プロローグ

 宇宙世紀0079.10。
 ジオン公国の本拠地たる密閉型コロニー・サイド3ズムシティ。その内部にある異形の建造物──ジオン公国の政庁たる公国公館内の執務室にて、ジオン公国の総帥たるギレン・ザビと、腹心たるエギーユ・デラーズの会見が密かに行われていた。
「ES計画?」
 デラーズから手渡された資料に目を通していたギレンはわずかにその眉をしかめた。
「ハッ。キシリア閣下が隠密裏に進めているといわれる極秘プロジェクトです。計画の詳細は分かりませんが、総帥の断りも無く進められているというだけで、問責に値すると思われますが?」
 デラーズのその言葉には、明らかに刺が含まれている。彼がギレンの政敵ともいえるキシリアを快く思っていないことは、ギレンもよく知るところだ。
 ギレンはデラーズへの返答を避け、さらに黙々と資料に目を通し続けた。その指は、神経質そうに机を定期的に叩いている。
 と、その資料を繰る手の動きが、ふと止まった。
「……計画を推進するのが、キシリアの息のかかったジオニック社、フラナガン機関というのは分かるが……この、新情報通信開発局というのは?」
「ミノフスキー粒子の影響で使用が困難になった、電波による通信に代わる情報通信手段を研究している機関のことです、閣下」
 ギレンの問いに答えたのは、ギレンの傍らに佇む、妙齢の女性だった。ギレンの秘書である、セシリア・アイリーンである。
「フム?」
 セシリアの答えに、ギレンは資料をデスクの上に置き、考え込むように胸の前で手を組んだ。そんなギレンの姿を、デラーズとセシリアが息を飲んで見つめている。やがてギレンは宙に目を向け、独り言のように呟いた。
「キシリアめ……、何を企んでいる?」
 だが結局、ギレンはその答えを得られないまま、わずか2月後に当のキシリアの手によって暗殺されることになる。そしてそのキシリアもア・バオア・クーの決戦で命を落とし、ES計画の真相は闇に包まれ、忘れ去られていったかに思われた。そう、来るべき、宇宙世紀のあの日まで──

機動戦士ガンダム0085

〜ジオンの遺産〜

 

 宇宙世紀0085.6.7。
  何処までも果てしなく広がる無限の宇宙空間に、巨大なバリュート・システムを背負った1機のMS-06FザクUが、推進剤の発する光の尾を引きながら疾駆していた。
 そのザクに乗っているのは、ジオン公国の軍服に身を包んだ、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる少女である。少女は不安げにモニターに目を走らせながら、時折不安から逃れようとするかのように右耳のあたりでまとめた銀の髪に指を絡ませている。
 やがて、ザクのモニターに、清冽なる蒼き惑星が映し出された。
「蒼い……。地球が、こんなに近く……」
 緊張と感動の入り混じった少女の声が、薄暗いコクピットの中に響く。
 と、突如そのコクピット内に、アラーム音が鳴り響いた。警告用の赤いランプの光がコクピット内に点滅する。
「何……!?」
 少女は困惑してコクピット内を見回した。やがてその視線が、正面ディスプレイに吸い寄せられる。
「これは……所属不明のモビルスーツが接近している……。もう追っ手が来たの? まさか、ハインツ?」
 一人呟き、少女は瞑想をするかのように軽く目を閉じた。
「……いいえ、違う。この感覚はハインツじゃない……」
 再び目を開いた時、少女の神秘的な青い瞳には、強い緊張の光が宿っていた。
 その間も、少女の乗るザクは、宇宙空間を着実に地球に向けて進んでいる。そのザクUのモノアイが、急速で地球とは反対の方向から迫り来るモビルスーツの姿を捉えた。接近してくる謎のモビルスーツは、流線的でスリムなシルエットを持った、褐色の機体である。その機体は、少女の記憶にはないものだった。
 すぐに少女は、そのモビルスーツがコアブースターに似たフライサポートメカに乗っているのに気付いた。褐色のモビルスーツは、そのサポートメカの上で腕組みをした姿勢で直立している。
「あのモビルスーツ、レッドファントムのものじゃない……。じゃあ、誰?」
 素早くデータを照合した少女の得た答えは、『Unknown』だった。つまり、ザクのコンピューターには登録されていない未知の機体だということだ。
 と、少女の呟きに答えるかのように、突如謎のモビルスーツからビームの帯が放たれた。ザクUの脇をかすめたビームは、地球に吸い込まれるように消えていく。
「やはり、私を狙ってる!」
 唐突に少女の脳裏に忘れようとしていた過去の記憶が浮かび上がった。瞬間、少女の視野はブラックアウトし、セピア色の過去の記憶が脳裏に展開した。

