
古代ギリシア数学史を学ぶ
数学史だけではなく、哲学、神話、科学など、さまざまな資料から,ギリシアにおいて花咲いた文化にせまっていく。
東京都世田ヶ谷立尾山台中学校 小山 武
内容は次のとおりです
| @数学史と哲学史 | Aピタゴラス及びピタゴラス派 | B古代の数学におけるさまざまな話題 |
哲学以前(メソポタミアの宇宙生成論・世界観)
哲学以前(考古学的資料による、ギリシアと東方の関わり)
哲学以前(ギリシアにおける、宇宙生成論・世界観その1)
哲学以前(ギリシア神話における東方からの影響)
タレスの数学的業績の典拠・・・全ての原典資料と,疑問点(改訂版)
タレスの数学以外の業績・・・万物は水、タレスの有名な哲学の原理、しかし、これは、アリストテレスの推測、かまたは、アリストテレスのよって作られたタレス像かもしれない。
タレスの旅・・・タレスは諸資料からエジプトに行った可能性は高い。東方との関わりもあったようである。
説得と論証および演繹的な数学
@ミュトスからロゴス・・・この定式には様々な説があるが、ロゴスへの始原はホメロスであるかもしれない。さらに、よく言われるように、これはミレトス派によるものであるとされるが、資料を見ていくと、必ずしも直線的ではなく、合理的、非合理的なものが混在し続けたと思われる。
Aヘロトドス「歴史」・・・合理的なものと非合理的なものが混在している。
Bエレア派の論証について
Cアテネにおける民主制
ピュタゴラスの旅・・・ピュタゴラスは、エジプトに赴いて、儀礼、宗教的なものを学んだとされる。後代の資料では、幾何学の名が現れる。さらにエジプト以外の東方へも旅したとされる。資料が時代によって、拡大推敲されていくようである。ピュタゴラス伝説と呼んでもよいかも。さらに「幾何学はピュタゴラスによって伝統と呼ばれた」とされることになる。
ピュタゴラスの教説で確実に言えること
ピュタゴラスの政治的な面(1)
ピュタゴラスの政治的な面(2)
ピュタゴラスの政治的な面(3)
ピュタゴラス派と無理数(1)
ピュタゴラス派と無理数(2)
ピュタゴラスと無理数補遺・・・・ギリシア語の時代的な用法より、無理数は5世紀後半知られるようにになった
数学における、ピュタゴラスおよびピュタゴラス派のものとされている業績 (1)・・・数論(図形数、テトラクチュス、協和音程比、
完全数10、奇数・偶数論
数学における、ピュタゴラスおよびピュタゴラス派のものとされている業績(2)・・・数論(原論の中の奇数・偶数論)
数学における、ピュタゴラスおよびピュタゴラス派のものとされている業績(3)・・・平面幾何学
数学におけるピュタゴラスおよびピュタゴラス派の業績(4)・・・正多面体
神人、超能力を持った人、奇跡を起こす人ピュタゴラス(1)・・・輪廻転生魂の不死とザルモクシス伝説
続き、神人、超能力を持った人、奇跡を起こすピュタゴラス(2)・・・ピュタゴラス変身物語、エウポルボスという名前が頻繁に現れる
続き、神人、超能力を持った人、奇跡を起こすピュタゴラス(3)・・・ピュタゴラスがアポロン神となる。また、ピュタゴラスにまつわるさまざまな、奇跡、奇談。
ピュタゴラスの知(1)・・・ピュタゴラスの学者(哲学、科学、数学)としての側面、(1)では、ピュタゴラスとほぼ同時代の証言によると、ピュタゴラスは大知識人と知られていた。そして、その源泉としてのピュタゴラスの旅に関する資料。
ピュタゴラスの知(2)・・・・ピュタゴラスが哲学者を自ら名乗ったという資料(2008年1月改訂)
ピュタゴラスの知(3)・・・音楽比の発見の実験(有名な鍛冶屋の話)
ピュタゴラスの名は、いかにして、近代いや現代までその名を轟かせてきたか。以下のページでは、ピュタゴラス伝説が語り継がれてきた歴史をたどっていく。
@はじめに・・・資料とピュタゴラス問題について
ピュタゴラス派について「はじめに」・・・このリンク以下はピュタゴラス派の宗教、戒律、数学、音楽、天文学と等できるだけ詳しく、調べていくつもりです。このページにピュタゴラス派を学ぶ上での参考文献表を作成しています。
ピュタゴラス派の組織についての資料・・・ピュタゴラス教団と呼ばれる結社の組織に関する証言
ピュタゴラス派の戒律・・・アクウスマタ・シュウポラとよばれ、禁忌、儀礼、日常の生活でのマナー等さまざまな戒律があった
ピュタゴラス派の肉食の禁忌・・・一般的に、ピュタゴラスが菜食主義者であるとされているが、疑問視されている
ピタゴラス派の数の神秘・・・ピタゴラス派は、結婚は5のように数をあてめた。さまざまな本に書かれているが、その出展はアリストテレスによる
ピュタゴラス派の分派・・・ピュタゴラス派は、ピュタゴラスの戒律を守る派と、ヒッパソスが始めた学問を重んずる派に分かれた
謎の人ユークリッド(英語読み)・・・エウクレイデス(ギリシア語読み)についてはよく分からない。
プロクロスの摘要・・・原論以前のギリシア数学史の資料として第一級のものとされている
幾何学の起源・・・幾何学という言葉は、ギリシア人の推測と想像から生まれ、エジプトとは無関係
立法体陪積問題・・・現存する全ての資料より、デロス問題という呼び方は適切であるか検討する
三平方の定理とピュタゴラス・・・ピュタゴラスが三平方の定理を発見したという伝承・伝説
辺の比3:4:5の直角三角形・・・一般向けの書物、中学校の数学の教科書にも、エジプトとの関連で書かれている。その根拠づける資料は?
