機動戦士ガンダム0085

プレストーリー

 


 

 宇宙世紀0085。日本本島の関東平野Fポイントを、一機のジムUが、轟音と土煙を伴いながら疾走していた。地球連邦軍極東方面軍機動試験部隊所属の、エリオット・マルス少尉の駆るジムUである。
「くっそー、ミノフスキー粒子の濃度が濃すぎるぞ。これじゃあ、センサーが何の役にも立ちゃしないや」
 マルスはぼやきながら、それでも習慣的にセンサーに目を向けた。と、その瞳が急に険しいものになる。
!?高熱源反応?ビームなの!?
 反射的にマルスは、機体に回避行動を取らせていた。直後、光の矢がつい今までマルスのいた地点に降り注いだ。轟音と共に大地が弾ける。
「イアンのジムキャノンか!何処だ
!?
 マルスの駆るジムUに比べ、イアン・マクドガル准尉の乗るジムキャノンは、機動性に劣る代わりに射撃能力に優れている。恐らく、今の攻撃もジムUのビームライフルの射程外からのものだろう。マルスは素早くコンピューターに先程の射撃推定地点を算出させた。「そこかっ!」
 コンピューターの弾き出した射撃推定地点に、マルスはジムUを全速で向かわせた。モビルスーツの機動性を最大限に生かした戦い方こそ、マルスのもっとも得意とする戦法である。
 だがそのことは、ジムキャノンに乗るイアンの熟知するところでもあった。そして、機動性に劣り、かつ白兵戦用の武器を持たないジムキャノンでは、至近距離においてジム?とは互角に渡り合えないことも、イアンには分かっていた。
「…ならば、近づかせるわけにはいかんな」
 イアンは、潜んでいた丘陵から、静かにジムキャノンを後退させた。ゆっくりと、確実に。その間もジムキャノンのセンサーは、着実にジムUの動きを捉えつづけている。
 今イアンの乗っているジムキャノンは、1年戦争時に生産された
RGC80ジムキャノンを、テスト用に改修したものである。右肩のキャノン砲がビーム式のものに換装されている他、ジェネレーターとセンサーの強化が施されており、戦い方によってはハイザックのような新鋭機とも互角に渡り合えるはずだった。
「…けど、距離を詰めちゃえば、恐くない!」
 センサーにゆっくりと後退しているイアンのジムキャノンを捉えたマルスは、バックパックに装着されているビームサーベルを抜き放ち、バーニアを吹かせて、一気に距離を詰めようと試みた。
 が、その瞬間。予期しない震動がジムUのコクピットを襲った。
!?しまった!湿地帯!」
 マルスは、己の迂闊さを呪った。ジムキャノンを捉えたことに気を取られて、湿地帯に入り込んでいたことに気づかなかったのだ。ジムUは己の重量ゆえに、湿地に足を取られ、機体を沈めつつあった。
「マルス少尉、まだまだ実戦経験に欠けるようだな。いただかせてもらうぞ!」
 まんまとマルスを湿地帯に誘い込むことに成功したイアンは、ゆっくりとビームスプレーガンの銃身をジムUに向けた。一年戦争に学徒兵として参戦していた経験もあるイアンの冷静かつ的確な判断力は、士官学校を一年ほど前に卒業したばかりのマルスのそれを、遥かに凌いでいる。そのイアンの駆るジムキャノンのビームスプレーガンから、低出力のビームの帯が放たれた。だが、そのビームは、ジム?を捉えることができなかった。突如立ち昇った泥の柱に、相殺されたのだ。
「何ぃ!」
 イアンは目を見張った。泥の柱が、湿地の構成要素に還った時、すでにそこにはジムUの姿はなかったのだ。
「まさか、あの状態で跳んだのか!?」
 湿地に足を取られた状態では、地面を蹴って反動をつけることなどできないはずだ。となれば、ジムUはバーニヤの推進力だけで、無理矢理ジャンプしたことになる。
「マニュアル通りの戦い方しかできないものと思っていたが、なかなかに無茶をする!」
 イアンは舌打ちした。が、すぐに彼は、マルスの無茶がそれだけに止まらないことを知ることになる。
「うわぁぁぁっ!」
 空高く跳躍したマルスのジムUは、着地地点に、イアンのジムキャノンの真上を選んだのである。
「何だとっ!」
 予想外のジムUの動きに、イアンの反応が遅れた。本来なら避けられないはずもないジムUの体当たりを、直撃ではないとはいえ、完全にかわしきることができなかったのだ。二機のジムは、もつれ合う様にして大地に倒れ伏した。
『そこまで!』
 上空を旋回しながら、この模擬戦の様子を観察していたヘリから、二人の上官であるソーク・レダ大尉の通信が入った。
 機動試験部隊名物の、実弾を用いた実戦さながらの演習が、これで終了した。 

  地球連邦軍極東方面軍機動試験部隊。新兵器のテストやモビルスーツの機動データ収集を目的として、一年前に結成された部隊である。現在、機動試験部隊は、部隊司令であるクチュト・ヤムヤ少佐を筆頭に、モビルスーツの一個小隊、データの解析及び通信などを司る通信班、そしてモビルスーツの整備や改装を行う整備班によって構成されている。
 だが、連邦軍内においては機動試験部隊は、そんな本来の姿とは別な捉え方をされていた。すなわち、『島流し部隊』という捉え方である。そして、その認識はあながち間違いともいえなかった。実際、機動試験部隊に配属された人間は、どこかで問題を起こした末に配属されたものがほとんどであったのだから。そもそも、指揮官であるヤムヤ少佐からして、『戦後のどさくさで連邦軍籍を入手した元ジオン軍人』と噂される人物なのである。
 そのヤムヤ少佐は、緑茶の入った湯呑みを片手に、先程の演習の報告書に目を通していた。
「…今回は、思ったよりも派手にモビルスーツを壊したようですねぇ」
 整えられた口髭を撫でながら、ヤムヤ少佐はサングラスの奥の目を上げた。彼の視線の先にいるのは、切れ長の目が印象的な、整った顔立ちの美男子だった。モビルスーツ小隊の小隊長を務める、ソーク・レダ大尉である。
「…少佐。何度も意見を申し上げていると思いますが、実弾を用いての模擬演習は危険すぎます。万一の事態が起きれば、部下達の命を奪いかねません。再検討をお願いします」
 レダ大尉の表情は、氷の彫像のように微動だにしなかったが、その声に込められた真摯さは、十分ヤムヤにも伝わった。ヤムヤは湯呑みと報告書をデスクの上に置くと、胸の前で手を組んだ。
「あなたの言い分は分かりますし、大事な部下を失いたくないのは私とて同じですよ。しかし、実戦データを得るには、生半可な演習では意味がないんですよ。ペイント弾やダミーを使った演習で完璧なデータが取れれば、それに越したことはないんですがねぇ」
「ならば、兵器の実戦テストなどは、実戦部隊であるティターンズにやらせればいいのです!」
 それまで、少なくとも表面上は冷静さを保っていたレダが、始めて怒気をその表情に映し出した。二年前、ジオンの残党狩りを名目に結成されたティターンズは、現在では連邦軍内でも無視できない一大勢力へと成長していた。その結果、エリート部隊を自認するティターンズと一般連邦軍との間に、多少の軋轢が生じ始めているのは、当然の帰結と言えよう。そしてレダは、増長を続けるティターンズを、今までも公然と非難を続けてきたのである。
「…大尉、あなたがティターンズを快く思っていないのは分かりますが、そのようにティターンズに敵意を剥き出しにするのは賢い生き方とは言えませんよ」
 ヤムヤの忠告に、レダは口を閉ざした。恥を知る心が、彼に再び冷静さを取り戻させていた。
「…そうそう、例のガンダムタイプですが、納期が早まったと、先程キリマンジャロ基地の方から連絡がありましたよ。明日の昼頃には、こちらに到着するそうです」
 湯呑みをデスクの上から再び手に取り、ヤムヤは話題を転じてみた。
「明日、ですか?それは急な話です。それでは、第二期の部隊員よりも先に到着することになりますが?」
 レダがすっかり落ち着きを取り戻した表情で首をひねる。本来なら、明後日の四月一日付けをもって、第二期にあたる機動試験部隊の新隊員達と、新型の試験用モビルスーツが同時に到着する予定だったのだ。
「まあ、ガンダムタイプに関してはガイアシステムの移植作業がありますからね。整備班の方でなるべく早く納入するように注文していたそうなんですがね」
 ガイアシステムとは、RX−78ガンダムに搭載されていた教育型コンピューターの発展型である。その試作モデルは、部隊の発足当時からジムUに搭載され、データの収集が行われてきた。今回、ガンダムの名を冠する試作モビルスーツの到着に合わせて、そのガイアシステムも移植されることになっていたのだ。
「今度の試作モビルスーツ……、確かコードネームは“スカイナイトガンダム”でしたか……。大気圏内での飛行能力を持つということですが、本当なのでしょうか?」
 レダの質問に、ヤムヤは首を傾げた。確かに、モビルスーツに飛行能力を持たせるなど、想像しがたいものがある。だが、近頃開発されたアッシマーという機体は、円盤状に変形することにより飛行能力を得るという離れ業を成功させている。それに、すでに一年戦争中にジオン軍は、飛行能力を持ったモビルスーツの開発に成功していたという噂もあった。
「…まあ、なんにせよ実物を見れば分かりますよ」
 そう言ってヤムヤは湯呑みに残っていたお茶をゆっくりと飲み干した。 

