日本共産党 佐賀市会議員団  ご意見・ご相談はお気軽に 


山下明子のWeb日誌

2005年 3月


2005年3月29日(火)
☆県立病院好生館の移転先がどん3の森に・・・?
 夕方のニュースで、県立病院好生館の移転先が「どんどんどんの森」に決まったと報じていました。
 ちょうど先日、このホームページの掲示板に「どん3の森に好生館が移転するらしいけど、どう思いますか」という投稿があっていたばかりで、返事を書こうとした矢先にこのニュースでした。
 私たち日本共産党市議団は、これまで「好生館の移転ではなく現地建て替えで商店街との共存を」との立場で、地元や超党派で取り組まれた署名運動にも参加してきました。
 それだけに、県が「移転するとしても中心部に」と表明していたことに関心を持っていました。
 ただ、どんどんどんの森となると、いろいろ問題点も感じます。建設予定地はアバンセの北側の県と市の公有地とのことですが、たとえば、いま中古車販売展示などをしている場所や図書館の北側をつぶした場合、既存施設の駐車場は十分確保できるのか、という点。いまでも、混雑している時は図書館もアバンセも駐車スペースに苦慮することがあります。
 また、周回道路がけっこう混雑するということ。今でも264号線や北島線の渋滞を避けてどん3の周回道路を利用する車があって、朝夕はかなりこみます。広域消防局は、264号線が4車線になっているので救急車も入りやすい、といいますが、実際の混雑具合を考えると、時間帯によってはう〜ん・・・という感じです。
 それから、暴走族の問題もあります。周回道路をぐるぐる回るハント族、いまでこそ週末の警察の取締りによって少なくはなっているようですが、ここに病院がきて大丈夫かしら・・・という不安があります。
 一方で、まちづくりの点では紡績通り筋では社会保険病院の撤退の後のさびれよう(264号線の拡幅が最大の要因ではありますが)からみて、そのフォロー策のひとつになるかもしれないという期待や、病院の利用者にとっては図書館や生涯学習センターが近くて、木立の中を朝お散歩するのも楽しいかもしれない・・・などとも考えています。
 正直言ってたいへん複雑な思いです。ただ、あの貴重なひろばでイラク戦争反対の集会や、メーデー集会、農林水産まつりなどが行われている現状から見て、そこがなくなるのは、かつて木下サーカスも来ていた城内の中央公園が、佐嘉神社の駐車場拡張のためになくなってしまったことに通じる気がします。
 誰もが集まって、気軽にコンサートやまつり、集会ができる「まちなかの大きなひろば」って、大切だと思うのですが。

★ おまけです、3匹の猫
 さいごに、おまけですが3匹の猫さんをご紹介します。(写真)
 といっても、この猫たちと知り合いでもなんでもないのですが、この前の日曜日、呉服元町のアーケードの入り口近くの店の前で、箱の上に座布団を置いて、その上に3匹の猫たちがちんまりとよりそっていたので、思わず携帯のカメラのシャッターを押してしまいました。
 手前の一匹が、カメラに向かって歩いてきたので、「あ、そのまま、そのまま、台から降りないでもどってくださいな」と声をかけたら、ちゃんと戻ってくれたのには驚きました。
 旅先や歩いている時に、気になる風景をカメラに収めることがあるのですが、なぜか猫の写真が多いのです。時々、ご紹介します。


2005年3月27日(日)
☆めまぐるしい日曜日で・・・。
 今日は、一日によくこんなにイベントが集中したものだ、とあきれるくらいでした。4つもかさなっていて、そのうちの3つまでは何とかこなしましたが、ひとつは急に入ったものだったこともあり、失礼させていただきました。m(ーー)m

▼ お芝居の映画化「父と暮らせば」
 まずは、午前中に美術館ホールでの映画「父と暮らせば」。井上ひさしさんの舞台を映画化したもので、原爆投下後3年目の夏の広島を舞台にした、4日間の娘と父(すでに原爆でなくなって幽霊として登場)との心にしみる物語です。
 主人公の美津江(宮沢りえ)は、3年前のヒロシマで、原爆により一瞬にして大切な人々を失い、自分だけが生き残ったこと強い重荷を背負って「自分は幸せになる資格はない」とかたくなになっています。ある日、美津江の働く図書館に原爆資料を探しに来た青年・木下(浅野忠信)が現れ、美津江はいっぺんに心惹かれますが、その一方で「私は恋はしない、結婚など考えてはいけない」と自分の心を押さえ込みます。そんな美津江の「ときめき」や「ほのかなためいき」から呼び起こされ幽霊としてよみがえったのが、美津江の父、竹造(原田良雄)。竹造は、美津江の「恋の応援団」として、かたくなな娘の心をときほぐそうと、あの手この手で励まします・・・。
 110分の映画に登場人物がわずか3人という、異色の創り方に、舞台性を感じました。同時に、美津江の家がラストシーンでロングにズームアウトすると、そこは原爆ドームだった、という作り方は、やはり映像ならではです。
 原爆の悲惨なシーンは、直接には出てこないものの、登場人物の語りの中に、なにより美津江の心にのしかかった重荷の中に、くっきりと現れていて、宮沢りえさん、うまいっ!!とうなってしまいました。作品としては井上ひさし氏らしく、ユーモアとペーソスがちりばめられ、最後にはどこか希望が残る、とてもいい作品です。
 市民劇場の例会で、舞台作品も観ていましたが、舞台も映画も好きですね。
 会場には、古川知事の姿もありました。

▼ かけあしで年金者まつり
 お昼休みは、第2回年金者まつりに顔出しです。というより、お弁当を頂きに行ったようなもので。年金者まつりは、全日本年金者組合佐賀県本部主催で、よりよい年金制度を求める運動を「楽しみ七分、運動三分」で取り組んでいる一環として行われています。
 200人近い方々が、笛太鼓、太極拳、日舞の披露などされ、手作りのお弁当や産直野菜、海の幸、手作り小物などのバザーもあり、短いながらも楽しいひとときでした。写真は、東松浦のみなさんによる太鼓と笛の演奏です。

