」 両親がともに教師という指揮官が、急速に改革を進めている球団の現状と今後のビジョンについて、論理的にかつ熱を込めて、須永に語りかけた。須永も「(日本ハムについて)今まで分からない部分が分かって勉強になりました。とてもいい監督だと思いますし、感謝しています」と好印象を抱き、「社会人は頭にあります。でももう少し話を聞いてもいいかな、(社会人と)両方考えてもいいかなとは思いました」。巨人以外なら社会人入りと断固拒否の方針だった19日のドラフト会議からわずか4日で、急速に日本ハムに心が傾きつつある心境を吐露した。 さらに日本ハム側が切り札として用意したのが、提携先のダイヤモンドバックスへの1年間留学手形だ。三沢取締役は「希望があれば1年目に行ってもらう形になる。2年目は当然戦力になるだろうから」と説明。メジャーNo.1左腕ランディ・ジョンソンから学べるチャンスも期待できる。 この日は都内ホテルの36階で高級日本料理のコースを食べながらの交渉。しかし、須永は特別に用意された寿司3人前をペロリと平らげた。合計3時間の交渉も終始和やかな雰囲気。須永サイドは25日の家族会議で今後の方針を決めるが、山田編成部ディレクターは「やることはやった。(会議の)結果を見たい」と自信を見せる。球団を挙げてのアピールは、確かに超高校級左腕の胸に届いたはずだ。


日本ハム・ヒルマン監督が、行動力で須永の気持ちをグッと引き寄せた。今日24日のファン感謝デーに参加するためこの日、再来日。飛行機の遅れと渋滞で、約45分遅れで交渉会場へ駆け付けた。慌ただしい合流だったが約1時間、懇談に加わった。 米球界では異例の「監督出馬」で最大限の誠意を見せた。懇談後は終始、笑顔で「ファイターズの総意として来て欲しいということを誠心誠意伝えました」と話した。チームプランや将来展望を説明。テキサスの自宅から持参した手製のTシャツもプレゼントした。「毎日、野球選手は生まれている」とプリントしたTシャツに思いを込めた。さらにダ軍への留学、新庄からのメッセージも伝えた。報道陣を通じて「須永の気持ちが白紙になった」と伝え聞いた三沢球団取締役は「0対10が今は(拒否と入団の)真ん中になったということ。非常にありがたい」と満足げ。明言こそ避けたが、手応えはつかんだ様子だった。次回交渉は未定だが、可能であれば金銭面や背番号など具体的な条件提示へと踏み込む予定でいる。ヒルマン監督が「ドラフトで指名できたと聞いて興奮した」と話す次代のエース入団へ、第1歩を踏み出した。


日本ハムが23日、米国から再来日したトレイ・ヒルマン監督(40)も出馬し、ドラフト2巡目で強行指名した浦和学院・須永英輝投手(18)と東京都内のホテルで初めて交渉を持った。日本ハムからはヒルマン監督のほか、三沢取締役、山田編成部ディレクター、今成、徳田両スカウト、浦和学院側は須永と両親、森監督、高間部長らが出席。ヒルマン監督と対面した須永はかたくなな拒否の姿勢からやや軟化した態度をみせた。


 「巨人以外は社会人入り」と公言していた左腕の心は、ぐらりと日本ハムに傾いた。「プロ野球はいいところだと思った」。約2時間の対談後、須永の口から心境の変化を意味する言葉がこぼれた。「(ドラフト直後は)複雑だったが、今は落ち着いています。一から考え直そうと、白紙の状態です」。すっきりとした穏やかな表情で、初めて経験したプロ側との交渉を振り返った。 日本ハムは須永へ特別待遇を用意していることをアピールした。業務提携する大リーグのダイヤモンドバックスへ1年留学という“メジャー手形”を提示した。キャンプ中の留学はこれまでもあったが、1年間の留学はまさに異例待遇だ。 話し合いの場にも誠意を見せた。会談場所に、高級ホテルの36階の宴会場を用意。食事は1人約2万円の和食フルコース。球団関係者は「立派なものを出した。値段も恥ずかしくない」と話した。 そしてヒルマン監督の出馬が須永のハートをくすぐった。24日のファン感謝デーのための再来日で、当初は出馬の予定はなかった。この日、アメリカン航空61便で、午後4時すぎに米テキサスから来日。車に飛び乗り、須永の待つホテルへ向かった。首都高速で渋滞に遭い、交渉開始時間より約40分遅れの到着だったが、ホテルでジーンズからスーツに着替え、会談の席に着いた。「球団の総意として須永君を迎え入れたいと伝えた」。会談後、ヒルマン監督は手応えを感じた様子を見せた。 今後の交渉日程は未定だが「早期に次の席を設けたい」と三沢取締役。須永も「もう少し話を聞いてもいいかな」と前向きだけに、次回交渉で一気に結論が出るかもしれない。



2003.11.23
日本ハムが23日、都内のホテルでD2巡目・須永(浦和学院高)と直接交渉を行う。23日再来日するヒルマン監督も同席して、糸口を見いだそうと懸命だ。須永は「巨人以外なら社会人(東京ガス)」と表明しており、球団は20日の指名あいさつで本人と会うことができなかった。しかし、今回は交渉に応じる姿勢をみせており、一気に口説き落とす構えだ。 


日本ハムのトレイ・ヒルマン監督(40)が再来日する今日23日、ドラフト2巡目で指名した浦和学院(埼玉)の須永英輝投手(18)どりに直接出馬する。午後4時15分着の航空機で米国から成田に到着。休む間もなく都内のホテルに駆け付け、三沢今朝治球団取締役(62)らと合流し、本人との初会談に臨む。ビデオを見てその素質にほれ込んだ須永に、入団を訴える。 


