世界のトップマッシャー Part2


2001年ONAC観戦に来た歴代Champion達
左からアルフレッド・アトラ、マービン・コクリーン、ジョージ・アトラ、チャリー・シャンペーン、ハービー・ドレイク、ハリス・ダンロップ

 

第11回 ジョーイ・レディントンJr
第12回 ニール・ジョンソン
第13回 エーグル・エリス
第14回 ロス・サンダーソン
第15回 バディ・ストリーパー
第16回 カーティス・エアハート
第17回 グレッグ&リッキー・テイラー
 
 
 

 


第20回 ? 


第19回 キャシー・フロスト


第18回 ビル・コーンミュラー


第17回 グレッグ&リッキー・テイラー


 

第16回 カーティス・エアハート(アラスカ)

1962年タナナ村生まれ。代々続く名門家4代目マッシャー。べストフィニッシュは’98ONAC2位’99RONDY3位
彼の祖父ハロイドが1930年代前半にレースを始め、彼ら一族にその伝統が広まり、親戚中が有名なマッシャーである。

彼は中学までテレビも交通手段も無い(飛行機と犬ぞり)秘境のタナナ村で育った。彼の幼少の頃の英雄は大リーグの野球選手やプロフットボーラーではなく、アラスカの素晴らしいマッシャー達だった。カール・ハンティングトン、ジョージ・アトラ、ガレス・ライトを夢見て、将来、自分も偉大なマッシャーになることを誓ったという。

1985年、ガレス・ライトの末娘シャノン(ロキシー・ライトと姉妹)と結婚。シャノンも長女キャリーもバリバリのマッシャーであり、彼の悲願の夢ONACとRONDY優勝を家族皆で後押している。


第15回 バディ・ストリーパー(カナダ)

’98ONAC3位(新人賞)、2000RONDY6位(新人賞)、2001ONAC2位、2000年2001年イエローナイフ(ミッドディスタンス)連続優勝。この連続優勝でスプリントの犬達のレベルの高さをディスタンス界に証明してみせた21世紀のヒーローそれがバディ・ストリーパー

ストリーパー一族一押しの若手No1マシャー。11歳で異例のIFSSWchデビュー(特例)、’98に16歳でONAC初挑戦(これも(特例)3位で新人賞を獲得する。幼い頃から父テリーに英才教育を受けビッグチーム(多頭数)を乗りこなしていた。父いわく、16頭以下は子供のレースリミテッドクラスレベルだそうだ(笑)。彼のスポーツマンシップは大変素晴らしく経験も豊富で父の自慢の子である。心・技・体 全て備わった若きエリートマッシャーは、

父に果たせなかったRONDY・ONAC優勝を虎視眈々と狙う!

 


第14回 ロス・サンダーソン(カナダ)

メジャータイトルRONDY3回、ONAC2回、合計5回合計メジャータイトル数エーグルと並ぶ。90年代の若手スーパーマッシャー。
2001年、メジャーレース突然の休止。今何を考え、密かにどんなスーパードッグを作っているのか?彼の心の中には、打倒エーグルしかない。プライドが深く傷ついた天才マッシャーロスサンダーソンは何時リベンジをかけるのか!

彼の父は有名なサンディ・サンダーソン。遭難者を救うカナダの捜索隊の最終兵器部隊の犬ゾリ決死隊である。年老いた今でも国から保護されている重要人物だ。サンディはロスにリーダー犬ビクター(セーラ×ジェニー)という有名な雄犬と同じに妹でビーナスという雌の素晴らしい犬を授けた。この素晴らしい2頭が子犬だった頃、すぐに素質を見ぬいたサンディは、その父親であるセーラーを手に入れようとした(その後ブリーディングのベースとするために)

 しかし時すでに遅し・・・。セーラは種付けしたその年に(イヤリングの時)、カルフォルニアのマッシャーマイク・ボウズに買われてしまった後だった。

ロスはこの2頭の犬との出会いが決定打となり、90年代を代表するトップマッシャーとなった。
また、テリー所有のホップという犬はセイラーとフリスキーとの子で(エーグルのリーダー犬マイクの父犬)ビクターと同じ年に生まれた。90年代、名勝負を繰り広げたこリーダー犬ビクターホップは、共にセーラーの子供であり、後に世界でもっとも有名な種雄になった。

 


第13回 エーグル・エリス(スウエーデン)

メジャータイトルはRONDY2回(去年は雪不足でレースはキャンセル)ONAC3回。3年間無敗。時期シーズンもダブル優勝でONAC史上初の4連覇(4年連続)を狙う。20世紀から21世紀に掛けて優勝街道まっしぐら、この先2年は安泰だろうと言われる。かつて80年代から90年代に掛けてロキシーとチャーリーが夫婦(交互)でRONDY6連勝というのがあるが、同一人物での4連勝は史上初めてである。

仮に彼が5年間無敗で5連覇を果たしたとき、何を考えそれ以後何を目標とするであろうか?

