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ポルノ中毒

 ポルノが男性に及ぼす悪影響は計り知れませんが、それを要約すると以下の5つになります。

•女性を自分の性欲を満たす道具と見る(扱う)ようになる。
•不必要に性欲を増長させる。
•マスターベーション中毒にさせる。
•不健全な妄想を抱くようになる。
•仮想と現実を混同するようになる。

 以下はインターネット・ポルノ中毒者に見られる特徴のリストです。
(参考:Patrick Carnes “In the Shadows of the Net”; Kevin Skinner “Treating Pornography Addiction”)

•一日じゅうセックスやポルノのことを考えている。
•自分が最初意図していた時間よりもより長くポルノを見てしまう。
•繰り返し繰り返しやめようと試みるが、毎回失敗に終わる。
•直面している問題から避けたり、自分が持つ無力感や不安、ストレスなどを和らげるためにポルノを見る
(マスターベーションをする)
•日に日により刺激的、あるいはより危険な内容のものを求めるようになる。
•自分がポルノを見ていることを隠すために、周りの人、特に家族の者に嘘をつく。
•児童ポルノなどの不法なポルノを見る。
•本来なら仕事や学業、あるいは家のことをするための時間を、ポルノの鑑賞に充ててしまう。
•ポルノを見るために、意図的に自分の社会的活動
(仕事など)や他人とのコミュニケーションを制限する。
•ポルノを見ることができないとき、苛立ち、情動不安(落ち着かない状態)、あるいは苦痛などを持つ。
•ポルノ中毒行為のために、結婚生活や、仕事、あるいは学業などを危険な状態にしてしまう。
•ポルノ関係の商品を頻繁に購入するので、経済的に深刻な状況になる。

 ペンシルベニア大学認知療法センターで『性的トラウマ・精神病理学プログラム』の責任者を務めるメアリー・アン・レイデン博士は、インターネット・ポルノ中毒は、麻薬中毒と同じであると主張する。さらに博士は、コカインは体外に排出できるが、ポルノ画像は永遠に記憶に残るので、ポルノ依存症はコカイン依存症よりも回復が難しい、と訴える。

 精神科医のジェフリー・サティンオーバー博士も、ポルノが身体に及ぼす影響をこう指摘する。

 「他の依存症とは異なり、ポルノは最も効果的な依存性物質を直接体内に発生させる。つまり、ポルノは自慰行為を誘発し、それによりオピオイド[アヘンに似た作用を持つ物質]の自然分泌をもたらす。ポルノには、ヘロインにはない作用があるのだ。」   

 アルコール中毒、ニコチン中毒、または薬物中毒と同様に、一旦体内に化学物質が分泌されると、ポルノ中毒者の全思考はただ一つのこと、すなわち射精をすることにのみ集中します。「ほんの数分だけ」のつもりが、一度見始めるや途中でやめることができなくなり、結局何時間もポルノの前に釘付けの状態になってしまうのは、この脳から分泌される化学物質によるとされます。

 ポルノが子供に及ぼす悪影響も計り知れません。前述したNHKによる全国調査によると、20〜40代の男性のうち、27%がアダルトビデオで見たことを実際に真似してみたと答え、また25%がしたいと思ったがしなかったと答えました。この結果から、この年齢層における男性の5割以上が、ポルノを単なる娯楽として見るのではなく、自分のセックスの見本として見ていることがうかがえます。

 ある人は、性欲を抑えることなど不可能であり、それは全くの無駄な努力であると言うかもしれません。確かに性欲をコントロールすることは難しいことではありますが、それは決して不可能ではありません。人々がそれをできないのは、ただその方法を知らないからです。以下、ポルノ中毒からの回復の処方を提示いたします。

1. 自分がポルノ中毒者であることを認める。

 どのような個人的理由や背景を持っているにせよ、もしあなたがポルノ鑑賞をやめられないのなら、あなたはすでに中毒者です。自分のやっていることから目をそむけてはなりません。そして決して「俺は限度をわきまえている。」とか「日常のストレスを解消するためにやっているんだ。」と言って自己正当化したりしてもいけません。あなたはもうすでに危険領域に入っているのです。自分の深刻さに気づき、手遅れになる前に一刻でも早く手を打たなければなりません。もしここであなたが自分の中毒を認めるのなら、あなたはもうすでに回復へと向かっています。自分の性欲への奴隷状態を憎み、その束縛から解放されることを渇望する願いが強ければ強いほど、あなたの回復成功率は高くなるでしょう。