2003.11.22
巨人以外の指名なら社会人の東京ガス入りを表明していた須永。しかし、ここにきて須永サイドに大きな変化が現れた。23日に都内のホテルで、初めて本人が交渉に応じることが決まったのだ。
「ええ、そういうことになりました。ウチとしては精いっぱい、須永君を必要としていることを説明したいですね」  三沢取締役管理担当は安心したように表情を緩ませた。熱烈な巨人志向の須永の指名について、日本ハムは「素材はNO・1。今後探すのが困難なくらい」(白井ヘッドコーチ)と高く評価。交渉難航は必至でも指名に踏みきった。ドラフト会議後、須永サイドは態度を硬化。前日(20日)は三沢取締役らが浦和学院へ指名あいさつに訪れたのに、本人とは会えずじまいに終わっていた。  だが、その須永にやっと突破口が見つかった。交渉には、同日来日するヒルマン監督も出馬。すでに監督はVTRを見て須永にほれ込んでおり、提携先の米大リーグ、ダイヤモンドバックスへの野球留学も切り札に、超高校級左腕をくどく構えだ。来季の札幌本拠地移転を控え、新庄とともに集客の目玉となる18歳の少年を翻意させることができるか。


ヒルマンが口説き落とす! 日本ハムのトレイ・ヒルマン監督(40)が23日に行われることになった浦和学院・須永英輝投手(18)との交渉の席に、直接出馬することが21日、明らかになった。現在、帰国中のヒルマン監督だが、23日の午後の便で再来日。そのまま交渉場所となる都内のホテルに直行し、ドラフト2巡目の須永を直接説得する。 須永説得に、日本ハムがいきなり切り札を投入してきた。対話路線をとり、選手掌握に定評があるヒルマン監督が、自らの言葉で高校NO1左腕に熱意を伝える。20日に浦和学院で行われた指名あいさつには、須永本人が不在。森士(おさむ)監督(39)らへ、強行指名に至った経緯を説明するだけに終わった。ドラフト後、初めてとなる本人と両親を交えての交渉で、一気に気持ちを傾かせたい考えだ。 運も味方している。指揮官は、24日に行われるファン感謝デーのために、23日に再来日の予定になっていた。25日には帰国予定のため、23日の夜しか会うタイミングはなかった。日本ハム側が提示した日程に、須永サイドも同意したことで、初めて直接出馬が可能となった。今回の強行指名には、ヒルマン監督の意向が大きく反映されている。ある程度絞り込んだ段階で、指揮官自らがドラフト候補のビデオをチェック。ヤンキースのマイナー組織で、数々の原石を磨き上げたヒルマン監督官の目をくぎ付けにしたのが、須永だった。「これが高校生か?」どうしても必要な選手であることが、再確認された。 三沢取締役管理担当は「監督には、メールで連絡しました。大一番? そうですね」と心強い援軍に笑みを浮かべた。今月7日には、新庄と極秘に対面し、入団を決定付けたヒルマン監督。須永に対して、どんな言葉を用意するのか。日本ハムは、指揮官の直接出馬で突破口を見いだす構えだ。須永はこの日、ヒルマン監督のあいさつを受けることについて「話を聞くことは勉強になる。その時の正直な気持ちを、素直に伝えたいです」と話し、もう指名直後のような険しい表情ではなかった。 ドラフトから一夜明けた20日、森監督から「ボーッとしておけ。冷静にさわやかな状態で、話を聞けるようにしよう」と助言があった。意中の球団ではないが、2巡目指名という高評価をしてくれた日本ハムに相応の礼儀を示し、話を聞いた上で、ゆっくりと決断を下せばいいとの判断だ。「今は何も考えないようにしています」ドラフト直後は自らの心境を「灰色」と表現した須永だが、「今では無色です」と気持ちを整理しつつある。だが、意中の球団である巨人への思いは揺らぐことはない。「今でも(巨人への)気持ちは固いです」あらためて、そう言い切った。 須永サイドからは本人、両親、森監督、高間薫部長(48)の5人が出席する。「行く行かないの結論は出ないでしょう。あくまで話を聞くだけ」と森監督。東京ガスに就職し、3年後巨人入りを目指すのか。あるいは一転、日本ハム入りか―。ヒルマン監督との面会を終えた18歳の心の行方に、注目が集まる。 
 

切り札投入で猛アタックだ。日本ハムは難航している浦和学院・須永英輝投手(18)の2度目の入団交渉日を23日夜、都内のホテルで行うと公表した。前回20日とは違って今回は本人も同席。その交渉には同日夕方に再来日するトレイ・ヒルマン監督(40)が成田空港から車を飛ばして駆けつける。そして「巨人以外なら社会人入り」と表明している須永のハートに揺さぶりをかけるつもりだ。 準備は整った。須永があまりのショックで「気持ちの整理がつかない」と19日のドラフト会議当日に門前払いを食ってからわずか2日。20日には浦和学院・森監督も「意中の球団以外に絶対行かないと言ってきたわけではない」と態度を軟化させ、さらに次回交渉では監督、両親、部長とともに須永本人が同席と、着実に入団へ“前進”している。それでも森監督は「双方納得した立場で結論を出そうと、会うことにした」と中立的な立場を強調した。日本ハムは次回交渉の場で、入団後の育成ビジョン、環境の良さなどをアピールする予定。そこでヒルマン監督が、13年間の監督経験で築き上げた理論と育成方針を明快に、熱っぽく語りかける。「金の話はしないでくれと言ってある」と森監督は話しているが、20代から指導者としての道を歩み始めた叩き上げの指揮官としては、その方がよっぽど好都合だ。また、この日は都内でフライヤーズ・ファイターズOB会が行われ、土橋正幸氏(67)に代わり木田勇氏(49)が新会長に就任。新人の80年に22勝8敗4セーブ、防御率2・28をマークして投手8冠を獲得した木田氏は若きサウスポーに「昔は日本ハムと言えば江夏、木田だった。これからは日本ハムと言えば小笠原、新庄。須永君も?そうですね」とエールを送った。まさに球団総出で将来の札幌のエースを迎え入れる。