「くぉら、お前らーっ!派手にモビルスーツをぶっ壊しおって、覚悟はできとろうなぁ!」
 モビルスーツの格納庫に降り立ったマルス少尉とイアン准尉を出迎えたのは、そんな怒声だった。二人の視線が、一点に集中する。本来は黒い顔を真っ赤に染めて怒鳴っているのは、初老の黒人男性だった。機動試験部隊整備班の班長であるクルパ・ジェンド技術中尉である。
「全く、近頃の若い者は、物を大事に扱うということを知らん。ましてや、壊した物を苦労して直す人間がいることなど、考え付きもせんのだろうな!」
 全く嘆かわしい、とでもいうようにクルパは首を振った。マルスとイアンは顔を見合わせ、肩を竦めた。
「あの、おやっさん、こっちも実戦演習ってことでモビルスーツ動かしてるんですから、壊れちゃうのはしょうがないかなー、って……」
 栗色の髪と、やや幼い顔立ちが特徴のマルスが一応反論しようとしたが、“おやっさん”ことクルパは、みなまで言わせなかった。
「そんなことは分かっとる!じゃが、同じ壊すにも壊し方というものがあるわい。ちゃんと愛情を持って扱っとれば、あんなひどい壊れ方はせんものじゃ!」
 そう言ってクルパが指差した先には、脚部が完全に折れ曲がったジムUと、頭部と左肩が不自然にへこんだジムキャノンの無残な姿があった。
「…そうだな。確かにマルス少尉の戦い方には無理があった。以後気を付けさせる」
 見事な巨躯を誇る精悍な顔立ちのイアンが、冷静な口調でマルスに責任をなすりつける。
「ちょ、ちょっと准尉、全部僕のせいなわけ
!?
 マルスはイアンを見上げ抗議したが、イアンはそ知らぬ顔である。
「マールス!お前さんは最近の若い者としちゃあ、ちったあマシな奴かと思うとったが、とんだ思い違いだったようじゃわい!今から徹底的にしつけ直してやるから、そこに直れ!」
 年を感じさせないごつい拳をボキボキと鳴らし始めたクルパを目の当たりにし、マルスの顔から一気に血の気が引いていった。と、その時。
「何してるんですか、おやっさん!やめて下さい!」
 油まみれの作業衣に身を包んだ小柄な女性が、クルパとマルスの間に割って入った。短く刈った髪とオイルに汚れた顔から男勝りの印象を受けるが、その声は驚く程澄んで美しい。
「あ、セシャ軍曹……」
 マルスが何か言おうとしたのを、セシャ・ラルシュ軍曹は手を上げて制した。それから、毅然とクルパに向き直る。
「おやっさん。マルス少尉達パイロットは戦うことが仕事なんです。モビルスーツを壊しちゃうのは、仕方ないじゃありませんか。それを直すのが私達整備班の仕事。そうじゃありませんか?」
 セシャに詰め寄られ、思わずクルパはたじろいだ。
「そうは言うがセシャよ、同じ壊すにも壊し方というもんがあるじゃろう。どうみてもあの壊し方はひどすぎ……」
「実戦で壊し方を選ぶなんて、できるわけないじゃないですか!それともおやっさんは、モビルスーツが無事なら、パイロットはどうなってもいいって言うんですか
!?
「……」
 さすがのクルパも、整備班の紅一点であるセシャには弱いらしい。苦虫を噛み殺したような顔をすると、ズタズタと整備中のモビルスーツの方に大股で歩いていってしまった。
「あ、ありがとう。助かったよ、セシャ軍曹」
 クルパが行ってしまったのを確認した上で、マルスは胸を撫で下ろして礼を言った。セシャはマルスに向き直ると、軽く笑みを浮かべた。
「気にしないで下さい、少尉。少尉達は何も悪いことはしてないんですから」
「でも……」
 マルスは、なおも何か言い募ろうとしたが、セシャはさっさとクルパの後を追って、小走りに駆け出していた。
「……?」
 そのセシャの様子に、イアンは何か違和感を感じて首を傾げたが、その違和感の原因が何かまでは、彼にも分からなかった。

 翌日の午前1053分。機動試験部隊が滞在するヨコハマ基地に、二機の新型モビルスーツが到着した。連邦特有のスリムなシルエットには不釣合いなまでの巨大なブースターユニットを背負ったその機体には、連邦軍の名誉ある試作機として、“ガンダム”の名が冠されている。コードネーム・RX161“スカイナイトガンダム”。それが、この機体の名前である。
 さっそく、整備班の手によって機体の納品検査と最終調整、そしてガイアシステムの移植作業が開始された。

