
日本的経営・忠誠・世間
大野正和
1. ひとつのエピソード
ある日本の自動車製造企業のアメリカ工場における話。その企業は、アメリカの労働者に制服の着用を義務づけたが、さらに会社のマークの入った野球帽を配り、労働者の「どうしてもかぶらなければならないのか」という問いに、「いや、強制ではない」と答えていた。すると、ほとんどがその野球帽をかぶらないので、管理者が「本当に会社のことを考えているなら、自然に野球帽をかぶりたいと思うはずだ」と問題にしはじめた。
これに対して、アメリカの労働者はこういったという。「あなた方が野球帽をかぶれと命令するのであれば、わたしたちは反対であるが、そういう命令はいちおう成り立つでしょう。しかし、われわれ労働者に『野球帽を自発的にかぶりたいと思うようになれ』と命令するな」と。
これは、アメリカ人の労働者であるからいうことのできた論理であり、会社側(「日本的経営」)から見れば、「野球帽をかぶる」という行為を「命令」として「強制」するのではなく、労働者が「自発的」に受け入れるのがあたりまえなのだという、いわば常識のようにしみついた考え方が存在する。
日本の労働者であれば、この半ば常識のようなしきたりめいた考えを、会社側の意向を先取りするかのように、あるいは場の空気を察知するかのごとく受容するであろう。「自発的にかぶりたいと思え」というのは、もはや「命令」の形式をとってはいないのであり、それはまさに、発話される以前に労働者が暗黙に「服従」していなくてはならないルールなのである。
自発的・自主的に経営側の意図を察知して従うという行動様式は、日本企業における労働者意識を鋭く反映しており、その意識のあり方は管理的な制度に裏付けられながらも、独自の様相を呈している。「自発的に帽子をかぶりたいと思う」のは、管理者の眼差しを先取りして受けとめたものであるが、そう思わされる側面とともに、自らそう思うというこの独特な意識の動きに注目しなくてはならない。
そこにはアメリカ人とは違う「従い方」の意識の日本的な特徴が現れているのであり、これが日本的経営の管理のメカニズムをも下から支えているといえよう。このことは、管理の制度に適合的な意識が不断に再生産されている面とともに、日本的な労働者意識の独自性を追求する必要を示唆しているのではないだろうか。
2. 「ポスト・フォーディズム論争」から
この論争は、1980年代後半から90年代初頭にかけて、日本的経営が、アメリカ的な大量生産システム=フォード主義を越える資本制システムとして次の時代を担いうるかという問題意識の下に行われた。その主要当事者は、ケニー/フロリダと加藤哲郎/スティーヴンであるが、前者は「日本的協調」説、後者は「強搾取」説として位置づけられよう。
「協調」説は、日本における企業組合主義と長期雇用保障による安定的な労使関係を積極的に評価し、この「階級和解」「階級協調」の社会的安定性が日本を支えていると見る。「搾取」説はこれを批判し、労働者は競争による分断支配のもとで、会社に忠誠と献身を捧げざるをえない形で、経営の権威に屈服しているのだという。こうして、フレキシブルな生産を可能にするポスト・フォーディズムと、残酷で抑圧的な資本主義システムであるという一見相反する規定が両者からなされる。
この両説を考慮すると、労働者は「飼い慣らされて従順である」という見方もできるが、企業目標を内面化し、会社への献身と忠誠を尽くすように見えるその姿をさらに深くみていく。これは「なぜ企業支配を受容するか」という論点として現れるが、「搾取」説の側はそれを、能力主義的な人事管理や「日本的経営」の競争主義的再編によって、労働者が「企業人間」とならざるをえない状況に追い込まれたとみる。
しかし、「企業との価値意識の共有」や企業論理の内面的同化、屈服やあきらめという心理は、労働者の「内面的価値意識」に立ち入って検討する必要のあることを示唆している。以下ではこの問題に絞り込んでいく。
3. 「強制」と「自発」