19日のドラフト会議で日本ハムから2巡目指名を受けた浦和学院(埼玉)の須永英輝投手(18)が、明日23日にトレイ・ヒルマン監督(40)と都内ホテルで会談することが21日、決まった。前日20日の最初の指名あいさつは本人不在だったが、球団側は次回はヒルマン監督同席の会談を打診。これを須永サイドが了承した。ヒルマン監督は米国に帰国中で、23日午後に来日。異例の即日「直接出馬」になる。この日、須永は普段通り、さいたま市のグラウンドで走り込みなどに汗を流した。笑顔も見せるなどリラックスした表情だった。巨人志望でそれ以外は社会人入りという意思は「揺らいでいない」という。ヒルマン監督との会談を森士(おさむ)監督(39)は「意固地な考えは向こうへ置くということ」と説明した。本人に両親、森監督、高間部長が出席する見込みだ。須永は「今は何も考えないようにしています。正直な気持ちを素直に伝えたい。ヒルマン監督の印象? わかりません」と複雑な胸の内を明かした。ドラフト直後に「灰色」と表現した気持ちを、この日は「無色」と語った。日本ハムとすれば、道は険しいが須永の「気持ちは巨人一本」の牙城を崩すチャンスを得た。



2003.11.21
日本ハムが須永獲得へ、文字通り総力を結集する。巨人以外なら社会人入りの意思を固めていた須永を強行指名してから一夜明けたこの日、三沢取締役、山田編成部ディレクター、今成、徳田両スカウトが指名あいさつに訪れた。しかし須永の巨人志望は依然強く、学校側と須永サイドが話し合って本人欠席のまま日本ハム側との会談は行われた。森士(おさむ)監督(39)と内藤校長、高間部長と40分間話し合うも、異例の指名あいさつとなった。日本ハム側としては覚悟の上での指名だった。三沢取締役は「なぜ指名したか、経緯を説明した。簡単な気持ちで指名したのではない。時間をかけて理解してもらいたい。説得する自信はある」と決意に満ちた表情で語った。さらに須永サイドの要望があれば、と前置きした上で「そういうこと(出馬)も考える」と、ヒルマン監督の直接出馬の用意があることを示した。そもそも、強行指名に踏み切ったのは、ヒルマン監督の意思もあった。ドラフト前、候補選手をビデオで見た際に「とてもいい投手」と驚いたという。前日のドラフト後に指名した旨を米国帰国中のヒルマン監督に電話で報告。ヒルマン監督は23日に再来日し、24日のファン感謝イベントに出席後、25日に米国に戻る予定だが、三沢取締役は「監督の23日夜のスケジュールは空けられるということだった」と話した。ヒルマン監督にとってもハードな日程になるが、フロントと現場が一体となって取り組む態勢をつくった。他にもメジャー留学など、説得の材料は「2、3ある」と三沢取締役は話しており、須永獲得を「北海道移転のプロジェクトの1つ」とまで位置付けた。球団の熱意が須永の意思を翻すか。今後の話し合いが注目される。


固く閉ざされていた扉から、わずかに光が差し込んだ。強行指名から一夜明けて日本ハム・三沢今朝治取締役管理担当ら、4人による須永への指名あいさつは当初の予定通り本人は欠席。しかし、それが自らの配慮であったことを明かした森監督は悩める左腕の気持ちを代弁した。 「これまでも意中の球団以外に絶対行かないと言ってきたわけではない。ただ本人には強い思いもあっただろうし、納得した中で返事をするためには多少の時間は必要だということ」 指名直後に見せたかたくなな拒否の姿勢は影を潜めていた。19日夜に須永の自宅で本人、両親、森監督とで4者会談を行った。“巨人以外なら社会人入り”の気持ちは強く残っているが、次回以降は入団交渉の席に着くことが確認された。約50分間の指名あいさつを終えた三沢取締役も「次は会える約束をしてもらった。納得いくまで時間をかけたい。説得する自信はあります」と手応えを話すと「監督?時間さえ合えばね」と23日に再来日するヒルマン監督の直接出馬も示唆。高校No・1左腕獲得へ球団挙げて全精力を注ぐ考えを示した。 午後4時すぎからランニング、キャッチボールなどの練習を黙々とこなした須永は沈黙を守ったが「あくまでこれからですが、進路選択を長引かせることはさせない。しっかりと考えて冷静に本人に選ばせたい」と森監督。日本ハムの入団発表は12月20日の予定。あと1カ月。須永の悩める日々が終わるのはいつだろうか。



日本ハムは20日、ドラフト2巡目で強行指名した浦和学院の須永英輝投手(18)の指名あいさつに、埼玉・さいたま市の同校を訪れた。三沢取締役管理担当、山田編成ディレクター、徳田、今成両スカウトの4人が森監督、高間部長、内藤校長と約50分間会談したが、森監督の配慮で須永は同席しなかった。日本ハム側は須永が巨人入りを熱望していたにもかかわらず、強行指名した経緯を説明した。9月にビデオで須永を見たヒルマン監督が絶賛したこと、札幌移転元年の目玉として、必要な戦力と判断したことなどを訴えた。三沢取締役は「本人と会っていないから手ごたえは分からない」と顔を曇らせたが、「秘策は2、3ある。説得する自信はある」ときっぱり。23日に来日するヒルマン監督が出馬する可能性があることも示唆した。ドラフト会議の夜、須永、両親と話し合った森監督は「意中の球団以外は行かないとは言っていない」と柔軟な構えを見せた。だが須永は巨人への未練が捨てきれないようで、この日は無言のまま雨の中キャッチボールなどをこなした。平行線のまま終わった第1回の会談。だが次回の交渉では須永が同席する予定だけに、プロ入りか拒否か、大きな進展が見られそうだ。


