コンピュータの歴史
中古パソコンの激安店【北加伊堂】

100年前、英語の原典として知られるオックスフォード辞典が最初に世に出た時、「コンピューター」という用語には「計算ができる人」という説明がつけられており、まだ「計算機」という意味はありませんでした。また「ディジタル」という言葉は「指の」または「指に関する」と説明されていました。したがって、ディジタル・コンピューターはさしずめ「指を使って計算できる人」を意味したことになります。

しかし、いくつかの時代を経るうちに、文明の発展にはより高度な計算手段が不可欠であるということが認識されるようになってきました。農業ではいつ種をまくかが常に問題になります。商業では取引の結果を集計し、遠方の地まで航海することが要求されます。また、政府は税金を集め、それを集計し、納税者を把握する必要があります。

古代にはそろばんが発明され、その後17世紀にかけて、工芸品のようにみごとに細工された計算器がいくつか開発されました。この中には革新的な発明もあります。しかし、各種の計算機械が本格的に日常生活に登場するのは約200年前の産業革命の時代です。

19世紀末のわずか数年間に革新的な計算機械がいくつも考案されました。若い機械技士ドールE.フェルトはマカロニが入っていた古い箱を使ってコンプトメーターと呼ばれる計算機械を発明しました。これはキーボードで動く初めての計算機であり、1の桁、10の桁、100の桁にそれぞれ別の鍵盤群を使用していました。ウィリアムS.バロースは集計結果を記録する機能を持った加算器を考案しました。ジェームス・リッティは初めてキャッシュ・レジスターを発明し、それまでたびたび釣り銭をくすねていた手癖の悪い事務員達をがっかりさせました。当時の計算機械について、歴史家のダニエル・ブースティンは次のようにいっています。「これらの機械は、銀行家や商人の日常の必要性に応えることになった。注目すべきは、それが天文学者や数学者ではなく機械技士の手によって成ったということである。」

これら多くの発明の中で、今日のコンピューター産業の基礎となった最も重要な発明は、おそらくハーマン・ホレリスの穿孔カード処理機械でしょう。1890年の米国の国勢調査のために開発されたこの機械は、カードにあけられた孔を電気的に検出する方式をとっていました。国勢調査では、この孔の位置とその組合せで個人の特性や数値等を表しました。

当時の計算機械のほとんどが単なる機械であったのに対し、ホレリスの発明はシステムと呼べる形をとっていました。データを用意するための穿孔器があり、それを入力し処理するための作表器があり、その結果や出力を記録する計数器を備えていました。処理の終ったカードをさらに作表器で処理できるようにするために、それらのカードを適切な順序に分類し直す分類箱と呼ばれる装置も備えていました。

ホレリスの最初の穿孔カード処理機械はデータを集計する機能しか持っていませんでした。すなわち、データを繰り返し加えて合計を求める機能しかなかったのです。その後、ホレリスは桁上げ機構を備えた別の加算器をこのシステムに加えます。その結果、このシステムは、鉄道業、保険業、鉱山業等、統計処理を必要とする多くの分野で利用されるようになりました。

自分の機械のこととなると何もかも忘れてしまうこの常人ばなれした完璧主義者ホレリス。エレクトロニクス時代へつながる絶え間ない進歩の時代は、彼によって始められたといえます。1911年、ホレリスのタビュレーティング・マシン・カンパニーは、IBMの前身となった会社の一部門として吸収されることになります。ホレリスはその後10年にわたって技術顧問を務めましたが、この間に何人かの優秀な発明家と出会うことになります。

その中の一人に、IBMで30年以上にわたって数々の発明を生み出し、「ミスター計算機」と呼ばれたクレアD.レイクがいます。当時、業界ではジェームス・パワーの会社(後にレミントン・ランド社に吸収された)が優勢でしたが、レイクはIBMで初の印刷作表器を開発し、巻き返しをはかりました。この機械はIBMを窮地から救ったといわれています。

フレッドM.キャロルも功績者の一人です。キャロルは、印刷シリンダーを持った高速カード製造機、キャロル・プレスを開発し、穿孔カード製造に革命をもたらしました。しかし、パンチ・カード時代を代表する人物といえば、おそらく無口なスコットランド人、ジェームスW.ブライスでしょう。

ブライスは工学士への道を捨て、大学を中退していますが、その後長年にわたって数々の発明を生み、500件にものぼる特許を取得しています。実に平均して月に1件という驚くべきペースです。この中には各種計数器のほか、乗算器、除算器があります。ブライスはすでに1915年の時点で真空管の将来性に気づいていました。そして、1932年にはいくつかの研究プロジェクトを発足させ、真空管を使って算術演算を行う手法の開発に乗り出しました。

1940年代中頃までに、IBMの技術者は何百という種類のパンチ・カード機械およびその付属機器を開発しました。しかし、その大部分は産業界の特定業務に向けられたものです。これに対しコロンビア大学教授ウォーレスJ.エッカート(1945年に基礎科学部門の初代ダイレクターとしてIBMに入社)は、標準的なIBM計算機をプログラム制御することによって科学技術計算を行うという独創的な手法を考え出しました。これによって、科学者の最新の計算理論と技術者の実務的なノウハウが結びつけられることになりました。エッカートの業績は、当時ハーバード大学物理学科の大学院生だったハワードH.エイケンの関心を引きました。エイケンはこの時すでに巨大な計算機を使って科学技術計算を行う方法について、基本的なアイデアを固めていました。

1937年、エイケンはIBMのブライスを訪ね、物理計算を行うための自動計算機械についてその構想を説明しました。その後話し合いを重ねた結果、この種の仕事は従来のどのような計算機械を組み合わせてもできないという結論に達し、1939年中頃に、IBMとハーバード大学は正式に共同研究体制を組むことになりました。計算機の設計と開発はレイクとエンディコット研究所の数人の技術者グループが担当することになりました。このようにして、後にハーバード・マークIの名前で知られる自動順序制御計算機が生まれました。

IBM技術者によるそれまでの一連の発明は、ブライスの計数器、乗算器、除算器を含めて、一挙にこのマークIに集約されました。紙テープ上のプログラムによって制御する方式はエイケンのアイデアに基づくものでした。これを取り入れたマークIは電気機械式計算機の時代の最先端システムでした。

マークIは完成後ハーバード大学に寄贈されました。ハーバード大学の学長ジェームス・ブライアン・コナントは次のように述べています。「この計算機の個々の構成要素には、IBM技術者達の一連の発明が生かされています。これまで、私達は基礎科学が産業にどのような恩恵をもたらしたかということについてはたびたび聞かされてきましたが、産業界の技術が科学にこれほどまでの恩恵をもたらしたという話は余り聞いたことがありません。」

コンピューター時代はここに幕開けを迎えました。


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