
2001
伊太利亜の作家にして劇作家、実演者でもあるダリオ・フォの傑作喜劇。フォは数年前にノーベル賞も受けている。1974初演、日本では同じ民藝が1985年に初演。
私にとっては八六年三月、広島市民劇場で見たお仕舞いの作品。平和公園内にあった広島市公会堂での最後の例会でもあった。十六年を経て主演者は全く同じ。もっとも広島公演では、マルゲリータは観世氏だったが。
翌87年民藝では同じダリオ・フォ『クラクションを吹きならせ!』をサンシャイン劇場で上演しているが、断然『払えないの?』に軍配が上がる。
この日の三越劇場は、本席のグルリに補助席が並ぶ盛況振り。浅利慶太氏、おすぎ氏らの姿も見える。
元々不況下の伊太利亜を舞台にした芝居、十六年前より状況はより身近。今回の上演では、小泉政権下の日本を連想する時事用語が随所にちりばめられ、笑いを誘う。
本読み五日目での立ち稽古突入は民藝では異例の稽古スケデュールだったとの事。尤もその日から初日まで69日あったそうだが。
主な舞台となるのは主人公たちの家。外から侵入してくる巡査たち、戸棚に隠した警部の死骸(と信じているもの)から必死で自分たちの生活を守ろうとする空しい営み。扉を皆で押えるラスト・シーンはそんな印象を残した。嘗ての上演ではもっと生活力旺盛なエネルギーを感じたように思うのだが。
十月日生劇場劇場のこの企画、来月の演舞場同じ向田原作『冬の運動会』と連動している。さて、この『あ・うん』、前回観たのは何時だったかと帰ってパンフレットを引っ張り出したら初演は’91年二月俳優座劇場でのこと。原作者の没後十年、丸井スペシャル第一回と銘打った企画公演だった。この時はドラマ人間模様でも『あ・うん』『続あ・うん』の演出を担当した深町幸男氏の演出。杉浦氏のほかにドラマのオリジナル・キャストは吉村氏が出演していた。
今回は更に十年たって演出も替りオリジナル・キャストも杉浦氏のみ。これだけ経っても「狛犬だな」という台詞はドラマの志村喬氏の声が耳から離れないし、舞台では全く使っていないアルビノーニのテーマ曲がそら耳に聞えて来る。舞台に不満があるわけではない。それらが舞台の上に違和感なくかぶさって来る。
とてもとても、この舞台を客観的に書く事は出来ない。
1955年生まれ、45歳たちが同窓会を開く。
これが、市民劇場 中部北陸・静岡ブロックと文学座協同企画のこの作品のモチーフ出発点。そこまでを知ってサザンシアターの客席に着いた。
只の同窓会ではなかった。今世界はいつやむとも知れない雨に見舞われ、各地の都市は沈みつつある。テロ後の今、尚更ひしひしと実感される設定だと思ったのだが、この導入に乗れなかった人たち実感を持てなかった御見物はここで置いて行かれる事になった模様。
設定された生徒たちは、中学か高校ぐらいで『日本沈没』の洗礼を受けているのだろうと思うとまた一倍面白かった。
確かなものなどないし、時代は、価値観は変る。大衆魚と高級魚が入れ替っていく様に。
理屈は置いといて…と言いたい処だが、隠喩を自分なりに解きながら観る楽しさはこの作品の一つの魅力だった。世界が崩壊しているのに、いや崩壊した世界だからこそ自分の原点に回帰して出直そうとする同窓生たち。隠喩の答を一つに絞って仕舞うと折角の面白さが半減して仕舞うのだが。
描かれているのはちょいと上の世代だが、現代の我々の物語と感じさせてくれる舞台だった。
導入でついていけないなど、例会の感想は賛否激しく別れる結果になった様子。評価は兎も角、協同企画作品が会員を増やす原動力にならなかったのは何故だったのだろう。
息子の店のトイレから見える城―考証も何もなく出鱈目に再建された城―自分が噛んだ其の仕事を中途退職教師が眺める時、どんな感慨を持つのだろう。嘘や見得で固めた自分の人生でもそれはそれで一つの達成感なのかもしれない。
たった一日ぽっかりと晴れた朝、これで晴れる日々が来るとは考えず登場人物たちは土砂降りでも生きて行く決意を語る。案の定、再び降り出した雨の模様を伝えるラジオ放送で幕が閉るのだが、この幕切れはけして暗くない。不透明な不安の中で生きて行く事へのエールの交換のようにこの芝居を観終わった私は特殊な観客だったろうか。