 午後1時13分。昼食のカツ弁当を口にしつつ納品手続きを行っていたヤムヤ少佐の下に、通信班のサリア・ロフォウ准尉が報告に現れた。
「……報告します。第二期の部隊員のうち二名が、今夜到着予定との報告がありました」
 サリアが、小さな声で淡々と報告する。彼女は元諜報部員という、隊内でも屈指の怪しい経歴の持ち主である。だが、諜報部員時代に致命的なミスを犯し、降格された上で当時設立されたばかりの機動試験部隊に左遷されてきたのだと言われていた。
「……ヴィレイン君の到着は、やっぱり遅れるんですねえ」
 サリアから渡された書類に目を通したヤムヤは、到着する第二期の部隊員の中に欠けている、一人の下士官の名を口にした。
「……ムラサメ研の方から、後二ヶ月程時間が欲しいと連絡がありましたので。……その件に関しては、別途報告しますが……」
 サリアの声は、相変わらず小声で聞き取りづらい。そのせいか、彼女からはどこか儚げで陰気な印象を受ける。
「……それよりも、もう一つ,重要な報告があります」
 サリアはそう言って、とある自分の調査結果を、直接ヤムヤに語って聞かせた。その声には、今までの淡々とした口調とは違い、どこか楽しげな響きが含まれている。それとは対照的に、報告を聞き終えたヤムヤは、困ったように口を曲げた。
「……どうしましょう。今のうちに手を打っておきますか?そうすれば、未然に混乱を防ぐことができますが」
 漆黒の瞳を輝かせて、確認してくるサリアに、しかしヤムヤは首を横に振って答えた。
「いけませんねぇ。まだ証拠は掴めていないのでしょう?ならば、うかつに動くわけにはいきません」
「……でも」
 ヤムヤの答えが予想外だったのだろう、サリアは反論しようとした。しかし、ヤムヤは片手を挙げてそれを制した。
「ロフォウ准尉。うちの部隊も、そろそろ実戦を経験しておくべきだと思うのですが、どうでしょうか?」
 一瞬のうちにヤムヤの意図を見抜き、サリアは目を見開いた。
「……あえて、泳がせて相手の動きを待つ、と?」
「さすがはロフォウ准尉、飲み込みが早い」
 ヤムヤが会心の笑みを浮かべる。
「……犠牲者が出るかもしれませんよ」
「ロフォウ准尉。私達は軍人です。犠牲を恐れる者に軍人は勤まりません」
 無駄な犠牲を避け、人的・物質的損害を最小限に押さえるのも軍人の役目だとサリアは考えている。だが、その事をあえて口には出さなかった。
「……相変わらず狡猾ですね、少佐」
「いえいえ、それほどでも」
 どこまでが本気なのか、ヤムヤが手を振って謙遜して見せる。そんなヤムヤに一礼すると、サリアは執務室を後にしようとした。
「おや、もう行くんですか。お茶でも飲んでいけばいいのに」
 ヤムヤの呼びかけに、サリアが足を止める。
「……いえ。最悪の事態を想定して、少し手を打っておく必要がありますので。……フフフ」
 振りかえったサリアの顔には、ぞっとするほど冷たい微笑が湛えられていた。
「准尉、あなたも陰険ですねえ」
「……いえ、それほどでも」
 サリアは、すぐにいつもの陰気な表情を顔に貼り付けると、一礼し、部屋を後にした。 

 午後九時五十五分。
「お〜い、セシャ。残りの作業は明日以降にして、今日はもう上がりにしようや」
 整備班長のクルパ中尉が、未だにスカイナイトガンダムの一号機に取り付いて作業を続けているセシャ軍曹に声をかけた。
「ええ。でも、ここの所の調整だけでも終わらせておきたいんです。私のことはかまわずに、おやっさんは先に上がっててください」
 一号機のコクピット内でブースターユニットの調整を行っていたセシャが、ハッチから身を乗り出してクルパに答える。
「そうは言うがセシャよ。今日はお前さん、一日顔色がよくねえぞ。悪いこたぁ言わねえ。早めに休んだ方がいい」
「え?」
 言われてセシャは慌てて自分の顔を撫で回した。自分では、普段通り作業をしているつもりだったのだ。
「お〜い、だから早く降りて来いや。今夜はゆっくり休んで、続きは明日行えばいいだろう。他の連中は、とうに上がっちまったんだからよぉ」
 クルパの声に、明らかに自分を心配している気配を感じ、セシャは戸惑った。
「あ、あの、私は本当に大丈夫ですから、おやっさんは先に休んでて下さい。私もここの調整だけ済んだら、すぐに上がりますから」
 セシャが慌ててそう言った時。
 爆音が、二人の耳を劈いた。次いで、激しい震動が格納庫を揺らす。
「な、何でぇ、一体
!?
 クルパが慌てて辺りを見まわす。
「……来た」
 スカイナイトガンダム一号機のコクピットの中で、セシャは限界まで顔を蒼ざめさせていた。 

「敵襲!?ジオンの残党が、だと!?バカな、今頃になって何故突然……」
 基地内の司令室で、ヨコハマ基地の司令官ヤツキ・イノエ大佐は、必死になって状況の把握につとめていた。その間にも、オペレーター達のヒステリックな報告が、司令室を埋め尽くしている。
「く……。連中の目的が何かは知らんが、奴らに己の無謀さを思い知らせてやれ。総員第一種戦闘配置!寝ている連中は叩き起こせ!」
 ようやくそう命令を下したのは、敵がモビルスーツ六機だけだということが、確認されたからである。この数ならば、基地内のモビルスーツを総動員すれば、数で圧倒することができる。まして、敵はザクとグフを中心とした旧式だ。負けるはずがない。
「……だが、妙なのはそこだ。五年間も地下に潜伏してきた連中が、何故今頃になって、このような無謀な攻撃を仕掛けてきたのか……」
「おとり、かもしれませんねえ」
 イノエ大佐の独白にそう応じたのは、いつのまにか司令室に顔を出していたヤムヤ少佐だった。
「ヤムヤ少佐」
 イノエ大佐の表情が、露骨に歪む。イノエ大佐にとって、ヤムヤを筆頭とする機動試験部隊の存在は、やっかいな居候という認識でしかない。そんなイノエ大佐の表情の変化を、一向に気にする風もなく、ヤムヤは言葉を継いだ。
「この攻撃が何らかの陽動、と想定すれば、基地のモビルスーツを迎撃に出して基地を空にするのは、危険なんじゃないでしょうか」
「……君は、何が言いたい」
 ヤムヤの遠回しな言い方が気に障ったのか、イノエ大佐のこめかみが引きつる。
「いえ、よろしければうちの機動試験部隊が、モビルスーツ部隊の迎撃に当たろうか、と思いまして」
「君の部隊が?」
 イノエ大佐はしばし目を閉じ、考え込んだ。機動試験部隊はヨコハマ基地に駐留こそしているが、基地の指揮系統とは別組織である。ゆえに、今回も戦力としては考えていなかったのだが、もし機動試験部隊が出撃してくれるなら、わざわざ基地の貴重な戦力を危険に晒す必要もなくなる。どのみち基地にとって損はないと判断したイノエ大佐は、目を開いた。
「……よかろう。モビルスーツの迎撃は君の部隊に一任しよう。我々は、基地の防備に専念させてもらう」
「は。ではさっそく、出撃準備を整えさせます」
 ヤムヤはイノエ大佐に敬礼すると、司令室を後にしようとした。その背中に、オペレーターの悲痛な叫びが被さってくる。
「た、大変です!第三格納庫から、試作型のガンダムが、ご、強奪されたと……」
(始まりましたか)
 一瞬のうちにパニックに陥った司令室を、ヤムヤは悠然と後にした。 

 同時刻。
 混乱の支配するヨコハマ基地に向け疾走する、一台の軍用ジープがあった。
「……だめだよ、レイジ。ミノフスキー粒子の濃度が濃くて、基地との連絡がつかない」
 助手席に座る青年が、無線機から顔を上げて首を振った。プラチナブロンドの髪をしたこの眼鏡の青年は、軍人というより学者の卵という印象を受ける。
「連絡がつかないってだけで十分だ!それでジオンのモビルスーツが暴れてるってことは、基地がやばいってことだろ、アレク?」
 運転席に座る、黒髪を短く刈った、まだどこか子供らしさを残す青年,レイジ・オハラ軍曹が、助手席で未だ未練がましく通信機をいじっているアレクサンドロ・ボルジア軍曹に言葉を返した。
 二人は、明日四月一日付けをもって機動試験部隊に配属される予定のパイロットである。今夜中の到着を目指して基地を目指していたところ、偶然基地が謎のモビルスーツ部隊に襲撃されているのを目撃したのである。
「とにかく、とっとと基地に行かなきゃ始まらねえ!」
 叫ぶと、レイジはアクセルを全力で踏み込んだ。反動でシートに押さえつけられたアレクの顔が蒼ざめる。
「ま、まさかレイジ、これから基地に向かう気なのか
!?
「当然!」
「や、やめようぜ。もう少し、こう、状況が落ち着いてからでも……」
「それで手遅れになったらどうすんだ!飛ばすぞ、気を付けろ
!!
 レイジがますますアクセルを踏み込む。時速はすでに一五〇kmをオーバーしていた。
「本気かよー
!!
 爆走するジープの後には、そんなアレクの悲鳴だけが残された。 

