3.混戦

 地球連邦軍月面方面軍は難しい選択を迫られていた。
 本来、ジオンの残党勢力がマスドライバー施設を占拠しただけなら、月面駐留の連邦軍を動かす必要性はないのだ。今やジオンの残党狩りはティターンズの管轄だし、マスドライバーは中立施設である以上、警備対象にも入っていない。仮にマスドライバーからジオンの機動兵器が打ち出され、ジャブローを攻撃することになったとしても、それはティターンズの失態であるし、いつまでもジャブローの穴蔵に引っ込んでいる参謀本部の人間は少しくらい痛い目を見た方がいいとすら思ってしまうのが宇宙軍全体に流れる空気だ。
 だが、先日ジオンの残党が月面で核兵器を使用したことで、ジオンが核を保有している可能性が濃厚になってしまった。仮にマスドライバーから打ち出される兵器に核が搭載されていた場合、事はティターンズに責任を押しつけて済む問題ではなくなってしまう。2年前のデラーズ・フリートによる観艦式襲撃以来、連邦軍は核に対して過剰なまでの警戒感を抱くようになっていた。
 結果として、月面方面軍としては総力を挙げてレッドファントムを迎え撃つしかなくなったのだが、もう一方で、これが陽動であったらという懸念がある。もしレッドファントムの目的がマスドライバーの制圧ではなく月面都市の制圧であった場合、全軍を動かして各月面都市の警備を手薄にしてしまうことには不安がある。その不安を増長させているのは、未だ姿を見せないレッドファントム主力艦隊の存在だ。情報部の掴んだ情報通りなら、レッドファントムはそれほど大規模な勢力ではないが、それでも最低3隻の艦艇を所有していることが分かっている。やりようによっては、月面都市を占拠するに足る戦力だ。それに、もしレッドファントムがまだ核を所有しているとしたら、威力の低いものでも月面都市1つを吹き飛ばすくらいのことは容易に出来る。
 そんな上層部の迷いが、パトロール部隊までもマスドライバーへ回す一方、各月面都市の駐留部隊を温存するというチグハグな対応を生んでいるのは、間違いなかった。
 そういう意味では、連邦の対応を鈍らせ、レッドファントムの作戦を有利に進ませている最大の功労者は、核を使用してみせたジオン蒼龍会残党のブルーシャドウであるといっても良かった。
 もっとも、当のブルーシャドウにそんな意図は全くなかったのだが。
『はははっ、兄さんを直接殺したのはそこのガルバルディだよね? お前は楽には死なせないよっ!』
 核兵器を使った張本人であるセイガ・ツルギは、兄の仇を前に愉悦に顔を歪めていた。セイガの駆るケンプファーのショットガンが、イアンの乗るガルバルディβ目掛け放たれる。
「くっ!」
 銃弾が広範囲に拡散するショットガンは、回避が難しい。イアンはシールドでショットガンの弾丸を受け止めるが、動きの止まったガルバルディβに、今度は周囲に展開していた蒼いリックドムがバズーカを発射する。
「イアン准尉!」
 マルスの駆るスカイナイトガンダムの頭部バルカンが火を吹き、バズーカ弾を撃ち落とした。その隙に、イアンはケンプファーとの間合いを取る。
「無事か、イアン准尉?」
「ああ。だが、このままでは先に進めん」
 蒼龍会側はケンプファー1機にリックドムが4機。しかもスカイナイトガンダムとガルバルディβを包囲するフォーメーションで展開している。この包囲を突破するのは容易ではない。
『先のことを心配する必要はないんだよ。お前達は、今日ここで死ぬんだからーっ!』
 ケンプファーがシュツルムファウストを射出し、同時に4期のリックドムがジャイアントバズを撃ち放つ。咄嗟にスカイナイトガンダムは高い推力を活かしてクレーターから飛び上がり回避する。そして、同時にガトリングガンをばらまいてバズーカ弾を迎撃していった。