想像の話では終わらないような気がする・・・。
もし彼が5年連続メジャータイトルを取ったとき、彼はロングディスタンスのアイディタロッドに転向してしまうのではないだろうか?彼はまだまだ若く、チャレンジスピリッツも強い。
英雄とは、つねに名を残したくなるものだ。
選ぶ道は2つ
ジョージのRONDY10回ONAC8回を越える大記録を残すか、それとも5年間無敗で長距離へ転向。そして数年後アイディタロッド優勝し、またスプリントにもどって優勝するかだ。

かつてカールハンティングトンがこの夢のような話しを実現したひとりであるが、今は昔とは違いスプリントもディスタンスも当時よりかなりレベルが高くなっている。
果たしてエーグルはディスタンスレースに転向して優勝し、犬ぞり界2人目のグランドスラムを手にする事が出来るのだろうか?それともそのままスプリントで勝ちつづけるほうを選択するのか・・・。どちらにせよキーポイントは2年後になりそうだ。


 

第12回 ニール・ジョンソン(アメリカ・ミネソタ州)

メジャータイトルは'97ONAC優勝。’95に左腕を失い、2年後ハンディを背負いながらも不死鳥のように蘇った男。
1995年秋、嫌なニュースが犬ぞり界に一瞬にして広まった。「ニール・ジョンソン農作機で左腕切断。もはや犬ぞり引退は免れない・・・。そのニュースを聞いた誰もがその耳を疑がい、次の瞬間、誰もが彼の再起不能を感じ取った。なぜならスノーフックやソリをホールドする肝心な片腕を失ってしまったのだから。

しかしトレール上に神は存在した。それから2年後のONACで彼は劇的な再起を図った。その陰には妻キャロライン(獣医)の後押しもあった。片腕を無くした後、2人は結婚。その際に2つのケネルが一緒になり戦力はアップしたが、劇的な再起をはかるためには充分ではなかった。友人のデイル・ライト30頭を新しい戦力として購入し3つのケネルがひとつになった時、奇跡は起こった。その中の30頭の中にユーロハウンドのNALA(現メインリーダー)がいたのだ。しかしNALAはその時イヤリングだっため、その年2月のRONDYはあきらめ、1ヶ月後のONAC一本にレースを絞ったのだ
その作戦はズバリ的中、見事優勝しONAC悲願の初優勝で世界の頂点に立った。皮肉な事に片腕と引き換えという形の優勝となってしまったが、間違いなく以前より彼の犬ぞりは、レベルアップしたといえる。なぜなら事故以前の彼のベストフィニッシュは’94ONACで6位が最高だったのだから・・・。

誰もが思っていた彼の長期政権は実現しなかった。ヨーロパチャンピオンのエーグルがアラスカ参戦して来たのだ。もし今世紀最高のマッシャーといわれるエーグルが彼と同じ時代に現れなかったら・・・。
ニールは3年間トップをとって、超〜偉大なマッシャーとして犬ぞり史上に名前が刻み込まれていたはずだ。(とは言っても今でも充分偉大ですけどね)

 


 

第11回 ジョーイ・レディントンJr(アメリカ・アラスカ州)

メジャータイトルはRONDY優勝。
犬ぞり隊としてアーミーに入隊し、1966年威信を掛けたアーミーの前面協力によって全盛期のドク・ランバードの史上初RONDY4年連勝を3でストップさせた経験を持つ。1994年一時は引退といわれた彼が、2000年心臓病を克服し完全復活・・・いや以前よりパワーアップして帰って来た。
’97’98僕の師匠でもあったジョーイ・レディントンJr
始めてのトレーニングで彼の後ろに乗ったとき(ダブルスレッド)、彼の背中からオーラを感じ、鳥肌が立ったのを今でも鮮明に憶えている。彼との出会いが僕の人生をも変えてしまったといっても過言ではない。経験・センス・テクニックすべて備え持ったスーパーオヤジだ。
通常、年を取ると頭が硬くなりがちだが、とにかく犬ぞりにかけては頭が柔らかく色んなことにチャレンジする。復活後は2000年のRONDY6位、2001年ONAC4位のバリバリの現役のTOPマッシャー。父はあの偉大な「アイディタロッドの父」と慕われたJoe RedingtonSrである。(2000年夏、Srは癌で他界)


若き日のJOEE