企業社会を分析しようとする論者たちの視角は、総じて「自発的に忠誠をつくす構造(渡辺治)」や「強制と自発がないまぜになった心性(熊沢誠)」などに注目することになる。それは、「自発的服従」の概念を定立することにつながるのであるが、結論的には「システムの強制」による「やむをえざる受容」といったあたりに落ち着き、労働者の内面的意識に入り込んで内在的にその「自発性」を理解しようとしない。
この弱点をある程度乗り越えようとした鈴木良始は、「強制」によって管理的条件を「仕方がない」と受けとめるだけではなく、どうせやるなら前向きに期待に応えようと「やり甲斐」にかける労働者心理を描いて見せた(『日本的生産システムと企業社会』)。しかしあくまで「強制」が先行するなかでの「自発」要素の発揮であり、本来的な労働者の自主性・自発性の要因が管理的に利用されているのが問題だという。
ただ労働者の意識が、「強制された自発性」という単なる管理制度の産物でないことは、鈴木自身も気づきつつあったことで、われわれは「強制」の枠組みが仮になくなったとしても、いぜんとして問題となるであろうような「自発」そのもののもつ性格を解明しようとするのである。その場合、自発的な労働意欲の面と、それでも会社であれシステムであれ何かに「従っている」ように見える側面の関係が以降の課題となる。
4. 日本における「忠誠」
ドーアは、日本の労使関係を「組織志向型」ととらえ、その「福祉企業集団主義(welfare
corporatism)」的性格を積極的に評価した。徳川時代の武士集団の伝統に発する公的なものへの忠誠心や、終身雇用型の労働コミュニティによる労働者の会社に対する帰属意識の強さ、仕事への強い倫理観と誇りなどの要素が、制度的な条件によって支えられつつ、日本的経営の強みとなっていると説く(『イギリスの工場・日本の工場』)。
ウォルフレンは、日本人にみられる会社や集団への忠誠、個人主義の欠如と協調的な傾向などは、究極的には政治的な権力構造=「システム」によって強制された服従の文化であり倫理観なのだという。彼もまた忠誠心の淵源を徳川時代のイデオロギーに見出すのであるが、特に、キリスト教的西欧のような超越的な倫理規範の価値体系の形成を阻んだ徳川権力を問題にする(『日本/権力構造の謎』)。
次に、より文化的伝統に踏み込んだ議論をみる。ベネディクトは、内面的な罪の自覚と良心の声に基づく、欧米的な「罪の文化」の行動様式に対して、日本の道徳律は、世間や他人の批判を強く意識した外面的強制力に基づく「恥の文化」だという。日本人は世間の恩に誠実に応え、常に恥を回避して生きていかなくてはならない(『菊と刀』)。
徳川時代の宗教の分析によって日本の近代化のエートスを抽出しようとしたベラーによれば、集合体への献身的忠誠による擬似普遍主義と、能動的な奉仕による業績主義がその特質であるという。そしてこのエートスを生み出したのは、日本の宗教行為にある報恩と自己修養の二つのパターンであり、それらによって上位者に対する能動的な忠誠心が強化されたのだと説く(『徳川時代の宗教』)。
以上の四人の西欧から見た日本人論に共通する捉え方は、何といっても「忠誠(心)」への着目である。それは、キリスト教的な超越神の伝統から見た場合、天皇や会社という特定の(特殊主義的な)対象に対して、個人が献身と忠誠を尽くすということが、不可思議な日本的特質と見られるからであろう。
しかし、その忠誠が何によって生み出されるのかというと、権力構造や制度ないしシステムによっていわば上から作り込まれたと見るか、歴史的な伝統に育まれた文化の影響と見るかの両説に大きく分かれる。とはいえ、この両者とも、政治・イデオロギー・教育といった個々の人間にとっては外在的な何かを前提とする説明である。われわれが関心を持つのは、その外側からの影響下にありながらも、個人が何らかの意味で「自ら」忠誠を尽くすそのあり方である。
5. 「世間」と「服従」
