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JA6DWQ Rig・ANT 編
 

Rig ・ANT 編

JA6DWQ 開局当時のRig、自作 ラックに組み上げた 3.5MHz〜28MHz A1/A3 HF-TX 下より電源、2段目が 6CA7P-P 変調機、上段が 終段 807 終段プレート、スクリーングリッド同時変調、電源450V送信機、その上にお菓子入れのケースを利用したカップラーが乗っている。

開局当時のrig 1962年〜1963年頃

右側 自作 ラックに組み上げた 3.5MHz〜28MHz A1/A3 HF-TX 下より電源、2段目が 6CA7P-P 変調機、上段が 終段 807 終段プレート、スクリーングリッド同時変調、電源450V送信機、その上にお菓子入れのケースを利用したカップラーが乗っている。

中の列、一番下が、自作 3.5MHz〜29.8MHz 高1中2 HF受信機 その上に 9R4J 一番上に VFOが載っています。

左側に、50MHzTX その上に50MHzRX いずれも未完成段階、

アルミケースむき出しのバラックがいくつか見えます。

このTXは、腕の未熟さから、恥ずかしながら、変調機の ハム対策に大変苦労していた。もちろん自作派がほぼ90%以上であった為、大半の局が皆、何らかの問題を抱えた個性 丸出し公認の電波が飛び交っていた。

当時 忘れてはならないのが、VFO の QRH 対策がお粗末で、X-Talで ON-Airしている局もいました。私は、30分位プリヒートしていた記憶があり、半導体化するまで電力会社に貢献していました。

この写真にはないが、後に、高周波電流計を先輩より強引にQSY カップラーに組み込み、リンクコイルの結合度、タップ位置の体験をし、SWR に芽生えて参りました、その後まだまだ当時としてはなじみの薄かった SWR計 組み込みカップラーの製作に進みました。

      JA6DWQ 開局当時の、ANT群、DPにハシゴフイーダー他、HF-BandのANT、親父の会社の煙突、建物を利用させて貰っている。

      開局当時のANT

開局当時の自宅は、町の中心地の民家密集地域でありANTの建設に悩んだが、何事にも厳しい親父がこの時ばかりは理解があり、一肌脱いでくれることになり、近所の会社に交渉してもらった。お陰で、その会社の屋上、同じく煙突、ネオン塔を借りて、ANTを各 Band 上げることが出来、ニューカマーにとっては、この上もない、大変恵まれた船出となった。

写真は、18mH・7MHz 1/4λD.P 給電線は当時流行で、先輩のを真似てハシゴフイーダーで給電している。スペーサーはベーク板を利用した、このANTのみハシゴフイーダーで他は、300ΩTVフイーダー及び同軸を使用した。

当時としては、ダイポールが標準であったのは間違いないが、まだまだロングワイヤーANT,ツエッペリンANTと、ワイヤー型ANTが一世を風靡していた、本当によい時代でもあった。

屋上を使わせてもらえるようになったお陰で、当時 HF帯の、Yagi-ANTの試作を良くやっていた。
写真は約40年前の物でさすがに色あせている。

1975年頃の Rig、この写真には写っていないが自作機器及び、スター製 ST-700A/SR-700A を使用していた。

1975年頃の Rig

この頃から、メーカー製のRigを使用出来るようになり机の上の雑然とした環境から脱皮できた。この写真には写っていないが自作機器及び、スター製 ST-700A/SR-700A を使用していた。

この頃、CM型SWR計、マイクロ・ストリップ型SWR計、コマーシャル先の払い下げ記録計に組み込んだHF-Band-OSC内蔵インピーダンスメーター、等を自作し同僚らに見せては、悦に入っていた生意気な頃であった。

この頃の、ANTは上記測定器のお陰で作ってはDataを獲るのが楽しく、飽きもせず色々な ANTを試作した、中でもおすすめは、CQだ。

当時、3Band 2EL 自作CQを、何回か作った、今まで使用した ANTの中でも格段の実績を残せて1番のおすすめだが、何分にも強度的に貧弱で、台風の強風に吹っ飛ばされ見るも無惨に壊されていた、部品の1部も行方不明になったが、懲りもせず、再度チャレンジするも、又、台風で壊されること何度か繰り返していました。この頃 DX熱のピークだったような気がする。

見るに見かねてか、軍資金の補助を、XYLより取り付け、3Band 3EL Yagi をゲットすることになり、後に、3Band 4EL と変わっていくのである。

メーカー製 ANT を使うようになってからは、幸いに台風で壊されたことはない、さすがポイントはしっかり押さえており、自作との違いを感じた。

1972年、自宅を増築した際、わがままを押し通し、MyRoomを獲得した、写真は1980年頃の Rig

1980年頃のRig

1972年、自宅を増築した際、わがままを押し通し、MyRoomを獲得した。部屋はガラーンとしていた為、エコーがかかっているとよくレポートもらっていたが、現在では、それもなくなった。写真は1980年頃の Rig

1辺1.7mの4角鉄塔、17mh、自作ANTを卒業し、4ELトライバンダーの時代

1980年頃以降のANT

頭書は、ソフアーセットを置いて満足していたが、現在では、机 3 Set持ち込み、無線機関係とは別に、パソコン関連機器が場所をとる様になってしまいそんな余裕は全くなくなった。

パソコンのHAMへの導入は、8801MKUの N-88 DiskBasicの頃より20年以上の経験となって来たが、いつも、ケチ精神がブレーキを掛け、MS-DOSにも、又 Windowsにも乗り遅れ気味、ようやく乗り換えが出来たのかなと思える。

その後、インターネットの世界を楽しませてもらっているが、DX-info 収集についてはよき時代になったものと、時代を、甘受している、その昔、寝る時間も惜しんで情報収集に明け暮れた、若き時代、

DX仲間との情報収集、金、土、日曜日のロールミーテイング、世界のDX-NetMeetingを、逃すまいとコマーシャルの方を後回しだった情報収集時代。寝る時間を惜しんででもやっていた情報収集の努力は、「今は昔の観がする」のは私だけだろうか?

誰もが簡単にリアルタイムで情報収集が出来、ハード面でも恵まれた良き時代に、この世界の様変わりに、一抹の矛盾・寂しさを痛感・反発を感じながらも、時代の流れに乗り遅れまいと、奮起している昨今であります。

1974年 念願の17mH四角型自立鉄塔完成。

以降 3EL 4EL HFを中心にナロースペース → ワイドスペースYagi-ANT とグレードアップしてきた。ただ、大きな鉄塔を建てたのはよいが後のメンテナンスには、大変な思いをしている、何で亜鉛どぶ付けメッキをしておかなかったのか、今に思えば悔いが残る。今後鉄塔を計画されている局長さんには、迷わず、イニシャルコストの高騰にはなるが、メンテナンス、及びライフの面から、亜鉛メッキ処理を是非おすすめしたい。

写真のこの ANT は1992年の近年の台風として語られる、大型台風19号及び21号にも耐えてくれた頼りがいのある、大事なANTである。





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