国立劇場三十五周年記念、第225回公演。
悪玉中間安達元右衛門が活躍する殿下茶屋聚の原話は、1609年宇喜田秀家の家臣に起った実説だそうな。事件から一七〇年たって大坂の芝居に掛り、更に五〇年後江戸大芝居に登場、元右衛門がクローズ・アップされる。四代友右衛門から幕末の四代小團次、そして五、六代菊五郎、初代吉右衛門らが元右衛門を演じた。
国立での前回上演は、天王寺屋主演の九十年三月、四幕五場。同時上演は『道成寺』だった。今回は単独上演、人形屋・京屋の場を三十四年ぶりに復活して五幕七場。
普段観られない場が立体化して観られるのは取敢えず有り難い。
この場面のない十二年前の上演では枝川川下の場の切れに突然善玉方の人形屋幸右衛門が何者とも知れず登場、次の場面は慌しい敵討だった。
復活した場面が面白いか如何かは勿論別問題。長いものを詰めると説明台詞ばかりが残ったりする事もある。
御仕舞は国立劇場との関わりを語り、35周年を寿ぐ三人での口上で幕。
北条秀司九十歳の作『信濃の一茶』は、九年ほど前、緒形拳一茶に宛てて書き下された。九十三歳を一期とした作者の完成作としては悼尾を飾るもの。123本目に当るそうな。新橋演舞場の三月が緒形氏の定席になっていたころとおもう。前回観る事が出来なかったのでこの再演が初見。平日の夜の部、開場時間に行って三階B席が取れた。
一階下手ロビーの土産物売場がカウンターになって下手側一帯にスタンドが立っている。他の土産物売場も模様替えした様子。考えてみれば一年半振りの演舞場だった。
一茶と云うと遺産を廻っての骨肉の争いを連想するが、この作中では継母とその連れ子は点景に過ぎない。子や妻に先立たれる肉縁薄い一茶ではあるが五十過ぎての婚礼から日溜りの中での大往生までさしたる事件も無い三幕六場がほのぼのと展開する。25分・30分の休憩(昼の部ではこの休憩時間が逆になる)を挟んで50、55、55分の二場づつ。高校の授業時間ではないがだれることない心地よい配分だった。少々こちらも疲れていた為かもしれないが。
紗幕を上手く使い、景の始めにゆっくりと明りを入れて舞台に見物を惹き込んでいく。雪国の生活、春を迎える喜びといったものが、健康的に現出する。
舞台に動物を出すのは難しいものだが、牛、蝶、蜻蛉、猫、狸そして勿論一茶と云えば蛙、沢山の動物たちがこの生活を彩る。
人間愛、人間肯定にたった一茶伝。初老の一茶の婚礼での新妻との床入りのパントマイム、二幕一場島田正吾の祈祷師との二人芝居がことさら印象に残る。
加藤健一事務所公演は、これまで通り前売り(販売状況により、当日開演二時間前まで受付)が4000円当日券4300円と思い込んでいたが、一年半御無沙汰した間に前売り5000円、当日5500円になっていた。
当日売りの始る少し前に駅につくと俳優学校の生徒さん二人でチラシを配っていた。以前には見掛けなかったように思うが、僻目か。金曜夜八時開演の公演、終演は十時半。当日券を求めて坐って見渡すと決して薄い客席ではない。小さな座布団を貰って通路に坐った時のことを思うとそれでもやはり減っているのかなと思ってしまうが、日にもよるのだろう。よい年齢バランスの客席だった。アンケートをとって20:00開演に踏切れるのは地の利と客層にもよるのだろうが、是非是非すすめて頂きたい傾向。
恒例“生注意”は、「携帯、PHS、それから今どきそんな人はいないかも知れませんが“ポケベル”など…」で笑いをとった。それぞれ工夫している様子。「ラリラララ〜ラリ〜ラ〜というような今流行りの着メロが鳴りますとつい周りのお客様が口ずさんでしまったりもいたしますので」というのが『千と千尋…』の音楽だと気付くのには少々時間が掛ったが。
緞帳が上がる中での男一人女二人の老人達の会話で舞台は開く。“塵鎮め(ちりしずめ)”などという考え方のない舞台。こちらは会話の内容と人間関係を全身耳にして探ろうとする。
四姉妹と結婚しなかった一人を除くその夫達、息子人物関係は一寸面倒だが、それぞれがどんな付合い方をしているのか、人間関係のニュアンスがすんなりと入ってくる。