 ガルバルディβもシールドミサイルでシュツルムファウストを撃ち落していく。だがそれでも、弾幕をすり抜けたバズーカ弾が、ガルバルディβの背後に着弾し、爆発を引き起こした。衝撃で、ガルバルディは前のめりに倒れ込んでしまう。
『もらったーっ!』
 ショットガンを投げ捨て、腰部にマウントしていたチェーンマインを構えたケンプファーが、倒れたガルバルディβに迫る。
「イアン准尉、危ない!」
 イアンの加勢に向かおうとするマルスだったが、その前にリックドム部隊が立ちはだかり、その進路を塞いだ。
『これで終わりだ! 兄さんの仇ーっ!』
 ケンプファーがチェーンマインを振り上げたその時。どこからか飛来したビーム光が、チェーンマインを構えるケンプファーの右腕を射抜いた。
『なにぃっ!?』
 右腕を破壊されたケンプファーが、反射的に飛び退く。同時に、高速で飛来してきたMSが、リックドムの1機の懐に飛び込み、至近距離からビームスプレーガンを放った。そして、腹部に穴の空いたリックドムがクレーターに落下する頃には、そのMSはもう後退をかけている。
「い、今のは!?」
 慌ててセンサーに目を走らせたマルスは、3機のジムタイプのMSがこの戦場に接近していたことに気づいた。先程見事な一撃離脱戦法を見せたのはジム・インターセプトカスタムと呼ばれる、迎撃用カスタム機だ。そして、その背後で銃身の長いビームライフルを構えるのはジム・スナイパーカスタム。おそらくこの機体が、ケンプファーの右腕を射抜いたのだろう。もう1機は巨大なシールドを装備したジム・ガードカスタム。3機とも、識別信号は連邦宇宙軍の月面基地所属となっている。
「連邦が、私たちを助けてくれた……?」
 状況が飲み込めず、マルスが放心したように呟く。連邦軍から見ればマルス達は離反者であり、レッドファントム共々討伐対象になっていてもおかしくない身なのだ。その連邦軍がマルス達を助けたという現状がうまく把握できない。
『聞こえるか、ガンダムタイプのパイロット。こちらは地球連邦軍月面駐留部隊・第8パトロール小隊、シャルル・レーテ中尉だ。貴公らに加勢する』
 マルスの疑問に答えるように、連邦軍の一般通信回線で、スナイパーカスタムのパイロットからの声が届く。
「助勢は感謝する。だが、私たちは……」
 マルスが自分達の立場をどう説明しようか迷っていると、シャルル中尉が先に言葉を継いだ。
『我々はジオン残党からマスドライバーを奪還する任を受けている。君達がジオン残党部隊と敵対しているのなら、少なくとも我々の敵ではないと判断した。登録は抹消されているが、一応連邦の識別信号も出ているしな』
「……ありがとうございます」
 マルスは素直に礼を述べた。彼らは、素性の不明なマルス達を見逃してくれると言っているのだ。ここは、好意に甘えるしかない。
「マルス中尉! お前は先にレダ大尉の下へ迎え! ここは、俺が連邦軍の部隊と協力してなんとかする」
 機体を立ち上がらせたイアンが叫ぶ。
「……すまない、イアン准尉。後は任せる!」
 マルスはスカイナイトガンダムのバーニアを全開で吹かし、宙高く飛び上がると、主戦場となっているマスドライバー方面へ機体を加速させていった。

「くっ、あの巨大MSをどうにかしないと、マスドライバーが破壊されかねん」
 ソーク・レダ大尉は苦々しげに、黒い巨大MS――タイタンを睨み付けた。連邦はマスドライバー本体には手を出さないという目算が、あの機体の登場で完全に覆された形だ。
『レダ大尉! クルス・ジールのメガ粒子砲なら、あのサイズのMSでも吹き飛ばせます!』
 マスドライバーのカタパルトに固定されたクルス・ジールに乗るブランド・キス伍長からの通信に、しかしレダは頭を横に振った。