ドラフト会議から一夜明けた20日、日本ハムは三沢取締役編成部長らがさいたま市の浦和学院高校を訪れ、2巡目指名した須永英輝投手(18)=180センチ、71キロ、左投げ左打ち=にあいさつをした。巨人入団を希望していた須永は同席しなかったが、球団側はヒルマン監督が直接出馬してでも説得したい考えを示した。衝撃の強行指名から一夜明けても、18歳の心は晴れなかった。さいたま市の浦和学院高で行われた日本ハムの指名あいさつに、須永の姿はなかった。代わって話を聞いた野球部の森士(おさむ)監督は「(本人の同席は)もう少し精神的に落ち着いてからにしたい」と説明した。 それでも日ハムは必死だ。三沢取締役編成部長ら4人が約50分にわたって経緯を説明。「須永君は高校生の中ではトップ評価。ヒルマン監督の希望もあり指名した」と熱烈ラブコールを送った。 あいさつの際に森監督から「ドラフトの時点では周りのほとんどの人が喜べなかった結果になったと思います」と須永家の反応を伝えられたが、三沢取締役は「説得する自信はある」と語り、ヒルマン監督の直接出馬も示唆。ヒルマン監督は23日夕に来日、24日のファン感謝デーに出て25日に帰国するが「23日の夜は空いている。もし本人の気持ちがウチに傾きタイミングが良ければ会うこともある」。球団が業務提携をしている米大リーグのダイヤモンドバックスへ留学を勧めることも「一つのプランとして考えている」と語った。 入団確実の新庄も「ウチにきてもらたい気持ちはある」とラブコール。まさに球団挙げてのプロジェクトとなってきた。態度を決めるメドについては入団発表が行われる来月20日が「基準になるのでは」と森監督。日本ハムは残り1カ月で猛攻勢をかけるしかない。 

 

浦和学院の須永英輝投手(18)をドラフト2巡目で強行指名した日本ハムは20日、さいたま市の同校を訪れ、三沢取締役管理担当、山田編成部ディレクター、徳田、今成両スカウトが、森士(おさむ)監督(39)ら関係者に指名あいさつを行った。須永本人は出席せず、日本ハム側が指名の経緯を説明するにとどまったが、今後はヒルマン監督の直接出馬、ダイヤモンドバックスへの留学手形を切り札に、猛攻勢をかける構えだ。 午前10時から始まった約30分の指名あいさつ。本人と直接話ができなかったこともあってか、終了後の三沢取締役は「きのうのきょうですからね。すっきりした形で決めたいから、本人が納得するまで説明するつもりです。本人に理解してもらうことが一番ですから」と険しい表情を見せた。直接会えれば秘策は用意している。帰国中のヒルマン監督が23日に再来日。指揮官も「役に立てることがあれば」と直接出馬に乗り出す気は十分だ。ただし、今回の日本滞在日程は3日間の予定。三沢取締役は「もし時間が合うのなら会って欲しいと思っています。だけど、相手があることですからね。少なくともメッセージは伝えたい」と話した。もうひとつは、提携しているダイヤモンドバックスへの留学手形だ。ランディー・ジョンソンら生きた見本に触れることは、須永の将来に大きなプラスになるはずだ。現場、フロントが一体となっての須永へのアプローチ。高校NO1左腕の心を、動かすことはできるのだろうか。ドラフトから一夜明けた20日、須永は通常通りに登校したが、日本ハム・三沢取締役らのあいさつには姿を見せなかった。浦和学院では内藤英夫校長(62)、森士(おさむ)監督(39)、高間薫部長(48)が応対。本人不在を森監督は「精神的に落ち着くまで待ってもらいたい」と説明。本人への取材も禁止となった。ドラフト会議当日の夜には、東京・荒川区の須永家を森監督が訪問。今後の対応を協議した。「正直、両親はショックを受けている。周りが喜べない結果になったのは事実」と森監督。だが「今後は本人、両親を交えて(日本ハムと)話をしたい」と次回は須永家を交え、あいさつを受ける可能性を示唆した。結論の時期については「入団発表が行われる12月20日が私の中では基準。それまでには本人の意思を尊重して決めたい」と急がない方針だ。 放課後に雨のグラウンドに姿を見せた須永は、キャッチボールやランニングなどで黙々と汗を流した。巨人入りの夢を捨てきれない高校NO1左腕。日本ハムには礼を尽くした上で、拒否の結論を伝えることになりそうだ。


前日に面会を断られた日本ハムは、午前10時に三沢取締役管理担当ら4人が改めて浦和学院高を訪問。「簡単な気持ちでジャイアンツに行きたい選手を指名したわけでない。時間をかけて、納得した上できていただきたい」。三沢取締役は約40分間にわたり、森野球部監督らに熱い気持ちを伝えたが、結局、授業中の18歳左腕とは顔を合わすことはできなかった。  新庄とともに来季の本拠地札幌移転の目玉として、追い求めた実力派スター候補生。9月にビデオを見たヒルマン監督も「これが高校生か? すごくいいピッチングだ」とほれ込んでいる。意中の巨人以外の指名では、社会人の東京ガス入りを強調してきたが、このまま勝負をせず、土俵を下りるわけにいかない。 米テキサスに帰省中の指揮官は電話でドラフトの報告を聞き、「役に立てることなら何でもしたい」。23日にはファン感謝デー(24日・東京ドーム)のため2泊3日で来日予定で、直接出馬する可能性もある。また、投手王国のダイヤモンドバックスへの短期留学も「プランのひとつ」(三沢取締役)。同じ左腕のランディー・ジョンソンのそばでの英才教育を、切り札にする計画だ。 須永は夕方、心を落ち着かせるようにランニングやキャッチボールで体を動かした。この日は、球団は新庄と仮契約。新庄を北の大地へ傾かせた“真心”で、日本ハムが須永のハートにも食い込む。