老いを迎えて、現在の自分と折合いをつけられない登場人物達。人生の道を何処かで曲り違えたのではないか、今の自分は本当の自分ではないのではないかと云う強迫観念から逃れられない夫の一人にもう一人が云う「時分は今何処にいるか」其処から始めなければいけない。
所謂ウェルメイドプレイ、プロデュースならではの味かもしれない。ひとつの劇団員の上演ではなかなか出ないものもあるのかもしれない。
1939年の戯曲、気弱な息子はこれから第二次大戦に出撃して行くのだろう。彼が今六十歳、親たちと同じ悩みを抱えているのだろうか。
明日は台風直撃かというのに芝居を見に行くのもどうかしているが、この日しかなかったので大塚に向った。当日券は一時間前から販売。当日売り開始と共に透明な蝙蝠をさした数人がプラカードを持って駅の方へ宣伝に散っていった。受付係も開演前の生注意を少し噛みながらやっていたのも当日の出演者。
萬スタジオは地下120席ほどのスペース。穴の空いた客席の壁がバラックの装置と違和感なく繋がっている。この天候に拘らず開演時には八割方、終演時には九割の席が埋っていた。路地裏の出入りは舞台奥の他に上下の鼠口。
エコーの利いた歌と猫の着ぐるみを着た女性の群舞のオープニングを見て芝居の選択を間違えたかとも思ったが、芝居がはじまってみるとそうでも無かった。
父と義理の母との生活にうんざりしている少女が、人間の言葉を話せる路地裏の猫と出会う。猫は少女に、メキシコオリンピックのボクシング選手だった父の若き日から少女の母と出会い、別れ、再婚するまでを目の当りに見せる。
サブ・ストーリーに女手(猫の手?)一つで育てた娘を残して死んでいく猫の話も織込まれる。両親達の越し方と、淡々と命を送って行く猫の生き方に接した主人公が新たに生き始める再生の儀式。
リアルな芝居に、コント場面が差し挟まれる。笑いが涙を増幅したり、笑いのインターバルが続かない集中力を繋げてくれたりという効果はある。よく見かけるやり方だから、大して抵抗はないのだが、これ以外の方法で同じ効果はあげられないものかという引っ掛りは残る。
常連だけがわかる楽屋落ちの笑いもちょこちょこあったようだ。
少女の祖父が頓死する場面などは、ふざけた様に見えて、リアリズムを越えた効果を感じたりもした。まだまだ整理がつかない。
ボクシングなどの立ち回りの新鮮さと刑事役の存在感は特筆に価しよう。
山本有三の作品。滅多に見られない作品が上演された事は小泉総理に感謝すべきか。観られなかったが昼には青果の『名君行状記』と、滅多に出ない狂言が並ぶ。が、それがなかなか話題性や客足には繋がらないのが難しい処。結句、‘またかの関’の方が商売になるとあれば、歌舞伎の演目は痩せ細る。
『元禄忠臣蔵』第五部御濱御殿綱豊卿と馬琴作の浄瑠璃舞踊劇『化競丑満鐘』。化物が次々登場するナンセンスな踊りかと思っていたら仇討ち物のパロディのようなストーリーがついている。とはいえ笑えない。これこそ大胆に換骨奪胎してよかったのではなかろうか。
『御濱御殿』の白石の件。前回上演の松嶋屋兄弟の印象が強く残っていた。
「仕事で遊ぶものの身になれば」の件、場切れに白石が笑って舞台が廻るのに違和感を受けた。戯曲のト書を確めると笑うとある。廻る舞台の中で目頭を押える前回の白石の印象がしっくりしていただけに戯曲の指示通りの今回に飽き足らなさを覚えて仕舞う。
それにしても、「唐人」「大和人」の論は、この時期気になる。
舞踊『勢獅子』と今月最大の話題作『野田版研辰の討たれ』。TV番組でも嫌が上にも人気を煽る。追っかけ場面の所作が『ウェスト・サイド・ストーリー』の振りにかわるお遊び部分などそそる場面を上手くピックアップして紹介していた。
無論幕見の立見。
木村錦花・作、平田兼三郎・脚色、野田秀樹・脚本・演出。
先ず赤穂浪士の仇討をシルウェットで見せる。客席から「うわあ」というさざめきが洩れる。確かに歌舞伎座ではこういう演出は余り見ないというものの目新しい手法では無い。余程芝居を観なれない客層なのかと疑いたくなる。廻り舞台を廻しながらなので舞台に乗った装置が引っ掛って紗幕が真中から破れた。此方の方が余程「うわぁ」と思う。