「駄目だ。射出までの時間を考えれば、メガ粒子砲を使ったクルス・ジールを再固定している時間はない。A計画そのものを無駄にするわけにはいかん」
『でもっ!』
「あの黒い巨人の相手は、この私がする」
 レダは覚悟を決めると、スカイナイトガンダム1号機のブースターを大きく展開させた。だが、レダがタイタンに突撃しようとしたその時、傍若無人にビームを乱射していたタイタンに、上空から極太のビーム光が降り注いだ。タイタンの肩の装甲が熔解し、巨体が大きく姿勢を崩す。
「これは……」
 気勢を削がれたレダが上空に目を向けると、今まさにMSの一隊が月面に降下してくるところだった。
『よお、待たせたな、レダ』
 そして通信に飛び込んできた懐かしい声に、レダは状況を悟る。
「ダヤン! 来てくれたか!」
『おうよ! エス計画発動前に、お前の部隊に全滅されちゃかなわねえからな』
 レッドファントムの幹部集団ザ・ファイブの1人にして、かつてのレダの同僚でもあるパライヤ・ダヤン中尉は、闇に溶け込む漆黒のS型リックドムに、機体の全長にも匹敵しそうなビームバズーカを担がせて月面に着地した。ダヤン配下のリックドム隊も、タイタンを包囲する形で月面に次々と降下していく。
『このデカブツの相手は俺に任せな。それよりも、お前さんにゃまだやらなきゃならねえ事があるだろう』
 ダヤンはそう言って、リックドムの指を戦場の後方に控える連邦の艦隊に向けた。正確には、その中でも一際巨大さを誇るバーミンガム級の戦艦に向けてだ。
『エレスハート中佐に、俺……いや、俺達フレスベルク隊の代表として、お礼参りしてこいや』
「……すまん、恩に着る」
 自分の心の内を見透かしたようなダヤンの言動に、一言そう礼を返すと、レダは機体の向きを変え、一気にバーニアに火を付けた。

「ハッハーッ、ゲルググのアッパータイプか、エキサイティングだねぇ!」
 ウィッテ・エレンスキー中尉の駆るハイザック・カスタムが、脚部のミサイルポッドからミサイルを発射する。
「旧式と侮るなよ、ティターンズ!」
 対するイスマ・キールギュント少尉の高機動型ゲルググは、ビームナギナタを高速回転させ、ミサイルを叩き落としていった。
 両隊長機に倣うように、それぞれの配下のハイザック隊とゲルググ隊も、高速で動き回りながら激しい砲火を交わらせている。
「いいねえ、これこそがバトル&ウォーって奴だ! ライフをかけたバトルでこそ、生きてるってフィーリングを感じられる!」
 足を止めて、ハイザックカスタムが狙撃用ビームランチャーを撃ち放つ。ろくに狙いを定める時間もなかったはずだが、その一撃は高機動型ゲルググの軌道を確実に捉えていた。
「戦争ごっこがしたいのなら、余所でやれ!」
 咄嗟にシールドでビームを防いだゲルググだったが、機体本体の身代わりとなってシールドが砕け散る。
「まだだ、ワンモアチャンスッ!」
 反撃のビームライフルによる射撃をバックジャンプで回避したハイザックカスタムが、第2射を放とうとした時。
 突如後方から飛来したバズーカ弾が、ハイザックの背後で炸裂した。
「ホワッツ!?」
 機体にランダム回避行動を取らせつつ全天周囲モニターに目を走らせたウィッテが見たのは、コアブースターIIに乗ってクレイバズーカを構えるセフィ・マリスの姿だった。
「反連邦組織のMS! このタイミングで出てくるのか!」
 ウィッテが舌打ちする一方、セフィ・マリスのコクピットではリゼリアIIが機械的に照準をハイザック・カスタムに向けていた。
「本当はエスカの所在が判明するまで戦闘は避けて弾薬を温存するつもりでしたが、貴方が出てきたのであれば話は別です」
 淡々と語るリゼリアIIに応じるように、コアブースターIIに乗り込んだウォン・ヤンファンが後を続ける。
「13バンチでの借りを返させていただきますよ、ティターンズ」