2. 誤信を捨てて真実を知る。

 人間は自分の信じていることに従って行動します。時には意識的に、そして時には無意識的に。その信じていることが真実か不真実か、あるいは正確か不正確かは問題ではありません。迷信であれ、友人やメディアから聞かされたことであれ、私たちは一旦正しいと判断して信じるようになったら、それに従って行動するのです。実に私たちは数え切れぬほど多くの“信仰”を持っています。セックスに関しても同じです。男性はセックスをしないと一端の男にはなれないと信じたら、一日も早く彼女を作ってセックスをしようと試みるでしょう。ポルノ鑑賞はセックスを学ぶための手段であると信じたら、それを全く罪悪感を感じないで毎日見るようになるでしょう。また、マスターベーションは性欲の“ガス抜き”に不可欠であり、男なら誰でもやっていると信じたら、それを定期的に欠かさず行うことでしょう。これらはみな事実に基づかない誤信です。

 ポルノの世界は完全なる幻想の世界であり、その伝える内容はおよそ事実とはかけ離れたものです。よってそれをセックスを学ぶために必要な“教科書”と見なすのは誤りであるばかりでなく、それは危険です。はじめはごく小さな誤信も、時が経つにつれ“妄信”になり、そしてしまいには“狂信”になります。誤信者はポルノから得た情報を事実だと信じ、妄信者はそれだけが真実であると信じ、そして狂信者はそれを後先の結果や他人の福利を全く顧みずに実行します。実に、ポルノに洗脳されて不倫や性犯罪を犯す人は、イスラム教の自爆テロ犯と同じくらい危険な存在です。自爆テロ犯は、自爆して多くの人を殺すことによって自分は天国に行けると狂信しています。彼らは神から授かった尊い体を自ら爆破し、周りにいる無実の人々を巻き添えにし、そして社会全体に恐怖を与えます。同様に、“ポルノ学校”出身の不倫者や性犯罪者は、神から授かった聖なる体を汚し、自分の家族に悲劇や恥辱をもたらし、そして社会全体に不信と無秩序を浸透させます。あなたはもうすでに、このポルノ学校から様々な性に関する偽りを学んできたと思われます。だがそれを実践する狂信者になる前に、それらの誤信を一つ一つ捨てていかなければなりません。以下がその例です。

誤信:男性と女性の性欲の強さは同じである。
真実:男性の性欲のほうが断然強い。

 1990年にコロンビアの高校で行われたリサーチによると、少なくとも週に一度性的な欲望を持つと答えた学生の男女比率は80%対49%でした。また、2006年にカリフォルニア州立大学で676人の大学生を対象に行われたリサーチ(平均年齢:25歳)によると、男子学生は平均して週に37回も性的な欲望を持つと答えたのに対し、女子学生の平均は9回でした。

誤信:性欲が生じるプロセスに、男女間の違いはない。
真実:男性と女性では性欲の生じるプロセスが異なる

 数多くのリサーチにより、女性の性欲は男性のように生物学的な本能によって生じるのではなく、相手と親密な信頼関係を持っているときに生じるという結果が確認されています。ローズマリー・バッソンのモデルによると、女性の性欲は普段は“ニュートラル(中性)”であって、彼女たちが性的な刺激や欲望を持つためにはこのニュートラルが解除されなければならないと主張します。そしてそれを解除するものが相手の男性との精神的な親密度や信頼感なのです。

誤信:ポルノ鑑賞やマスターベーションに耽るのは、性欲が盛りの若いうちだけだ。
真実:緩やかな減退はあるものの、男性の性欲は60,70代まで続く。

 40歳前後からホルモンや精子の生産が減少するものの、男性の性欲は中年期や高齢期に入っても強く存在します。よって、私たちは決して自分のポルノ・マスターベーション中毒が若いうちだけの一過性のものであるなどと楽観視してはなりません。一度形成された中毒的行為は、加齢によって自然と解決できるものではありません。

誤信:女性も男性と同様に、セックスを快楽とみなしている。
真実:セックスを快楽と捉えている女性は、全ての世代において少数である。

20〜40代の男性の5割(20代:55%、30代:53%、40代:47%)がセックスを快楽と見なしている一方、同じ年齢層の女性のわずか2割(20代:19%、30代:20%、40代:15%)が同様の回答をしています(NHK全国調査、1999年)

3. 聖書の神を信じ、そして聖書に書かれている神の教えを自分の絶対的な価値基準にする。

 聖書にはこう書かれています。

義人はいない。ひとりもいない。
悟りのある人はいない。神を求める人はいない。
すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行なう人はいない。一人もいない。
ローマ人への手紙3章10-12節

人間が持つ罪の性質は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。
ガラテヤ人への手紙5章19-21節