途中の追っかけは大サーヴィス、研辰が三階席にまで現れたのには正直びっくりした。が、嘗て南座で観た同じ中村屋、平田脚色版のストレートさも捨て難い。
大詰の詩情は名演出。それだけに幕開きに「うわあ」と感心する客席に不満を覚える。
石川五右衛門ものの代表作が並木五瓶の本作。
が、通常上演されるのは十分ほどの一場面「絶景かな絶景かな」の“南禅寺山門の場”のみ。山門が大ゼリでせり上がり大道具に大向うが掛る場面。
三十四年前に自主公演で、一九〇年ぶりに復活通し上演した沢潟屋の十八番。三幕構成の通し上演には「葛背負ったがおかしいか」の宙乗り葛抜けなど観処満載。
昨年十二月の痛快舞踊劇第二弾。上演時間は今回も丁度一時間。ヤブ医者の筋売りが、女に振られて「師匠は結婚したのになあ」と楽屋落ちで受けさせて引込む。
化物に誑かされて酒宴に興ずるお定まりの場は、今回道成寺の曲で新振付け。後にわかる化物の正体が蛇体だから利いている。
悟空沙悟浄八戒が酔い痴れて踊る件に一寸物足りなさを感じたところに間良く「まったまった、まだまだこんなものじゃあねえ」と棒戯に移る小気味良さ。大人の悟空分身が棒技に失敗して落しても本隊のすかさぬリアクションが客をそらさない。
「去年の師走の二番煎じ」とことわって出した子役十六人の分身が今回は「金毘羅舟々」で総踊り、二番煎じでもこれがなくては締らない。これ又、十六人のカラミとの立回りで幕。
セリを使った場面転換も心地よいテンポのひと幕だった。
明治八年一月新富座初演、本外題は『扇音々大岡政談(おおぎびょうしおおおかせいだん)』。黙阿弥翁六十の作。正確には二世河竹新七時代の作となる。
上演される事の珍しい作品。東京では29年振りとか。原作は八幕十四場だが、今回の上演は六場から構成。お三殺しの場から始るのでその前段に当る感応院での出来事は雪景色の序幕が開いていきなりの七三の一人台詞で語られるのだが、幕開きのざわつきもあり、台詞の内容が入ってこない。尤も芝居が進むに連れ久助とお霜カップルの置かれた状況は見えて来るのだが。
お三の設定は原作とは少々違うようだ。お三殺しから返しの旅立ちの間に師の坊を殺して罪を他人に擦り付けている展開、殺しのあとの悪事は上手く売ってあり、すんなり入ってくるいい運びになっている。
次の古寺で伊賀之亮を味方に付け、跳ねる俎板上の鯉を押え付けての笑いで幕。序幕のお三殺しの場でも天井から大鼠が落ちるなど小動物が効果的に使われている。
ここから後半が大岡越前との対決となる。
原作の運びでは老中一同が本物と断じた天一坊の再吟味を願った越前が吉宗から閉門を命ぜられるところからこの件りは始る。一命を賭した家来達と無常門から脱出、水戸綱條に訴え、再吟味に漕ぎ付ける。三人の家来達も個性的に書き分けられた面白い場面だが、今回はココは無い。いきなり再吟味から始る。
伊賀之亮との問答に破れ上座にいた越前が下にさがる。成る程歌舞伎とは力関係の判り易い芝居だと改めて感心した。
家来達が紀州に下り、村人らから事情聴取して天一実は感応院の所化法択との証拠をつかむ。覚悟の切腹間際の越前のもとにその知らせが届く。今回はこの切腹の場の方のみ。再吟味と切腹そして白洲というダイジェストの流れだと越前が思慮に欠ける人物に見えて来る。
越前が天一坊を偽と見破った根拠が人相を見た結果というのも現代では少々苦しい設定かもしれない。
『天一坊』が収録されている黙阿弥全集十一巻には、『髪結新三』も収録されている。いつもの大詰で曖昧だった新三の生死を確めたら矢張り閻魔堂で弥太五郎源七の手に掛っていた。しかも源七がその殺しで取調べを受けるのが大詰とは…。車力の善八さんが重要な役なのも意外だった。別バージョン『髪結新三』の上演も可能なのだろうか。それとも通してみたけど面白くないという結果にしかならないだろうか。
俳優座劇場プロデュースのNo.55公演。昨年五月87歳で亡くなった俳優座劇場代表取締役にして演劇プロデューサーの倉林誠一郎氏追悼をうたっている。氏が生前企画した作品のひとつ。