▼ 介護保険学習会で、「あきらめずに運動を」と実感
 午後は、アバンセでの介護保険学習会(佐賀県社会保障推進協議会:主催)に参加。
 鹿児島大学の伊東周平先生による「どうなる、どうする介護保険」の講演では、介護保険の今回の見直し案の中身とともに、介護を保険制度でまかなおうとするからこそ出てくる矛盾が語られました。
 「国の財政が厳しいから仕方ない」「これだけのサービスを受けるならそれなりの負担は必要」「負担なくして給付なし」・・・こんな発想が、政府とマスコミによって振りまかれ、私たちの頭は麻痺していないか?誰も好き好んで介護を必要としたり障がいを抱えたりはしないのに、そこに「コスト意識」を押し付けるのがはたしてまともなのか?伊東先生の話はこんな問題提起から始まりました。(写真)
 サービスの充実を叫べば、利用料や保険料の負担増として跳ね返ってくるところに「保険制度」の矛盾があります。負担できない低所得者は、サービスから除外されることになります。
 また介護のコストを低く抑えるために、介護報酬の引き下げが行われようとしていますが、そのことが介護に携わる労働者の労働条件を劣悪にし、「一人のアルバイトで夜中に18人の認知症高齢者を診なくてはいけない」という気の遠くなるような実態を生み出し、結局は介護の質にかかわる問題となります。
 そもそも、社会保障とは、「給付は必要に応じて、負担は能力に応じて」とするのがまっとうではないのか、と伊東先生は提案していますが、全く同感です。少なくとも保険料や利用料は、所得に応じた定率制(たとえば所得の1,5%とか)にすべきです。所得のない人からは、とろうったって取るものがないのですから、免除すべきです。
 「社会保障を大切にすることは平和であってこそ。これを大切にしない国は戦争をする国になる」との警鐘も、ずっしりと響きました。
 今度の「見直し法案」は4月中旬にも国会を通過させようとしているそうですが、それは骨組みの部分であり、細かい内容は今年いっぱいかかるとのこと。いまからでもあきらめずに、見直し介護法案の中身を知らせ、あるべき介護制度の姿をみんなで求める運動をひろげよう、という呼びかけに応え、ぜひ佐賀でも取り組みを強めたいと決意を新たにしました。
 もうひとりの報告者、「呆け老人を抱える家族の会」の代表である森久美子さんの介護体験談は、実際に、いま認知症のお母さまを介護なさっているだけに、説得力も迫力もあるものでした。
 「介護は先が見えない、ではなく、ちょっとした心の持ちようでがんばることはできる」と話す森さん。家族を介護している者同士の交流、医師の励まし、周囲のアドバイスなどネットワークをしっかり作ることが必要だと感じました。(写真)


2005年3月24日(木)
☆国連NPTに佐賀県からも代表を!
 今年4月下旬から5月はじめにかけて、ニューヨークの国連NPT(核不拡散条約再検討会議)が開かれます。5年前に、アメリカなどの核保有国に対して期限を切って核兵器をなくしていくことを迫ったのですが、その後、アメリカはますます核兵器を小型の実戦兵器として開発し、イラクやアフガン戦争で劣化ウラン弾を使うなど、世界の核兵器廃絶の願いに背を向けています。また、そのほかの国でも、新たに開発・実験に取り組むうごきもあり、被爆60周年のことし、「いまこそ核兵器廃絶を」との世論を世界中でまきおこすときです。
 この、NPT再検討会議に向け、国連に署名を届け世界の声で包囲しよう、と会議の傍聴やNGO団体の会議・交流に日本から約800人の代表が参加します。その中で、佐賀県からは国立病院関係の方が二人、そして新日本婦人の会佐賀県本部から、神埼支部の松田さえ子さんが参加することになりました。

            
             NPT派遣の代表・松田さえ子さん(右)と筆者

 何をかくそう、この松田さん、わが合唱団「コールぽけっと」事務局長でもあり、「平和の旅へ合唱団」の事務局長・指揮者でもあります。長崎の被爆者故・渡辺千恵子さんの半生を歌いつづる組曲「平和の旅へ」を県内でこの4年間、響かせている松田さんが、文字通り署名を抱えて海を越え、空を駆け、平和の旅へ出かけることになります。
 代表派遣には、ひとり約50万円ほどかかりますので、「核兵器なくせ」の願いを込めた署名とともに、代表派遣の募金にもぜひご協力くださいませ。


2005年3月23日(水)
☆3月議会終了・・・!
 長い3月議会が、やっと終わりました。最終日は議案に対する討論や、意見書案の趣旨説明などで、必然的に(!?)日本共産党市議団の出番が多くなってしまうのですが、、今回は中山議員と私とで役割分担して4回ずつの登壇、計8回というリサイタル状態(笑)でした。
 議案では、市長提案の41議案中8議案に反対しました。ほんとうは、基本健診や子宮ガン検診の負担増の問題で修正案を出そうという動きもあったのですが、結果としてそこまでいたらず、「議案提案権があったらなあ」と痛感。しかも、市民負担を数多くふくむ議案であったにもかかわらず、日本共産党のみ反対、となってしまったのは残念です。

 意見書案では、不思議な事態が進行しました。
 日本共産党市議団として、「定率減税廃止反対」「介護保険の改善」「障害者支援費制度で応能負担制の継続を」「緊急雇用特別交付金の継続・充実を」「最低賃金の改善を」求める意見書を5つ提案したのです。
 その中で「定率減税廃止反対」は民主クラブと社民党の共同提案でも出ていたので、これと統一しようと準備していました。ところが、県議会では全会一致で採択されたこの意見書案について自民党系会派が「県議会で賛成したのが間違いだった」として反対の意思表示をするなか、民主クラブは「全会一致が無理なら取り下げる」ということに。
 しかし私たちは「今の国会に出されているのだから、この議会で出さなくては意味がない」と、当初の独自案を提案することにしました。これにたいして、社民党は「本当は趣旨が同じなんだが、共同提案者が取り下げた経過もあるので・・・」と退席。で、民主クラブは反対。
 それだけでなく、民主・社民で共同提案した「雇用対策と地域活性化を重視した政府予算編成」「社会保障の抜本改革」を求める意見書案は、共産党も含め全会一致で採択されたのですが、そういう意見書を提案していながら民主クラブは「緊急雇用特別交付金の継続・充実」や「最低賃金制の改善」の意見書に反対したのです。(社民党は賛成)
 連合などの労組を支持母体のひとつとしている人たちですが、「働くものの暮らしを守る」「生活者の立場に立つ」という日ごろのスローガンは、どこへ・・・?「それよりも共産党とは一線を画す」というなら、「党派を超えた共同を」という市民の願いにも背を向けることになると思うのですが・・・。
 だって、私たちは提案者が自民党であれ公明党であれ、もちろん今回のように民主党でも、中身がよければ賛成するし、間違っていれば反対するという「是々非々」を貫いているのですから。