デオファントスの年齢の問題・・・「ギリシア詩華集」に収められている。ギリシアでは、同じ形の問題が好まれた、一部の問題は、プラトンの時代のものだという。文章題の問題集。デオファントスの年代は250年頃といわれているが、それを裏付ける資料は11世紀のものである。年齢は正確に分かっているが、生年、没年はよく分かっていない。不思議ですね。
あまり知られていないディオファントス「算術」・・・「算術」の中から中学校で使えそうな問題を選びました。なお、有名なフェルマーの書き込みは、第一巻問題8の余白にあった。簡単な歴史を含む
円の正方形化に挑んだ人々・・・主に、アンティホン、ブリュゾンの方法とアリストテレスの批判、キオスのヒポクラテスは別のサイトで
ヒポクラテスの月・・・ヒポクラテスの月と一般的に言われている図は原典資料にはない。
円の正方形化とその後の研究史、円周率に挑んだ人々・・・正方形化のその後と円周率に関するノート
コンパスと定規の制限(1)・・・ほとんどの数学史の書物では、ギリシアでは作図はコンパスと定規で行うという制限があったと記述されているが、根拠づける資料はほとんどない。
コンパスと定規の制限(2)・・・この制限はプラトンによるものであるとよくいわれるが、しかし、これも根拠づける資料はない。
プラトンと数学・・・プラトンは数学者というよりコーディネーターであった
フォン・フリッ説その1・・・通約不能量(無理数)の発見は、ヒッパソスによるもので、正五角形を用いて証明されたという説。さまざまな書物にこのように書かれているが、この説を支持する研究者はほとんどいない。その論文の一部を紹介します。なお、証明は「その2」にのせます。
フォン・フリッツ説その2・・・正五角形を用いた、通約不能性の証明。伝統的な正方形の証明ものせました。
エラトステネス・・・よく言われている「ふるい」「地球の測定」についての原典との若干の違い
アルキメデスの逸話の原典資料集・・・アルキメデスの逸話の資料集、機械的な発見・発明に関しては、アルキメデスの著作にはない
四科・・・数論、幾何学、天文学、音楽のことをいう、後に中世ではリベラル・アーツにまとめられていく。この四科とともに、ピュタゴラスの名が広くヨーロッパ中世に知られてゆくことになる
ペンタグラム(五芒星形)・・・これは、ピュタゴラス(派)と語られるが、資料から、それ以前から使われていた。ピュタゴラス派では印(おそらく健康に関して用いられたようだ。数学的解説、フィボナッチとの関係、美術的な関係はさまざまなホーム・ページで語られているので。考古学的資料とピュタゴラス派に関する資料のみ解説しています。
幾何学的代数・・・原論第二巻の幾何学的解釈について、エウクレイデス全集題第一巻の解説における、メソポタミアの関連する
解法をのべました
C教育関係の話題(算数・数学を中心に)
数について、その起源、概念、子供は数をどのように学ぶか等、数についての話題
(1)数の起源・・・簡単なスケッチとインドの数字とゼロによる位取り記数法のヨーロッパに伝搬したことに関する年表
(2)算数教育の用語・・・私の研究に必要な用語を少しずつまとめていく。したがって更新されていきます。教科書の文章題(加法・減法)の分類。
(3)基数と序数・・・日本語では、基数、序数の曖昧。そのことから生活に根ざした数学の必要性