「おやっさん、冗談でしょ!?セシャ軍曹がガンダムを奪って逃げたなんて!」
 一方、ヨコハマ基地の第三格納庫には、マルス少尉の悲痛な叫びが響き渡っていた。
「……オレだって冗談だと思いてえやな。だがよ、残念だがこいつは事実だ」
 クルパ中尉の声は、マルスに負けず劣らず苦悩に満ちている。
「……なにか、なにか事情があったんだ。そうだ、ジオンにガンダムが奪われる前に、どこかに避難させたとか……」
「落ち着け、マルス少尉。冷静に見て、そのようなことがあると思うか?」
 レダ大尉の静かで落ち着いた声に、マルスは肩を落とした。信じたくないが、セシャがガンダムに乗って飛び出していったのは、間違いなく事実なのだ。
「大尉。こうなるとジオンの目的は、セシャ軍曹のガンダム強奪の支援だと考えられます。ならば今は、一刻も早くガンダム一号機を追うべきだと思うのですが」
 今まで黙って話を聞いていたイアン准尉が、もっとも合理的な提案をする。その意見に、レダ大尉は黙って頷いた。だが、そこにクルパが口を挟む。
「だがよイアン。一号機は飛んで逃げたんだぜ。ドダイでもねえかぎり、モビルスーツで追うのは……」
 そう、奪われたスカイナイトガンダムは、連邦初の飛行能力を持ったモビルスーツなのだ。通常のモビルスーツでは追っていくことすらできない。
「クルパ中尉。二号機のブースターの調整は終わっているのか?」
 レダに言われ、クルパはようやくスカイナイトガンダム二号機の存在を思い出した。現在一番動揺しているのは、愛弟子ともいえるセシャに予想外の形で裏切られたクルパなのかもしれなかった。
「そうか、二号機!おう、ブースターの調整はばっちり終わっとる。……レダ大尉、頼む。あの娘を止めてやってくれ。きっと、何か魔が差しただけなんじゃ」
 レダは頷くと、二号機に向かって駆け出そうとした。だが、その手をマルスががっちりと捕まえる。
「大尉、ボクに行かせてください!ボクがセシャ軍曹を説得してきます!」
 マルスの瞳は、これまでレダが見たこともないほどの真摯さに満ちていた。
「……マルス少尉。君の気持ちは分かるが、もし説得ができなかった場合、君はセシャ軍曹と戦うことができるのか?」
「それは……」
 マルスは言葉に詰まった。そのようなことは、考えてみたくもない。
「よく考えるのだ、マルス少尉。今日の戦いは君にとって初陣となる。初めての実戦で、見知った相手と戦うことができるのか、君に?」
「……」
 マルスは逡巡した。沈黙が、格納庫内を支配する。
「……やはり、私が二号機で追う」
 レダはそう言ってマルスの手を振り解き、二号機に乗り込もうとした。だが、マルスはその手を離さない。
「……レダ大尉。やっぱり、ボクが行きます」
 レダの瞳が、マルスを捉えた。その顔には、苦悩と、そして決意の意思が映っていた。
「……よかろう。だが、出撃した以上、必ず一号機を取り戻さねばならない。例えその結果、セシャ軍曹がどうなろうとも、だ」
 マルスは、苦悩を振り払うように首を振ると、力強く頷いた。そしてそのまま、二号機のコクピットに駆け込んでいく。
「エリオット・マルス、スカイナイトガンダム、行きます!」
 覚悟を決めたようにそう叫ぶと、マルスはスカイナイトガンダム二号機を起動させた。モニターに灯が点り、やがて空気を震わす駆動音とともに、ガンダムが一歩を踏み出す。
「大尉、我々はどうしましょう?」
 二号機が格納庫を後にしたのを見届けたイアンが、レダに確認した。
「……我々はヤムヤ少佐からの命令通り、外のモビルスーツ部隊を迎え撃つ。私はジムUで出るが、クルパ中尉、ジムキャノンの修理の方は?」
 レダがクルパに確認したのは、イアンのジムキャノンがこの間の模擬戦で中破したからである。
「だめじゃ。なんとかモニターの修理だけは終わらせたが、左腕は使い物にならんし、ビームキャノンのチャージもできとらん。じゃが、マルスのジムUなら修理は終わっとるぞ」
「ならば、そのジムUを借りていこう」
 イアンはそう言うと、マルスのジムUに向かって駆け出した。 

 夜空を舞うスカイナイトガンダム一号機の中で、セシャ・ラルシュ軍曹は震えていた。全て計画通りにいっているというのに、何故だか震えが止まらない。

 セシャは、サイド3で生まれ育った。そして、その時代にサイド3で教育を受けた者の例にもれず、何の疑いもなくザビ家を崇拝し、ギレン・ザビの提唱した優性人類生存説を信じた。
 セシャが十六才の時、一年戦争が勃発した。当時工業高校の一年生だったセシャは、迷うことなく自ら整備兵として志願した。彼女の希望は受け入れられ、彼女は地球降下作戦に伴って地球に降下し、アフリカ方面軍の一部隊に配属された。彼女にとって、その日から終戦までの日々は、人生でもっとも充実した時期だったろう。
 だが、戦争はザビ家の敗北という形で終局を迎えた。ジオン公国はジオン共和国を名乗る裏切り者達の手に渡り、セシャは帰るべき故郷を失った。その事を知った時、彼女はジオン公国と運命を共にし、命を絶とうと思った。だが、彼女の部隊の部隊長が、それを止めた。そして部隊長は、ある意味では死よりも過酷な生を彼女に求めたのである。それは、戦後の混乱に紛れて連邦軍に潜り込み、その内情を逐一ジオンの同志に報告する、というものであった。彼女は迷ったが、結局部隊長の一言が、彼女に決心をさせることになった。
「全ては、ジオン公国再興の日のために」
 地下組織化していたジオンの同志の助けもあり、無事彼女は連邦軍に整備兵として入り込むことに成功した。入り立ての整備兵の身では、連邦の詳しい内情を掴むべくもなかったが、それでも彼女は連邦内の動向からちょっとした噂まで、逐一同志達に報告した。
 一年前、機動試験部隊への転属が決定した時、彼女は正体が見破られたのではないかと危惧した。機動試験部隊が島流し部隊であることは、結成前からすでに噂されていたからだ。転属とは名ばかりで、実は監視下に置かれるのではないかという不安があった。
 だが、機動試験部隊に配属されて一年、そのような兆候は見られなかった。むしろこの一年、彼女は安らぎすら覚えていた。この部隊の隊員達は、士官学校卒業後すぐに配属されたマルス少尉のような例外を除けば、全てこれまでに何らかの問題を起こしてきたはみ出し者である。ゆえに、どこか一般の連邦軍の組織とは浮いたところがあり、その空気が、ジオンのスパイであるという負い目を抱えたセシャには、心地よかったのだ。
 だが、そのことが逆に彼女を不安に陥らせた。連邦に安堵感を覚えるということは、今までの自分に疑問を抱くことである。セシャは、時折ジオン公国やザビ家が間違っていたのではないかと考えている自分に気づくようになった。
(自分が、変わっていってしまう)
 それは、セシャにとって恐怖だった。これ以上この部隊にいたら駄目になるという思いが、彼女を焦らせた。だから彼女は、新型のモビルスーツを強奪するという名目で、機動試験部隊を抜け出すことにしたのだ。幸い、極東地区に勢力を持つジオンの残党部隊、通称“ジオン蒼龍会”は、彼女のガンダム強奪を支援することを約束してくれた。
 そして今日、ガンダムが基地に届いたその日に、彼女は機動試験部隊を逃げ出してきたのだ。
「……そう、これでいい。これでいいはずなのに、何で……」
 彼女は理由も知れず目から溢れる涙を、そっと拭った。 