2005年3月20日(日)
☆福岡・佐賀でも大地震・・・!
 3月20日(日)午前10時53分、あなたはそのとき、何をしていましたか?
 私は、自宅のリビングに座ってました。すると、下から突き上げるような衝撃を感じまして、つづいてダダダダ・・・・という音とともに、小刻みな振動を伴った横揺れが続いた・・・ように感じました。ずいぶん長く感じまして、途中で立ち上がって、部屋の仕切り戸につかまってやりすごしました。
 実は、私の部屋はちゃんとしたラックを置こうと思いながら整理できないまま、テレビの横にビデオテープの山が・・・!(写真)絶対に「地震に弱い部屋」の見本になりそうな状態なのです。阪神大震災や中越地震を教訓に、防災袋を用意する周到さはありながら、こういう部屋だというのは全くお恥ずかしい限りなのですが・・・。で、このビデオの山がいつ崩れるかとハラハラしながら見ていたのですが、奇跡的に無事でした。

            
          こんなに積んでいては・・・地震に弱い部屋の見本です

 そのかわり、「いま何時だっけ?」と壁を見て初めて、掛け時計がなくなっているのに気づきました。余震を気遣いつつ、早く片付けなくては、と痛感してます。
 みなさんのお宅や周りの方は大丈夫でしたか?福岡、佐賀で震度6の地震だなんて本当に驚きです。時間がたつにつれて被害の実相が明らかになり、負傷者や被災家屋の数が増えていくことは胸の痛むことでした。とりわけ、玄界島の被害のひどさは山古志村を思い起こさせるものです。これからしばらく避難生活が続くであろうことを思うと、佐賀市の被害が大きくなかったことは、幸いというほかありません。被災された方たちに心からお見舞い申し上げます。
 それにしても、「観測史上初の大きい規模の地震」といわれますが、阪神でも、中越でも「まさかここで地震が」というような場所での大地震でした。やはり、日本列島においては、「地震に例外はない」ということを肝に銘じておかなくてはいけませんね。
 ところで、今回の地震で気になったことがいくつかあります。佐賀市は震度4でしたが、諸富、大和、東与賀、川副、久保田、千代田、神埼・・・と周囲の町は震度5弱なんですね。地盤の違いといってしまえばそれまでかもしれませんが、それだけなのか?
 佐賀市の被害の出方は震度の目安からみても、「震度4」で妥当だと思うのですが、震度5、震度6という県内の状況と福岡の状況とでずいぶん違うような気がしてしまいました。それほど、局地的に被害の現れ方が違うのかもしれませんが。
 とはいえ、地震計の配置はどうなっているのかしら、と佐賀地方気象台のHPで地震計の配置図をみてみました。
 すると、気象台としての配置と、自治体管理の地震計とがあるようで、配置されてないところもあるようです。そうなると、今度は地震計の置き方はどうなっているのか気になってきました。このあたりの疑問、もし、これをお読みになっている方で事情をご存知の方がいらっしゃったら、メールか掲示板でおしえてくださいませ。
 もうひとつ気になったのは、地震計はほぼ各自治体におかれているとして、「みやき町は震度6弱」だと発表されましたが、今度のように佐賀市と大和や諸富などの震度が違うのを見ると、合併後の大佐賀市は震度5といわれるのか、4といわれるのか、これも疑問です。
 こういう場合は大きい数字のほうが使われるのだろうと推察されるのですが、もし局地的に被害の現われが違うのだとしたら、適切な災害救助対策をとるためにも、やはり合併して「十把一からげ」というのは、あまりよくない傾向だな・・・と思うのですが、いかがでしょうか?

★卒業式のカタルシス
 このところ、小中学校の卒業式がつづいておりました。
 中学校の卒業式は、年々、こどもたちが疲れているなあ・・・と感じています。ぎりぎりまで高校受験をひきずっているので大変なのだろうとは思いますが、それにしても近年の疲れ方はちょっと違うと思ってます。覇気がないというか、背筋がのびていないし、歩き方が男女を問わずなんだか内股気味の頼りなげな様子で・・・と。多分に夜更かし型がふえているせいではないかと思いますが。
 今年も、卒業式の前半はそんなことを感じながら卒業生を眺めていました。
 ところが、後半は違ってました。卒業生の答辞の中で語られる学校生活の一幕一幕に「沖縄での修学旅行で感じた変わらぬ平和への思い」「体育祭や文化祭でみんなでひとつのことをやり遂げる喜び」「下級生の支え」などなど、ほとばしる思いがこもっていて、やはり卒業生ならではだと、胸が熱くなりました。
 そして、「歌声の響く学校」にふさわしく成章中学校名物の合唱にまた涙・・・でした。

 小学校は、また違った感動につつまれました。
 私の地元の勧興小学校は、市内中心部にありますが、中心市街地の空洞化で一学年2クラスの小規模校ですから、最近は1年生から一緒に参加しています。
 入場の時から、6年生が1年生の手を引いて一緒に入ってくる姿に、6年間の目覚しい成長を目の当たりにしてまず涙(笑)
 卒業証書を受け取る前に、これからの夢や希望をひとことずつ発言するのですが、そのほほえましい言葉にまた涙。
 長い式のあいだ、じっと聞き入る1、2年生の姿もすばらしければ、誇らしく背筋の伸びた卒業生の姿もまた頼もしいものでした。
 会場の壁には、卒業生の描いたタペストリーが飾られ(写真)心のこもった言葉が飛び交い、ここでもうたごえの響く卒業式は、あいにくの「春の嵐」の空模様もなんのその、とてもすがすがしい気分になりました。