半額デーで2600円均一のこの月曜日は、ほぼ満席。それでも、二日前の電話予約で手に入ったが。『こわれがめ』は、1806年H・V・クライストの名作古典。生きていて稽古場に顔を出せる翻訳者でないと、と言う演出家の意向で今回は新訳。
傾いた額縁に収まった装置の中で繰広げられる喜劇。判事?が帰ってくる幕開きでは巨大に歪んだシルウェットをカーテンに写して内面のグロテスクを強調するが、出てくるのは等身大の人物たち。これが演出の意図なのだろうが、アクの強さを無いものねだりしたくなる。アク、変に癖をつける事でもない。愛嬌同様出そうとして作れるものではないのだろうか。
新宿までバスで帰ろうかとバス亭に行ったが何処まで歩いても見当らない。この辺りと思しき酒屋で聞いたら大江戸線開通のその日に無くなったと云う。で、生まれて初めて大江戸線なるものに乗ってみた。
初日。タイトルが終って、終戦直前のある作戦室が浮びあがる。二人の参謀から秘密作戦の実行指揮を命ぜられる将校。敵ミサイルを迎撃する『毒蛇』作戦。広島ピカドンの翌日、鬼畜米英、聖戦遂行などの言葉が飛交う。作品世界の設定を掴もうと観客は台詞に集中する。
と、突然ディズニー・ランドの着メロが鳴った。緊張の糸が切れる。米国文化享受の象徴と鬼畜米英、混乱がよぎる。
同じ青年座の前作、『赤シャツ』のアナウンスに「他のお客様の迷惑になるばかりでなく、実は舞台上の役者も動揺します」というフレーズが有ったのを思い出した。敗戦末期を生きている三人の役者は実に気の毒。今日も表方の方が、開演直前にこまめに客席に声を掛け注意を促していたのだが。
さて、芝居。作戦のため現地に飛んだ将校の前に寓話的な要素がこれでもかと押寄せる。平家の末裔を名乗る一族、竜神の伝説、狂信、古代から続く個人的集団的な侵略、抑圧の歴史と伝説。戦争紛争に至る要素が次々と出てきて観客が一つの立場に安住する事を許さない。正直な処言っている事を理解するので手一杯になる。
一寸上と矛盾するようだが、四人の軍人達が相手の言葉に被せ気味の台詞で議論を交す。この議論の論点、感情、台詞の応酬が実によくわかる。新鮮だった。
死に近き熊楠のモノローグから舞台は開く。木々に囲まれた熊楠の家。
息子熊弥のこと、自然保護のこと、粘菌のことー「年金と言っても老後に貰うあのはした金のことではないぞ」という振りはお定まりー熊楠のキーワードが続々と羅列される。さて、先入観予備知識なしに見たら息子の話などは芝居が進む中で解明かされる「謎」として提示されたことになるのだろうか。
破天荒な人間像は意外と感じない。発言や他人の言葉には常識はずれを示唆するものが出てくるがそれは飽くまで言葉で本人は常識人に見える。 若い頃、道に金を撒いて歩いたというエピソードをとっているので、生活の苦労は出てこない。金満で研究に明け暮れる熊楠という印象。
俳優座劇場一階は入り口から半地下のロビー、ロビーの奥はパブ風の喫茶店。ロビーの上下にある階段を上がると客席に出る。座席は300席。大昔に黒テントの夏公演『今宵ブレヒト仰天オペラ』で、補助席まで含めると当時の自民党の議席数だと言っていた。
書けなくなった。
当日手帳に書いた断片は理解できなくもないが、まさに断片。東京裁判と云う題材も重すぎる。
一寸待てよ。そう、テーマや作品そのものの価値を云々する責任はこの頁には無かった筈。国立の千秋楽の日、飛込みで行ってみて兎も角愉しかった。損はしなかった。東京裁判そのものには幾らかの知識もある。純粋の批評なんか最初から放棄していた筈だ。
テーマが重すぎたのか下手なことは言えないと云う気分になってしまったが、元々無責任、ヘボ役者が言える筈のない御託の頁である。と、開き直らなければ続けてはいけない。
前年11月から続く「時代と記憶」と言うコンセプトでの小劇場連続公演五本目悼尾を飾る井上作品。
身に付けた‘語り’の力によって戦時中を軍国紙芝居屋として生きた主人公は、東京裁判の証人に出廷。自分の名と一字違いの田中隆吉の東郷に全ての罪を負わせようとする証言に疑問を持つ。