日本ハムが前日19日のドラフト会議で2巡目指名した浦和学院(埼玉)の須永英輝投手(18)を全力を挙げて口説く。20日、三沢今朝治球団取締役(62)ら4人のスカウト陣がさいたま市の同校へ指名あいさつに訪れたが、巨人志望が強い本人とは対面できなかった。球団では「気持ちは巨人1本」の牙城を崩すため、トレイ・ヒルマン監督(40)が23日夜のスケジュールを空け、直接出馬する態勢を整えた。日本ハムが須永獲得へ、文字通り総力を結集する。巨人以外なら社会人入りの意思を固めていた須永を強行指名してから一夜明けたこの日、三沢取締役、山田編成部ディレクター、今成、徳田両スカウトが指名あいさつに訪れた。しかし須永の巨人志望は依然強く、学校側と須永サイドが話し合って本人欠席のまま日本ハム側との会談は行われた。森士(おさむ)監督(39)と内藤校長、高間部長と40分間話し合うも、異例の指名あいさつとなった。日本ハム側としては覚悟の上での指名だった。三沢取締役は「なぜ指名したか、経緯を説明した。簡単な気持ちで指名したのではない。時間をかけて理解してもらいたい。説得する自信はある」と決意に満ちた表情で語った。さらに須永サイドの要望があれば、と前置きした上で「そういうこと(出馬)も考える」と、ヒルマン監督の直接出馬の用意があることを示した。 そもそも、強行指名に踏み切ったのは、ヒルマン監督の意思もあった。ドラフト前、候補選手をビデオで見た際に「とてもいい投手」と驚いたという。前日のドラフト後に指名した旨を米国帰国中のヒルマン監督に電話で報告。ヒルマン監督は23日に再来日し、24日のファン感謝イベントに出席後、25日に米国に戻る予定だが、三沢取締役は「監督の23日夜のスケジュールは空けられるということだった」と話した。 ヒルマン監督にとってもハードな日程になるが、フロントと現場が一体となって取り組む態勢をつくった。他にもメジャー留学など、説得の材料は「2、3ある」と三沢取締役は話しており、須永獲得を「北海道移転のプロジェクトの1つ」とまで位置付けた。球団の熱意が須永の意思を翻すか。今後の話し合いが注目される。



2003.11.20
プロ野球のドラフト会議が19日、東京・港区の新高輪プリンスホテルで開かれた。巨人志望だった超高校級左腕、浦和学院高・須永英輝投手(18)は日本ハムが強行指名した。 約70人の報道陣が集結した校内の会議室で、初めて“事実”を知らされた。内藤英夫校長から「日本ハムから指名を受けました。自分への評価は素直に感謝してください」と告げられると、須永は無表情のまま静かに会見の席についた。 「2巡目で指名してくださったことは、ありがたく感謝しています。今後のことは監督と相談して、ゆっくり考えていきたいです」会見では全く笑顔は見せなかった。前日まで指名回避で固まっていた日本ハムが、2巡目で巨人より先にまさかの強行指名。ドラフト会議開始5分前に浦和学院・森監督の携帯電話に日本ハム・徳田スカウトから「2巡目で行かせていただきます」との報告があり、須永の夢は打ち砕かれた。 「気持ちが揺らぐことはありません。3年後に巨人? ハイ、自信はあります」と会見では指名拒否で社会人(東京ガスなど)入りする姿勢を見せた。ただその一方で、日本ハムとの交渉に関しては「話を聞くのは勉強になると思う」と、実際には揺れ動く複雑な心境ものぞかせた。 須永にとって小1で初めて見たプロ野球が、東京ドームでの日本ハム戦。そのときの印象が「素晴らしいチームだと思った」。本拠地となる札幌についても「おいしい食べ物があります」と最後には笑顔も見せた。 高校球界最高左腕とはいえ、18歳の揺れる気持ちは隠しようもない。心の整理がつかないまま、須永は20日に日本ハムの指名あいさつを受ける。

甲子園で活躍した高校屈指の投手の明暗が2巡目で分かれた。プロ野球のドラフト会議が19日、都内ホテルで行われ、巨人一本に希望を絞っていた浦和学院(埼玉)の須永英輝投手(18)は日本ハムから指名を受けた。かたくなな表情はなかったものの、現在の心境を「拒否」と明かした。同じく巨人志望だった広陵(広島)の西村健太朗投手(18)は念願がかない、笑顔を見せた。 午後2時4分、「日本ハム須永指名」の一報が入ると、記者会見場となった浦和学院の会議室がざわついた。体育の授業中だった須永は同12分、会見場に駆けつけ、初めて意中外の球団からの指名を知った。「評価してもらって、感謝したい。これからゆっくり考えたい」と慎重に語った。 これまで通り巨人一本で、希望以外は東京ガスを中心に社会人入りする気持ちは固い。日本ハムの指名は「びっくりした」というが「意思は変わらない。迷いもありません。自分の中で決まっていること。(巨人への気持ちは)あります。(社会人入りした場合の)3年間は遠回りじゃない? はい」と答えた。 さいたま市の同校にはこの日、テレビカメラを含めて約50人の報道陣が集まった。職員も交通誘導など応対に追われた。だが意中外の球団の指名に、予定していた野球部員による胴上げは取りやめた。指名後、日本ハムから即日あいさつの打診を受けたが、森士(おさむ)監督(39)の「冷却期間を置きたい」という理由から今日20日になった。会見後、グラウンドに出た須永の前で、何事もなかったかのように野球部の練習が行われた。指名を知った瞬間は「頭の中が真っ白になった」と振り返った。時間がたつとともに、徐々に本音も出た。日本ハム入団の可能性について、しばらく沈黙した後に「(現段階では)拒否です」と漏らした。そして現在の心境を「灰色」と表現した。 ただ時折笑顔も見せるなど、かたくなな態度ではなかった。「落胆はありますが、指名には感謝したい。日本ハムは素晴らしいチーム。小学校に入る時に試合を見たことがあります」と言葉を選んだ。北海道のイメージを「寒いが、おいしい食べ物がある」として笑いも誘った。森監督は「厳粛に受け止めて接していきたい」と冷静だった。拒否して社会人入りか、日本ハム入りか。18歳の決断が迫られる。