ベネディクトの罪と恥の文化的二元論を止揚する試みとして、その根底に人間関係の根源的な「信頼」をおき、ユダヤ・キリスト教的な原罪観念を媒介とする契約思想と、日本的な義理の成立を考えてみるのも面白い。そして、日本の場合はより原初的な信頼関係を色濃く継承しているので、これを「人と人との間(木村敏)」に自己の存在根拠をおく「間人主義(浜口恵俊)」的な人間関係とみることもできる。
一般に「日本的集団主義」と称されるこのあり方は、その積極的評価よりもむしろ、超越的絶対神なき間人主義的な「世間(阿部謹也)」として、理屈をこえた一種の権威としてわれわれの前に否定的に立ちはだかる。親が子に「そんなことは世間では通用しない」といい、「世間を騒がせたから謝罪をする」など、「世間」は日本人の生活の枠組みとなっている。これは、西欧の「社会」が、個人の尊厳を基礎に彼らの集合的な意思のもとに成り立っているとみなされるのと対照的である。
また、プロテスタンティズム的な禁欲の倫理が、世間=世俗の欲望を体系的全面的に克服しようとするのに対して、日本における「禁欲」の精神は、近世社会に見られたように、「悪所」での性的逸楽や職業生活からの引退後の趣味道楽を許容してしまうという、いわば部分的なものにとどまっていたのである。さらに、その世間の人間関係の奥底には、「ケガレ」の観念や慣習化された呪術的信仰が入り込んでいるとも指摘される。
さて一方、ベラーの忠誠観を批判的に克服しようとする丸山眞男は、日本における「封建的忠誠」は、近代化の過程で「原理への忠誠」の側面を剥落させていき、官僚化と世間化による服従と恭順に落ち込んでいったという。しかしこの日本の近代において見失われた「原理への忠誠」とは、とらえようによっては、超越神の召命による絶対者への帰依に基づく「近代的個人」創出の西欧的な論理に通ずる面もあり、それはまさに、「主体」の形成が「自発的服従」の論理に他ならないと喝破したポスト・モダン的な批判の対象となるであろう。
丸山の展望した「近代」が日本において未確立であるとすれば、そこでの服従化の様式は、西欧とは異なる独自な「世間」の論理に貫かれたものとなろう。木村のいうように、自己の「外部」でありながら「内部」とつながっている「人と人との間」が「世間」なのであるから、そこでの「従い方」は、他者からの強制でも自分自身の内面の声によるものでもない。外なるものとの連続体として存在する内面という世間的状況の下では、われわれが着目してきた「自発性」における「自」の構造そのものを問い直してゆくなかで初めて、「従う」ことの意味も明らかにされるのである。
出発点の企業経営からは遠く離れてしまったように見えるが、日本においては企業=会社が他ならぬ一つの「世間」を形成しているのだといえば、理解されるかもしれない。「強制」という搾取の面や、「自発」という管理の内面化だけでは、日本的経営のもとでの労働者のあの「働きぶり」「従い方」は全面的に解明できないのである。「自発」の「自」に深くかかわる日本の「世間」を見つめていくことによって、企業社会のあり方もより鮮明に浮かび上がってくるであろう。
6. まとめ
これまで日本的経営ないし企業のあり方から出発して、(労働者の)意識に注目しながら日本の社会全体をとらえる理論と、特にそこでの「従い方」を解明しようとする試みを追求してきた。確かに「企業支配」の論理そのものを明らかにする営みとしては物足りないであろうが、むしろその「企業権力」の貫徹であるかのように見える現象を、日本社会のもつある意味で伝統的な奥深い意識の層から説明しようとしたのであった。