ふと、思い出したのは狸の戦争を描いた自作の傑作紙芝居。大将を守るため実の兄に悪家老の汚名を着せた図式と東京裁判は同じと心付く。天皇を守るために全てを東条英機におっかぶせる儀式としての東京裁判。その発見を喋りまわる主人公は、占領政策妨害の廉で獄につながれる。この監獄が蟻地獄のような穴。
転向すれば生活は守られる。義理の父は言う「生活ってのは楽しいからねぇ」。そう、楽しい生活を捨てて闘いの人生を選べとは誰も強要出来ない。もし生活の楽しさは捨てずに真を追求できるなら、それに越した事はない。フツー人には戦争の罪は無いか、例え話の力、骨組を追及する学問、数人の熊沢天皇、様々な要素が入り乱れる。
「夢の裂け目」とは フィクションから思わず覗く真実、本質であり、生活にぽっかり開いた落し穴なのだろうか。
鳴り止まぬ拍手に九人中七人の登場人物達が楽屋から駈け戻ってカーテンコールが繰り返された。
題名通り漱石『坊っちゃん』中の悪役赤シャツを主人公にした裏『坊っちゃん』。赤シャツの住居で開かれた文章披露会で、マドンナがウラナリとの婚約破棄を表明、赤シャツへの思慕を披瀝する。『坊っちゃん』中赤シャツ最大の悪事の‘真相’から幕は開く。
赤シャツ登場のシーンは、大方の期待に適うべく『ハムレット』のオズリックよろしき手振りで「当世流軽薄紳士」を印象付けるが、実は野だいこ―吉川ーのような男は大嫌い。角を立てたくないばかりに付合っているだけ。実は、正直なうらなりや剛直な山嵐こそ語るに足る人物。後に赴任して来た困った坊ちゃん先生も嫌いではない。マドンナを得る一方で芸者を囲っていると坊っちゃんたちに誤解された芸者こそ、実は赤シャツが心から想っている女性として登場する。
新体詩など自分の作品を披露する朗読会は、実は『吾輩は猫である』の苦沙彌先生の家で開かれるもの。迷亭や寒月がいろいろな作品を披露するが、『巨人引力』は苦沙彌先生自身の翻訳。先の『缶詰』で、女将が夢二の絵にある着物を来て登場するシーン同様、『巨人引力』といわれただけで、私などは吹出してしまう。
『猫』では確か出典は何かと聞かれて中学生のリーダーだと答えていたと思うが、一見無味乾燥の文章。
毬を宙へ投げ上げても落ちてくる。子どもに母が教える。地中に住む『引力』という名の巨人が、呼ぶからだと。呼ばねば家も小児も全てが地面から飛んで行ってしまう。
うらなりにとっては上手く行かない実人生の象徴だったのだろうか。『巨人引力』のモチーフは繰り返し現れる。あるときはコミュニケーションのボールが相手に届かず途中で落ちてしまう無力感の象徴として、ある時はそれが無ければ全てが宙に浮いてしまう“秩序”の隠喩として。
見え隠れする「バッタ事件」など裏『坊っちゃん』の趣向も然ることながら、不平等条約の存在とロシア人捕虜収容所と云う時代背景が新鮮。当然『坊っちゃん』の松山に存在する時代背景ながら今『坊っちゃん』を読むわれわれが忘れている条件が、この作品の説得力のある裏付けになっている。普請中の日本が一等国と肩を並べていくと云う悲願を国民の多くが持った時代であった。外国から認められるか如何か、漱石の云う‘外発的開化’の時代のお話であることを再認識。
優柔不断で八方美人的な―よく云えば‘やさしい’―赤シャツは、観客の同感を得る。どうも現代人には全くの他人とは思えないのである。
大詰では、多くの御見物が赤シャツに自分を投影しているのではあるまいか。だから、坊っちゃん達の‘天誅’を受けた赤シャツが、「芸者を振ってマドンナに乗換える」選択をして仕舞いそうな終幕のなりゆきに寂しさを感ずるし、そうならないどんでん返しにほっとする。現代社会、現実世界という名の“不浄の地”に見切りをつけて去っていく坊っちゃんたち。赤シャツがつきあうに足ると思っていた男たちは皆世間と折合いを付けられずに去ってしまう。
もともと漱石も、文学士で赤いシャツを着ていたのは自分だと何処かで言っていた筈。赤シャツの気持は一番よく判って居たのかもしれない。タカジアスターゼや徴兵忌避とこの作中では、これでもかと赤シャツ=漱石が駄目押しされている。