日本ハムの三沢取締役編成部長らは20日、ドラフト2巡目で指名した浦和学院の須永英輝投手(18)への指名あいさつのため同高を訪れたが、須永本人とは会えず、森監督らに対する経緯説明で終わった。
日本ハムは、巨人以外なら社会人入りを表明してきた須永を強行指名。三沢取締役はこの日のあいさつについて「経緯を説明し、球団の熱意を本人にお伝えいただくよう、お願いした」と説明。あいさつを受けた森監督は「本人の強い思いを考えると厳しい面もあるが、全然(ほかの球団という選択肢が)視野にない、というわけではない」と気持ちを代弁した。 本人や家族の動揺が収まるのを待って、球団との交渉に応じる考えがあることを明らかにした。


甲子園で活躍した高校屈指の投手の明暗が2巡目で分かれた。プロ野球のドラフト会議が19日、都内ホテルで行われ、巨人一本に希望を絞っていた浦和学院(埼玉)の須永英輝投手(18)は日本ハムから指名を受けた。かたくなな表情はなかったものの、現在の心境を「拒否」と明かした。同じく巨人志望だった広陵(広島)の西村健太朗投手(18)は念願がかない、笑顔を見せた。午後2時4分、「日本ハム須永指名」の一報が入ると、記者会見場となった浦和学院の会議室がざわついた。体育の授業中だった須永は同12分、会見場に駆けつけ、初めて意中外の球団からの指名を知った。「評価してもらって、感謝したい。これからゆっくり考えたい」と慎重に語った。 これまで通り巨人一本で、希望以外は東京ガスを中心に社会人入りする気持ちは固い。日本ハムの指名は「びっくりした」というが「意思は変わらない。迷いもありません。自分の中で決まっていること。(巨人への気持ちは)あります。(社会人入りした場合の)3年間は遠回りじゃない? はい」と答えた。さいたま市の同校にはこの日、テレビカメラを含めて約50人の報道陣が集まった。職員も交通誘導など応対に追われた。だが意中外の球団の指名に、予定していた野球部員による胴上げは取りやめた。指名後、日本ハムから即日あいさつの打診を受けたが、森士(おさむ)監督(39)の「冷却期間を置きたい」という理由から今日20日になった。会見後、グラウンドに出た須永の前で、何事もなかったかのように野球部の練習が行われた。指名を知った瞬間は「頭の中が真っ白になった」と振り返った。時間がたつとともに、徐々に本音も出た。日本ハム入団の可能性について、しばらく沈黙した後に「(現段階では)拒否です」と漏らした。そして現在の心境を「灰色」と表現した。 ただ時折笑顔も見せるなど、かたくなな態度ではなかった。「落胆はありますが、指名には感謝したい。日本ハムは素晴らしいチーム。小学校に入る時に試合を見たことがあります」と言葉を選んだ。北海道のイメージを「寒いが、おいしい食べ物がある」として笑いも誘った。森監督は「厳粛に受け止めて接していきたい」と冷静だった。拒否して社会人入りか、日本ハム入りか。18歳の決断が迫られる。



日本ハムの三沢取締役編成部長らが20日、ドラフト2巡目で指名した須永英輝投手への指名あいさつのため浦和学院高を訪れたが、須永本人とは会えず、森監督らに対する経緯説明で終わった。巨人以外なら社会人入りを表明してきた須永を日本ハムは強行指名。三沢取締役はこの日のあいさつについて「経緯を説明し、球団の熱意を本人にお伝えいただくよう、お願いした」と説明。あいさつを受けた森監督は「本人の強い思いを考えると厳しい面もあるが、全然(ほかの球団という選択肢が)視野にない、というわけではない」と、気持ちを代弁。本人や家族の動揺が収まるのを待って、球団との交渉に応じる考えがあることを明らかにした。



◆浦和学院高・森士(おさむ)監督 
「今の時点では、本人はあぜんとしていて何も考えられない状況です。でも全然、聞く耳を持たないというわけではないでしょう。高校生としては、実質5番目の評価だし、嫌だ嫌だじゃバチが当たるでしょう」


★白井ヘッド
回避とみられた須永(浦和学院高)を2巡目で指名した白井ヘッドは「希望球団があるみたいだが、彼の能力から外せないと評価しました」と説明した。三沢取締役管理担当も「焦らずに時間をかけて指名理由を説明したい」と話し、困難は覚悟の上の様子。20日午前10時に山田編成部ディレクターらが学校にあいさつに出向く。