2005年3月18日(金)
☆家庭裁判所の参与員をごぞんじですか?
 4年後に、重要な刑事裁判について国民がかかわっていく「裁判員制度」が始まるということは、最近いろんなニュースなどで話題になっているので、ご存知かと思います。
 家庭裁判所の「参与員」というのは、それに似たような制度で、離婚などで調停が不調になった場合、裁判に持ち込むこともあるのですが(「人事裁判」といいます)そのさい、裁判官がたとえば子どもの親権者をだれにするか、養育費はどうか、離婚に当たっての慰謝料や財産をどう分けるか、などについて、意見を聞きながら参考にするのが「参与員」なのです。
 これには、法律の知識が必要なのではなく、社会的経験を生かしながら一般市民としてどう考えるか、という立場からかかわっていける人なら誰でも手をあげることができます。
 と、聞いたふうな事を書きましたが、昨年11月ごろ、私はiスクエアビルの消費生活のコーナーで「あなたも参与員になりませんか?」というパンフレットを見つけたのです。読んでいくうちに、将来「裁判員制度」が始まって、突然抽選に当たって呼び出しを受けてからではあわててしまうので、少しでも、法廷や訴訟にかかわってみたい、という実に単純かつ不純な動機で応募をしたわけです。
 12月に面接があり、1月1日付で晴れて「参与員」候補生に任命されました。
 で、実は先日、その研修会がありまして、模擬裁判と事例研究討論会に参加しました。
 離婚訴訟がテーマですが、演じ手は劇団「春風座」というにわか仕立ての劇団です。春田裁判官(若い、素敵な女性裁判官です)の脚本により、家庭裁判所の裁判官、書記官、調査官、技官、総務課長、事務局長、といった方たちが実にリアルに離婚の調停から裁判にいたるまでが展開され、その後それを参与員としてどう評価するか、と議論していくのです。
 なってはみたものの大変だぞ、という思いと、裁判所がなんだか身近なものに思えてきたというのが、率直な感想です。家庭裁判所としても、この「参与員」制度ができてまだ2年目で、実際には調停ですんでしまうことが多く、人事裁判になっても「参与員」を活用した例はないので、「新人(私のような)も増えたことだし、今年は5〜6件は参与員にかかわってもらいたい」(太田上席裁判官のまとめあいさつから)とのことでした。
 何事も経験、です。


2005年3月16日(水)
☆基本健診受診料、値上げ分だけ合併の前倒し!
  火事場泥棒のような予算です。
 花粉症のけだるさも手伝って、ちょっと更新ができませんでした。いいたいことはたくさんあるのですが、最近のトピックからいくつか。

▼佐賀市は新年度予算の中で、基本健診、子宮ガン検診、乳がん検診の個人負担を大幅引き上げしようとしています。
 これによると、基本健診の個別健診で1300円から3000円に、子宮ガン検診の個別検診を無料から最大で2600円にするというもの。
 この引き上げ幅は、いずれも合併協定項目のとおりですが、合併協定では、その実施は平成18年4月からであり、それまでは旧市町村のやり方で行うことになっているのです。
 ところが佐賀市は、この負担増を今年の4月から実施しようというわけです。しかも、合併協定項目では基本健診の集団健診負担料は1300円を1000円に引き下げることになっているのに、この引き下げ分は今回の改定に含まれておらず、来年回しだというのです。値上げ分だけ前倒し、値下げ分は後回し、というのはあまりにも姑息なやり方ではないでしょうか。
 また、子宮ガン検診はこれまで無料だったものが個別検診だけ大幅値上げになることについて、医師会の産婦人科部会の方からも「若い女性が子宮ガン検診を受ける時は、集団よりも個別のほうが受けやすいのに、大幅に負担を引き上げると受診率の低下につながる恐れがある」と合併協議の段階から意見が寄せられていました。
 佐賀市は「健康づくり、予防重視」といいますが、この間の健康診断の受診率は3割前後で、婦人科系では2割、乳がん検診では1割未満という実態であり、今回の負担増は受診率アップに逆行するものです。

 今度の引き上げをしないために、1290万円あれば可能だし、百歩譲って、合併案のように基本健診の集団検診分を300円引き下げるためには、わずか141万円あればできるのです。市民の健康を守るために、その気になってできない額ではないはずです。
 これまで私たちは、合併によってかえって負担が増える問題点だ、と健康診断の受診料値上げや敬老祝い金の縮小などを指摘してまいりましたが、今度の予算は「合併後」ではなく合併前にドサクサ紛れに負担を増やす「火事場泥棒」のようなものにおもえてなりません。14日の議案質疑の時にはこの言葉が口をついて出そうになったのを我慢しました(^^;

▼小泉さんの三位一体改革で自治体は大打撃!
 「小学校分で3万3千円」「中学校分で34万6千円」・・・この数字、なんだかわかりますか?
 佐賀市が受ける、就学援助に対する国庫補助金の額です。学校ひとつ分ではありません。なんと、佐賀市全体でこの額なのです!
 今年の予算書を見て、目をこすりましたね。小泉内閣の「三位一体改革」により、保育所への補助や要援護世帯への就学援助の補助金がなくなり、「一般財源」に組み込まれることになってしまいました。「その分、別の形で手当てする」と国は言いますが、実際には予算に色がついているわけでなく、これまで「○○の分」として確保できていたものが、見えなくなります。
 かといって、実際に就学援助を必要とする世帯は増え続けていますから、佐賀市として出さないわけにはいきません。いまのところ、この点では「必要な額はきちんと支給する」という立場に立っています。それだけに、佐賀市の財政負担は大きくなります。就学援助に対する国の負担率は平成13年度に26%だったのが(それでも低い!)15年度では19%にへっています。今回の補助削減で、ますます厳しくなるのは明らかです。
 「義務教育」は国の責任で、等しくどの子にも受けさせる義務があるという、憲法にも教育基本法にもうたわれていることが、小泉さんたちの目には入らないのでしょうか。

