The Grove of Village Shrine in 西条市

神 社 名 周敷神社(sufu) 所 在 地 西条市周布
主 祭 神 火明命 配   神 大山祗命 大己貴命
本殿の様式 流造(桧皮葺) 社   格 延喜式内社 旧県社
由 来 沿 革 等
 延喜式神名帳によれば桑村郡三座に「周敷神社」とある。周敷神社の鎮座地が周布郡周布村であり、桑村郡でないことから、式内社をめぐり周敷神社(西条市国安)など数社と争った経緯もある。伊曾乃神社(西条)、村山神社(土居町)とともに西条藩の崇敬を受け、大社と称していた。明治14年県社となる。
 周布小学校のすぐ近く!
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神 社 名 佐々久神社(sasaku) 所 在 地 西条市安用
主 祭 神 大鸛鷯(おおささぎ)尊
神八井耳尊
配   神
本殿の様式 流造(銅板葺) 社   格 延喜式内社 旧村社
由 来 沿 革 等
 延喜式神名帳によれば桑村郡三座に「佐佐久神社」とある。仁徳天皇(大鸛鷯尊)の崩御の時に民がその徳を慕って神社を造営したのが創始と云われる。「おおささぎのみこと」の音韻にあわせて、「佐佐久」と云う地名と社名が生じたと云われている。天授5年(1379年)に讃岐の細川頼之が当地に侵攻した際に焼失したが、その後小社を再建し、享保12年(1727年)に現在地に移し現在に至る。
 丘陵には南端から北端まで弥生時代から古墳時代の遺跡が多数遺存し道前平野最大の遺跡群!
布都神社から佐佐久山を望む 拝 殿 本 殿



神 社 名 布都神社(futsu) 所 在 地 西条市石延
主 祭 神 布都主神 配   神 武甕槌神 天照皇大神 ほか
本殿の様式 流造(銅板葺) 社   格 延喜式内社 旧村社
由 来 沿 革 等
 延喜式神名帳によれば桑村郡三座に「布都神社」とある。往来は四丁四方の境内に美麗を極めた社殿があったと伝えられている。興国3年(1342年)に阿波の細川頼春が当地に侵攻した際に焼失し、その後数回遷座した後、現在地に再建された。
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神 社 名 徳威神社(tokui) 所 在 地 西条市吉田
主 祭 神 大日霎貴神 高産霊神
神産霊神 月夜見神
配   神 応神天皇 豊受姫神 武内宿禰
本殿の様式 流造(銅板葺) 社   格 旧県社
由 来 沿 革 等
 社伝によると顕宗天皇の3年(487年)阿閉事代の創始という。往古は「徳威神明宮」と称していたが、元慶3年(879年)に応神天皇を勧請して「徳威八幡宮」または「吉田八幡宮」と称した。また、南北朝時代には南朝方の軍勢催促のため、伊予に来られた日野中将が徳威八幡宮に参拝したことから、「勅使八幡宮」とも称せられた。
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神 社 名 宮内神社(miyauchi) 所 在 地 西条市宮之内
主 祭 神 大山祇命 高おかみ神 雷神 配   神
本殿の様式 流造(銅板葺) 社   格 旧郷社
由 来 沿 革 等
 創始は未詳であるが、社伝によると延文4年(1359年)の干ばつの際、神主藤原松麿に周布・桑村両郡の雨乞を命じられた。その後、延宝7年(1679年)、宝永7年(1710年)、享保16年(1731年)と、それぞれ神殿・拝殿修復の時松山藩主久松氏より金穀用材を寄進されたという。
 かっては延喜式内社の「周敷神社」であるとして、国安及び周布の周敷神社と争ったらしい・・・
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神 社 名 護運玉甲々賀益八幡神社
(gountamakabutokagamasu
hachiman)
所 在 地 西条市上市
主 祭 神 誉田別尊 猿田彦命(?) 配   神 足仲彦尊 気長足姫尊 田心姫尊
市杵島姫尊 湍津姫尊
本殿の様式 変形入母屋造妻入(銅板葺) 社   格 旧郷社
由 来 沿 革 等
 創始は未詳であるが、社伝によると仲哀天皇と神功皇后が御巡幸の時、この山に登って神技祇を祭られたことから斎山(いわいやま)と呼ばれ、里人が社を建てたという。
 興国4年(1343年)に南朝の勅願所として再建され、文明7年(1475年)には足利将軍より社領状を賜る。その後、河野家数代の祈願所となり、その縁故によって承応2年(1653年)松山藩主久松定行より奉納米などあり、社殿を修理し、藩の祈願所となった。
 社殿は小さな丘陵に建てられているため独特の工夫がみられ、神殿と拝殿が一棟の内に納められている。
 鎮座地の甲賀山は、人工的に作られた丘陵と云われおり、前方後円墳か!? 南麓には多数の墳墓がある。
社殿への石段 社 殿 遠 景