 レダ大尉とイアン准尉の駆るジムUが格納庫を後にしたのと入れ替わるように、一台の軍用ジープが、猛スピードで第三格納庫に滑り込んできた。
「くぉらー!何処のバカだ、全速で格納庫に突っ込んできたやつぁっ!」
 急ブレーキをかけてなんとか壁面との激突を避けたジープに、クルパが怒鳴る。
「うっひゃー、危ねえ、危ねえ」
 そのジープから姿を現したのは、当然レイジ・オハラ軍曹である。
「し、死ぬ……、マジで死ぬかと思った……」
 続いて、アレクサンドル・ボルジア軍曹も助手席から、蒼ざめふらつきながらも降りてきた。
「なんじゃ、お前らは!どこの所属のバカもんだ!」
 怒鳴られてようやくクルパの存在に気づいたアレクが、敬礼の姿勢をとり、レイジも慌ててそれに倣う。
「すみません!明日付けで極東方面軍機動試験部隊に配属されることになりました、アレクサンドル・ボルジア軍曹であります!」
「同じく、レイジ・オハラ軍曹!」
 一応形式に則って名乗った後で、レイジはすぐにクルパに詰め寄った。
「それよりじいさん、今基地の状況はどうなってんだ
!?ジオンに襲われてんだろ?出撃するのがジム二機だけで平気なのかよ!?
「誰がじいさんじゃい、この阿呆が!わしはこうみえても中尉じゃぞ。少しは礼儀をわきまえんか、この小僧!」
 だが、レイジは大人しくクルパの説教など聴いていなかった。
「お、まだジムキャノンが残ってんじゃねえか。じいさん、こいつ借りてくぜ!この非常時に、モビルスーツを格納庫の肥やしにしてるって法はないだろ?」
 そう言うが早いか、すでにレイジはジムキャノンのコクピットに向かっている。
「またんか、小僧!そのジムぁ修理中じゃい。それに、ビームキャノンのチャージもまだ……」
「大丈夫、動きゃあなんとかなるって。それにオレ、射撃は苦手だから、ビームキャノンなんか使やぁしねえよ」
 すでにジムキャノンのコクピットに収まったレイジはそうクルパに答えると、ジムキャノンを起動させた。
「レイジ・オハラ、ジムキャノン、行くぜ!」
 そして、レイジのジムキャノンは、先に出撃していった二機のジムUを追うように格納庫を後にした。
「……また問題児が入ってきおったわい」
 半ば呆れ果てたという口調でクルパが溜息を吐いた時。
「あの〜」
 存在を忘れ去られていたアレクが、恐々と声をかけた。
「なんじゃ、まだお前さんはおったのか」
 思い出したようにクルパがアレクのほうを振り返る。
「ええっと、やっぱおれも、出撃した方がいいっすかねえ?」
「当然じゃ、といいたいとこだがなあ、モビルスーツがもう残ってねえからなあ」
 クルパはちょっとだけ考え込んだが,すぐに底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「じゃが安心せえ。まだ一台だけ、
61式戦車が残っとる」 

9 

「……この連邦の反応の鈍さ、妙といえば妙」
 ヨコハマ基地に強襲をかけたジオン蒼龍会の指揮官マサミツ・ツルギ中尉は、愛機イフリートのコクピット内で一人呟いていた。
 すでに、連邦の新型モビルスーツが遥か天空に飛翔していったのは確認している。その際に発せられた信号電波から判断して、セシャ・ラルシュ軍曹が乗っていたのは間違いない。今回のヨコハマ基地強襲の目的は、あくまでセシャ軍曹の新型強奪を支援することにあるのだから、既に任務は完了したといっていい。
 だが、未だに連邦の動きが見られないことが、マサミツを逆に疑心暗鬼に陥らせていた。連邦が何か罠を仕掛けているのではないかという疑惑が渦巻く。
「だが、ともかくも、このまま退くは芸無きこと」
 マサミツは連邦が何か仕掛けてくるまで、攻撃を続けることにした。
「兄上!」
 と、前方のMS‐07B3グフ・カスタムに搭乗している実弟のセイガからの通信が、イフリートのコクピットに飛び込んで来た。「どうした、セイガ?」
「もう一機の新型が、格納庫から出てきました。恐らく、セシャ軍曹を追う気だと思われます。どうしましょう?」
 マサミツはわずかに眉をしかめた。飛行能力を持つという連邦の新型の特性を考えれば、この場合自分に確認をとることなく、即座に攻撃に移るべきだったのだ。モビルスーツに飛ばれてしまってからでは遅すぎる。
「……セイガ、そのモビルスーツは放っておけ。今更追ったところで、先行したセシャ軍曹に追いつくは不可能。それよりも、続き出撃してくるモビルスーツに気を付けよ」
「は、はい!」
 やや頼りなげな返事とともに、通信は打ち切られた。
(セイガ……パイロットとしては良い素質を持っているのだが、わたしに依存しすぎるその性質こそが難か……)
 もっとも、今日が初陣となるセイガに、いきなり成果を求めるのは酷かもしれない、とも思う。
「……来たか」
 マサミツの思考は、二機のジムUが基地から出撃してきたことを確認したことで断ち切られた。即座に気持ちを切り替え、イフリートの両手に装備されたヒートブレードを構えさせる。
「参る!」
 こうしてジオン蒼龍会と機動試験部隊との戦闘の口火が、切って落とされた。 

10

 セシャの乗るスカイナイトガンダム一号機を追って星の瞬く夜空を飛行しながら、マルス少尉は混沌とする思考を、必死にまとめようとしていた。
 ……まず、セシャ軍曹に追いついたらどうすればいいのか?当然、まずは説得だろう。あのセシャ軍曹が、これほどのことをやるに至った事情はマルスには分からない。何か、止むに止まれぬ事情があったのだろう。だが、誠意をもって説得すれば、セシャ軍曹もきっと分かってくれるはずだ。
 ……だがもし、彼女が説得に応じてくれなかったら?その場合は、なんとか一号機を取り押さえねばならない。まずは一号機の武器を破壊して、戦闘能力を奪うこと。だが、実戦は今日が初めての自分に、そんな高度な芸当ができるだろうか?それよりも、頭部を潰してセンサー系を封じる方が効果的かもしれない。いや、それよりもブースターを破壊して機動力を削いだ方がいいだろうか?だがもしそんなことをして一号機が墜落するようなことになったら……
 マルスは強く頭を左右に振って、どんどん悪い方向に流れていく妄想を振り払った。もっと楽観的に考えてもいいはずだ。セシャ軍曹はきっと分かってくれる。……でも、万一の時は……
 思考の悪循環から抜け出せないうちに、二号機のセンサーは前方を行く一号機の機影を捉えていた。 

 一方、一号機のセンサーも当然二号機を捉えていた。
「二号機
!?どうして!?
 セシャが驚愕の声を漏らしたのは、二号機が追ってきたことが意外だったからではない。追跡があるであろうことは、当初から予想していたことだ。だが、同じ性能の機体である以上、こちらが最高速で飛んでいれば追いつかれる心配はないと考えていたのだ。
 それが、追いつかれた。整備不良ということはあり得ない。なにしろ、一号機のブースターはセシャ自ら整備したのだから。
 では、なぜ?セシャはスピードメーターに目をやり、そして声にならない悲鳴を上げた。限界速度の
70%しかスピードが出ていない。これでは、二号機を振り切れるはずがなかった。
 唐突に、セシャの脳裏に今日の夕方の出来事が浮かび上がってくる。
 今日の夕刻、通信班のサリア・ロフォウ准尉が格納庫にやってきたのだ。そして、スカイナイトガンダムの通信機器の調整と確認をしたいと言って、一号機・二号機それぞれのコクピットに潜り込んで何か作業を行い、帰っていった。その時は、気にも留めなかったのだが……
「見抜かれていたんだ……」
 セシャは、目の前が真っ暗になるのを感じた。サリア准尉は、元諜報部員である。きっとなんらかの方法で、今回の計画を嗅ぎ付けたに違いない。そして、いざという時のために機体に細工を施していったのだ。整備を続けていたセシャすらも気づかないほど巧妙に。
「セシャ軍曹!」
 絶望に思考の停止しかけたセシャの耳に、マルス少尉からの通信が飛び込んで来た。 