企業は決して単に、資本主義的な経済メカニズムのひとつの単位、あるいは搾取と収取の機構にすぎないものではない。それは人々が生活の時空を共有する場であり、そこで様々な人間関係が交錯する人生の舞台であり、まさしく「世間」の論理が浸透しているひとつの世界である。経済的機構としては、資本と労働の交換に基づく生産の場であり、管理の制度と管理者の統制のもとにある労働遂行の場であるが、その底流には生活そのものにまで定着した世間が存在する。その企業を考察するのに、労働と生産のシステム分析や管理の制度的側面を重視する立場ももちろん有効性をもつが、そこでの日常的な生活意識を貫いている「場の論理」を明らかにしなくては、「企業社会論」としても不十分であろう。
しかし、企業労働者は美的な調和に満ちた共同体に暮らしているのではない。何かにからめ取られ拘束され、激しい焦燥感にさいなまれつつ日々の労働にいそしんでいる。その生活感覚を「従う」意識と表現しようとしたのであるが、日本的な企業における従い方の論理には、次のようなおよそ三重の層があるように思われる。
まず第一に、明らかに外部的な支配ともいえる権力的な強制である。労働者の死命を制する馘首や生活基盤を根本から脅かす人事異動の強行を頂点として、給与体系の査定、労働過程における様々な拘束条件など、それらがどんなに本人の事情を考慮したものであっても、やはりある程度の不自由感を引き起こさずにはおかない原初的な「従う」様式である。
このことが前面に押し出される局面においては、それはいやがうえにも「搾取」として意識されるであろう。しかし露骨な搾取は企業体制の発展とともに変形され、やがて、「人並みの暮らし」をするにはやむを得ないこととして我慢するという意識を生み出していく。ここに至っては「システムの強制」ともいうべき論理が支配するであろうが、いぜんとしてなんらかの外部的な力に圧倒されている様相を呈する。
第二には、様々な管理的拘束条件のもとに長期間おかれることによって、その外的な拘束が内面化し、もはや力による強制がなくても自発的に命令を遂行する「従い方」が現れる。それは見方によっては労働者が「馴化」されたともいえるであろうし、また外面的な権力を必要としないで労働と生産に積極的に参加する「統合」が実現したのだと説く論者もいるであろう。しかし、内面化されるべきなんらかの外部的な規範が存在して初めて成り立つ「従う」様式であり、この「外」を前提する限り論理としては第一のパターンと基本的に同型である。
実は、日本的経営の「強制」と「自発」として議論されたのはここまでの論理であり、第一のものが「強制」に、第二のものが「自発」に相当することは容易に見てとれよう。しかも、この両者においては圧倒的に管理(的制度)の比重が大きいのであり、従来の研究がそこに焦点を当て、管理システムから労働者の「従い方」を説こうとしたのも無理からぬことであった。しかし、本稿でとりあげようとしたのは、この二つの層のさらに底流に基層として存在する「世間」の論理に貫かれた「従い方」の様式であったのである。
そこでは搾取や管理の側面は後景に退き、生活の時空間としての企業=会社の場における日常的意識の内面を規定している要素が前面に取り出されて考察されなければならない。その生活体としての会社は、ある意味での共同性を担うものであり、本稿でいう「世間」の問題性をはらむ存在であると同時に、「回復すべきコミュニティ」をそこに期待しようとする論を生み出す母胎でもある。
しかし、搾取と管理のシステムが仮に外観にすぎないものであったり、あるいは批判的に克服されたとしても、この共同性を有する時空間は相変わらず存在し続けるであろう。われわれは、「世間」と「従い方」を試論的に展開することを通じて、共同性の問題にも目を開こうとしたのであった。
さて一方、残された課題は、なにゆえに他ならぬ日本的経営において世間の論理が貫徹するのかという逆方向での分析である。つまり日本的経営のなかに世間を見出すのとは反対に、世間の論理が鮮明に映し出される場としての日本的経営の解明である。そのことによって初めて日本的経営の独自性が明らかにされるのであり、本稿はそのための前半部分の準備作業であったのである。
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