神 社 名 周敷神社・藤原神社 合殿
(sufu_fujiwara)
所 在 地 西条市国安
主 祭 神 天忍男命(周敷)
素盞鳴尊(藤原)
配   神 天照大神 素盞鳴尊(周敷)
手摩乳 脚摩乳 奇稲田姫命(藤原)
本殿の様式 流造(銅板葺) 社   格 旧郷社
由 来 沿 革 等
 周敷神社は、社伝によると往古は国安・高田両村の氏神としてその中央部の村下に鎮座していたが、永禄12年(1569年)大明神川の氾濫のため社地共々流失したため、既に国安村に鎮座の藤原天王社の側に仮殿を営んだという。
 藤原神社は、神仏混淆時代には「藤原天王宮」と称し、拝殿正面には「天王社」の掲額がある。社伝によると応徳元年(1084年)播磨国広峯より勧請し、周敷神社と共に国安・高田両村の氏神として奉斎し栄えたが、後に平氏のために社領を没収されたという。文永11年(1274年)に現在地に奉遷された。
 播磨国広峯とは、姫路市の「広峯神社」   
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神 社 名 保内八幡神社(honai_hachiman) 所 在 地 西条市円海寺
主 祭 神 応神天皇 神功皇后 仲哀天皇 配   神 市杵島姫命 湍津姫命 田心姫命
本殿の様式 流造(銅板葺) 社   格 旧郷社
由 来 沿 革 等
 創始は未詳であるが、応永年間(1394〜1427年)に河野六郎通文が再建したという記録がある。往古は「丹生川八幡宮」と号していたが、天正年間(1573〜1591年)兵火にあい社叢ことごとく焼失したが、社祠のみは焼け残ったので世の人が「火中(内)八幡宮」と称え、その後「火」の字を忌み、内を保った意によって文禄元年(1592年)「保内八幡宮」と改めたと伝えられている。
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神 社 名 鶴岡八幡神社(tsuruoka_hachiman) 所 在 地 西条市北条
主 祭 神 誉田別命 気長足姫命 武内宿祢命
鶴瀧姫 伊予姫命
配   神 (主祭神続き)
饒速日命 天道日女命 来名戸祖神
本殿の様式 流造(銅板葺) 社   格 旧郷社
由 来 沿 革 等
 社伝によると貞観2年(860年)の創始と云われている。康平年間(1058〜1065年)には伊予守源頼義が社地を寄進したといい、現在も「鶴田」という地名が残っている。
 文禄4年(1595年)の大地震のため社殿宝蔵神器記録などを失ったため現在地に仮殿を建て奉遷、慶長5年(1600年)北条村塩見五郎兵衛景則が社殿を再建したという。
遠 景 拝 殿 本 殿



神 社 名 大気味神社(ookimi) 所 在 地 西条市北条
主 祭 神 大気都姫神 大国主神
大年神御年神 若年神 猿田彦神
配   神
本殿の様式 流造(銅板葺) 社   格 無格社
由 来 沿 革 等
 宝永2年(1705年)この地方は虫害や風水害によって大飢饉に見舞われていたことから、村人たちが神様のご守護を求めて社殿を建て、大気都姫神ほか4柱を奉祀したのが創始と云われている。
 その昔、境内の老大樹に棲んでいたのが「喜左衛門」という大狸であり、変幻自在の神通力を持っており上方ににまでその名が聞こえていたという。やがて喜左衛門は怨霊の祟りを鎮めるとともに、大気味神社の眷属(神使)として祀られるようになり、「喜野明神(喜の宮)」と呼ばれた。
拝 殿 本 殿 茅輪(ちのわ)


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