 銀色の鋼の壁に覆われた廊下を、二つのノーマルスーツが飛ぶ様に移動している。やがて二人の視界には、モビルスーツハッチへと続く巨大なシャッターが広がっていった。
 ノーマルスーツに身を包んだ片割れの少女が思わず安堵の息を吐く。
 その瞬間、まるで二人が気を抜く隙を見計らっていたかのように、突如銃声が響き渡った。
 少女のやや後方を舞っていたノーマルスーツの少年が、肩を撃ち抜かれて倒れる。
「リョウマ!」
 少女は思わず足を止めて振り向き、悲鳴を上げた。ノーマルスーツから覗く、まだ幼さの抜け切らない少女の、神秘的な顔は今や、真っ青に蒼ざめていた。倒れたノーマルスーツから覗くのは、少女よりもわずかに年が上の、少年の顔である。だがその気の強そうな顔も今や、激痛のために大きく歪められていた。
「何してるエスカ! お前だけでも逃げろ!」
 必死に苦痛を堪えながら、リョウマと呼ばれた少年が力を振り絞って叫ぶ。
「そんな!? リョウマを置いて行ける訳ないじゃない!」
 エスカと呼ばれた少女のノーマルスーツが、リョウマ目掛けて宙を舞う。
 再び轟く銃声。
 そして、暗転する視界……
 

「いやぁぁぁっ!!」
 エスカは脳裏に浮かび上がった不吉な過去の映像を、必死で振り払った。時間にすれば1秒に満たない、ほんのわずかな間の出来事である。
 だが、謎のモビルスーツは、その一瞬の隙を逃しはしなかった。
 目映い光を放つビームの帯が、ほんの一瞬だけ動きを止めたザク目掛けて殺到する。その一撃は、見事にザクの脚部バリュート・ブースターを破壊していた。ザクの機体が、その衝撃で大きく態勢を崩す。
 途端、ザクのコクピット内に複数のアラーム音が響き渡り、不吉な不協和音を奏でた。
「しまった、大気圏に……」
 モニターに必死に目を走らせていたエスカが息を飲む。脚部を破壊されたエスカのザクは、態勢を崩したまま大気圏に吸い寄せられていたのだ。見る間にその機体表面が赤熱に赤く変色していく。すぐにバリュートの安全装置が働き、巨大なパラシュートがバッと開くと、機体を包み込んだ。
 赤い塊と化し、地球へと落ちていくエスカのザクを、褐色のモビルスーツがじっと眺めている。その機体は、地球の重力に引かれるのを恐れるかのように、腕を組んだ態勢のまま微動だにしない。
 勇壮なる蒼き地球に抱かれるように、エスカのザクは一条の流星となって消えていった。

 富士山を背景に、真昼の空に巨大な流れ星が流れていく。
 地球連邦軍極東方面軍機動試験部隊のレイジ・オハラ軍曹は、何かに導かれるようにパワードジムのコクピットハッチを開き、そして落ちていく流れ星を見つけていた。
「……オレを、呼んでいる?」
 我知らず、そんな呟きが漏れる。それは、無限に意識が拡大していくような、妙に懐かしくも思える不思議な感覚だった。
 そんなレイジの視界を、巨大なブースターを広げ蒼穹を飛翔するモビルスーツ──スカイナイトガンダムがかすめていく。

 大きな運命の歯車が、自分達を中心に巡り出したことに、まだエスカもレイジも気付いてはいない。

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