▼市営住宅空き家募集で、「困窮度合い」を考慮へ 〜 12月議会での提案実る
  12月議会の一般質問で「市営住宅の入居者募集について、所得基準だけでなく母子家庭、障害などの条件とともに、立ち退きや老朽化した危険な家にすんでいるなどの切迫した事態も考慮に入れてほしい」と質問していたことが、今度から生かされるようになりました。
1. これまでの「空き家予想」から「空き家確保」へ
 実際に空き家ができてから募集をかけるので、どの団地のどんな部屋が空いているかがわかり、入居の可、不可もただちにわかるようになります。
2.住宅困窮内容に応じた募集枠をもうける
 @住宅困窮事情を反映させ、現に危険家屋で住めないなどの事情がある場合の枠を10%確保する。
 A超高齢化で自治会の運営が困難にならないよう、世代間のバランスを取るために子育てファミリー世帯の枠を20%取る。
 B重度身体障害者世帯の入居枠を6%確保する。
 C上記以外の一般の住宅困窮者については64%確保する。
3.空き家募集の回数を年2回から4回(2月、5月、8月、11月)にふやす。
  というのが、改善の内容です。市民のみなさんからの声をぶつけるなかで前進したことであり、さらに公営住宅の確保に向けて引き続き頑張らなくては、と思いを新たにしています。

▼ついに予算化・・・シンボルロードに公衆トイレ!
 まちづくりの問題でこれまで何回かとりあげてきたことのひとつに、「まちなかに公衆トイレと休憩の場を」というテーマがあったのですが、今度の予算に、ついにもりこまれました。
 「唐人町コミュニティ空間整備事業」というのがそれ。

             
                  唐人町コミュニティ施設予定地

 場所は、唐人町のポケットパークに隣接する、南側の建物で、いま唐人町振興組合の事務所が入っているところです。
 約1億4500万円の予算で土地・建物を買い上げ、バリアフリーのトイレ、休憩・交流スペースを備えたコミュニティ空間を作るというものです。
 正式な協議はこれからということですが、市民のみなさんの要望の多かったことだけに、これは嬉しいことです。
 ということで、今日は 議会の予算特集となりました。


2005年3月9日(水)
☆一問一答で初めて「時計が止まる」!
▼今日は、一般質問の「一問一答方式」が始まって初めて、質問中に休憩動議が出て「時計」が止まりました。
 赤松公民館の館長人事問題で、3月5日付の「毎日新聞」の記事をもとに質問した議員が、「本人の意欲もあり、健康上の問題もなく、地域からも信頼されている人物なのに、市に対して地元の立場でものを言ったために再任されなかったとしたら問題だ。中には『裏に市長がいるのでは』という人もいる」と質問したことについて、教育部長とやり取りしている時に市長が挙手して「私の名前が出たから」と発言を求めたわけです。
 で、質問者は「市長には答弁を求めていない」ということで、残り時間5分のところで調整のために休憩になりました。15分後に再開し、答弁席についた市長は「公民館人事には自分は一切関係していない」と一言。しかし、質問議員は「いま市役所が、物言えぬ職場になっているのではないか、と危惧する」と指摘して質問を終えられました。結構共感する人は多いとかんじる質問でした。

 さて、明日は3月10日、東京大空襲から60年目なので、平和についての話題を。

▼ 先日美容院に行った時に読んでいた雑誌に、興味深い記事を見つけました。
 それは、1月のパリコレクションでクリスチャン・ディオールの作品の中で[Dior NOT WAR][Dior For PEACE]と描いたTシャツが出てきて、そのとき流れていたBGMは「イマジン」だったとのこと。また、ソニア・リキエルのショーでも流れており、「平和の願いは世界共通だが、それをはっきり主張できるのがファッション界」といったことが書かれていました。
 「イマジン」がBGMに流れていたことがニュースになるのは、イラク戦争開始のころ、アメリカではこの曲が放送禁止になったといういきさつとも関係があるのかもしれません。
 「ファッション界が自由に平和を表現できる」という記事で思い出すのは、むかし母(現役の服飾デザイナーです)から聞いた話です。
 「布の彫刻家」といわれるフランスのマダム・グレというデザイナーが、第2次大戦時、ナチス占領下のパリで開いたファッション・ショーで、ナチの将校も参加しているにもかかわらず、最後に登場したのがトリコ・ロール、つまりフランスの三色旗をまとったモデルだったとのこと。勇敢にも、フランスの独立と自由を表現し、会場は大きな拍手に包まれたそうです。

▼もうひとつは、3月7日付のしんぶん赤旗1面に「東京大空襲60年"青空と命の尊さ伝えたい" 女優・歌手ら平和のつどい」との記事。6日に東京・港区の六本木ヒルズアリーナで開かれたチャリティーイベント「愛と平和のひろば」(主催=プロジェクト青い空)のことです。

           
                 3月7日付「しんぶん赤旗」より

 ちょっと、記事を引用してみます。
 「1945年の3月10日、東京は大空襲によって青い空を奪われてしまった。戦争の恐ろしさ、平和の大切さ、一人ひとりの命の大切さを伝えるために」と6日、チャリティーイベント「愛と平和のひろば」が開かれ」、「野外で、冷たい風で足がしびれたようになる寒さの中、700人が集まりました。」
 「女優の秋吉久美子さん、牧瀬理穂さん、真矢みきさんらが、孤児になった子どもの詩を朗読。女優の渡辺えり子さんらが、東京大空襲のときに青空がなくなったことを歌にした『青い空っていいな』を歌いました。また、平和について何ができるかと考えつくられた『青い地球(ほし)』を、川原亜矢子さん(女優、歌手)が歌い、ピアニストの熊本マリさんが演奏しました。」
 「イベントの賛同人であるバンド『GRAY』のTAKUROさんから寄せられた『戦争はすべてを奪ってしまう。そこに理由はない。そこに正義はない』としたメッセージも紹介されました。真矢さんは『すべては平和でないと何も行えない。いま60年前と同じようなことが、諸外国で行われている』と話し、フリーアナウンサーの中井美穂さんは『会場で感じ考えたことを家に持ち帰りはなしてみてください』と訴えました。」
 以上が記事の内容ですが、よく「ハリウッドのスターや外国のアーティストたちは政治的な発言もするのに、日本では・・・」などという声を聞く中で、いやいや、日本のメジャーなアーティストも決して捨てたものではない、と心強く思いました。
 ただし、このイベントを報じたメディアはどれくらいあったのか。NHKの足元の代々木公園で『消費税の増税反対』といったことで2万人の集会を開いても黙殺するような状況、イラク戦争が勃発する時も、開戦反対を訴えるイギリスやスペインでの数十万のデモや平和パレードを映さずに、ひたすらブッシュ大統領の『自由のための戦いだ』などという開戦会見を垂れ流すようなメディアの状況が、日本人を鈍感にさせているのではないかと思います。
 その点、しんぶん赤旗は、たとえ小さな動きでも平和を生み出す芽を大切にして報じていると思いますし、そこに、命がけで戦争反対を貫いてきた政党の新聞としての真骨頂があると思います。