願いは通じなかった。会見用にセッティングされた学校の会議室。日本ハムの2巡目指名を伝えられた須永は唇をかみしめた。顔はこわばり、両ひざは小刻みに揺れる。だが、心はひとつに決まっていた。 「指名していただいて感謝したい。でも、自分の気持ちは全く揺らぐことはありません」 時間が経過しても、その気持ちは変わらない。自身の指名から2時間後、意中の巨人からの指名なら胴上げを行うはずだった野球部のグラウンド。「本来なら胴上げされるはずだったんですけどね」。後輩たちから胴上げされることは最後までなかった。指名後、日本ハムの徳田スカウトから森士(おさむ)監督(39)に電話が入り、即日あいさつの要請を受けたが、これを森監督は拒絶した。「今、泣きたいくらいの心境だろうし、須永には冷却期間が必要だから」と森監督は説明したが、それは日本ハム入団拒否を物語るに十分だった。 8月下旬、そして10月上旬に行った家族会議でも須永の巨人一本の信念は変わらなかった。数球団からドラフトでの指名の意向が伝えられたが、断りを入れた。前日も日本ハムから連絡はなく、巨人以外の指名など頭になかったのだろう。日本ハムの印象については「最初に野球を見に行ったのは日本ハムです。でも、あまり知らないので…」と話すのが精いっぱいだった。 帰り際、日本ハムへの入団の可能性について問われた須永は「拒否です」と言い切った。この日夜には本人と両親、森監督の緊急4者会議が行われたが、社会人の東京ガス入りが濃厚だ。日本ハムは20日に山田編成部ディレクター、今成スカウト、徳田スカウトが指名あいさつを行うが、高校No.1左腕の意志は固い。 「3年後でも遠回りではない。やれる自信はあります」。そして須永は寂しそうにこう言った。「西村君がうらやましい」。18歳の偽らざる本音だった。


巨人からの指名を待っていた浦和学院・須永英輝投手(18)は学校の会議室で日本ハム2巡目を伝えられると唇をかみ締めた。会見中のこわばった顔に、両ひざは小刻みに揺れた。だが心はひとつに決まっている。「指名していただいて感謝したい。でも自分の気持ちはまったく揺らぐことはありません」。しっかりと自らの信念を口にした。指名後、日本ハムの徳田スカウトから森士(おさむ)監督(39)に電話が入り、即日あいさつの要請を受けたが、これを森監督は拒絶した。「今泣きたいくらいの心境だろうし、須永には冷却期間が必要だから」と森監督は説明した。帰り際、日本ハムへの入団の可能性について問われた須永は「拒否です」と言い切った。この日夜には本人と両親、森監督の緊急4者会議が行われたが、須永の意志は固く、社会人の東京ガス入りが濃厚だ。日本ハムはきょう20日に指名あいさつを行うが「3年後でも遠回りではない。やれる自信はあります」と話す高校球界No.1左腕を翻意させるのは極めて困難な状況だ。

◆ 三沢取締役「リスクは覚悟」 ◆
須永指名を強行した三沢取締役管理担当は「秘策はないけど、焦らずゆっくり時間をかけて分かってもらう。簡単には来てくれるとは思っていない。リスク覚悟でやっている」と説得に時間がかかるのは織り込み済み。「うちをよく知らないだろうからこれから分かってもらう」と来年から札幌に本拠地を移転するチーム事情を説明。理解を求める考えだ。




巨人入りを熱望していた浦和学院・須永英輝投手(18)は日本ハムに2巡目指名された。涙を浮かべて、拒否の姿勢を見せた高校球界NO1左腕は3年後にあこがれのチーム入団を目指して、東京ガスへの就職を示唆した。その涙が強い意志を物語っていた。日本ハムの強行指名。2巡目。あこがれの巨人が指名する前に、その名前は会場で読み上げられた。「迷いはない。気持ちは揺るぎません」須永は目を潤ませ、声を絞り出した。 午後2時12分、体育の授業を抜け出し会見場を訪れた須永に知らせは伝えられた。「一瞬、頭が真っ白になりました」ピンチに動じることなく向かっていった左腕も、この事態だけはどうすることもできない。口を真一文字に結び、目の前の事態と何とか向かい合おうとした。嫌な予感はあった。この日の朝、森士(おさむ)監督(39)と最後の話し合い。「日本ハムが指名する可能性がある」と告げられた。だが、決意はひとつ。高校時代に達成できなかった日本一の夢を、巨人のユニホームを着て成し遂げたい―祈る思いで、運命の一瞬を迎えた。18歳の胸に突きつけられた現実。だが、須永は日本ハムの交渉に正面から応じるつもりだ。「指名してくれたことには感謝したい。話を聞くことで、勉強になると思います。北海道の印象? 遠い、寒い…おいしい食べ物があるという感じです」と続け、緊迫した会見場が一瞬、和んだ。日本ハムの2巡目に須永の名前が出ると、ドラフト会場がどよめいた  それでも、はっきりとした口調でこう続けた。「気持ちは変わりません。3年間みっちり実力をつけて、希望する球団へ行きたい」入団を拒否し、東京ガスに就職。レベルアップを果たして巨人入りを果たす決意を改めて示した。 「本人のあこがれ、思いを大事にしたい。結論はこれからです」と森監督。この日、日本ハムから早速「今から行きたい」とあいさつの打診を受けたが「冷却期間を置きたい」と断りを入れた。夜には森監督が東京・荒川区の須永家を訪問。本人も交えて今後の対応を協議した。現在の心境を色にたとえ「灰色です」とつぶやいた。目の輝きは最後まで失われていない。「(現時点では)拒否です」須永の意中にあるのは、巨人だけだ。逃げなかった。ここ2年、寺原、高井と、目玉と言われた高校生投手の指名を直前で回避。「どうせ今年も…」外野では、回避の声が多数を占めた。しかし、2巡目での強行指名。須永の巨人志望は分かっていても、移転元年を控え、スター候補生の指名を見送るわけにはいかなかった。 ヒルマン監督の意向も、強行指名に踏み切った理由の一つだった。早い段階で、ドラフト候補のビデオをチェックした指揮官が「投手なら須永」と高く評価。現場、フロントが一体となって、須永指名へのシナリオを書いてきた。 ドラフト終了後、三沢取締役管理担当は「(ドラフト直前のトーンダウンは)あまり、騒がせてもね。簡単に来てくれるとは思っていないけど、外すわけにはいかなかった。リスクは覚悟の上」と表情を引き締めた。 この日、日本ハム側が希望した指名あいさつは、須永サイドの意向で20日に延期された。三沢取締役は「秘策? 特にないけど、ゆっくり時間をかけて分かってもらうつもりです」と長期戦を覚悟し、誠心誠意、須永の説得に当たる構えだ。ドラフトの成否は、須永との交渉次第。ここからが、本当の正念場となる。  
 