 自分を義とする人は永遠に神を見出しません。なぜならそのような人にとっては、自分自身が神だからです。しかしもし私たちが自分の罪(社会的・法的な罪ではなく、神の教えに反する罪)を認め、それを神の前で悔い改めるなら、神は私たちを即座に赦してくださいます。そして神は私たちに聖霊を送ってくださり、それによって私たちは今までしてきた汚れた行いを心から忌み嫌うようになります。この罪を憎むことこそ、私たちの人生を180度転換させるものであります。

 大抵、私たちが窃盗をしない理由は、その窃盗という行為自体を憎んでいるからではなく、それが法律で禁じられていて、それを破ると刑罰が与えられるからです。同様に不倫を控える理由は、それを心から憎むと言うより、それによって引き起こされ得る恥辱、不名誉、あるいは家庭の破綻といったものを恐れているからだと思われます。しかしながら、もし私たちが神を信じ、神を愛し、そして神の教えに従って生きるようになったら、神の教えに反する一切のことを憎むようになるのです。なぜなら神から新しい命を与えられた人にとっては、自分の欲望や野心に従って生きるよりも、神の御心と神の栄光のみを求めて生きることに、より大きな喜びがあるからです。

 実に神を信じる者にとっては、窃盗や殺人、不倫、偽証などをしないことが、大いなる喜びなのです。これは、「本音を言うと不倫を一度か二度は経験してみたいのだけれど、神から禁じられているのでそれをすることができない。」という消極的服従などではなく、「私は不倫を憎む。それは神が祝福された聖なる結婚を汚すことであり、それは神への冒涜に他ならない。私と私の妻は神の御前で一体であり、他の何者も私たち夫婦の間に入ることはできない。」という積極的服従を意味します。神は私たちに様々の律法をお授けになったが、決してそれらを私たちに強制されません。神はいつでも私たちに選択の自由を与えてくださいます。なぜなら、私たち人間は、上からの強制や押し付けによって何かをしても決して喜びが得られないことを、神はご存知だからです。汚れたことを憎み、自らの意志で神の教えに従ったとき、私たちの人生は喜びに満ちたものとなります。

 では神の教えとは何でしょう。聖書ははっきりと、姦淫(不倫)を罪と定め、そして女性を情欲を持って見ること(ポルノ)も禁じているのです。

姦淫してはならない。
出エジプト記20章14節

人妻と姦通する者は思慮にかけている。これを行なう者は自分自身を滅ぼす。彼は傷と恥辱とを受けて、そのそしりを消し去ることができない。嫉妬が、その夫を激しく憤らせて、夫が復讐するとき、彼を容赦しないからだ。彼はどんな償い物も受けつけず、多くの贈り物をしても、彼は和らがない。
箴言6章32-35節

『姦淫してはならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。 しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。
マタイの福音書5章27-28節

4. 自分の目と契約を結ぶ

  男性は視覚的な生き物です。視覚を通して魅力的な異性に惹かれるのに男女の差異はありませんが、男性の場合は特にそれが性欲につながるのです。男性は生物学的に、女性の体を見ると性的に興奮します。すなわち、もし女性の裸を見ようものなら、そこに愛があろうがなかろうが、男性は性的に興奮してしまうのです。一方、女性はまず男性との信頼関係や精神的な親密感を大前提とし、それを感じた後に性欲を生じさせます。このことから明らかなように、セックスに関しては、男は非常に単純であり、そして動物的であると言えましょう。

 この事実を踏まえて、男は自分の目を意図的にコントロールしなければなりません。言い換えると、自分の目を躾ける”のです。もし私たちが、自分の思うままに会う女性会う女性を情欲を持って見るなら(実際に会う女性だけでなく、テレビやインターネット上の女性も含む)、私たちはその都度性的に興奮したり、また幻想や妄想を頭の中に抱くでしょう。誠に、イエス・キリストが言われたように、女性を情欲を持って見ることは姦淫そのものであり、またそれは男性をポルノ・マスターベーション中毒に至らせる最大の原因であるといっても過言ではないでしょう。

 地上で誰よりも神に忠実に従って生きたヨブは、自分を性的に清く保つために、次のような決意をし、そしてそれを生涯守り通しました。

私は自分の目と契約を結んだ。どうしておとめに目を留めよう。もし、私の歩みが道からそれ、私の心が自分の目に従って歩み、私の手によごれがついていたなら、 私が種を蒔いて他の人が食べるがよい。私の作物は根こぎにされるがよい。 もしも、私の心が女に惑わされ、隣人の門で待ち伏せしたことがあったなら、私の妻が他人のために粉をひいてもよい。また、他人が彼女と寝てもよい。
ヨブ記31章1、7-10節

