ジャズ的カラオケ術


§1 フェイク 【意味】偽物。まがいもの。
音楽用語としては、原曲のメロディを、それがかろうじて形を留めるまでの範囲で、くずして演奏する(歌う)こと。
従って、譜面づらを忠実に再現することにエネルギーを傾注するクラシック音楽の分野ではほとんど使われない、ジャズ、ポピュラー音楽に特徴的な要素となっている。



およそ、カラオケの場で歌う場合、多かれ少なかれ誰もが意識無意識を問わず、フェイクをしています。
ちょっと思い入れたっぷりに、ためて歌う。リズムに乗ってつっこみぎみに歌う。
これらは多くの場合、酔っ払って朦朧とした精神状態で歌われるので、本人は意識してはいないのですが、結果としてそれがフェイクなのだ、と断言してもいいくらいです。 つまりジャズ的カラオケ術の一番初歩的なものだとも言えます。

この方法は常に元のメロディから逸脱しないわけですから、後で述べるインプロヴィゼーション(即興演奏)とは根本的に異なります。
この手法を繰り出す際のコツとしては、まず酔っ払うこと。
酔っ払ってバックの演奏が遅れて聞こえるようになればしめたものです(もっとも本人には分からないと思いますが)。
このような状態では(本人にとって)時間はゆったりと流れ、本人の歌も素面時よりもゆったりと流れ、結果としてゆったりとしたグルーブでバックの演奏と微妙にズレた歌が出来あがります。
この、時間軸の超常的変化は、しばしばジャズの演奏現場でも起こりうる現象ですが、ここはカラオケ現場のお話ですから、詳しくは述べません。しかし、カラオケにおけるフェイク手法が、ジャズにおけるそれと同じようなものだということが分かっていただければOKです。

では酔っ払うこと以外で、このフェイクをするにはどうしたらいいのでしょう?
あなたにも出来るやさしいフェイク手法をいくつかご紹介します。

まず、ひとつには『語りかけるような気持ちで歌う』こと。これはもちろんスローテンポの曲に限ります。
こうすれば自然と元のメロよりもトーンが低くなり、リズムや音程ははずれますが、あなたの気持ち次第で説得力のあるものになります。ただし、全編この調子でやると、その場の全員がなんとも暗いやりきれない雰囲気に陥りますので、くれぐれもワンポイント的に使ってください。

ふたつめは、『シンコペーション』をうまく使うこと。
シンコペーションとは、リズム面におけるジャズの大きな特徴となっている要素ですが、分かりやすく言えば、小節のアタマから素直に歌えばいいものを、ワザと半拍早く入ったり、半拍遅く入ったりする技法をいいます(ミュージシャンの方に言っておきますが、ここでは『アンティシペーション』も含めて『シンコペーション』と呼びます)。
"半拍"のところは1拍でも1/4拍でも3/4拍でもいいのですが、よく使われる代表的な音符は半拍(1/2拍)でしょう。

シンコペーションは今日ではポップス全般に広く蔓延していて、これがない音楽というものは、カツオぶしも醤油もない冷やっこ(つまり"素どうふ")と同じで、体にはいいかもしれないが味も刺激もないという、具体的にはクラシックか唱歌であるといっても過言ではありません。
(筆者は『実戦的楽譜の書き方』以降、徹底的にクラシックを馬鹿にする言動をそこかしこで吐いているように感じる人がいるかもしれませんが、それは誤解です。筆者はクラシック音楽を馬鹿にしているのではなく、クラシック音楽家及び同評論家の大多数を馬鹿にしているのです。その理由は機会をあらためます。)

ではこのシンコペーションをどううまく使えばいいのかについては、感性の問題なのでいくら説明しても無駄と判断して深入りはしませんが、課題として『喝采』を挙げたいと思います。
この曲は、譜面だけ見ると八分音符と四分音符がダラダラとならんでいて(つまりシンコペーションはほとんど出てこない)、歌手(はやく復帰してほしい)もそれをほぼ譜面通りに歌っているにもかかわらず、何であのドラマチックな作品になるのだろう(もちろん歌詞の物語性に負うところもあろうがそれ以外の要素も大きい)という、希代の名曲なのですが、この曲をシンコペーションを生かして歌いきれるようになれば完璧です。

さて、みっつめは『コーラスの終りに工夫を凝らす』こと。
たいていの場合、1コーラス(歌詞の1番、2番などの一区切りのこと)の最後は1小節ほど伸ばす音で終ります。これは演歌や歌謡曲に顕著です。
コーラスの次には必ず間奏という歌い手にとってのお休み時間が来ますから、このとき、最後の音に(お得意の)ビブラートをかけながら、その音を3度〜5度〜1オクターブと果てしなく上げていくのです。出来ればバックの連中(機械ですが)が間奏に入ってもしばらく尾をひくくらいのほうが効果があります。
なおかつ、音が最高音で自然にフェイドアウトするようになれば拍手万来間違いなし。

ただし(但し書きが多いと怒られそうですが)、曲が3コーラスあった場合、各コーラスの最後で同じ手法は効きません。
例えば1コーラス目の最後にこの手法で大拍手を受け、味をしめて2コーラス目の最後でも同じドジョウを狙えば、必ずや失笑の嵐を買うことは私も経験ずみです。
ですからこの手法は最後のコーラスで思いきって繰り出して、気持ちよく席に戻りましょう。

ほかにもフェイクの具体例は山のようにあるのですが、ここでいちいち説明していくには、この手法は簡単すぎますので、ここらへんにして、最後にカラオケにおけるフェイク手法の天敵ともいうべきものをひとつご紹介しておきます。

それは『自動採点機能』です。

10数年前から一部のカラオケ機に搭載されたこの機能については皆さんよくご存知のことでしょうが、これは私のフェイク志向と逆行するものであり、私はこれによって幾度か辛酸をなめさせられたつらい過去を持っています。
ちなみに(その気になって)正確に歌った私の最高得点は85点、機嫌よくフェイクして歌った際の最低得点は20点でした。
"あなたの上手さを採点します"という謳い文句を、"あなたの正確さを採点します"と訂正してほしい。一日も早くあの天敵がカラオケボックスから消えてなくなることを、私は祈らずにはいられません。


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