11

 レダ大尉の駆るジムUの持つビームライフルから放たれた光条が、蒼龍会の青く塗装されたザクUの脚部を貫く。
 次の瞬間には、レダは背後から忍び寄っていたグフのヒートロッドを右に飛んでかわしていた。そして、素早く態勢を整えると、そのグフに向かって頭部バルカンを連射する。バルカンは狙い違わずグフのモノアイを潰していた。たまらずそのグフは後退をかける。
 レダはそのグフをそれ以上深追いすることなく、今度はビームサーベルを抜き放ち、目の前に迫ってきたグフ・カスタムに切りかかった。そのグフ・カスタムのパイロットは、セイガ・ツルギ曹長である。
「う、うわあああっ!」
 初の実戦の恐怖に圧倒されそうになりながらも、セイガは反射的にシールドでその攻撃を受けていた。ここで無様な戦いをして、兄に迷惑をかけるわけにはいかない。その思いだけが、セイガを支えていた。

 一方、イアン准尉も黙々と戦い続けていた。基地へ攻撃を仕掛けているモビルスーツはレダ大尉に任せ、イアンは敵の指揮官機を狙うことにしていたのだ。
 そんなイアンの前に、二機の青いザクが立ちはだかったが、旧式のザクでは、イアンのジムUの動きを捉え、さらにその動きに反応することは不可能だった。
 イアンはジムUを跳躍させると、上空からビームライフルを連射した。そのうちの一発が、一機のザクに命中する。そのザクは脇腹を吹き飛ばされた上、直撃を食らった衝撃で転倒した。
 続いてイアンは、僚機がやられ動揺したもう一機のザクの目前に着地する。そして、慌ててヒートホークを振りかぶったザクの頭部を、素早くビームライフルで吹き飛ばした。態勢を崩したザクの横を、イアンは構わず通り抜ける。
 そこには、一機の青いモビルスーツが、悠然と佇んでいた。グフにヘルメットをかぶせたような頭部を持つその機体は、イアンの知らないものだった。
「機体照合……
MS−08TXイフリート、ジオンの試作型陸戦用モビルスーツか……。勝てん相手じゃないな」
 そのイフリートのコクピットでは、蒼龍会を率いる若き指揮官マサミツ・ツルギ中尉が、満足そうな笑みを浮かべていた。
「このように良き敵と巡り会えしことこそ天佑。待った甲斐があろうというものだ。いざ尋常に勝負!」
 飛び道具を嫌うマサミツの駆るイフリートの武装は、二振りのヒートブレードのみだ。その二刀流の攻撃が、イアンのジムU向けて、繰り出された。 

 レダの鋭い攻撃の前に、セイガは防戦一方となっていた。すでに、ガトリング砲を内蔵したシールドは破壊されてしまっている。もはや、後退しつつ攻撃をさけるしかなかった。
「なかなかいい素質は持っているようだが……まだまだ私の敵ではない!」
 レダは勝負を決するべく、一気に間合いを詰めようとした。が、
「カハッ
!!
 激しい目眩と悪寒が体中を駆け抜け、次の瞬間には、レダは肺の全ての空気を吐き出すかのような咳をしていた。
「く……、こんな時に発作がくるとは……」
 反射的に口を押さえた手は、鮮血で赤く染まっていた。視界が二重三重にぼやけ、気を抜くと意識が遠のきそうになる。
「と、止まった?」
 相対していたセイガが、ジムUの異常に気づく。中途半端に一歩踏み込んだきり、動きを停止したのだ。
「フェイクか?それともマシントラブル?」
 セイガは慎重に、左腕に装備された三連ガトリングをジムUに向けて発射した。威嚇のつもりだったのだが、予想外にもジムUは、まともにその攻撃を受けた。
「く、このままでは……」
 レダは必死で気力を奮い起こし、トリガーに手をかけた。その頃には、ジムUの異常を察したのだろう、先程モノアイを潰され後退していたグフも、再び接近してきている。
「なめてもらっては困る!」
 レダは気力を爆発させるようにそう叫んだ。目の焦点が合わず、照準をセットできない。だが、長年の経験の中で培ったレダのパイロットとしての勘が、ビームライフル発射のタイミングをレダに教えてくれた。
 ビームライフルが火を吹く。次の瞬間には、無防備に接近してきていたグフがコクピットを貫かれ、轟音と共に地に伏していた。
 しかしその間に、ヒートサーベルを大きく振りかぶったセイガのグフ・カスタムが迫ってきていた。
「うわあああっ
!!
 マサミツが見れば舌打ちしたくなるであろう無謀な突撃だ。だが、発作が治まっていないレダには、反応しきれなかった。
「やられる、だと
!?
 レダが気づいた時には、ヒートサーベルはすでにジムUの頭部を直撃していた。モニターがブラックアウトし、警告音がコクピット内に響き渡る。
「やった!」
 セイガはそのまま、ジムUを真っ二つに両断しようとした。勝ちに逸ったセイガは、接近するモビルスーツの存在に気づかなかった。 次の瞬間、激震がセイガを襲った。
 レイジ軍曹のジムキャノンが、グフ・カスタムにショルダータックルを仕掛けたのである。
「な
!?
 何とか転倒だけは避けたものの、セイガのグフ・カスタムは大きく姿勢を崩してしまった。
「やったぜ!ジオンめ、ざまあみやがれってんだ
!!
 一方、いち早く姿勢を回復させたジムキャノンのコクピットで、レイジは拳を振り上げていた。
「おっしゃあ!とどめ、行くぜ
!!
 そのままトリガーに手を伸ばしたレイジは、ふと気づいた。確か、ビームキャノンはチャージされていないと言っていた。とすると……
「ええーい、武器はないのか、武器は
!?
 レイジは苛立たしげに武器のデータを呼び出した。
「ビームキャノン、バルカンは弾切れ、と。……って、他に武器はないのか
!?
 レイジは思わず目を擦ったが、何度見ても他に装備中の武器は無い。
「嘘だろ、普通ビームサーベルぐらい付いてるもんだぜ
!?
 一方、レイジが武器の検索を始めたおかげで、セイガは態勢を整え直すことができた。コクピットの中で荒い息を吐きながら、セイガは半ば興奮状態で、グフ・カスタムにヒートサーベルを構え直させた。
「はあ、はあ……、お前もやってやる、やってやるぞぉ
!!
 そう叫ぶと、セイガは機体をジムキャノン目掛け突進させた。その姿を目の当たりにして、レイジの焦りも最高潮に達する。
「ちくしょう、武器が無きゃ戦えねえだろ!何か武器の代わりになるものはないのかよ
!?
 レイジはもう一度武器リストに目をやった。そして、あることに気付く。
「これでどうだぁっ
!!
 ジムキャノンは両腕で自らの右肩のキャノン砲を掴むと、全力でそれを引き抜いた。そしてそのまま、ビームキャノンを棍棒のように構える。
 次の瞬間、サーベルを構えて突撃してきたセイガのグフ・カスタムと、キャノン砲を両腕で構えるジムキャノンが激突した。 