2005年3月8日(火)
☆あの城内にマンションはふさわしくない・・・!
 今日は午後7時から「佐賀城内の景観を創るシンポジウム」(主催:佐賀城周辺の景観を守る会)に中山重俊議員と一緒に参加しました。会場の市民会館会議室は約120人の参加者で満杯。
 佐賀大学教授でゆっつら〜と館長の長安六先生のコーディネーターで進められ、パネリストには地元赤松校区自治会長の森山誠治さん、マンション建設予定地現地の東城内自治会長の蘭晴男さん、佐賀市のまちづくりネットワーク委員会委員長を務める村岡屋社長の村岡央麻さん、元佐賀市役所文化課長の中野和彦さん、4年前にマンション建設にストップをかけた西城内自治会長の長尾須美子さんの5人。(写真)

            

 フロアからの発言も含め、これまでの経緯、熱意あふれる運動の様子、マンション業者に貴重な市民の財産を売却した佐賀市のおろかさ、これからの城内のまちづくりへの夢、今後の取り組みの展望などが語られ、熱気あふれる集会となりました。

 その中で、印象的だった発言やエピソードをご紹介します。
◆2月25日付の佐賀新聞への意見広告に取り組んだ牟田洋子さんは、穴吹本社に「私たちの気持ちをくんでほしい」と手紙を書いたら、自宅に業者の人がやってきて「2月22日に起工式、3月1日に着工します」と宣言されたので、いよいよ何とかしなくては、と仲間で集まって意見広告に取り組んだそうです。そして、なんと二日で2800人を超える名前が集まったのです。
◆村岡さんは、穴吹の本社の方が本当に住民の気持ちをわかっているのか、と直接本社や福岡支社、九州支社にあたっておられたそうです。「人づてでなく、自分の目や耳で確かめたい」という気持ちが強く働いての行動だったとか。九州支社には2月25日に、長 安六さんや東城内の蘭会長らと4人で赴いたそうですが、ちょうどその日に意見広告が掲載されたり、前日のまちづくりのシンポジウムで木下市長が歩み寄りをにおわせるような発言をしたことが報じられたり、ということが私たちの後押しをしてくれた感じ、ともおっしゃっていました。
 村岡さんは九州支社長に「たった二日で2800人も集まったような意見広告を無視して工事を進めたら、佐賀市民・県民の穴吹さんへのイメージがどうなるか。工事をやめたらどんなに感謝するか、企業の社会的イメージでも考えていただきたい。広告費と思って、中止してください」と迫ったそうです。さすが企業人ならでは、の接近ですね。
◆東城内の蘭会長は、「九州支社長に会いに行く前日まで、穴吹側は『3月1日着工の方針は変わらない』とのことで、眠れぬ思いだった。3月1日は心配で朝7時前から現地に行ったら、やはり心配する人々がだんだん集まってきて30人くらいになった。8時半過ぎても業者が来ないので、九州支社に連絡したところ、『今日・明日の着工はない』とのことで一安心。3日にまた連絡したら『今後少し話を煮詰めたい』と、11日までは着工しないことになった。でも、今後は不透明、ぜひ県と市が買い戻しの協議をしてほしい」と、苦しい胸のうちを語られました。
◆木下市長は2月25日のシンポジウムで「県が買い戻しの協議を働きかけてきたら、応じないでもない。ただし、今後こうしたことをくりかえさないよう地元が第1種低層住宅地域(高さ10m)の規制をかけ、用地の活用策が明確であることが前提」と述べたことに対する意見もいろいろ出ました。
 たとえば、「高さ規制をしたら買戻しに応じてもいい、なんていうが、売ったのはいったい誰だ、といいたい。市民の財産をこっそり売っておいて、買い戻す時にはあれこれいうなんて、『盗人猛々しい』とはこのことだ。市長に猛省を促す」との強烈な意見も出れば、「確かに市長の言い分は問題あるかもしれないが、せっかく業者が着工を遅らせてくれているんだから、とにもかくにも県と市が買い戻しに動いてほしい。その条件として、ほかに策がないのだから、城内のみなさんに(高さ規制で)頑張ってほしい」との意見も。
 そして、東城内の蘭さんは「地元で何回も話し合いを重ねてきた。中には、市長ははじめからできない相談を持ちかけているのでは、という意見もあったが、とにかく自分たちで第1種低層住宅地域の規制をかけることについての勉強をしようというところまできている。住民が真剣に考えてくれているのがありがたい」と発言し、場内は暖かい雰囲気に包まれました。
◆今後の問題としては、「城内をどうするという夢をもっと語ろう」とのよびかけに、「あの場所に物産館と食事をするところがほしい。有田焼の器で有明の幸を食べる、というようなことができたら本丸歴史館に来た方たちに、また訪れてもらえるようになる」との意見。いっぽうで「城内地区整備構想策定員会では、10年以上前からこの地域を立派な公園まちとして再生しようという計画が出来上がっていた。そのとおりにすれば素晴らしいまちになる」という意見も出され、いずれにしろ前向きなビジョンを持つことが大切だということが強調されました。
◆最後に、森山会長が「自分たちが10数年前に赤松小学校や城南中学校の移転に大変な思いでとりくんだのは、立派な城内公園のまちづくりをすすめるため。それがこのマンション業者に売ったことですべてが瓦解した。マンション建設ではなく買戻しができるよう、とにかくがんばろう」と発言され、拍手に包まれました。
◆このシンポジウムのまとめとして
1. 知事と市長に一日も早くテーブルについてもらい、買戻しについての協議を始めてほしい。
2. その条件作りとして、10mの高さ規制について、自治会での前向きな検討を進めてほしい。
3. ナショナルトラストや1口1万円カンパなど、市民・県民の心意気を示すことも必要。県民に呼びかけていく。
4. 買戻しができたとしてもそれで終わりではない。今後、佐賀城内をどうしていくかのビジョンを描くことが必要。行政にお願いするばかりでなく、市民の行動が必要。そのためにも日常的なネットワークを産・官・学・民でつくりあげよう。
ということが確認されました。

