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日本代表の歴史

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  1993年―この年は“ラグビーユニオンとは違う未知なるラグビー”ラグビーリーグが初めて日本に紹介された日本におけるラグビーリーグ元年となった。まさに日本のラグビーリーグの歴史はこの年から始まったのである。
  1994年に日本代表チーム‘サムライズ’が結成される。同年2月にオーストラリアのシドニーで開催されたコカ・コーラのワールド7‘sに日本代表として初めて招聘されることになる。この大会で日本代表チームはトンガ、ロシア、グレートブリテンと対戦している。 日本代表チームは1994年に続いて1995年、96年、97年と4年連続で同大会に招聘され着実に国際経験を積んでいった。
  そんな中1995年は日本人選手が躍進した年となった。中でもサムライズのメンバーであった今長賢二の活躍は目醒ましいものがあった。サムライズでの活躍が認められた彼は、オーストラリアのNRLクラブ・シドニーブルドックスと“日本人初のプロ契約を結ぶ”という日本ラグビーリーグ史上に残る歴史的偉業を達成。その後今長は1998年まで4年間の間シドニーでプロとして活躍した。
photo   国際レベルの大会に目を移すと、日本は1996年、1997年は各国で開催された国際的なイベントに何度もチームを送りこんでいる。オーストラリアのシドニーで開催されたコカ・コーラのワールド7’sを筆頭に、1996年のフィジーのスバで開催されたスーパーリーグ・ワールド9’s、1997年のオーストラリアのタウンズビルでの試合など国際大会にも頻繁に名前を連ねることになる。 特にタウンズビルでの試合では、強豪ニュージーランドと対戦する貴重な経験をした。また、同所では、フランスチームとの初対戦も経験している。 

  日本チームは、1996年(開催地英国)と1999年(開催地フランス)に開催された学生ワールドカップにも、連続して学生代表を送り出している。 この2大会ではともにニュージーランドが優勝している。
 
  1997年には、オーストラリアのニューサウスウェールズカントリー・グループ20選抜が来日。宮崎県で国際試合行われたが、ニューサウスウェールズカントリーが42対22で日本を下している。 この試合は日本で行われた初の国際試合となった。また、九州で初めて行われたラクビーリーグの試合ということでも忘れられない一戦となった。
 
  1998年はオーストラリアで活躍している日本人選手が大活躍。 特筆すべきはシドニーの大学チームとして名門のUTSに所属していた小島亮一の活躍だ。小島はシーズンを通して好調をキープし、チームの主力として活躍。シーズン後には、日本人として史上初のニューサウスウェールズ州学生代表に選出される快挙を達成。伝統の一戦であるクイーンズランド学生代表戦の他、英国学生代表戦にも出場するなど、ニューサウスウェールズ州学生代表として数試合を経験した。 
  同1998年、日本国内ではレバノンチームが初来日している。そして宮崎県の延岡で日本戦が行われた。 

  日本代表は、翌1999年にはフロリダ州オーランドのディズニースポーツコンプレックスで開催されたワールドカップ2000北太平洋予選へ参戦。 同大会で、日本代表はカナダ及びアメリカと対戦している。記念すべき日本代表初のテストマッチの相手は強豪アメリカだった。記念すべき初陣は54対0で敗戦しほろ苦い初テストマッチとなった。しかしながら、二戦目となったカナダ戦では14対0で勝利。 テストマッチ初勝利を収める歴史的一戦となった。また大型選手の多いカナダチームを破ったことは、小柄な日本チームにとって意義のある大きな勝利でもあった。
  2000年には、22カ国が参加してラグビーリーグワールドカップが開催。ラグビーリーグ史上最大のイベントとなった。その記念すべき大会の優勝を飾ったのはオーストラリア代表‘カンガルーズ’。 日本代表は、同大会の下部組織である(ラクビーリーグ発展途上の国々が参加し対戦する)エマージングネイションの部に招聘された。 同部門の大会には、日本の他、モロッコ、カナダ、英国アマチュア代表、米国、イタリアが参加。混戦の中、英国アマチュア代表が優勝。 同大会に、サムライズ代表のメンバーとして参加した長岡法人(元本田技研鈴鹿ラクビー部/ラグビーユニオン元日本代表)はラグビーリーグ及びユニオンの両ラグビーでの日本代表に選出されるという前人未到の大偉業を達成した。 photo
Team Japan 2000
Emerging Nation world championships
  その後サムライズは、2002年6月に米国のフィラデルフィア近郊でアメリカ代表‘トマホークス’と対戦。 猛暑の中行われたこの試合は、善戦したものの26対12で惜敗。この試合で沖土居稔(元サントリー・ラクビー部/元ラグビーユニオン日本代表)は長岡に続きラグビーリーグ及びユニオンの両方で日本代表に選出される偉業を達成している。

  2003年1月には、日本代表チームはオーストラリアのシドニーでワールド7‘sに参加。アメリカ及びオーストラリアン・アボリジニーと対戦した。
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