百年前の物語。百年後、坊っちゃんの様な人間は益々居なくなるだろうと寂しく呟く傷だらけの赤シャツにそっと寄添う芸者小鈴は唯一の救い。仮題名『泣いた赤シャツ』は、ふざけている様で余りによく内容を顕している題名かもしれない。
紀伊国屋ホールのこと故、もちろん一杯飾りと思っていた。一場の赤シャツ家から二場の旅館へは、装置の枠を残した内装を替えての暗転。上手い使い方と思っていたら、次の場への転換では盆が廻った。休憩時間によく見ると三寸余りの厚みに吹き上げて盆がしつらえられていた。屋台の角は盆から浮いてはみ出した形で乗っている。この廻り舞台によって二幕六場、五つの場面が鮮やかに展開する。
『坊っちゃん』が、典型的日本人という人もいる。あんな子供大人がもてはやされる様では、社会は成熟していないという議論もある。傷つきながら現在から逃げない赤シャツが、坊っちゃんらを懐かしんでいるこのラストシーンは見事に我々を切りとっているのではないかと思った。
原作に『忠実な』映画化は、何度もあったが、時代背景を生かしたドラマ化と思ったのは’75年頃半年間放映された市川森一氏のNHK水曜ドラマ『新・坊っちゃん』。
下條アトム丈の美学の野太鼓が結核にかかったと思い込み一世一代の裸体画を残そうとするが、高木均丈の漢学ら守旧派に妨害される。結核ではなかったと知った野太鼓が再び世故に長けた生き方に戻る悲しいラストシーン。・・・といった具合に、原作のカリカチュアライズだけでなく皆人間的に描かれている。もと民権派の活動家だったという西田敏行丈山嵐のエピソードも印象深い。
最終回には山嵐は地方で細々と教師を続けている。赤シャツは地位と共にマドンナとの幸せな家庭を獲得している。坊っちゃんはといえば二〇三高地辺りで戦死を目前にしていた。
さて、早や二年。読み返すと、こんな事を思っていたかということも然ることながら、“こんな事書いても仕様がない”“よくこんな偉そうな事を書いているな”、という事も多々。少々反省。
地方在住ではなかなか足を運べない東京の劇場の雰囲気が判るのが面白いとおもわぬお褒めを頂いたりもしたので、その辺りの記述が少々増えたのもこの一年の傾向。
即日完売という羨ましい舞台のある一方、商業ベースに乗らぬ圧倒的多数は、舞台の面白さ、高い完成度に関らず空席が目に立つ。
開演中の雑音は、いよいよ日常茶飯事。携帯電話の爆発的な普及からすれば、無理も無いのかもしれないが、そうも言ってはいられない。無機質なアラーム音ならまだしも、ドラえもんや太陽にほえろの着メロが鳴り出しては百年の感動もさめて仕舞う。また、不思議な事に鳴る時は静かなしみじみとした場面で鳴る。
注意アナウンスが必ずあるのだが、他人事と思っているのか聞き逃すのか、着メロの音は絶えない。ぎりぎりの時間に飛び込んで来る方が切り忘れることも多い様だ。アナウンスも注意を引くようにいろいろと工夫が見られるようになった。
加藤健一事務所さんの研究生に拠る五分前の生注意はもう一つの名物と言っても良い。98年の『きららの指輪たち』(パルコ劇場)では、開演十五分ほど前から出演男優三人の掛合いのテープで携帯に関する注意があった。二、三十代の男女がもっぱらの客席だったが、このテープは十分注意を引いていた。休憩時間にも別バージョン。休憩時にロビーで使って切り忘れる事がよくあるから適切な処理だった。が、残念なことにそれでも着メロは鳴った。しかも、選りに選って舞台で電話を使う場面だった。
『リボンの騎士』(セゾン劇場)では、登場人物の応援団が幕前芝居で注意事項を復唱した。
青年座『赤シャツ』には、坊っちゃんが声のみ出演する。原作?『坊っちゃん』の一部が坊っちゃん先生の述懐として要所要所に挟まれるわけだが、坊っちゃん、開演前の注意アナウンスにも登場した。違反者には坊っちゃんが天誅を加えるという言葉の趣向も面白かったが、‘他の御客様の迷惑になるばかりでなく、実は舞台上の役者も動揺します’という説明が好もしかった。
下北沢には本多劇場を筆頭に幾つもの劇場が集っている。『劇』小劇場は、京王線小田急線の下北沢駅から本多劇場を挟んで向こう側。
鄭義信作「とある国のとある戦時下の物語」。「とある」場所の戦時下と思っても“第二次大戦下の日本”のリアリティーがつい気になって仕舞うものだと、正直な処しばらく違和感が取れず、作品世界に入って行けなかった。