 イアンのジムUとマサミツのイフリートは、一進一退の攻防を繰り広げていた。白兵戦では二刀流の相手に敵わないと見たイアンは何とか間合いを取ってビームライフルで攻撃しているのだが、マサミツはことごとくその攻撃を回避し、間合いを詰めてくる。
 接近しては離れ、離れては接近しながら戦いを続けている内、イアンはようやく自分が罠にはめられたことに気付いた。
「何ぃ!?」
 いつのまにか背後に、先程頭部を潰したザクが回りこんでいたのだ。イアンは、イフリートとそのザクに挟み込まれる形になっていた。
「ザクの頭を潰したことで戦闘不能にした気でいたとは、俺らしくもない失敗だったな」
 どうも、敵の指揮官を潰すことにこだわり過ぎていたらしい。イアンは自分のうかつさを呪った。
「真の戦士とは常に戦局全体を読んで戦うもの。目先の戦に心奪われたは貴君の落ち度。覚悟を決めるがいい」
 マサミツは、剣舞を舞うような動作でイフリートの両腕のヒートブレードを交差させた。決着をつけるための必殺の構えだ。背後のザクもマシンガンを構え、ジムUの逃げ場を奪う。
「さて……どうするか?」
 イアンはわずかな思考時間の後、もっとも助かる確率の高いと思われる脱出方法を取ることにした。
「何と
!?
 そのジムUの動きは、マサミツには予想外のものだった。イアンのジムUはイフリートに背を向けると、マシンガンを構えるザク目掛け駆け出したのである。
 もっともイアンとしては当然の行動だった。挟撃から逃れるには、どちらか一方の側を、迅速に突破するしかない。そして、突破するなら当然、より弱い方をこそ狙うべきなのだ。
 ジムUはビームサーベルを抜き放ち、目前のザクに切りかかった。モニターの破壊されたザクに、回避のできようはずはない。ザクはマシンガンを持つ左腕を切り落とされ、よろめいて数歩後ずさった。
 その脇を、イアンのジムUが走り抜けようとする。だが、
「甘い!」
 既にその時には、背後にマサミツのイフリートが迫ってきていた。
「ぐっ!」
 イアンは思わず目を閉じて最期の時に備えていた。そして、響く爆発音。だが、不思議なことにコクピットに衝撃はなかった。
「……
!?
 モニターに目をやったイアンが見たのは、肩から煙を吹いてのけぞっているイフリートの姿だった。
「ム……、どういうことだ?」
 そしてイアンはようやく、ずっと後方にいる
61式戦車の存在に気付いた。
 その
61式戦車の内部では、アレクサンドル軍曹が、初めての実戦を前に軽い興奮状態の中にいた。
「はは……、今の攻撃、当たっちゃったよ。すげー、あれ、イフリートって奴じゃん。もしかしておれって、射撃の天才?」
 その頃、当の
61式戦車の砲撃をまともに受けてしまったマサミツは、苦笑を堪え切れずにいた。
「私もまた、戦局を読みきれていなかったということか。これは、我が驕りへの天罰と心得るとしよう」
 そして、マサミツは決心した。
「総員、撤退せよ。我ら既に、任務は達成せり!」
「逃げる?させんぞ!」
 撤退の動きを見せたイフリートに、落ち着きを取り戻したイアンのジムUが発砲した。だがマサミツは、なんなくその攻撃をかわす。
「聞け、連邦のパイロット。我が名はマサミツ・ツルギ、ジオン蒼龍会の棟梁たる者だ。今日は良き戦いに巡り会え、僥倖であった。運命の導きあらば、また戦場で合間見えよう。決着はその時に着けさせてもらう!」
 マサミツからの通信をキャッチしたイアンは、舌打ちすると追跡を断念した。これほどの被害を受けながらなおもあれだけの冷静さを保っていられる相手だ。追撃して勝てる相手ではない、と判断したのである。
 動きを止めたイアンのジムUの脇を、頭部と左腕を失ったザクが退却していく。せめてこのザクだけでも潰しておこうかと考えたイアンだったが、それも未遂に終わった。既にビームライフルが弾切れを起こしていたのである。 

 マサミツからの通信を受けたセイガは、右脚でジムキャノンを思いっきり蹴りつけた。。すでに最初の激突で両機とも武器を失っており、その後は不毛なモビルスーツ同士の殴り合いに変じている。蹴られたジムキャノンがよろけて少し間合いが離れたのを確認すると、セイガはグフ・カスタムを全速で後退させた。殴り合いのせいであちこちから煙を吹いているジムキャノンに、それを追いかけるだけの余力は残っていなかった。
 その様子を見ていたレダが、コクピットの中で溜息を吐く。
「……鮮やかな引き際だな。なかなかできるものではない。ジオン蒼龍会……噂以上の相手かもしれん」
 レダはハッチを開き、夜風に身を晒した。発作後の火照った体に、冷たい夜風が心地よい。そのレダの切れ長の目に、無残な姿を晒すジムキャノンが映った。
「まさか、ビームキャノンを引き抜いて棍棒代わりにするとは……。フッ、無謀なパイロットもいたものだ」
 そう呟いたレダはまだ、大破したジムキャノンに乗っているのが、自分の部下になるレイジ軍曹であることを知らない。
 レダは一つ大きく息を吐くと、二機のガンダムが消えていった空に目を向けた。
「マルス……。無茶をしていなければよいが」
 そう呟いて見上げた空には、満面に星の輝きが満ちていた。

12

「セシャ軍曹、どうして……」
 スカイナイトガンダム一号機に、マルス少尉の沈痛な声が届いてくる。セシャは覚悟を決めて一号機の速度を落とし、二号機と向かい合わせた。
「追ってきたんですね、マルス少尉。……で、私をどうする気なんです?殺しますか?」
 淡々としたセシャの言葉に、マルスは胸を締め付けられるような息苦しさを覚えた。
「そんなこと、できるわけないじゃないか。ボクはただ、セシャ軍曹を連れ戻したくて……」
「連れ戻して、軍法会議にかけるんですか?」
「そんなこと……」
 セシャは深く息を吐いた。マルス少尉は純粋すぎる。羨ましいくらいに。
「例え少尉にその気がなくても、ガンダムを奪った私がのこのこ戻ったところで、許してもらえるとは思えません」
「そんな
!?だって、セシャ軍曹には何か止むに止まれぬ事情があったんでしょ?その事情を説明すれば、きっと……」
 セシャは悲しくなってきた。マルスの純粋さは、今のセシャにはまぶしすぎる。
「私は、ジオン軍人です」
 ついにセシャは、決定的な一言を口にした。これまでなるべく考えないようにしていた一言を耳にし、マルスの体が凍りつく。
「私はジオン軍人なんです、マルス少尉。これまでも、スパイ活動をしていました。だからもう、連邦には戻れません」
 そのセシャの言葉は、マルスには届いてこなかった。『私はジオン軍人です』その言葉だけが頭の中を駆け巡る。思考が止まり、何も考えることができない、考えたくない。
「でも、だけど、それでもセシャ……」
 自分が何をしたいのかすら分からぬまま、マルスは二号機を一号機に近づけていった。
「来ないで!」
 セシャは反射的に右腕に持つガトリングガンを二号機に向けていた。二号機の動きが止まる。
「セシャ……」
「お願いです、マルス少尉。そのまま帰って下さい。でないと、私、あなたを撃ちます」
 セシャの細い指が、トリガーにかけられる。その指に震えが走るのを、セシャは他人事のように感じていた。
「セシャ。どうして、どうしてこんなことになっちゃったのさ……」
 マルスは無意識の内に、再び二号機を一号機に向けて動かしていた。それでも、実戦訓練の中で鍛えたマルスのパイロットとしての一部分が、二号機にヒートランサーを構えさせることを忘れていない。
「来ないでって、言ったじゃないですか!」
 その動きを見て、セシャは叫んだ。そして、震える指に全力を込めてトリガーを弾く。
「え
!?
 セシャは混乱した。トリガーを弾いてもガトリングガンが発射されない。そればかりか、突然全てのモニターがブラックアウトしたのだ。

