Body and Soul


body and soul

My heart is sad and lonely
For you I sigh for you dear only
Why haven't you seen it
I'm all for you, body and soul
I spend my days in longing
And wondering why it's me you're wronging
I tell you I mean it
I'm all for you, body and soul

I can't believe it
It's hard to conceive it
That you'd turn away romance
Are you pretending
It looks like the ending
Unless I could have one more chance to prove, dear

My life a wreck your'e making
You know I'm yours for just the taking
I'd gladly surrender
Myself to you, body and soul




1930年のレビュー『Three's a crowd(三人一群れ)』のなかで使われたナンバーでリビィ・ホルマンが歌いヒットしました。映画 『ザ・マン・アイ・ラブ』(46年)、『ボディ・アンド・ソウル』(47年)でも使われました。作詞はロバート・サウア、エドワード・ヘイマン、フランク・アイトンの共作で、作曲はジョン・グリーンです。ジョンはガートルード・ローレンスの伴奏ピアニストを勤めていたことがありましたが、その頃彼女の為にこの曲を作りました。曲が出来てすぐの頃、彼女はロンドンへ渡り、BBC放送でこの曲を歌って注目を浴びます。それに目を付けたのがブロードウェイの辣腕プロデューサー、マックス・ゴードン。アメリカでの権利を買い、彼のレビュー『Three's a croud』の中に入れます。そして歌ったのがリビィ・ホルマンで、予想通りのヒットとなりましたした。史上最も美しいバラードと言われた曲で、数多くのミュージシャンが取上げています。極めつきとして名高いコールマン・ホーキンスをはじめ、ルイ・アームストロング、グレン・ミラー、アート・テイタム、バド・パウエル、セロニアス・モンク、ジョン・コルトレーン、ジェリー・マリガン、チャーリー・ミンガス、ビル・エバンス、アート・ペッパースタン・ゲッツなどなど、名演は枚挙にいとまがありません。ボーカルではビリー・ホリデーアニタ・オデイビリー・エクスタインエラ・フィッツジェラルドメル・トーメぺりー・コモサラ・ボーン、カーメン・マクレイなどこれまた数多くの歌手に歌われ、スタンダード中のスタンダードになりました。




この曲はバラードではありますが、いわゆるラブ・ソングとはちょっと違った、トーチ・ソング<torch song>と言われています。つまり失恋や片思いといった心の痛みをテーマにした歌ということで、ラブ・ソングの範疇の中では影の部分にスポットを当てています。
私の心は悲しみと寂しさでいっぱい
ため息が出るほどあなたが欲しい
どうして分かってくれないの
私はすべてあなたのもの
身も心も
と辛い心のうちを切々と訴えています。何となく演歌のジャズ版みたいな感じがしますが、日本の演歌ほどウェットではないような気もします。むしろ重い中身の詩を洗練されたメロディーに乗せることであっさり仕上げの心地よい仕上がりになっているのは、例えば『Blue and Sentimental』などの曲と共通するものがあるように思われます。それにしてもこの曲、もともとこういう素材だからでしょうか、歌い手の解釈の自由度が大きい曲のように思われます。つまり歌手によってその歌手の解釈、好みで歌詞がずいぶん変わってしまっているのです。歌詞の多少の違いは多くの曲で見られますが、この曲ほど大胆に?違っているのは珍しいかも知れません。冒頭の歌詞は色々な歌手が歌っている中で最大公約数的なものにしてありますので、当初に作詞されたものとは多少違っている部分があるかも知れません。




多くの歌手が歌っているこの曲、圧巻は何といってもビリー・ホリデーでしょう。彼女の生きた波乱万丈の人生の中でも晩年の作品で、すでに生活習慣上の悪癖がたたってボロボロの状態になっているにもかかわらず、聴き手の心の奥底まで揺さぶる表現力、解釈の深さは ”史上最高のジャズ・シンガー”と呼ばれた実力を遺憾なく発揮しています。まさに「身も心も捧げて」は、彼女自身の生き方そのものであり、その集大成的な曲の一つがこの『Body and Soul』であると思います。ビリーの人生は44歳で閉じられましたが、数奇な運命に翻弄されながらも耀いていた時期の彼女はとても可愛らしくてチャーミングであったといいます。テナー・サックスのレスター・ヤングとは恋仲でもありました。ビリーはレスター・ヤングの事をプレジデントにかけて「プレズ」という愛称で呼び、レスターはビリーを「レディ・デイ」と呼んでいました。二人は恋人として別れた後も友人として信頼関係を築いていましたが、1959年3月15日にレスター・ヤングが49歳で亡くなると、まるで後を追うかのようにビリーも4ヵ月後の7月17日に亡くなりました。最後のピアノ伴奏者だったマル・ウォルドロンはビリーの死後、彼女が作詞した『Left Alone』に曲を付けてアルバムを作り哀悼の意をこめています。






PHOTO PRESENTED BY RYU YAMAZAKI
     Ryu's Photo Gallery 【DEEPBLUE】
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