 なんだか集会の報告書になってしまいましたが、城内の問題は行政の姿勢を問うとともに、まちづくりにたいする市民の運動のあり方がとわれつづけているんだ、と再認識しました。そして、集団の英知はやはりすばらしい、とも。


2005年3月7日
☆一般質問すみました〜・・・でもやっぱり冷たい、佐賀市の答弁!
 今日から市議会の一般質問がスタート。その1番手をつとめました。
 取り上げたのは、@介護保険の「見直し」に対応する佐賀市の福祉施策、A小中学校の通学区域に「隣接校選択制」を導入することについて、B国の「地域雇用創出特別交付金」打ち切り後の佐賀市の対応について、というテーマで、予想通り、一問一答では60分を目いっぱい使いきりました。
 介護保険の問題では、国が施設利用者へのホテルコストや食費を全額自己負担にしようとしていることや、家事援助型のホームヘルプサービスを受けにくくしようとしていることについて、基本的に「やむを得ない」という立場で、佐賀市、という自治体から「これでは市内のお年寄りが困るから考え直してほしい」と国に働きかけるという考えなど、かけらもないような姿勢でした。
 しかも、介護保険の負担増に伴って、佐賀市の福祉としておこなっている生きがいデイサービスでの食費も全額自己負担となるような可能性があるのか、という問いかけに、「基本的に国に準じてやる」と、負担増の可能性を示唆さえしました。
 あまつさえ、新しい高齢者保健福祉計画を作るに当たって、介護保険の「見直し」の方向を市民に知らせながら、市民の意向をつかむための意見交換会をきめ細かく開くことを求めましたが、中部広域連合のときと同じように「その考えはない」とのこと。・・・・これで、どこがひらかれた市政なのでしょうか?
 こんな佐賀市と合併する自治体は気の毒です。比較的住民への説明や意見聞き取りが丁寧な大和町や、ほとんど住民が手のひらに載っていた富士町や三瀬村の方たちは、これからほんとに大変だと思います。
 ただ、悪いことばかりではありませんでした。
 一人暮らしで身寄りのない高齢者が、在宅での介護を受けている途中で入院した場合、医療と介護、福祉の谷間におちいってしまい、自宅と病院との間をつなぐ手立てが、今のところはないのですが、今後、民生委員、ケアマネージャー、保健士、NPOやボランティア団体との協議の中で、必要な手立てを探っていくという態度が示されました。
 もうひとつよかったことは、国の緊急雇用創出特別交付金事業で配置されていた、学校現場での障害を持つ子どもへの生活指導員の派遣については、「こどもの命を守るために日常的に必要」との見地から、交付金が打ち切られた後も、佐賀市単独で予算も人員も大幅に増やして、必要人員を配置する、ということです。これは、普段なかなか人を増やすことには渋い佐賀市にしては、英断だと思います。しかも、交付金事業では、指導員の雇用期間が「6ヶ月未満」という条件だったのに対し、今後は佐賀市にとって対応しやすい形で雇用できる、と前向きになっていることも重要です。
 残念ながら、労政担当の部門では、今後「国に交付金事業の継続と、もっと使い勝手のよい制度に拡充するよう求める」という立場には今のところたっていないようですが、雇用状況が目に見えて好転しない限り、打ち切ってほしくないものです。これについては、意見書案も提案しているところです。
 それにしても、私が一番、次が中山議員、と初日にすんでしまったのでちょっとほっとしています。これからは、議案の中身の検討です(><)/


2005年3月6日
☆3月なのに「この冬一番の寒さ」!?・・・佐大の合格発表です
 昨日から今朝にかけては「この冬一番の寒さ」とやらで、上空にはマイナス35度以下の寒気団が押し寄せ・・・などという天気ニュースを聞きながら、「3月よね!?」と思い直しております。
 今朝はうっすらと雪が積もり、7時半ころは結構降ってきたので、「3月の忘れ雪」もしくは「なごり雪」を記録に残したかったのですが、あいにくそのときは手元にカメラがなく、9時前にはすっかり雪は解けていました。やはり春ですね。

▼さて、今日は佐賀大学の入試合格発表でした。正門前で民青同盟と日本共産党が共同でおこなった受験生、新入生を歓迎・激励する宣伝に、私も参加しました。「共通一次試験元年」だった26年前の3月を思い起こしつつ、合格発表を見に来た受験生やご家族の方たちに、民青同盟紹介のパンフレットを渡したり、憲法や平和、生きがいについてのアンケートをお願いしたりしました。
 アンケートでは、支持政党が「自民党」でも、「憲法9条は守らなくてはならない」と答えたり、平和や環境問題でのフィールドワークに「積極的に参加したい」と答えるなど、若者らしい前向きの回答が寄せられていました。う〜ん、佐賀の未来はすてたもんじゃないぞ!
 行きがけにアンケートに協力してくれた子が、「合格しました〜」といって出てきたときには「よかったね〜!!」と握手攻めにしたり、「だめやったよ・・・」というご家族に「あら〜・・・・それは残念でした・・・」と肩を落としたり、と悲喜こもごもの宣伝行動でした。

            
            
              アンケートをとる武藤明美・党県副委員長と
              パンフレット配りの、大昔の佐大受験生(笑)

▼ さて、下の写真をご覧ください。何だと思いますか?

