とらじろうの 「おもろな」 でごゆっくり ここは  の部屋







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とらじろうの 懐メロ談義 へようこそ!


    「歌は世につれ、世は歌につれ」こんなにうまいフレーズ、どこで生まれたのかな?と考えたりします。歌を聴いてその時代や場面を思い浮かべるのは誰にもあることでしょう。同じ歌であっても人それぞれにその歌にまつわる思いは違います。歌そのものが楽しい曲であっても、ある人には悲しかったり寂しかったり、また、その逆の思い出となることもあるでしょう。それはまた歌詞であったりメロディーだけであったり双方であったり、それらのごく一部分だけが印象付けられていたり。  この部屋は、とらじろうの個人的な「思い出のメロディー」みたいなものなので極めて「おもろない」ことでしょう。お急ぎの方は次へスキップしてください。
思い出せない懐かしい歌詞はこちらの⇒「Uta-Net」で検索してみよう!

■(001) 初めて知った歌ってなんだろう?あなたはどうでしょう。
    「ねんねんころりよ おころりよ …」ではなかった。「むすんで ひらいて …」なのだろうか。
    私の場合、「ままごとしましょ なかよくしましょ おいもに だいこん ごちそうできた ポチも ちょうちょも おきゃくさま」なんです。2番以降があったのかなかったのかは定かではありません。こんなのどこを探してもないんでしょうね。終戦直前の幼稚園、おそらくそこの先生が作ったものだろうと思っています。
    ところで、子守歌なら初めて聞いた歌かもしれませんね。ねんねんころりよ おころりよ…の「江戸子守歌」は短調(マイナー)ですね、私の母は孫を寝かせるときに長調(メジャー)で歌っていましたが、これでも孫は寝ついたのでしょう。北原白秋の同じ「砂山」でも中山晋平作曲と山田耕筰作曲(いずれも「二木紘三のうた物語」へリンク)の違いみたいですね。

■(002) 音を楽しめば「音楽」なんです。
    小鳥の声、波の音、滝の音、小川のせせらぎ、風の音。車や電車、飛行機の音。雑踏、歓声、AV機器。数多い楽器や歌声。いずれも楽しめば音楽で、耳障りなら騒音でしょうか。ある人には音楽でも別の人には騒音であることは多いかもしれない。カーレースのエンジン音と耳元を飛ぶ蚊の羽音、あなたはどちらが好きですか?音量だけで判断できない何かがありそうですね。音を騒音でなく多くの人に楽しまれる「音楽」にするために昔の人は多大の努力をされて今に残るものがあるんですね。

■(003) 自分にとって初めての楽器は何だったんだろう?
    楽器」それは直訳すると「音を楽しむための道具」でしょう。鍋、釜、コップや皿、のこぎり までも楽しく音をだせば楽器になり得るんですね。私の初めての楽器は幼稚園のときのオルガン、ペダルを踏んでキーを押したら音が出た、ただそれだけで以来中学になるまで鍵盤楽器に触ったことはなかったが、「音」に対する興味は強かったのかも。4~5年生のころにどこから迷い込んだかハーモニカが家にあったり、6年生ごろにはなぜかギターが目に触れた。兄がどこかから手に入れてきたのだろう。誰も教えてくれないし興味半分でいじくっているうちにドレミファなどに気付く。

■(004) まさに「下手の横好き!」
    「三味がなければ両手を叩け…、音の出るもの何でも好きで…」音楽好きの気持ちが分かります。楽器を見たら何でもいじってみたくなる。ただ好きなだけで上手にはなれないのはなぜだろう。22歳ごろにギター教室で習いかけたが3日坊主。自分には我流が向いている、どうせプロになるわけでもないのだからと自分が楽しむだけ。決して人様に聴かせられたものではない、これこそ「騒音」そのものだろう。音楽には生まれ持った才能が必要なのだろうか?息子が幼少の頃に使ったピアノは造花の棚になっている、もったいないと思って好きな懐メロを弾いてみるが左手は同じコーどを押すだけ。ところが「MIDI」での作曲を知ったとき、これなら左手もついていけると喜んだ。

■(005) 姉の口移し「丘を越えて」「朝はどこから」など
    まだラジオがあまり普及していない時代、もちろん我が家にもラジオはなかったがその頃の流行歌はどのようにして伝わり広まったのだろうか?想像するに蓄音機のある金持ちの人からか、あるいはラジオのある家の人から少々曖昧な内容で伝わり、さらに、また聞きで広まっていったのではなかろうか。「丘を越えて」や「朝はどこから」もそのようにして小生に到達したものでしょう。農作業中に父がよく歌っていた民謡の聞き覚えもあったりで私の懐メロは同年輩の人よりも一世代古い感がする。

■(006) だれかの手作りバイオリン
    姉婿がどこから手に入れてきたのか誰かが手作りしたものだといってバイオリンを持ってきた。ボディの板(表板)は厚めで頑丈、弦は2本しかなくそれを乗せる駒もない。弓の弦(馬の尻尾の毛と聞いた)もなかったように思う。が、これを見た以上無性に弾いてみたくなった。適当に駒を作り弓の代用に何を使ったか覚えていないが、調弦など分かるはずもなく2本だけの弦で弾いてみたのが「ウスクダラ」(youtubeへリンク)だった。この曲がバイオリンによく合ったメロディーに思えた。中1の頃の話。なぜかそのときは停電で蝋燭灯りだったようにも思う。以来この歳までバイオリンに触ったことがない。時々、バイオリンを手作りして弾いてみたいと思う、が…。

■(007)  懐メロは時代と共に進んでいく
    懐メロといえば僕の場合は昭和の流行歌ということになる。では、今の若い子たちはどの頃の歌をそう呼ぶのだろうか?懐かしいと思う歌の時代は当然進んでいくわけだから今の新曲が何年か先では懐メロと呼ばれるようになるのでしょう。ある時期、軍歌が懐メロと呼ばれたときもあった。私の親父の懐メロは浪曲のひとふしや民謡だったのでしょう。また、懐メロは必ずしもメロディーのみを指して呼ばれるものでもないと思う。文学に弱いとらじろうは歌詞は曖昧でもメロディーは前奏からちゃんと覚えていたりする。ラジオ全盛時代だったので聴くことの機会が多かったし、明るいナショナ~ルの「歌のない歌謡曲」は欠かさず聴いていたせいかも。今になって歌詞を間違えたまま覚えていたことに気付いてひとり顔のほてりを覚えることがある。

■(008)  カラオケは「歌のない歌謡曲」
    私がカラオケという言葉を知ったのは、まだ巷には広まっていない昭和45年頃だった。ラジオCMの打ち合わせで、広告代理店の営業マンが差し出した資料に「カラオケ」と書いてあるのを見て説明を受け初めて知った。歌がなく(空で)オーケストラのみのことだという。それなら「歌のない歌謡曲」のことではないかととっさにそう思った。そのころにはもちろん、今でいうカラオケボックスやカラオケスナックやカラオケ用のカセットテープやCDはなかったので、純粋にただ「オーケストラの演奏のみ」のことと思っていた。明るいナショナ~ルの「歌のない歌謡曲」は毎日放送(そのころは新日本放送だったかも)でよく聴いたものだ。朝の7時45分からの15分間は登校直前の時間帯だった。未だに現役とはスゴイ!これぞまさに「カラオケ」の先駆者といえるだろう。

おもろないところを最後までお読みいただき恐縮です。
次からはおもろいのを載せたいと思っておりますので、またお立ち寄りください。