2003.11.19
日本ハムは、ドラフト2巡目で巨人以外なら社会人入りを表明していた高校球界屈指の左腕、須永英輝投手(浦和学院)を強行指名した。球団は浦和学院側へ19日中の指名あいさつを申し込み拒否された。交渉は難航が予想されるが、白井ヘッドコーチは「リスクはあるが、将来を背負う、どうしても外すことのできない能力を持った投手と判断した」と入団説得への意欲を見せた。また、三沢取締役編成部長は「まずは考え方なども含め、うちの球団を知り、理解してもらえるように努めたい」と長期戦を覚悟していた。日本ハム2巡目・須永英輝投手(浦和学院高)「指名していただいたことは感謝したい。これからじっくり考えたいが、迷いはありません。3年間、みっちりと実力をつける自信はあります。遠回りとは思わない」



4巡目・押本(日産自動車)

2003.12.9
東京・銀座の日産自動車本社で、山田ディレクター、今成スカウトと入団交渉を行い、契約金8000万円、年俸1500万円で仮契約した。先月30日に閉幕した社会人野球日本選手権で、準決勝を完投勝利など初優勝に貢献。そのため交渉は遅くなったが「日産に入ったときは、プロになれると思ってなかったのでうれしい」と即決。先月19日のドラフト当日以来の交渉で、指名あいさつだけの予定が一気に仮契約まで進んだ。久保恭久監督(43)は「即戦力として北海道で羽ばたいてほしい」とエールを送っていた。 



2003.11.26
日本ハムからD4巡目指名された日産自動車の右腕、押本は「納得いかない」と不満顔。六回途中からの登板は、3日前からひいた風邪の影響もあって、七回には同点に追いつかれ、九回にも1点を奪われるぴりっとしない内容。久保監督は「置き土産をしていってもらわないと」と右腕の奮起に期待を寄せていた。



6巡目・金森投手

2003.12.15
日本ハムのドラフト6巡目・金森敬之投手(18)=東海大菅生高=の入団が14日、決まった。今成スカウトらが大阪府藤井寺市内の自宅で交渉し、契約金3500万円、年俸500万円で合意に達した。日本ハムは来季の新人6選手とすべて仮契約が終了。入団発表は20日、札幌市内のホテルで行われる。


日本ハムがドラフト6巡目で指名した東京・東海大菅生高の金森敬之投手(18)=182a、80`、右投げ右打ち=の入団が14日、決まった。今成スカウトらが大阪府藤井寺市内の自宅で交渉し、契約金3500万円、年俸500万円で合意に達した。日本ハムは来季の新人6選手とすべて仮契約が終わった。入団発表は20日、札幌市内のホテルで行われる。


2003.11.22
電撃指名による困惑は、まだまだ尾を引きそうだ。東京・あきる野市の学校で、山田編成部ディレクターと今成スカウトから指名あいさつを受けた。事前に日本ハムが指名するという情報は得ていなかった。「本人がまだ戸惑っている状態ですので」(横井監督)。大阪出身で在阪球団を希望しており、当初それ以外は進学予定だった。今日22日に国際武道大の推薦試験を受け、その後、じっくりと決める。 



7巡目指名・渡部龍一捕手(18=札幌一)

2003.11.26
日本ハムのドラフト7巡目、渡部龍一捕手(18=札幌一、171センチ、83キロ、右投げ右打ち)の入団が25日、決まった。札幌市内の球団事務所で契約金2000万円、年俸480万円で仮契約を交わした。

日本ハムにドラフト7巡目で指名された渡部龍一捕手(18=札幌一高)が25日、札幌の球団事務所で仮契約を結んだ。  今季の新人決定第1号となった渡部は「活躍して早く一軍に上がって、札幌で活躍できる選手になりたい」と力を込めた。移転元年を新人として迎える道産子は渡部1人。北海道日本ハムの歴史とともに歩んでいく唯一の存在になる。その思いが主力への決意表明になった。 


2003.11.22
日本ハム7巡目指名の渡部龍一捕手(18=札幌一)が21日、学校の校長室で森範行スカウト(36)から指名あいさつを受けた。20分にわたり、今後の日程を確認。会談を終えた渡部は「ドラフト指名のときよりもプロ入りの実感がわいた」と笑顔で話した。菊池雄人監督(31)も「最近、顔つきが変わった」と教え子の成長に目を細めた。今月末にも仮契約を結び、来月20日に札幌市内のホテルで入団発表が行われる。 森スカウトは「3年計画で育成します」と言い切った。最初は基礎体力づくりをテーマに、じっくりと育て上げるプランだ。年齢的にも高橋信二(25)実松一成(22)という先輩捕手の後がまに据えたい考え。球団側の期待に対し「プロ選手となるという責任を感じました」と渡部は慎重な表情を見せていた。


2003.11.21
日本ハム7巡目指名の渡部龍一捕手(18=札幌一)は20日、学校に入った悪質電話のため全校生徒とともに午前授業で切り上げ、札幌市内の自宅で静養した。武田誠修教頭(59)は「凶器を持ち外部から進入するなどといった電話があり、生徒の安全確保のため集団下校させた。その後、いたずらと確認した」と説明。今日21日に森範行スカウト(36)のあいさつを受ける渡部は「1日たって落ち着いた。(プロ入りは)まだ先のことだけど、いろいろな人に話を聞いてみたい」と話した。 




5巡目・稲田直人(24=JFE西日本)

2003.12.5
日本ハムがドラフト5巡目で指名した稲田直人内野手(24=JFE西日本、176センチ、76キロ、右投げ左打ち)が5日、福山市内のJFE西日本で渋谷チーフスカウトらと入団交渉を行い、契約金7000万円、年俸1300万円で仮契約を交わした。





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