(そうか、サリア准尉のトラップ……一つだけじゃなかったんだ……)
 セシャは、瞬間的に全ての事実を悟っていた。
「セシャ軍曹、なんで、なんで―っ
!!
 だが、マルスにはそんな事情は分からない。ガトリングガンを向けられた瞬間に目覚めたマルスの中の戦士の部分が、マルスの体を突き動かしていた。二号機はヒートランサーを構え、一号機に突進していった。
 モニターの機能が停止した一号機に、そんな二号機の動きは分からない。当然、かわすことなどできなかった。
 そして。
 二号機のヒートランサーは、マルス自身を戦慄させるほど見事に、一号機のコクピットを貫いていた。
(マルス少尉。私、間違ってたのかな……)
 その、言葉にならなかった思考が、セシャ・ラルシュ軍曹の、最期の記憶の断片となった。 

13

 四月一日。
 地球連邦軍ヨコハマ基地のミーティングルームで、極東方面軍機動試験部隊の入隊式が、ささやかに営まれた。
 この日を以って、レイジ・オハラ軍曹とアレクサンドル・ボルジア軍曹は、正式に部隊の一員として迎えられたのである。
 そして、入隊式が終わるや否や、レイジ軍曹は、懲罰房に放りこまれた。
「何故ですかー
!?なんでオレが懲罰房入りなんですかー!?
「無断でモビルスーツを持ち出しおった上に、そのモビルスーツを大破。おまけに相手には逃げられとる。独房入りは当然じゃわい、このど阿呆が!」
 レイジを独房に押し込めた整備班長のクルパ・ジェンド中尉が、怒鳴りつける。
「勝手に出撃したのは、アレク軍曹も同じじゃないですかー!なんでオレだけ―
!?
「オレはちゃんとクルパ中尉の許可をもらってから出撃してるから、特例なんだってさ。それに、レイジみたいに機体壊してないしね。そういうことっすよね、中尉?」
「……仕方あるまい。おぬしにはわし自ら許可を出してしまったんじゃからな」
 隣に立つアレクの問いに、クルパが頷く。
「……てことだからレイジ、がんばれよ」
「……心配せんでも、ちゃんと一日二回は食事を出してやるわい」
 無責任に言い残し、クルパとアレクは懲罰房を後にした。その後には、
「何故ですかー
!!
 というレイジの絶叫だけが、いつまでも響き渡っていた。 

「……今回の戦いで、確認されただけでも連邦側七名、ジオン側一名の死者が出ています。セシャ・ラルシュ軍曹を含め、合計で最低九名、命を落としたことになります」
「それは、悲しいことですねえ」
 サリア・ロフォウ准尉の報告を、クチュト・ヤムヤ少佐は書類の束に目を通しながら聞いていた。いかにも片手間といったその態度に、サリア准尉の暗い表情に、わずかだが剣呑な光が宿る。
「……その気になれば、避けることができた犠牲です」
「ロフォウ准尉」
 ヤムヤはようやく書類から目を外し、視線をサリアに向けた。
「ガンダムは二機とも無事。スパイはいなくなった。我が隊に死傷者は無し。万事うまくいったじゃないですか。あなただって、こうなることを見越してガンダムに仕掛けをしておいたんでしょう?」
 確かに、ジオンの手にガンダムが渡る最悪の事態を防ぐために、サリアはスカイナイトガンダムにいくつかの仕掛けをしておいた。ブースターの出力を押さえたのを始め、トリガーやサブウインドウにも多少の仕掛けをしておいたのだ。その全部が役に立ったわけではなかったが。だが、それはあくまで最悪の事態を想定してのことだ。最悪の事態に至る前に阻止できれば、それに越したことはない。
「……今回の件、私は納得できません。そのこと、覚えておいてください」
 サリアは小さな、しかしどこか恐怖を誘う声でそう言い残し、一礼もせずにヤムヤの執務室を後にした。 

 一方その頃、マルス少尉の部屋にはレダ大尉が訪ねてきていた。
 マルスは暗く沈んだ表情のまま、ベットに腰を下ろしている。今日の入隊式の最中も、ずっとそんな様子だった。
「マルス少尉。やはり、大分堪えたようだな、セシャ・ラルシュ軍曹のことが」
 レダの整った貴公子のような表情からは、何も読み取ることはできない。だがマルスはレダの声音に、自分に対する思いやりを痛いほど感じていた。やがてマルスは、絞り出すように声を出した。
「……ボクには、分からなくなりました。何のために戦えばいいのか」
 実際、マルスは悩んでいた。なぜ自分はセシャ軍曹を殺してしまったのだろう。結局自分は、セシャ軍曹のことより任務の方を、自分の立場を優先させていたにすぎないのではないだろうか。なぜなら、本当にセシャ軍曹を助けたいならば、あの場でセシャ軍曹をあえて逃がしてやるという手もあったのだから。
「マルス少尉」
 そんなマルスの悩みを見抜いたかのように、レダ軍曹が口を開いた。
「……戦いには、確たる信念が必要だ。理想、と置き換えてもいい。人はその信念のために戦うべきだと、私は思う。セシャ軍曹は、その信念に基づき戦い、そして死んでいった。悲しむべきことだが、お前がその死に責任を感じる必要はない」
「……でも、ボクには信念なんてなかった。何のために戦うかも分からないまま戦って、そしてセシャを……」
 後は、言葉にならなかった。マルスの嗚咽が、部屋に響く。
「ならば、これからはもう二度と、セシャ軍曹のように苦しむ人間を出さないために戦え。それを以って信念としろ。いつか自分の本当の信念が見つかるまでは」
「本当の,信念……」
 マルスは顔を上げた。その目が、レダの深い藍色の瞳とぶつかる。
「だが、これだけは覚えておけ。信念を貫き通すためには、犠牲を恐れぬ覚悟が必要だ。もし何者かがその信念の前に立ちはだかったなら、それが例えよく見知った人間だとしても、そう、例えその相手が私だとしても、打ち倒して突き進んでいく覚悟。今後君が戦い続けることができるかどうかは、その覚悟を持てるかどうかにかかっている」
 マルスは再び顔を伏せた。そんなことが、自分にできるだろうか。そもそも、そこまでして貫き通さねばならない信念を、自分は見つけることができるだろうか。
「……大尉には、そんな、全てを犠牲にしてでも貫き通したい信念があるのですか?」
 マルスの問いに、レダははっきりと頷いた。
「じゃあ、大尉の信念って……」
「マルス少尉。信念とは言葉にして人に語るべきものではない。その瞬間に信念は形骸化し、ただの上辺だけの言葉に変わってしまうからだ。信念とは、己の胸の内で燃え続ける、いくら消そうとしても決して消せぬ炎」
「己の内で燃え続ける、決して消せぬ炎……」
 自分にとっての炎はなんだろう。レダ大尉にとっての炎は?そして、セシャの心にはどんな炎が渦巻いていたのだろう。
「……だがもし、本当に戦いに嫌気がさしたなら、軍を辞めるのもいい。それもまた、信念に基づく道の一つだ。よく考えてみろ」
 そう言い残して、レダ大尉はマルスの部屋を後にした。
「何のために戦うのか、か……」
 確かにレダ大尉の言う通り、戦いを止めてしまうのも一つの道だ。だがそれでは、本当にセシャ軍曹の死を無駄にしてしまう気がした。
「まだ、まだ答えは見出せそうにないけど、でもボクは……」
 マルスはゆっくりと立ち上がり、天井を仰いだ。答えは、すぐに出す必要はないのだ。ゆっくりと考え、いつか必ず見つけてみよう、自分の内に燃え続ける炎を。