フィクションと現実。通常は小さな設定はフィクションでも時代背景は現実世界に根ざしている。ファンタジーものならばその世界の設定を積極的に理解しようとするが戦争ものなどでは特に史実を前提としてしまう。あくまで架空の設定と自分に思い込ませるまでに時間がかかる。
これも、文章にしない侭一年近く寝かして仕舞った芝居。今思い返すと優しい物語だったと云う印象が残る。軍属が出入りする「とある国の」床屋の夫婦とその四人の娘たちを中心とした「戦時下の物語」。深い紫の衣裳を着た足の悪い長女と片足をなくした将校との淋しいロマンス。一本残った将校の足を香油で洗う長女の姿が印象的。
今回の日生劇場公演二日目に森繁テヴィエの記録900ステージを越えた。私が観た初日は899回目。仕事を終えて開演五分前に当日券売場に掛け付けたがまだまだ席は選り取りみどりだった。
私にとっては、五年振り、五回目のラ・マンチャ。休憩なし二時間の舞台は、飽きさせない。
日生劇場に初めて足を運んだのは四季の『かもめ』。鍾乳洞のような客席の壁面が印象的だった。ここもなくなると言う噂が流れたこともあったが、無事残ったようだ。
近年あまり上演されず猿之助劇団の独擅場の様相さえ呈している『奥州安達原』。連日の寝不足で劇中何度もまどろんだので、あまり語る資格がない。文治住家は、初見だが間まどろんでも何となく筋は判ってしまうのは歌舞伎ならではだろう。
『袖萩祭文』は、七、八年前だったか秩父の方で開かれた農村歌舞伎の大会で観た事がある。地歌舞伎では人気演目なのだが、大歌舞伎では意外と出ないのは何故だろう。
名古屋を本拠地にする人形劇団むすび座の世紀をまたいでの冬休み公演。
色とりどりの輪をつかった形遊びなどの導入・前説10分ほどがあり、二本の芝居は20分〜25分位づつ。幼年向けの芝居を客席で見るという経験は殆ど初めて。『まっくろネリノ』は、毛玉のような生物の五兄弟の末っ子真黒な“ネリノ”が、黒いために損ばかりしているが、兄弟たちが怪物に攫われた時、黒いがゆえに闇に乗じて皆を助けるおはなし。大人から見ると一寸ユーモラスな怪物が出てくるシーンを子供たちが怖がるのは新鮮だった。照明を落した暗闇の怖さも大きいのだろう。痛みや恐怖を感じる感性は、大事な能力。本や芝居や、フィクションの世界から子供たちは日常で出来ない経験を積んで行く。
『いえでだブヒブヒ』は、豚の三兄弟が母親に「お前達のような子はうちの子じゃない」と云われ自分達の落ちつく家庭を探して家出する。お定まりで、やっぱり自分達の家は生まれた家しか無いと落着くのだが。動物が擬人化されている場合、“食物連鎖”はどうなっている世界なのか取敢えず迷う。鰐のお母さんのところに「このうちの子にして」とやってきた子豚達は食われて仕舞うのかそれとも、昼寝ばかりしている鰐ママは、見掛け通りのヒトなのか?
動物ものの難しいところかも知れない。
安田火災人形劇場ひまわりホールは、栄町の安田火災生命ビル9Fにあるホール。定員は200程だろうか。89年創設、もともと人形劇の盛んだったこの地方に人形劇専用ホールをという声から生まれたという。コンパクトな劇場に合わせてロビーも待合室と行った趣だが、雪達磨や鏡餅などのオブジェが飾られ、お茶と“お父さん用に”御酒の振舞いまである。劇団員によって子供向けの本や昔懐かしい玩具も売られている。人形劇を見せる、というだけではない子供文化全体を考えるスタンスを感じた。
二十一世紀の初芝居。
昨年は文楽の熊谷ではじまり、今年は芝居の熊谷と相成った。初日から宗十郎丈休演で義経は田之助丈。(宗十郎丈は十二日に永眠。十二月の『蘭蝶』は観られなかったので十一月の国立が私にとっては最後の舞台でした。元日に立ち上げたばかりのHPも悲しいものになって仕舞いました。ご冥福を御祈りします。)
この十四年、一月は京都にいたので歌舞伎座の初芝居は久しぶり。初日の所為か、松がとれる位まではやるのか、三番叟のあと花道からお囃子と金獅子が登場。正月気分を盛り上げていた。