 そしてセフィ・マリスは、右腕にクレイバズーカを、左手にマシンガンを構えて、戦場に飛び込んでいった。

「ええい、まだマスドライバーを奪還できないのか」
 バーミンガム級戦艦アムステルダムのブリッジで戦いの趨勢を見守っていたエレスハート・トワイゼル中佐は、苛立たしげにコンソールを指先でコツコツと叩いた。恐らく“エス”を有していると思われるレッドファントムの本隊を引きずり出すには、マスドライバーを利用した作戦を確実に潰さなければならない。だが、既に作戦開始からかなりの時間が経過しているというのに、マスドライバーの奪還は未だならない。
 サラミス級巡洋艦パーターリンから通信が入ったのは、まさにそんなタイミングだった。
「どうした? パーターリンはエスが現れるまで待機だと……」
 トワイゼルの言葉を遮ったのは、パーターリンのMS部隊隊長であるマヴァイ・チャー・ミン少尉の切迫した声だった。
「中佐ぁ、“エス”の正体が判明しましたぜぇ」
「何!?」
 思わぬ言葉にトワイゼルが目を見開く間にも、マヴァイは喋り続ける。
「あれは想像以上にヤバい代物ですぜぇ、中佐。今すぐ展開中の部隊を退くべきでさぁ」
「何を馬鹿なことを。今部隊を退けば、それこそ“エス”の入手が困難になろう」
「そんなことを言ってられる状況じゃぁなさそうなんですよぉ。もし“エス”が発動したら、その戦域は地獄に……」
 必死の形相で訴えるマヴァイの声はしかし、より緊迫したオペレーターの声に遮られた。
「トワイゼル中佐! 本艦に急速に接近する機影があります!」
「ジオンか? 護衛部隊は何をしている!?」
 マヴァイの話の内容も気にかかるが、まずは目の前の事態への対処が優先と、トワイゼルはパーターリンとの通信を切り、オペレーターに確認する。
「それが、スピードが尋常ではなく、護衛部隊では捉えきれず……」
 オペレーターが言葉を続けるまでもなかった。なぜなら、そのMSは既に、ブリッジから目視できる距離まで接近してきていたからだ。
「スカイナイトガンダム……、ソーク・レダか!」
 そのパープルカラーのガンダムは、対空砲火をかいくぐり、今まさにブリッジにメガビームライフルの銃口を向けてきていた。
「一度は私と共に軍人の矜持が認められる世界実現のために戦ったお前が、私に銃口を向けるのか!」
 通信が通じるとは思えなかったが、トワイゼルはそう叫ばずにはいられなかった。
『私の命が燃え尽きる前に、清算しておかねばならないことがある。それだけのことだ』
 だが、驚いたことにスカイナイトガンダムから通信が返ってきた。ならばと、トワイゼルはさらに言葉を紡ぐ。
「私が死ねば理想は失われる! これまで理想に殉じてきた者達の死を無駄にするつもりか!」
『貴女は理想を追いすぎるあまりに理想の根本を見失っている。理想の実現の為に信じて付いてきた部下を切り捨て、裏切り、利用してきた貴方には最早、その理想を語る資格すらない。今の世界に、貴女は不要だ』
「ソーク・レダ、貴様!」
 トワイゼルが思わずシートから腰を浮かせた時、メガビームライフルの引き金が引かれた。次の瞬間、暴力的な光の奔流がブリッジに直撃し、トワイゼルの肉体を跡形もなく消滅させていった。
「これで、死ぬまでにやるべき事は一つ果たした。残るは……」
 レダはモニターに目を向け、自分に向かって真っ直ぐに向かってくる機体に気付いた。
『レダ大尉!』
「来たか、エリオット・マルス!」
 ビームサーベルを構えて突撃してくるスカイナイトガンダム2号機を迎撃すべく、1号機もまた、ビームサーベルを抜く。次の瞬間、2機のビームサーベルが交錯し、火花を散らした。


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