 目をコントロールすることは、すなわち自分を性的に興奮させるような全ての光景から目をそらすことであります。それはポルノを一切見ないことを意味し、さらに女性の裸や下着・水着姿を露呈する映画やテレビ番組、CM、新聞のチラシ、あるいは妻が持っているランジェリー・カタログなどを一切見ないことでもあります。そして外出するときはいつでも注意しなければなりません。電車や駅で見かける短いスカートをはいた女性を眺めてはなりません。電車のつり革広告上の水着姿の女性も見てはなりません。会社やホテル、銀行などの受付カウンターにいる女性の胸元も見てはいけません。自分がいかに性的な誘惑に弱いかをしっかりと認識し、強い信念を持って自分を規律しなければ、決してポルノ・マスターベーション中毒から回復することはできないでしょう。

5. 環境を浄化する。

 アルコール中毒の人が、自分の状態に嫌気がさして禁酒することを決意したとき、まず最初にその人がすることは何でしょう。それは言うまでもなく、自分の持っている全てのアルコール飲料を捨て去ることです。ポルノ・マスターベーション中毒者も同じでなければなりません。自分の中毒を治す決意をするや否や、即座に自分の持っている全てのポルノを処理しなければなりません。そしてその後、自室にあるテレビやインターネットをリビングルームなどに移動し、自分自身を衆人環視の状態に置くべきです。理想は、妻に自分の中毒状態を正直に打ち明け、そしてそれを克服するために彼女の協力を得ることでしょう。自宅でコンピューターを使うときは、常に彼女に監視してもらうのが最も効果的だと思われます。どうしても妻に打ち明けられない人や、単身者で誰も自分のことを監視してくれる人がいない場合は、インターネットの使用時間を30分以内などと定め、その間に必要なメールチェックをすればよいでしょう。これを聞いて、「30分では何もすることができない。」と言う人がいるかもしれません。しかしながら忘れてはならないのは、ポルノ・マスターベーション中毒者は病人だということです。自分の病気を治すことは他の全てのことより優先されなければなりません。中毒症状がひどい場合は、インターネットの契約を解除することが、その人の生涯を救うことになるでしょう。

 テレビや映画も要注意です。女性の裸や下着・水着姿のシーンを含む一切のテレビ番組や映画を控えなければなりません。もし不意にそのようなシーンに出くわしたなら、即座にテレビのチャンネルを替えるべきです。映画館にいる場合は、その映画があまりにも性的描写の露なものだと判断した場合、即刻その劇場から去るべきです。映画のチケット代を犠牲にして、性的に清い生活を取り戻すことと、映画のチケット代を惜しんだが故にまたもとのポルノ・マスターベーション中毒の生活に戻ってしまうことのどちらが賢明なことであるかよく考えていただきたいと思います。

6. 毎朝神に祈る。

 これが最後でかつ最も大切なことです。今までに何度もポルノ・マスターベーション中毒から脱しようと試みたにもかかわらず、全て失敗に終わってしまったという経験を持っている方はご存知かと思いますが、この病気は自分の意志の力で何とか克服できるという類のものではないのです。たとえ自分の行っていることが間違っていると認識したとしても、自分の体が完全に欲望の奴隷となってしまっているために、意志や理性をもって自分の行動を律することができないのです。

 この欲望(罪)の奴隷状態から脱却するためには、神の助けが不可欠です。あなたがもし自分の罪を悔い改め、それと同時に自分の弱さを認めて神に救いを求めるなら、神は必ずあなたを赦し、罪の奴隷状態からあなたを解放し、そして完全なる自由をあなたにお与えになります。

私は苦難の日にあなたを呼び求めます。あなたが答えてくださるからです。
詩篇86篇7節 

わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。
エレミヤ書33章3節

 これは壮大なる戦いです。自分自身との戦いであり、そして悪と汚れで満ちたこの世との戦いでもあります。そしてこの戦いは一度きりのものではなく、毎日行われるものです。今日の勝利が明日の勝利を保障することは決してありません。よってあなたは日々勝利を収めるために、毎朝敵に対して宣戦布告をしなければなりません。そしてより大切なことは、毎朝その日に勝利が得られるように、神に祈ることです。このように祈りましょう。

天の父なる神様。私が今まで犯してきた罪をお赦しください。私はこれまで実に汚れた存在でした。神様、どうか私を清めてください。欲望の奴隷状態から私を解放してください。そして完全なる自由をお与えください。今日、○月○日、はじめから終わりまで私とともにいてください。一日中私を清く保ってください。そして今日もまた勝利をお与えください!

あなたの御子であり、そして我が救い主なるイエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

 愛と恵み、そして憐れみに溢れる神が、あなたに勝利を与えられますように。そして奴隷の状態から完全に自由の身になったあなたが、その後あなたを救い出された神のために生きるようになりますように。

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