復 活



 
百貨店から、注文していた額装の絵が届いた。

先日父(75歳)からもらった、水彩画「英国ひとり旅」の絵葉書を小さな額に入れてもらったのだ。既に家中に父の絵が飾られている為、今回は申し訳ないけれど、トイレに丁度いいので飾っている。(^^)

7年前、癌の宣告を受け手術後の回復が著しく悪く、瀕死の状態にあった父は、不思議な導きと共に、信仰のリバイバルが与えられた。

「父危篤」の知らせを受けた私は、帰郷する為の航空券より先に「父の信仰復活」を主に祈った。私より、一刻も早くイエス様に会ってもらわねば、と感じたからだ。
 
まず、かつて所属していたはず(戦後教会生活をしていない)の熊本県の聖公会熊本聖三一教会に電話を入れた。幸い牧師先生がおられたが、「戦前の記録は、戦災で全て焼失しており父上の教会籍がどこにあるか分からない。しかし当時の事を良く知っている姉妹がご健在ですから、ご紹介します」とO姉妹(92歳?)の電話番号を紹介して下さった。

おそるおそるお電話すると、O姉妹はご高齢にもかかわらず、大変しっかりとした口調で、「よくよく、ご家族皆様存知あげています。ご両親は、戦後すぐにT牧師の司式で結婚式も挙げておられるので、籍はそのまま熊本聖三一教会にあると思いますが、それより一刻も早く聖公会福岡教会の牧師先生に病院に行っていただく事が先決です。お祈りしていますから、お父様は絶対大丈夫です!」と力強く押し出してくださった。

全く面識もない私が、福岡県の牧師先生にお電話して、全く面識のない父の入院先に行って頂くようにお願いするなんて、常識では考えられなかったが、ワラにでもすがるような気持ちだった。
初めに牧師夫人が電話に出られ事情を話すと、
「牧師が帰り次第、すぐに伺います」

と二つ返事で了承して下さった。ハレルヤ。感謝だった。

ところが、そればかりではなかった!!折り返し牧師先生より直接お電話があった。
「父上のお父様(エスプリの祖父)は、****さんではありませんか?
実は、私の両親の結婚式の(仲人)でいらして、恩師です。」と。

その日父は、病室まで訪ねて来て下さったG牧師先生の祈りとともにイエス様と仲直りを果たした。兵庫県→熊本県→福岡県の「信仰の大リレー」だった。

あれから、水彩画の個展を開き、フランスにも一人で絵筆を持って2週間程滞在している。今回の渡英も全くの一人旅である。

もちろん、大好きな教会へは、あれから欠かさず出席している。
目下、パソコンにトライ中。

第1コリント2: 9
まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」


 実は、この話には、続きがあります。

O姉妹は、数ヶ月後たまたま故T牧師(父たち結婚の司式をして下さった方)夫人との出会いがあり、、T夫人から亡き夫愛用の聖書を見せてもらっていた時の事です!!
なんと、その古い聖書の中から「父たちの結婚式の式次第のプログラム」が、40数年ぶりに出てきたのです。
出てきた時には、T夫人もO姉妹も「畏敬の念に、震えてしまいました。」とおっしゃっていた。

何と言うことでしょうか!T牧師は音信不通になっている父の結婚の式次第を終生聖書の中に挟んでおいておられたのです!!しかも、父危篤の知らせのこの時期にみつかるなんて・・・・!!
そして、父は見事に「復活」しました。

その後、T夫人のお許しを頂き、父たちも既に紛失している結婚式の式次第を、O姉妹は、その後私に送ってくださいました。そのうち、UPしますね。

私を育ててくれた家庭は、本当に素晴らしい家庭でした。
きっと、聖書に挟みつづけてくださった、故T牧師の深い愛とキリストの愛に満ち満ちた家庭だったのだと思います。

尚、父をリバイバルに導いて下さったO姉妹のご子息は、現在「リデル・ライト記念老人ホーム理事長」でもいらっしゃいます。
旧約聖書 eccles 1と3
エルサレムでの王、ダビデの子、伝道者のことば。
天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
 
愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。
 
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。





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