            

 これは、憲法9条を焼きこんで5枚で1セットにした「9条せんべい」です!焼印を発案し作ったのは、仙台の「森の焼き版や」、瀬川満夫さんという方で、小萩堂というお菓子屋さんから販売されています。
 このおせんべいのことは以前、しんぶん「赤旗」で囲み記事が載っていたのを覚えていますが、実物を見たのは初めてです。佐賀では、新日本婦人の会で取り寄せて扱われています。
 なんだか食べるのがもったいない気がしますが、「これを食べて憲法9条を身につけよう」と言いあいながらいただきました。
 最近は、9条を普及しようと、さまざまな工夫がなされています。ポケット憲法、憲法9条スカーフ、バンダナ、そしておせんべいに「9条ワイン」・・・シンガーソングライターのきたがわてつさんは、かつて「日本国憲法前文」に曲をつけ、テレビやラジオなどでもとりあげられ、話題を呼びましたが、いま新たに「憲法9条」に曲をつけて、全国で歌い広げています。
 一人一人が、自分にできる形で憲法を表現し広げようとしている、このうねりを大切にしたいし、私も私なりに広げていきたい、と思いを新たにしています。
 さて、あすはいよいよ一般質問です。徹夜にならないように、原稿書きに向かうとしましょう。


2005年3月3日
☆3月のユーウツ・・・・
▼それは、1985年3月のとある日の午後、突然やってきました。激しいくしゃみと、滝のような鼻水・・・そう、「花粉症」にいきなり襲われたのです。

 振り返ってみれば、その前の年、大学を卒業し、司法試験の受験勉強をしながらアルバイトに通っていた「法律文化社」という小さな学術系出版社は、京都市北区の植物園のそばにありました。編集部の方たちは、みな一様にマスクをかけ、目を腫らしながら仕事をしていたのでした。「北山杉に近いからねえ・・ハーックション!」と苦労なさる職場のみなさんを気の毒に思っていた私でした。
 ところが、そこでたっぷりとスギ花粉に対する抵抗力が高まってしまったのでしょうか。佐賀に戻ってから、いきなり、何の前触れもなく、花粉症とともに人生を歩む羽目になったのです(^^;
 さて、それからというもの、3月という季節は私にとってはユーウツなものとなりました。議会でも、ティッシュケースごと議場に持ち込んだり、車にもハンドルのところにごみ袋をぶら下げたり、花粉症対応のゴーグルやマスクをつけたり、鼻水と熱っぽさとにみいられて、ぼ〜っとしている毎日となるのです。
 特に、症状の出始めは、風邪との見分けがつきません。今年のように、インフルエンザがはやっている、というときなんぞは、「すわ!インフルエンザか、花粉症か」と悩み、もしインフルエンザだったら回りに移して迷惑になりますから、しばらく家に引きこもって様子を見る・・・なんてことになります。
 ようするに、ことしのひなまつりはそういう悪夢の一日でした(;;)

▼明日は、意見書案の提出締め切りなので、中山議員と打ち合わせして5つも出すことになりました。
 @介護保険の改善を求める意見書案 A障害者自立支援給付法案の改正を求める意見書案 B緊急雇用創出特別交付金事業の継続・拡充を求める意見書案 C最低賃金の改善を求める意見書案 D定率減税の縮減・廃止に反対する意見書案 と、どれも切実な内容です。
 ひとつでも多くの会派の賛同が得られるように、議案審議の合間を縫って折衝するのも大事な仕事であります。・・・・・では。


2005年3月1日
☆ いよいよ3月議会です!
▼いよいよ、定例市議会が始まりました。12月議会から一般質問に一問一答方式を導入するようになってから、質問の通告締め切りも早まり、本番前の準備期間がなが〜くなった感じです。しかも、3月議会は初日に補正予算を先に審議するので、議案質疑を控えていたら大忙しです。
 今回は、私も議案質疑をいたしました。(そのヒアリングのために26日の土曜と28日がつかわれました・・・・)
 テーマは4つ。@防犯カメラの設置予算、A障害者支援費予算の減額について、B宅配給食サービスの予算の減額について、Cごみの指定袋取扱委託料などの増額について、でした。
 防犯カメラは、佐賀駅周辺で自転車の盗難をはじめとする犯罪が増えるもとで、バスセンター付近など9箇所にカメラを設置するというものです。昨今の重大犯罪が増えているという報道のもとで、監視カメラ設置がひろがっているようですが、ほとんどが商店街や警察、自治会などの要望による設置で、自治体が直接設置するのは、プライバシー保護問題との兼ね合いで、まだごく少数派です。
 佐賀県内では初めてです。九州管内でも自治体設置は、福岡県三潴町、都城市、鹿児島市だけですし、商店街などの設置に対する補助をしているという点でも、九州でB自治体しかない、とのことです。それほどの少数派である以上、慎重な審議が必要と思い、質疑したわけです。
 ちなみに佐賀市の場合は、@カメラを設置し24時間撮影するが、モニターは行わない A画像データの保存期間は10日間。それ以降はデータを上書きする B保存期間中に犯罪が起きた場合のみ、文書での請求により警察などの捜査用に提供する C画像データの取り扱いは市の情報管理責任者(市民生活部長)のもとに取り扱い責任者・担当者をおき、その者だけが扱う など、管理運営要綱にしたがって使われることになるようです。

▼今日は、3月1日。太平洋のビキニ環礁でアメリカの水爆実験が行われ、付近で漁に出ていた静岡県焼津市の第5福竜丸の乗組員・久保山愛吉さんらが「死の灰」を浴び、命を奪われた「ビキニ・デー」です。
 ヒロシマ・ナガサキの被爆から60年、ビキニの核実験から51年たちました。私たちの国、被爆国日本では、ビキニ事件を契機に、東京・杉並区の主婦たちが始めた草の根の原水爆禁止署名が一気に広がって3200万人分集まり、翌1955年の第1回原水爆禁止世界大会の開催や、原爆医療法の成立に至ったという歴史があります。
 それでも地球上にはなお、2万発を超える核兵器が存在し、いまなお、開発や製造が続いています。これをくいとめようと、5月には国連の核不拡散条約(NPT)再検討会議がひらかれます。佐賀県からも、この国連集会に代表を送り出そうという準備が始まっています。「今、核兵器廃絶を!」の運動を、一気に広げる時期だ、とあらためて気を引き締めているところです。

▼さいごに、3月1日は、中山重俊さんの誕生日でもあります(^^)え〜と、ひとまわりうえの同じねずみ年ですから、57歳ですか?とにもかくにも、おめでとうございます。健康にお気をつけて、バリバリがんばってくださいませ。 よい一年になりますように!



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