無線通信の起源はマルコニーによって電波を発明されたことから始まる。
アマチュア無線をベースに歴史を調べてみた。
1837年 アメリカの画家サミュエル・F・B・モールスがモールス符号を完成。 モールス符号は短点(ドット)と長点(ダッシュ)の組み合わせで アルファベット、数字、記号等を表現します( 例えば A は「 ・ ー」) 。

1888年

 ヘルツによって電波の存在が実証された。
1895年5月 ポポフは、自分のカミナリ研究の体験を生かし無線機に高いアンテナをつけてみようと考え、これが通信用アンテナの誕生です。1895年5月7日には、世界最初の無線通信の公開実験に成功しました。マルコニーよりわずか先行。

1895年9月

 マルコニー(イタリア)は、アンテナを用いて6キロメートルの距離をモールス符号による無線電信に成功。
1901年  マルコニーは、陸上の無線局とイングラウドと洋上2700キロメートルの船舶との通信に成功。
1910年 世界最初のアマチュア無線連盟WIAがオーストラリアに誕生
1912年

映画でも話題になった「タイタニック号(46,328トン)」は、1912(明治45)年4月14日夜半、大西洋上において「氷山と衝突せり、救助を求む」の遭難通信を発信。貨物船カパーシャ号はこの遭難通信を受信し、50海里の距離から3時間半後現場に到着して、女子、子供を優先させたボートの生存者703名を救助したが、残る1,520名は助からなかった。  当時タイタニック号から20海里の距離には無線電信を持たない貨物船があった。  また15海里の近距離にあったカリフォルニア号は無線通信士が勤務時間外であったため、遭難信号を受信することができず救助できなかった。
 タイタニック号は、「SOS」遭難信号を使用した第1号の遭難事故と言われている。

1913年 イギリスにLondon Wireless Club(RSGBの前身)設立
1914年 アメリカ合衆国にアマチュア無線連盟ARRL設立
1923年 アマチュア無線による大西洋横断実験成功(波長100M;アメリカーフランス間)
1925年 日本でラジオ放送開始(東京放送局JOAK)
1926年 八木秀次、宇田新太郎両氏によって八木アンテナが発明された。現在でもテレビ放送、FM放送やアマチュア無線に世界的に使われている。
1926年(大正15年) 日本アマチュア無線連盟設立(6月;37名)
1927年(昭和2年) 日本で初めて個人に「私設実験局」が免許された。(JLYBはじめ8名)
1950年(昭和25年) 6月1日、電波法が施行され、アマチュア無線従事者やアマチュア局が日本で始めて規定された。しかし、占領軍(GHQ)はアマチュア局を認めなかった。
1951年(昭和26年) 第1回アマチュア無線技師国家試験が実施され316名が受験し1級47名、2級59名が合格した。
1952年(昭和27年) GHQはアマチュア無線禁止を解除し。全国で30名にアマチュア無線局の予備免許がおりた。
1958年(昭和33年) 電話級、電信級アマチュア無線技師の資格が誕生した。
1979年(昭和34年) アマチュア無線局の保証認定制度が始まる。(保証認定を受ければ、直接電波管理局の検査を受けずに免許を得ることができる)
1985年(昭和60年) アメリカと相互運用協定締結。(これによって、日本の免許があればアメリカでアマチュア無線局を運用できる)
このあと、徐々に多くの国と相互運用協定が締結される。
1986年(昭和61年) 日本のアマチュア無線衛星「JAS−1ふじ」をH−1ロケットで打ち上げ成功
1999年  1999年2月1日午前0時をもって、日本は船舶や航空機が遭難・安全通信に無線電信の使用を停止した。 それは、新しいシステム「全世界的な海上遭難・安全通信システム(GMDSS : Global Maritime Distress and Safety System)の導入によるものです。
 
今ではアマチュア無線のみがモールスによる無線電信を運用している。


アマチュア無線から見た無線通信の歴史
・アマチュア無線のあゆみ(CQ出版社)
・JARL NEWS 2002年11月号
・JARL NEWS 2002年9・10月合併号より
アマチュア無線入門 JA3MXE紹介 リンク
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無線通信の歴史 活動記録 アワード(賞) カントリ別QSO(交信)数 JARD 日本アマチュア無線振興協会
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